亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

池田市

2018年3月5日

棺桶から白い手がニュー

「棺桶から、おいでおいで」イラスト?合間太郎

 明治の頃、尼崎から池田へ天秤(てんびん)棒に桶(おけ)を下げて魚を売り歩く行商人がいた。今ではまったくその名残すらないが、「尼安」という建物の名前を池田市で見つけた。おそらく元は尼崎の「尼」の付いた魚屋の屋号だろう。もっと丹念に探せば尼の付いた魚屋や地名が見つかるかもしれない。

 さて、今回はそんな魚屋の話である。魚屋が天秤棒をかついで川西の加茂を通りかかると、狐(キツネ)が水を飲んでいる。よほどのどが渇いたのか魚屋が近づくのも気づかない。いたずら半分に天秤棒で狐の背中を思い切りたたいたら、キャヒーンと鳴きながら逃げて行った。そのあわてぶりがおかしくて、魚屋は腹を抱えて笑い転げた。

 その日の行商は売れ行きがよく、桶の中はからっぽ。上機嫌で酒など飲んでゆっくりしていると、あたりはもう暗くなっていた。そろそろ帰ろうと思ったが、こう暗くては道もわからん。店のばあさんが、提灯(ちょうちん)を近所から借りてくると言うので店で待っていると、ふと、店の奥が気になった。

 なんとそこには棺桶が置いてあったのだ。ひょっとして今夜はお通夜なのかと思っていると、棺桶のふたがミシリと動いた。ドキッとして見つめると、ふたはたしかに動いている。次の瞬間、ふたが押し上げられて中から白い手がニューと出てきた。しかも魚屋においでおいでと、手招きしだしたからたまらない。「出たーっ」とばかりに一目散に駆け出すと、何かにつまずいてそのまま池に頭からザンブリ。あっぷあっぷとおぼれそうになったとき、近所の人たちとばあさんが見つけてなんとか助かった。

 魚屋が棺桶の話をしても誰も信じない。酔っぱらい扱いされて笑われただけ。しかし当然、狐の仕業にちがいない。狐をいじめると仕返しされるというお話。

 (日本妖怪研究所所長)