亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

泉佐野市湊、堺市堺区市野町あたり

2018年3月19日

浄瑠璃語りを狐が所望する

「浄瑠璃を聴くは狐ばかりなり」イラスト(C)合間太郎

 浄瑠璃を語る名人が、和泉の国の佐野村(現・泉佐野市湊のあたり)にいた。名を浦太夫といい、大坂に通い浄瑠璃を語っていた。

 ある夜、布野という所から人と出会い道づれに歩くうち「あなたが評判の浦太夫様ですか。どうか今より私どもの家にて1曲語っていただけませんか」と言う。浦太夫は引き受け、男の家へと立ち寄った。

 見るとなかなか大きな農家で、近所の人もやってきて座敷がいっぱいになった。主人は浦太夫に酒やさかなを勧めるが「語る前にいただくと思うように声が出ませんので」と、後でいただくことにして得意の演目を語り出した。一同、熱心に聴き入ってくれて浦太夫も気分良く、食事の後も2、3曲語った。

 一同は静かに聴き入っていたが、あまりに静かで、だんだん人の息さえ聞こえなくなってきた。不思議に思い見まわすと、なんと座敷に人がなく、朝日が見えると座敷も消え、あたりが墓地であることがわかった。仰天した浦太夫は逃げ帰り、きっと狐(キツネ)の仕業で飲み食いしたものは、馬ふんか牛の小便に違いないと寝込んでしまった。

 ちょうど浄瑠璃を語った同じ頃、婚礼の準備をしていた家があり、ごちそうが紛失した事件があった。墓地にその料理や杯が散乱していて、料理は不潔なものではないことがわかった。浦太夫は安堵(あんど)したものの、以降一切、浄瑠璃を語らなくなり、職も変えたという。

 これは滝沢馬琴が編集した『兎園小説』に記されているが、いくら探しても昔の布野という地名が見あたらない。しかし、どうやら紀州街道沿いであることはわかった。このことを高石市の文化財担当の方にお聞きしたら丁寧に調べてくれて、布野という地名はないが堺市に市野という所があり、そこなら紀州街道に面していたとのこと。『兎園小説』は字が見にくく、訳者が市を布と見間違えた可能性があるかもしれない。これは思わぬ発見で、この話を記載される方は参考にしていただければ幸いである。

 (日本妖怪研究所所長)


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