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2007年11月29日

お久しぶりです

 11月は出張が多く、さらに社内外で諸行事に追われ、なかなかエントリーすることができず、ブログ開設者としては申し訳ないことでした。
 昨日は一足早い忘年会で、朝からいまひとつの体調で、昼食後には睡魔が襲ってくる始末。何とか気分を切り替えて鳥取市伏野の福祉人材研修センターへ行ってきました。以前から中堅の教員を対象にした研修での講演を依頼されており、約1時間半、報道現場での組織の実情やリーダーの役割などについて話をしてきました。採用後10年を経た教員を対象にした研修だったのですが、まさか自分が学校の先生に講演するとは…。
 つたない話ながらも、熱心に聴いていただいた先生方に感謝感謝です。ノリのいい皆さんで大きくうなずいてくれたり、笑いも出たりと、話をする私にとってもとても楽しい講演でした。講演会は講師だけでなく聴衆も一緒になって出来上がるものだとつくづく感じました。個性ある記者1人1人をどう生かすことができるか、まだまだ挑戦を続けたいものです。(仁)

2007年11月27日

値上げ 値上げ 値上げ

 原油の高騰によって、ガソリンや灯油の値上がりだけでなく、生活用品や食料品の値上げラッシュとなっています。きょうの朝刊1面にも「サランラップ」「ネスカフェ」の値上げ発表の記事が掲載され、主婦には頭の痛い問題です。
 諸悪の根源は投機マネーといわれています。一部の金もうけのために、世界中が迷惑をこうむる。こんな不条理なことはありません。間違った経済活動ではないでしょうか。
 ところで、ガソリン税には現在、暫定税率が上乗せされており、この道路特定財源が全国の道路整備に使われています。暫定税率を廃止すると1リットル当たり25円ほど安くなるそうです。道路特定財源については余った金を一般財源に回すことが閣議決定されていますが、鳥取県など高速道路後進地域は道路整備に使うよう強く求めています。
 ガソリン税は安くしてほしいが、道路の整備も急いでほしい。難しい問題です。多額の税金を支払っている一般消費者も道路の必要性と活用方法について、考えてみる必要がありそうです。(M)

2007年11月24日

謎の万代寺遺跡 10

 万代寺遺跡(八上郡衙跡)に強力なライバルが登場!?
 群馬県太田市にある天良七堂(てんらしちどう)遺跡がそれです。5月に開かれた現地説明会の資料には、新田郡衙跡と見られ、長さ50メートル規模の長大な建物が東と西に約90メートルの距離をもって建てられていて、郡庁の規模としては「日本最大」と紹介してあります。
 古代の郡衙は、主要な建物が建っていた郡庁の平均的な大きさが、一辺が50メートルほどのほぼ正方形だったことが分かっているので、一辺の長さが90メートルの天良七堂遺跡は「日本最大級」であることは間違いないでしょう。
 しかし万代寺遺跡は、東西、南北とも98メートルもの長さがあるので、この数字だけで判断する限り、こちらの方が依然として「日本最大」です。
 「日本最大」に異議あり!(学)

2007年11月20日

冬支度

 秋から一気に冬に入りました。今年の紅葉は今ひとつと言われていましたが、寒くなり、やっと映えてきました。日曜日には智頭、岡山方面にドライブしましたが、見事な紅葉でした。街中のイチョウもやっと例年通りの美しい黄色で彩られ、今朝は気分良く出勤できました。
 ほとんどの家庭で、こたつやストーブを出されたと思いますが、灯油の価格の高さには驚きです。すべての原因は投機による原油高。「1バレル100ドルでも安い」と中東の指導者はふざけたことを言っています。闇のマネーや国際政治に翻弄される原油価格は結局、庶民の生活を直撃する結果となっています。省エネのためには、動いて体を暖めるしかありませんね。(M)

2007年11月19日

ドラフト

 プロ野球のドラフトで鳥取城北高出身の藤原良平投手が西武に指名されました。ドラフトにかかるほどの選手なら、覚えていてもいいはずですが、どうしても高校時代の姿が思い出せません。
 当時のスクラップを見ると、同世代で注目されていたのは境高の石黒投手や米子工高の安藤投手ら。鳥取城北高でも1歳下の藤尾投手がエース格で、藤原投手は2番手の扱いでした。
 こんなことを書いたのは、「記者の記憶が悪いのではない、と証明したいから」ではなく、「藤原投手はそれほど目立った選手ではなかったこと」、そして「そんな選手でもドラフトに指名されるようになる」と言いたいからです。今はまだ、脚光を浴びることがない県内の球児たちも、夢を持って頑張ってほしいものです。(吉)

2007年11月13日

名乗らない電話

 鳥取県内でも振り込め詐欺が横行しています。きょう13日付23面の記事をご覧ください。最近多いのが市職員などをかたってATMまで行かせ、振り込ませる手口。大掛かりな詐欺団の仕業でしょう。
 仕事柄、毎日、外から多くの電話をいただきますが、自ら名乗らない電話が実に多いこと。特に年配者に多いようです。「だれだれおるか」など失礼極まりない電話もあります。いつも用件を聞く前に「どちらさまですか」と聞くことにしています。
 先物取引や土地売買、マンション経営、家庭教師、塾など職場や家庭に勧誘の電話がひっきりなしにかかり、いつも「私の情報をどこで知りましたか」とやりこめています。わけの分からない電話にはご用心。(M)

2007年11月10日

謎の万代寺遺跡9

nekoyama2.JPG
 写真は、鳥取県八頭町福井の西ノ岡遺跡付近から見た猫山です。この辺りは、猫山が最も美しく見える場所です。
 西ノ岡遺跡からは9世紀の円面硯(えんめんけん。円形をした古代のすずり)が出土しています。古代には庶民で字を書ける人はほとんどいなかったので、円面硯が見つかった場所は、古代には役所があったとされます。
 万代寺遺跡発掘調査報告書によると、万代寺遺跡にあった八上郡衙は8世紀前半に築造され、9世紀前半に西ノ岡遺跡に移転した、としています。
 郡衙の最も重要な仕事は、税を集めて中央に送ることなので、交通の便が良い場所に置かれます。西ノ岡遺跡は近くを八東川が流れて千代川へとつながり、水運が発達していたでしょう。
 また古代の役所は、美しい形の山を背景にした風光明美な場所を選んで建設されます。因幡国庁跡(鳥取市国府町)の面影山や甑山、気多郡衙跡の上原遺跡(鳥取市気高町)の鷲峰山がその好例です。猫山が最もきれいに見られる福井一帯は、郡衙の建設地としてふさわしい条件を備えています。神秘的な山に、何かの祈りをこめたのでしょう。
 さらに福井の近くには「郡家(こおげ)」という地名があります。これは郡衙のことを意味する「郡家(ぐうけ)」の名残ではないでしょうか。
 あれほど大規模な八上郡衙がなぜ移転しなければならなかったのか。謎は深まるばかりです。(学)

2007年11月06日

キリシタン灯籠

 本日付21面に鳥取市の松田さん親子がかかわったキリシタン灯籠の話題が掲載されています。駆け出しの記者時代、父親の故松田重雄氏と懇意にさせていただき、「隠れたキリシタン灯籠を発見した」との連絡で、一緒に探索した思い出があります。
 キリシタン弾圧の歴史を伝える灯籠が鳥取県内にも数多くあることは、あまり知られていません。記事がもう一度、キリシタン灯籠にスポットライトを当てるきっかけとなり、鳥取の新しい観光、地域おこしの資源になることを期待しています。(M)

2007年11月05日

失敗

 4日にあった全国高校駅伝鳥取県予選で、報道車の運転手を務めました。今年からコースが変更されましたが、旧コースと重なる部分もあり、「まあ、大丈夫だろう」と思っていました。
 しかし、先回りをしようと近道をしたのが間違いでした。思っていたのとは違う場所に出て迷い、慌てて引き返して選手を追いかけましたが、記者が狙っていた第1中継所のたすきリレーは、すでに終わっていました。
 教訓が二つ。一つは、文字通り「急がば回れ」。勝手な思い込みで先走ると失敗する、いい例です。
 もう一つは、「失敗を責めてはだめ」ということ。狙っていた写真が撮れず、予定していた記事が書けなくなったにもかかわらず、記者はうらみ言一つ言わずに次の策を探してくれました。それで、どれだけ救われたか。
 覆水盆に返らず。責めたからといって元に戻るわけではありませんし、失敗の大きさは、しくじった本人が一番分かっています。 負うた子に教えられ、ではありませんが、若い記者にいろいろと教えられ、反省させられた1日でした。(吉)

2007年11月02日

謎の万代寺遺跡8

burogu.JPG
 霊石山を含む中山は、万代寺遺跡からみると北にあり、平安京など都の場所選定の基準になったとされる「四神相応の地」=東に流水(青竜)、西に大道(白虎)、南にくぼ地(朱雀)、北に丘陵(玄武)のある場所=でいえば、玄武ということになります。
 霊石山の頂上はハンググライダーの基地になっていますが、そこから10分ほど山道を歩くと伊勢ケ平(いせがなる)といわれる広々とした平地に出ます。かつては地元住民が遠足などで来たとのことですが、今は訪れる人も少なく一面草で覆われ、帰り道に迷ったほどです。
 伊勢ケ平は、降臨した天照大神が白兎によって二つの石がある場所に導かれ、そこに御所を置いたという伝承があります。その石が残っていて皇居石と呼ばれています。写真の左に見えるのが皇居石、その背後に広がるのが伊勢ケ平の一部です。
 霊石山は、天照大神の伝承を伝える全国でも珍しいところです。現代では、天照大神のかわりにハングライダーたちが降臨しています。(学)


新システム稼働しました

 このところ多忙でしばらくコメントできませんでした。境港の出張から帰ったばかりで、ようやく残務が片付いたところです。出張中に経済面のオープン投信欄で大きなミスがあり、読者の皆さんに大変ご迷惑をかけたことをまずおわびします。
 かねてより準備を進め、逐次移行してきたのですが、11月1日付紙面から新しい新聞制作システムに全面的に移行しました。次世代の新聞づくりを目指して、報道側、制作側共にシステムを一新。操作にまだまだ戸惑うこともありますが、活字も大きく、太くすることにより、一層読みやすくしたつもりです。行間も少し広くなったので、紙面がすっきりしたと思っているのですが、どう感じていらっしゃるでしょう。昨日付の海潮音で運動デスク(このブログにも登場します)が私たちの気持ちの一端を披露しています。「外見だけでなく内容や中身も充実させる決意だ」。全くその通りです。(仁)