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「法の番人」なの?

 この人の発言には、もう少々のことでは驚かなくなった。
 今度は「冤罪(えんざい)と呼ぶべきではないと思う」だった。
 ご存知のように、鹿児島県議選をめぐる「志布志事件」の無罪判決に言及したものだ。翌日、陳謝したが、裁判で無罪が確定した元被告らの「無実」に対し、司法行政のトップが疑問を呈したようなものだった。
 「冤罪」とは罪がないのに、疑われたり罰を受けたりすること、つまり「ぬれぎぬ」のことだろう。「これは冤罪事件ではなく、警察による捏造(ねつぞう)事件だ」と言うのならまだしも、「法の番人」としての資質を疑う。
 この人の失言のたぐいは今に始まったことではない。法相就任時には「死刑執行の自動化」論。死刑という重みのある刑だからこそ、法相命令による執行が定められている。そのことについて全く無理解で、職責の重大さについては無自覚であることを世間に露呈した。どんな問題であれ、組織の政策決定やその結果に全責任を負うことがトップの職務で、そのための大臣だろうに。
 その後には「私の友人の友人がアルカイダ」なんていう発言もあった。何か自慢げに話していたのを思い出す。福田さんは、こんな人をいつまで大臣にしておくつもりなのだろう。
 そういえば以前、失言を連発してひんしゅくを買った首相がいた。何か体形や雰囲気がよく似ているような…。(周)

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