「倉吉ってヤツは?」
本紙の米子市長選企画を読んだ、倉吉市議が「盛り上がっていないようだけど、米子はええなあ」と話していました。現職に対し、有力新人2人が出馬し三つどもえの選挙戦となる米子市がうらやましそうです。
続けて「倉吉はなあ…」とため息。選挙に出て変えてやるというような〝元気なもん〟がおらんようになった、ということです。確かに、今秋の市議選でも、まっさらな新人は今のところ、1人うわさがある程度。来春の市長選にしても、出てほしい人の名前は聞きますが、現職は出るのかな、といったところ。具体的な話はありません。
倉吉は過去、いろいろな場面で「対立」してきた歴史があります。政治も経済界も、大きく分けて二つの〝勢力〟が衝突し、これに複雑な人間関係が絡んでいました。 「足の引っ張り合い」と〝発展しない理由〟にも挙げられました。
ただ、私自身は「対立イコール良くないこと」とは思っていません。いま、おかしい事、変えなければならないことに対し、堂々と前に出て手を挙げて意見を言う。〝体制的・権威的〟なものに対し異を唱えるわけですから、風当たりもきつくなります。それでも向かっていく。そういう〝在野的〟な気風がかつての倉吉にはあったように思います。
また、その「対立」のベクトルはある面、地域にとって「活力」となっていた部分もありました。ですから、倉吉の人はいまの政治や行政を見る目が肥えています。「いろいろなこと」をよく知っているだけに、外から来た人には市民が発するわが町への〝自虐的〟な言葉が、悲観的、後ろ向きととらえられがちですが、その言葉の背景には現状に対する認識・意識とこの地域を愛している、何とかしたいというベースがあります。
ところが、です。団塊の世代を例に挙げますと、かつて自分たちが若いころ、さまざまな地域活動をする中で、このまちに覆いかぶさった上の世代の〝体制的・権威的〟なものが重しになって、思うようにできなかったというジレンマがあったと思います。しかし、その後、さまざまな出来事があり、また世代交代が進む中で、その〝体制的・権威的〟なものが取り除かれました。いまこそ〝人財〟である彼らの出番なのですが、前に出て行くことができません。市政を変える選挙一つをとってもです。
かつて市長選で経験した変化を阻む〝市民性〟にくたびれたのか、この経済情勢でそんな余裕はないのか分かりませんが、本当に残念なことです。私自身は「無投票」となった前回の市長選が、倉吉にとって一つのターニングポイントだったと思っています。
倉吉の経済が最悪の中で市民生活は大丈夫か、行政は市民ニーズに応えているか、新斎場問題など懸案は解決の見通しがあるのか、将来の倉吉のあるべき姿は。まだまだ見えてきません。いまこそ市民一人一人が考える時期に来ていると思います。(鵜)