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2009年03月31日

なんだか変

 最近、おやっと思うことが何度か続きました。辞書や図書館から借りた古い本を読もうとすると、文字がかすんで読めないのです。目を細めたり、まばたきしたり、本を目に近づけたり、遠ざけたり…。いろいろしていると読めるようになるのですが、以前には、こんなことはありませんでした。
 老眼。いやな言葉が、頭をよぎります。まさか、そんなはずは…。否定してみるものの、状況を冷静に判断すれば、その可能性が高そうです。
  確かめるため、100円ショップで老眼鏡を購入しました。見えなくても、100円なら惜しくありません。でも、残念ながら、よく見えます。
 「使い始めたら、すぐに手放せなくなるわよ」。妻に脅かされ、小物入れの奥にしまいましたが、そう遠くない将来に取り出すことになりそうな気がします。歯の治療も継続中。年はとりたくないものです。(吉)

新聞人が去っていく

 若いころ「お前の書く記事はわけが分からん」とよく言われました。先輩やデスクの手を経て新聞に載る記事はいつも原形をとどめていませんでした。自分なりの型で自分ならではの作文を書いているつもりでしたが、そもそもそんな型は不要だと言われていました。そんな日々に限界を感じて行き詰まっていた時です。大先輩のTさんに原稿を見てもらったことがあります。
 Tさんは開口一番「いやあ、いいなあ、この表現は」。えっ、そうですか、と叫んでしまいました。「きみはセンスがいい」。ははは、やっぱり、そう思いますか。「自分なりの表現を大切にせんとなあ」。
 それで立ち直りました。いまだに何とかこの仕事を続けています。
 いまやその時の大先輩の年が近くなりました。振り返ると、Tさんはすごいな、と思います。今、若い記者をほめても、あの当時のTさんのように他人を立ち直らせるだけの人格を備えてはいません。その大先輩がきょうで会社を去ることになりました。新聞づくりについて数々のことを教えてもらいました。特にあの時の言葉は忘れられません。真に尊敬する新聞人がほめてくれたのですから、一生の宝物です。これからも行き詰まった時は取り出して念仏のように繰り返すでしょう。(水)

2009年03月24日

中海ブランド

 先日、境港市で開かれた有機農業の勉強会におじゃましました。同市で自然農法園「さかい夢の浜」に取り組むグループの主催で、計三回の最終回。若い農業者や家庭菜園に取り組む中高年らが集まり、熱気に包まれていました。
 グループ代表の渡部敏樹さんは、中海の自然再生事業の実践者で、中海の海藻を利用した有機農業を提唱しています。昨年中海にはオゴノリやホソジュズモが大量発生したようですが、大半は回収されず、海中で腐敗する運命です。中海浄化には海から陸への海藻の循環が不可欠というのが渡部さんの持論です。
 この日の勉強会では、海藻堆肥を使って有機栽培したサツマイモからできた芋焼酎の新酒のお披露目がありました。昨年は三百五十本が試作されましたが、今年は七百五十本に増産。ラベルも改良されていました。海藻堆肥育ちの中海ブランドとして定着することを願い、中海の海産物を肴にこの新酒を味わいたいものです。(Q)

知事のカーテン

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 鳥取県の定期人事が25日発表されます。発表前に報道するのを「人事予想」と言います。記者があらゆる手を使って、今年はどんな異動で幹部の顔ぶれはどうなるのかを聞き出し、緊張感を持って記事化します。まさに、日ごろのアンテナの高さやつながりがモノをいう仕事。県幹部の異動にとどまらず、記者は「人事(人の動き)に敏感になれ」と教え込まれます。そこから見えてくるものがあるということです。
 ところが、この人事予想も片山県政以降、非常に難しくなりました。かん口令が敷かれ、情報が漏れません。かつては大物県議のところに行けば大体分かったのですが、「根回し排除」の片山知事以降、大きく様変わりしました。
 部下だった平井知事も同じです。副知事時代から人事が事前にマスコミに漏れないよう執念を燃やしていました。さすが中央省庁出身です。いま、部長でさえ内示まで分からない状況、しかも他部署のことは教えないよう〝縦割り〟になっています。徹底した〝情報統制〟です。
 かつて巨人軍の川上哲治監督がキャンプで報道陣をシャットアウトし、「哲(鉄)のカーテン」と言われましたが、「伸治のカーテン」です。
 普段は記者にフランクな知事も、口にチャック。また幹部もそれを知っているだけに追随します。〝漏えい〟が分かれば叱られます。一方、口が固いから信頼できる、ということも言えるかもしれませんが。
 かつては、この人事話が取材先での〝潤滑油〟になっていました。職員も結構人事話が好きで、「ああでもない、こうでもない」と言い合うのが楽しみでもありました。そこから信頼関係や他の取材での「あうんの呼吸」のようなものが生まれたり。その点では〝天と地の差〟です。
 しかし、記者は待っていても仕事になりません。扉が閉ざされていれば、のぞいて見たくなるもの。これは性(さが)。よく「あと1日、2日待てばいいのに」と言われるますが、早く知りたいのが記者の習性です。世間からすると不思議かもしれませんが、こういう作業を通して記者は鍛えられます。
 幸い、どんなにカーテンを閉めても、情報というものは漏れるものです。しかしそれは情報管理が甘いということではなく、世の常。知事としては苦々しいかもしれませんが、逆に言えばそれだけ注目されているということ。普段はマスコミを通してアピールしていることを考えてもらい、この〝真剣勝負〟をしばらく続けていきましょう。(鵜)

転機を迎えた福祉現場

 東京都品川区で小中一貫校開設に伴って空いた校舎を改修、活用した都認定の高齢者向け優良賃貸住宅にスポットを当てた22日付の本紙「海潮音」を担当。福祉施策の新たな取り組みとして注目しました。
 折しも、群馬県渋川市の老人施設では火災で入所者十人が死亡する大惨事が発生。施設側は生活力も行き場もない都会の高齢者を受け入れ、送り出した自治体が支給する生活保護費の一部を運営費に充てていたとのこと。「貧困がビジネスになる」との指摘が社会の暗部を物語ります。
 少子高齢化、核家族化が進む現在、安心して年をとれる福祉環境の整備が急がれます。(風)

2009年03月23日

無風選挙?

 兵庫県香美町長、町議のダブル選挙の告示まで一カ月を切りました。町長選は一騎打ちが濃厚ですが、定数一六の町議選は無風の可能性も残されています。そうなると町議選で無投票阻止の動きも活発化するわけで、個人的には選挙戦に突入すると踏んでいますが、立候補者の顔ぶれが固まるのはもう少し時間がかかりそうです。
 町議選立候補予定者たちの反応も複雑です。「選挙戦がないにこしたことはない」という気持ち半分、「自分たちの四年間がどう評価されたのか、よくわからない」という気持ちも半分あるようです。無投票だと、自分に期待してくれる人の数が把握できません。そんな状態で議会活動に身が入りますか?議会全体がぬるま湯状態になってしまうことを心配します。立候補者の数が定数を一人上回るだけでいい。ぜひ町議選もしたいものです。(雲)

厳粛に不戦の誓い

 大きな衝撃を受けました。戦争の悲惨さをこれほど無言に語りかけてくる展示は初めて。一度訪れてみたいと念願していた鹿児島県の知覧にある知覧特攻平和会館を見学しました。太平洋戦争末期、20歳前後の若者たちが飛行機もろとも肉弾となって敵艦に体当たりした特攻隊員たちの遺影や遺品、資料などが所狭しと並んでいます。
 父母との永遠の別れを記し、日本の平和を願った手紙、出撃直前に子犬とたわむれる隊員の写真など、虚飾も誇張もない歴史のあるがままの姿を示しています。それなのに、強烈に心に響いてくるのです。「こんなむごい歴史を繰り返してはいけない。戦争をしてはいけない、平和を守ろう」―。
 私の周りでもすすり泣いたり、目頭に涙をためたりする人たちがたくさんいました。集団で訪れていた園児たちも、物も言わず静かに巡回しています。展示の重みが幼い心にも響くのでしょう。今も心が締め付けられるようです。(い)

2009年03月19日

中浦水門32年の歴史に幕

 中海干拓・淡水化事業のシンボルだった、境港市渡町と松江市八束町江島を結ぶ中浦水門の撤去工事が月末で完了し、三十二年間の歴史に幕を閉じます。
 食糧増産から減反へと農業政策が大きく変わり、中海の自然環境保全への関心の高まりなどで、中海の本庄工区干陸と淡水化が中止になり、四年前から水門の撤去工事が行われていました。
 水門の中央部には船舶が航行できるように閘門(こうもん)が三つ設置されており、閘門や水門の操作という国内では珍しい業務を商船三井海事が請け負ってきました。
 二十九日には会社と労組が合同で中浦水門事業閉鎖式を行います。
 淡水化中止や干拓堤防の一部開削で、中海での水産資源の復活が期待されますが、時代に翻弄されながら撤去工事中を含めて無事故で船舶航行の安全を守った同社の従業員たちへの感謝を忘れてはいけません。(酒)

笑顔あふれるレトロの春

 なんとも最近の陽気は春を通り越して初夏を思わせるほどの暖かさとなりました。この調子なら、桜の開花もだいぶ早まりそうな雰囲気ですが、一足早く倉吉では〝春〟が開幕します。「遥かなまち倉吉・レトロの春」と銘打った倉吉ならではのまちづくり連携イベントが20日、スタートです。まずは明治から昭和にかけての懐かしい看板を紹介する「懐かしい街を彩る 古い看板展」が始まり、6月7日まで、31のイベントが倉吉市内で繰り広げられます。期間中、倉吉の街が多くの人出でにぎわうことを期待しています。
 ただし、多くの人が来たとしても、問題はそれからです。来た人たちに「よかった」と言ってもらえる「もてなし」がなければ、にぎわいも一過性で終わってしまいます。さらに、現実問題として、来た人たちにお金を使ってもらうことも大切です。倉吉を訪れる人たちも、待ち受ける街の人たちも笑顔があふれる「遥かなまち」となるよう願っています。(虎)

知事、議場で童謡を歌う

090319tiji.jpg 「海は広いな大きいな 行ってみたいなよその国」―。18日の鳥取県議会本会議で、平井伸治知事が童謡を歌いました。記者になって以来、議場で歌を聞くのは初めて。知事はなぜ、文部省唱歌の「海」を歌ったのでしょう。それには伏線が…。
 この日は一般質問。登壇したのは共産党の市谷知子議員(鳥取市選出)。かつて国政選挙にも立候補されたことがありますから、ご存知の方も多いでしょう。
 市谷議員は自ら耳にした派遣労働者の雇い止めの現状と難病の小規模作業所の支援に関して質問。1回目の知事答弁はあっさり終わりました。部長が「事実関係に矛盾があるのではないか」と指摘した以外は。
 これに対し、市谷議員は追及質問で「知事に派遣労働についてどう思うかと聞いたが明確な答弁はなかった」「作業所についても知事に答えてほしかった」とジャブ。ここから雲行きが怪しくなりました。
 市谷議員が派遣に関して「県庁内」を指摘したことに対し、平井知事は「いかにも県が派遣労働者を使って不適切であるようなコメントは違和感がある」「レトリック(巧妙な言いまわし)でごまかして人を攻撃的に言うのはいかがなものか」、また民間企業に関して「このような働き方をさせる会社というような表現は一方的ではないか」、派遣法に関しても「わざと誤解を招くような言い方をされるわけですが」と応酬。
 今議会の質問の中で「相手を立てて、ノーと言えない知事」というのがありましたが、ノーを飛び越しています。議会記者室を飛び出して、議場に向かいました。
 が、市谷議員も引っ込まない。「自分も(派遣法を)改正する気があるのなら、最初からそう言ってもらえればよかった。きちんと目を向けてほしい。そんなふざけた話ではない。知事は派遣法を分かっていない」とやった。さらに、知事が心血を注ぐ環日本海定期貨客船についても「運航支援をやめるべきだ。知事は夢の航路と言われるが、いま雨風をしのげない人もいる。そういう状況で貨客船支援はおかしい。それより無料で困っている人が入れる避難所を作るべき。鳥取県の将来の夢、企業が来るといわれるが、税金をつぎ込んでどうだったか。竹内工業団地や崎津団地は売れ残っている。知事は夢が失敗したら逃げれるかもしれないが、県民は逃げられない。本当に支援するなら外国の貨客船ではなく、鳥取県の漁船にしてほしい」。
 一気にまくし立てた、といった感じ。個人的には、市谷議員といえば最初に国政選挙に出られた当時の印象が強かったので、ちょっと驚きました。帰社後、インターネットの録画放送で確認すると、このころから周りの自民党議員の表情がこわばってきます。その時です。「ふざけた答弁とは何だ」との大きな声が議場に響きました。自民党の前田宏議員(自由民主)です。元議長で「鳥取県議会の姿」に誇りを持っている人物。こういう場面で声を張り上げるのは、前田議員しかありません。前田議員は上村忠史副議長に注意するよう求め、副議長が「今後は考えて発言してください」。
 張り詰めた空気の中、再び登壇した知事も頭に血が上っているよう。雇用問題についても県は最優先課題として取り組んでいることを指摘し、市谷議員に「これまで1、2月議会で何を聞いていたのかと思う」「私の説明が悪いのか、議員が理解されようとしないのか」と皮肉。さらに市谷議員が議場で示した境港の貿易額と県内企業倒産、有効求人倍率のグラフに対しても「面白い資料を出されるな、と思った。出すならもっと前(の年度)まで出すべき。有効求人倍率と貿易額に相関関係はない。トリッキーだ」とこき下ろし、「いかにも無駄遣いで外需に頼っている、それが有効求人倍率を下げるというのは議論のすり替え。夢の航路にお金を使うなら…も議論のすり替え。内需が必要というなら(県の経済雇用対策の)予算350億円は何なのか。将来的なことを考え、子どもたちの夢のためにやろうとしている」とピシャリ、そしてあの「海は広いな…」を歌いました。定期貨客船実現への強い決意です。
 これがよかったのか、自民党議員の表情に笑顔が。知事は「私だけの夢ではない。多くの人の共有の夢であり、私たちは地域の未来を考える必要がある」と締めくくり、市谷議員は「歌っている場合ではない。県民の人は本当に大変なんです」と最後まで持論を主張していました。
 久しぶりに熱い論戦を聞きました。終わったあと職員からも「互いにヒートアップしていましたね」「知事もああ見えてきついからな」との声が。そこで、別の所で聞いていた同僚記者に電話すると「(あの二人のバトルは)いつものことですわ」とさめた見方。「平井VS○○」の第2段だと思ったのだが。私としては、これは記録に残したいと思い、ブログに書いた次第です。(鵜)

2009年03月17日

ETC狂想曲

 自動料金収受システム(ETC)搭載車を対象に28日から実施される地方の高速道路料金の「土日・祝日上限1000円」のサービス。昨日、読者からこんな内容の電話がかかってきました。「店に行っても(ETC車載器の)在庫がなく、入手できない」。ETCの購入・取り付けには今月末まで、四輪車の場合で5250円が助成されるため、希望者が取扱店に押し寄せているようです。
 一方、「一律1000円」のサービスが28日に間に合わず、1カ月程度遅れる道路・区間もあります。システムの調整に時間がかかるためです。
 政府の経済対策の目玉でもある今回の施策。効果に期待したいところですが、「緊急」であるがゆえの弱点も露呈しています。(圭)
 

「そばにいてくれて ありがとう」

090317osidori.jpg 鳥取県庁地下の売店にあの「おしどりバッジ」がありました。考案企業が倉吉市のため、市内の各所では販売していますが、「県東部でも欲しい人が買えるように置かせてもらっている」(同社S専務)とのこと。
 新聞報道以来、評判は上々とのことで、Sさんも倉吉市内の病院の売店で「あのバッジを作った人ですね」と声を掛けられたり、鳥取市の飲食店で「お堀にもオシドリがいたんですよ」と教えてもらい感動したり。さすが県の鳥、人気があります。
 平井知事も開会中の県議会で背広に付けるなど、民間からの県発信の取り組みをサポート。10種類の色を使った鮮やかなバッジだけに、黒っぽい背広にはよくはえます。
 おしどりバッジの台紙には、16種類の愛のメッセージが付いていますが、県庁地下売店の売れ筋ナンバーワンは「そばにいてくれて ありがとう」。県職員が購入したのでしょうか。普段固い仕事をしている職員が、ちょっと買って帰る。奥さんにあげるのでしょうか。なんか、いい感じです。
 県庁1階の県民室には、梨やカニ、白ネギなど県の特産品をアピールする県製作のピンバッジが10種類。ロビーには「鳥取・因幡の祭典」のピンバッジも展示されています。たかがピンバッジ、されど…。小さなバッジから輪が広がっていくと考えると、楽しくなります。(鵜)

2009年03月14日

天から降った贈り物

090314sikiten.jpg 鳥取自動車道の智頭インターチェンジ(IC)―河原IC間が14日、開通しました。午前中に行われた開通式典では「まさに天から降った贈り物」(寺谷誠一郎智頭町長)、「将来に向けた夢が語れるようになった」(鉄永幸紀県議会議長)など、待ちに待ったこの日を迎えた喜びのあいさつが続きました。
 「大交流時代の幕開け」と言った平井知事。この日はホワイトデーであることから、地元に伝わる神話にたとえ「大国主命がホワイトデーのプレゼント(智頭―河原間開通)を持って八上姫に会いにきた」と、悲願の同区間の開通を祝福。
 寺谷町長は、町の特徴の森林を生かした活性化の取り組みを説明し、「きょうはおめでとうではなく、ありがとう。鳥取県にとって感謝する日。(鳥取自動車道)姫鳥線に乗って(開園する)『森のようちえん』に行こう」と、関西からの集客や人の交流で開通効果を地域のものとすることの重要性を指摘しました。
 同自動車道の県内区間で残るは、河原―鳥取間。来年度中に開通予定です。国交省中国地方整備局長が「来年3月にはぜひ鳥取ICで皆さんとお祝いしたい」と述べ、万歳三唱で締めました。
 山陰道瑞穂―青谷間(鳥取西道路3期)、鳥取豊岡宮津自動車道「岩美道路」の新規事業採択も決まり、鳥取県の高速道路網はつながりつつあります。(鵜)

2009年03月13日

ハマダイコンでまちおこし

 例年より短い冬が過ぎ去り、もうすぐ浜辺の砂地などに、自生のハマダイコンが咲き始めるころです。これまで何気なく眺めるだけだったこのハマダイコンを地域資源として掘り起こし、景観形成と特産品開発の両面からまちづくりに生かす取り組みが、新温泉町の浜坂町商工会を中心に進んでいます。
 昨秋からハマダイコンの種を配布して住民にプランターで育ててもらう〝花いっぱい運動〟を始めていますが、先日、すり下ろしたハマダイコンで試作したポン酢、薬味がお披露目されました。味は特有の辛味があり、なかなか好評。5月3日に初開催される「浜坂ハマダイコン花祭り」で試験販売される予定です。
 取り組みから2年。ポン酢、薬味が売れる売れないにかかわらず、これからますます住民パワーを結束していくことに大きな意味があると感じます。ハマダイコンのまちづくりはまだ始まったばかり。鳥取へと続く「ハマダイコンロード」など地域連携による新名所づくりにも夢を感じます。(雲)

2009年03月12日

少数精鋭?

 鳥取県をはじめ県内各市町村でも議会が開かれている。どこの議会でも同じだが、傍聴していると眠くなったり、いらいらしてくることが多い。はっきり言ってしまえば、質問の下手な議員が多すぎるのだ。
 しつこく追及を重ねて真意を探る、口八丁手八丁で最後には自分の思い通りに答弁を引き出したり、何らかの約束をさせたりと、議員によっていろんなやり方があり、口調があり、そして緊張があるからこそ論議は生きたものになり、面白いのだ。かつて取材したある市議会ではどう喝などもあったが、これはやり過ぎ。
 だが、意図の分からない質問の何と多いことか。しかも答弁が自分の質問の答えになっていないのにそのまま引き下がってしまうことも目立つ。これでは執行部との間で緊張も生まれないし、時間の無駄だ。
 各自治体とも議員定数の削減が進み、市町村合併もあって鳥取県内でも議員は大幅に減った。議員は「少数精鋭」になったと思いきや、どうも現実は違うようだ。(淳)

地域を元気に

 世界経済の推移を山に例えれば、2006年は世界のビジネスマンたちが中国やインドという名の雪だるまならぬ札束の大きな玉を競って作っていました。それが2008年になると、大きなビルをも飲み込む「景気後退」という雪崩に飲み込まれ、2009年には深い霧に包まれて、行き先が分からない状態になっている―。先日、共同通信とその加盟社の会議で講演した国際協力銀行の渡辺博史CEOが、アメリカの経済風刺漫画を使ってそう説明しておられました。今の日本経済もまさに五里霧中の状態です。
 その会議ではさまざまな意見交換が行われましたが、出席者に共通していた認識は、いかに地域が元気になる記事を掲載していくか、ということでした。われわれ地方紙は地域住民あっての新聞です。こういう時だからこそ、使い古された言葉ですが〝地域の活性化〟につながる紙面作りをこれまで以上に心掛けていきたいと思います。(虎)

2009年03月10日

そろそろ…

 毎年この時期になると、かかってくる電話があります。新体操教室「鳥取ジュニアRG」から。3月中旬に行う発表会の案内です。
 競技担当を外れて4年以上。日常的なつながりはほとんどなくなっているのですが、この発表会だけは、欠かさず声を掛けていただいています。
 担当時代にお世話になった競技関係者に久しぶりにお会いできるのはもちろんですが、小学生のころから知っている選手たちが年々成長している姿を見ることができるのも大きな楽しみです。
 今年も、1日にあったリハーサルにお邪魔しました。小さな子どもたちは元気いっぱい。中、高校生は軽く流す程度の動きでしたが、一つ一つの動作に技術の高さが感じられました。14日午後1時半からの本番では、きっとすばらしい演技を見せてくれるはず。仕事の都合で会場の鳥取産業体育館に足を運べないのが残念です。(吉)

2009年03月09日

湯村に新名所

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 但馬の名湯・湯村温泉に新名所が完成しました。旧薬師湯(公衆浴場)の跡地にできた公園です。その名も「湯村温泉ポケットパーク」。モニュメントの湯時計をはじめ、旧薬師湯の泉源の保護を兼ねた常夜灯風の建物などが整備されました。湯煙の街、湯量が豊富な湯村ならではの憩い空間で、観光客や住民らに親しまれることになるでしょう。
 余談ですが、公園の前では、新名物の和菓子「みたらし栃餅」も売り出し中。これがなかなかいける。機会があればご賞味を。(雲)

2009年03月08日

県議会代表質問終わる

 開会中の鳥取県議会で、会派の代表質問が終わりました。なかなかすべてのやり取りを聞くことはできませんが、時間を見て議場をのぞいたり、インターネット中継などで論戦に耳を傾けました。なぜか、議会の質問戦があると、いてもたってもいられない。変な習性が身に付いてしまいました。
 すでに紙面で報道していますが、今議会は県職員採用の前倒しやグレーター近畿戦略、定期貨客船の船舶確保などトップ級の話題も多く、平井知事も明快な答弁で、よい質問戦のスタートを切ったと思います。
 
 県民の皆さんの中には、この代表質問についてよく分からないという方もおられるかもしれません。今議会、私が見たり聞いたりしたことを通して「県議会が身近なものになれば」との思いを込め説明したいと思います。
 まず代表質問ができるのは、議員4人以上が所属する交渉要件を満たす会派のみ。現在の県議会では、自民党議員が所属する県議会自民党、自民党クラブ、自由民主と、民主党議員らが所属する信の4会派のみです。自民党が3つに割れたため、かつてに比べ代表質問が多くなりました。(割れた理由についてはここでは省きます)。これ以外に他会派の議員や代表質問者以外の議員が行う一般質問があります。
 会派を代表しての質問は県政全般についての内容となり、質問書を作るのも大変な作業です。過去には執行部がお手伝いすることもあったと聞きますが、今は私の知る限り、ほとんどの議員が自分で質問書を書きます。よって議員はそれに向けての勉強や準備に大変な労力をかけます。今回も複数の質問者から開会前に「しばらく、こもることになる」との声を聞きました。また会派控室にパソコンを持ち込んで、画面とにらめっこする質問者もいました。
 会派を構成する議員の要望も盛り込みながら、さらに地元の懸案なども入れて、執行部の考えをただす、自らの考えを知事にぶつける。地元からバスなどで来られた大勢の支援者が傍聴する中、議員にとってはまさに晴れ舞台です。代表質問は追及質問も含めて通常、昼食を挟んで午後まで続けられます。ここでの知事とのやり取り、いわゆる晴れ舞台は後日、よく写真付きで後援会だよりなどに掲載されます。
  
 代表質問が終わった日は、会派の仲間たちが労をねぎらう「意見交換会」を開いてくれます。「よくやった」とたたえられ、会派の結束も確認できます。ところが今回、質問者の一人が終了後に「きょうは、ゆっくりしたいな」と漏らしていました。精根尽きたといったところ。前準備も含め「代表質問をする」ということが、いかに大変か分かります。
 この意見交換会には平井知事らも出席します。これは慣例のようなもの。が、〝一発勝負〟の議員と違って知事は質問戦が終わるまで受け答えしなくてはなりません。多くの議員は知らないと思いますが、意見交換会終了後、私邸に帰った知事はここで奥さんが作った遅い晩ごはんを食べ、次の質問への対応や議案資料に目を通すなどしているとのことです。優等生の平井知事らしいですが、あの流ちょうな答弁はこうして生まれます。

 一方、地元からの傍聴者はよく県庁食堂で昼食をとられています。今回、食事に来られていた県中部の支援者と話をする機会がありました。鳥取県の意思決定機関の論戦を生で見るのは新鮮なようで、好評でした。特に、平井知事の「片山発言」への逆襲は話題に。現在、県内ではCATVで県議会中継が流されています。傍聴をきっかけに、県民が県政に参画する機運が高まればと思います。
 また、われわれ記者にとっても、代表質問は県政の現状や問題点、知事が目指す方向性などを知るよい場です。質問の背景や議員の取り上げ方など、いろいろ勉強になります。私はかつて当日配布される質問項目の紙を見て、ニュースになる話が出るであろう〝めぼし〟をつけて、そこを集中的に聞くようにしていました。
 片山県政のころは、知事発言(中央批判など)を聞きのがさまいと、議場の記者席は埋まっていました。また、かつては「大物」といわれる議員も何人かおられ、何を言い出すのか興味がありました。その点では片山時代の方が〝緊張感〟があったような気がします。ただ、かつて元議長が「鳥取県議会ほど活発な議会はない」と胸を張っていましたが、内容的には聞き応えがある議会だと思います。

 十分な説明にはなりませんでしたが、県議会に関心を持ってもらえればと思います。日本海新聞ではこれからも県議会で何を話し合っているのか県民に分かるよう、さまざまな切り口で報道していきます。
 鳥取県議会は10日から、各議員の一般質問が始まります。第2ラウンドの幕開けです。(鵜)

2009年03月05日

分かりにくい、信じ難い

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 4日の国会で実施が正式決定した定額給付金のうたい文句は「2/75」。麻生政権が打ち出した景気対策の事業規模75兆円のうち2兆円を定額給付金に充てるが、残る73兆円で雇用創出、地方活性化策なども講じている姿勢を伝えたかったようですが、「分かりにくい」と自民党鳥取県連会長。先月末、東京・永田町の党本部で研修会を開いた県連は党の説明不足、説明下手を指摘していました。
 「有権者に分かりやすく訴える方法を」との注文は医療制度に〝後期高齢者〟の表現を使って国民の反発を買った苦杯ゆえ。総選挙を控えて神経をとがらせた雰囲気は、民主党の小沢一郎代表がマイクの前に立った4日の記者会見でも感じました。
 公設秘書の逮捕、強制捜査をめぐって小沢代表は「一方的な、こじつけたような理由での検察権力の発動は政治的にも法律的にも非常に公正を欠く」と発言。検察捜査の批判に踏み込みましたが、そこで伝えようとしたことが〝国策捜査〟とすれば、ちょっと行き過ぎのように映ります。「信じ難い感覚で受け止める人も多いようですが」との報道陣の質問が5日の党幹部会見でも飛んでいました。
 「分かりにくい」表現による説明は官僚的、「信じ難い」話の発言は軽率―。政権選択選挙を前にした自民、民主各党の課題です。(風)

魚のストレス

 魚へのストレスは、魚肉の味が悪くなる一因です。日本海で夏場に巻き網漁で捕獲されるクロマグロについて、鳥取県産業技術センター食品開発研究所は、多いときで境港に水揚げされたマグロの約三分の一に、背肉が白く水っぽくなる「身焼け」が見られると研究結果を発表しました。
 捕獲時にマグロが網の中で暴れることによる、魚体温の上昇と体の酸性化が「身焼け」の原因ということです。
 一方、魚の鮮度を保つための効果的な活け締め方法を実践研究している上田勝彦・水産庁境港漁業調整事務所資源管理計画官は「魚を海水の入った水槽の中で休ませて漁獲による筋肉中の疲労物質を分解させた後、即殺して血抜きすること」とコツを説明します。
 魚も人間と同様に、ストレスによる体への悪影響を避けるためのケアが大事だと勉強しました。(酒)

2009年03月04日

効果のほどは?

 国の本年度第二次補正予算の関連法案が成立しました。ブレにブレた首相発言で物議を醸した定額給付金は、財源確保によって実施されることになります。給付の手法は各自治体に任されていますが、年度末の慌ただしい時期の申請スタート。万全を期して対応するようですが、予想していないケースも出てくるかもしれませんね。賛否のほどは置いといて国民にしっかり届くようにと祈るばかりです。
 関連して高速道路料金の引き下げも盛り込まれています。普段、高速道路になじみの薄い自分には、どれほどのメリットがあるの?というのが率直な印象ですが、社内では楽しみにしているとの声も聞こえてきました。恩恵を受けるには自動料金収受システム(ETC)の車への搭載が必要になりますが、「買って取り付ける」ときっぱり。期待していた人には早くも効果が現れつつあるようです。
 でも、高速道路を使って頻繁に遠出ができるわけでもないしと思うと、せっかくのETCもほこりをかぶってしまいそうな予感が…。宝の持ち腐れにならないようにと、こちらも祈っておきましょう。定額給付金、高速道路料金引き下げ、いずれにしても効果のほどは分かりません。ただ、何もないよりはましなのは確かです。(舂)

2009年03月03日

布枝さんとしげるさん

 境港市出身の漫画家・水木しげるさんの顕彰像が「水木ロード」の一角に設けられました。水木さんの87回目の誕生日の8日、除幕式があります。式には水木さんと妻の布枝さんがそろって出席されると聞き、布枝さんが一年前に出版したエッセー『ゲゲゲの女房』を思い出しました。
 布枝さんが夫との半世紀の歩みをつづったこの著作。水木さんが貸本漫画でかろうじて生計を立てていた戦後、出版社に原稿を届けた布枝さんが作品をけなされ、原稿料を約束の半値に値切られ、「生活できない」と必死に食い下がる場面など下積み時代の二人三脚が印象深い本です。
 水木さんの漫画や著作には独特の人生観やウィットを感じますが、妻の視線で書かれた『ゲゲゲの女房』もお薦めです。(圭)

オシドリバッジで鳥取県をアピール

 3日付の本紙に「ほのぼのした」話題が出ていました。倉吉市内の印刷会社が、県の鳥・オシドリをPRするピンバッジを製作。背広に付けて、会合や出張の際にアピールしようという取り組みです。
 県鳥を聞かれて、すぐに「オシドリ」と答えられる人は…、案外知らない人も。県西部の日野町では毎冬、日野川でオシドリが観察でき、鮮やかな色(雄)をしたオシドリの群れは風物詩となっています。昨年初めて訪れた同社の山本幸隆社長も、その見事な光景に感動していました。
 オシドリは、〝オシドリ夫婦〟に代表されるよう「仲の良さ」や「末永い幸せ」がイメージされます。今回製作されたピンバッジも、つがいが仲良く寄り添っているデザインです。さらに、ここからが倉吉の経済人のウィットに富んだところですが、バッジの台紙に「そばにいてくれて ありがとう」「こころはいつも あなたのとなり」「超ラブラブって 言われている」など16種類の愛のメッセージが添えられています。これにより、贈り物にもできます。妻から夫へ、彼氏から彼女へ、感謝をこめて今感じている幸せを伝える。企画した道祖尾孝康専務は「そっと渡したら、普段口に出して言えない気持ちも伝わるのでは」とねらいを話しています。
 二十年ぐらい前に話題となった〝うんこまんじゅう〟「天女の忘れもの」以来の、倉吉発のヒット商品となりそうな予感も。
 倉吉市ではこれまで経済人によって、打吹天女伝説や市の花ツバキ、世界遺産登録を目指す三徳山のピンバッジが製作され、内外に観光アピールしています。オシドリバッジも、民間から県を発信する取り組み。そこに意義があります。昨年は新菓子「おしどりの契り」が誕生するなど、ムードも上々。背広から鳥取県をアピールしてみませんか。(鵜)

2009年03月02日

廃病院が展示会場

 廃病院がアートの会場に生まれ変わりました。岩美町浦富の旧岩美病院を会場に2月28日から始まった「美術における自然」鳥取展は、廃病院をアートの拠点とする新たな取り組みとしてとても興味深いものです。同町にアトリエを構えるランド・アーティスト、大久保英治さんと県内の現代美術の作家たち9人の合同展です。
 作品もユニークで、水玉をイメージした枝のオブジェや人工透析の医療機械を使った作品などが並んでいます。大久保さんは「院内に捨てられた物をそのまま使って病院を希望の場にしたい」と展示の狙いを説明しました。アートによって、朽ち果てようとしていた廃病院が息を吹き返したようです。同展は3月8日まで。ぜひ足を運んでみてください。(い)

2009年03月01日

「平井知事VS片山前知事」に思う

 平井伸治知事が開会中の県議会本会議で、片山善博前知事の定期貨客船や医師退職問題での発言に対して強い不快感を示した「片山節に知事怒る」の記事が大きな反響を呼んでいます。本紙などが加盟する「47ニュース」の参加新聞社記事ランキングでアクセス数が全国のニュースの中で第2位(28日午後8時現在)。これには質問した自民党県議も驚いていました。

 〝対立〟の原因は、先月米子市であった講演会で片山氏が鳥大医学部付属病院救命救急センターの医師の退職問題と県の環日本海定期貨客船支援を関連付けて「船にお金を出すより、医療にお金を出して」と定期貨客船への支援を批判したこと。長年仕えてきた元上司の〝一刺し〟に、平井知事は本会議で大学関係者の声を引き合いに片山発言の〝筋違い〟を指摘しました。                                                      
 記者からの一報に、「決別宣言」が浮かびました。思うに、平井氏が知事選に出たころから、二人の間には〝すきま風〟が吹くようになったと思います。かつて「片山・平井コンビ」で県政改革に奔走した当時とは、まったく状況が違っています。その背景には、平井知事誕生後、前知事がさまざまな場面で現知事の取り組みに〝チャチャ〟を入れていることがあります。今回原因となった講演会での発言もその一つです。
 平井知事も当初は、前知事を〝よく知っている〟だけに、「また言ってるわ」ぐらいの感覚だったでしょうが、さすがにたびたび続くと、堪忍袋の緒が切れ、それが議場で質問を受ける形での「不快発言」になったと思います。温厚な性格の平井知事が、片山氏のことを「鳥大に籍のある教官から…」と言ってるところに怒りが伝わってきます。では、なぜ平井知事が元上司に不快感を示すに至ったのでしょう。
 片山知事という、非常にインパクトのあった知事の後、どんな県政を推し進めていくか。部下としてその手法を目の当たりにしてきた平井知事は、選挙に出るにあたって考えたと思います。その結論がマニフェストにあった「改革の果実を県民のものとする」でした。どんなに注目されても、筋論を言ってみても、県民が豊かにならねばならない。そして選挙戦のテーマに、この鳥取県では最も難しい「経済の活性化」を掲げました。
 対岸諸国との人やモノの交流を生む定期貨客船はまさにその切り札で、中海圏域の4市や民間と連携し実現へ走ってきました。その思いは現役時代、環日本海交流の大切さを訴えてきた片山氏もよく分かると思います。行政のかかわり方、結果を出すことの難しさも。一方、予算面も含め県が医療施策をおろそかにしていないことも。それだけに、平井知事にとっては今回の片山発言は「心外」だったのでしょう。
 
 私は、知事選後の二人の間柄に「難しいもの」を感じてきました。
 片山氏は言うまでもなく、優秀な人です。改革派知事と呼ばれ、辞めて大学教授になってもたびたびメディアで取り上げられます。知事時代から、そして今も「歯に衣着せぬ」発言が注目されています。たぶん今回も、現職の時同様「思ったことを率直に言っている」のだと思います。ただ、知事時代からその発言は痛快さと不快感が紙一重でした。
 一方、通常は現職を退いたら、「その後」についてはあれこれ口を挟まないものです。西尾邑次元知事は辞められてから、片山知事に「過去」の県政を批判されても、黙して語らずでした。町長も辞めればただの人、農作業に従事し現町政を見守ります。ただ、こういう通例は、片山氏には当てはまらないのでしょう。かつて自らを支えてくれた元部下でも。その点では「過去の人」にはなれないのかもしれません。
 もちろん片山氏には発言に対する「信念」があることは分かります。しかし、あれだけ韓国江原道との交流を進めた片山氏が、韓国からの試験就航のお客さんを迎える前日に言うことかなと率直に思いました。
 もう一つの懸念は、値打ちを下げることになるのでないか、ということ。たぶん今回、県議の中にも「よく言った。さすが片山」という人は少ないと思います。片山氏は現場主義を唱えましたが、辞められる前ぐらいから現場の空気は変わっていました。理屈よりもジゲのことを、と。今回、発言は喝采されるでしょうか。特に政財界に片山氏の支持者が多くいた県西部で。さらに言えばこの間の、自ら県民の中に入っていく、県経済の立て直しに奔走する平井知事の姿勢への共感が県内に広がっており、片山氏は好むと好まざるとにかかわらず「過去の人」ととらえられています。でも、これは仕方ないことだと思います。一方、平井知事にとってはその「過去の人」を意識せざるを得ない部分がまだあるのかもしれません。
 
 いずれにしろ、〝いまの姿〟は残念に思います。かつての関係を知る県幹部の中には「何でこんなことになったんだ」と思う人も多いでしょう。新旧トップの〝口撃〟合戦に、人間関係の難しさを痛感しました。(鵜)