『海の道』がつながった日に
日韓ロ定期貨客船の第1便がきょう、境港に入港しました。「海の道」がつながったことに感慨を覚えます。
1998年の夏、韓国・江原道の束草市で、翌年に開かれる国際観光エキスポの準備状況を取材しました。この博覧会で茶道や琴の演奏を披露する日韓親善協会と先方との打ち合わせに同行したのです。
当時の韓国の経済情勢は、現在と同じようにとても厳しいものでした。IMF(国際通貨基金)からの金融支援、大手自動車メーカーの倒産、公務員の給与カットといったニュースに現地で触れました。
一方、青草湖(チョンチョホ)周辺の博覧会開催予定地では、ブルドーザーがうなりを上げて造成工事が進んでいました。一角には後に「鳥取県展示館」が建てられ、翌年つまり1999年の秋に、ここを拠点に鳥取の文化が発信されました。日韓親善協会もさまざまな交流事業を成功させました。
韓国政府も江原道も、経済低迷の折でしたが、観光面での情報発信と対岸との交流に力を入れていたのです。
鳥取県でも、1997年に境港で博覧会が開かれています。テーマは「環日本海交流」でした。79日間の会期中に約200万人が訪れ、異文化に触れました。
10年と少し前、二つの地域は同じような博覧会を体験したのですが、いずれも対岸の国を知り、自らの地域をアピールする絶好の機会になったと思います。そして、こうした交流事業の延長線上に、一つの線の上に、定期貨客船の就航もあるのだと感じるのです。
県も道も「環日本海時代」をこの10数年、政策的に追い求めてきたといえます。政治的な問題が横たわり、ときに疎遠になることがあっても、地方対地方のチャンネルはしっかりと守られてきました。
きょう、貨客船に乗って鳥取県西部入りした江原道の記者の皆さんと意見交換しました。世界同時不況の影響もあり、積み荷確保、航路維持の見通しには厳しい見方も出ました。
ただ、これまで10数年の「対岸交流」の積み重ねを振り返り、その成果を認めたうえで、目の前のハードルを乗り越えて、これからの10年に夢を描きたい。市民が海を越えて行き来できる「海の道」がつながった日に、そんなふうに思います。(圭)
出張に合わせて、デジカメを購入しました。フィルムカメラは3台持っていましたが、デジカメは初めて。説明書を読んでいて、驚きました。各シーンに合わせて撮影するシーンモード撮影のほか、画像に音声メモを付けたり、テレビ等への接続、動画の撮影もできます。正直、カメラの「進化」に驚きました。一方、すべての機能を使いこなすのは大変なことだと感じました。
本日付の海潮音の「もちたい焼き」。まさか、身近でこんなユニークな商品が誕生しているとは思いませんでした。
議会好きである。質問戦が始まるといても立ってもいられない。忙しい中、時間をやりくりして議会を傍聴している。なぜ、ここまで議会に関心があるのか考えてみると、やはりそこは、あらゆるものが詰まった記者にとっては宝物のような場所ということ。鳥取県や市町村の今が瞬時に見えてくる。その点では議会からいろいろなことを学ばせてもらった。一方、記者としてはこの決定機関で話し合われていることを、県民に伝えたい。そのため、どうしても議会が始まると力が入る。
2日、鳥取県で初めて開催された近畿ブロック知事会議。ホスト役の平井伸治知事がお土産として各県知事に渡したのが、県の鳥・オシドリと県魚・ヒラメのピンバッジでした。
鳥取県議会に所属議員17人の最大会派「県議会自民党」が誕生しました。会長は既報通り藤井省三氏(東伯郡)、要の幹事長は伊藤美都夫氏(倉吉市)、そして政調会長に石村祐輔氏(東伯郡)。ここで気付かれた方も多いと思いますが、三役いずれも県中部の県議です。