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2009年06月30日

『海の道』がつながった日に

 日韓ロ定期貨客船の第1便がきょう、境港に入港しました。「海の道」がつながったことに感慨を覚えます。
 1998年の夏、韓国・江原道の束草市で、翌年に開かれる国際観光エキスポの準備状況を取材しました。この博覧会で茶道や琴の演奏を披露する日韓親善協会と先方との打ち合わせに同行したのです。
 当時の韓国の経済情勢は、現在と同じようにとても厳しいものでした。IMF(国際通貨基金)からの金融支援、大手自動車メーカーの倒産、公務員の給与カットといったニュースに現地で触れました。
 一方、青草湖(チョンチョホ)周辺の博覧会開催予定地では、ブルドーザーがうなりを上げて造成工事が進んでいました。一角には後に「鳥取県展示館」が建てられ、翌年つまり1999年の秋に、ここを拠点に鳥取の文化が発信されました。日韓親善協会もさまざまな交流事業を成功させました。
 韓国政府も江原道も、経済低迷の折でしたが、観光面での情報発信と対岸との交流に力を入れていたのです。
 鳥取県でも、1997年に境港で博覧会が開かれています。テーマは「環日本海交流」でした。79日間の会期中に約200万人が訪れ、異文化に触れました。
 10年と少し前、二つの地域は同じような博覧会を体験したのですが、いずれも対岸の国を知り、自らの地域をアピールする絶好の機会になったと思います。そして、こうした交流事業の延長線上に、一つの線の上に、定期貨客船の就航もあるのだと感じるのです。
 県も道も「環日本海時代」をこの10数年、政策的に追い求めてきたといえます。政治的な問題が横たわり、ときに疎遠になることがあっても、地方対地方のチャンネルはしっかりと守られてきました。
 きょう、貨客船に乗って鳥取県西部入りした江原道の記者の皆さんと意見交換しました。世界同時不況の影響もあり、積み荷確保、航路維持の見通しには厳しい見方も出ました。
 ただ、これまで10数年の「対岸交流」の積み重ねを振り返り、その成果を認めたうえで、目の前のハードルを乗り越えて、これからの10年に夢を描きたい。市民が海を越えて行き来できる「海の道」がつながった日に、そんなふうに思います。(圭)

2009年06月29日

デジカメも「進化」

090629.jpg 出張に合わせて、デジカメを購入しました。フィルムカメラは3台持っていましたが、デジカメは初めて。説明書を読んでいて、驚きました。各シーンに合わせて撮影するシーンモード撮影のほか、画像に音声メモを付けたり、テレビ等への接続、動画の撮影もできます。正直、カメラの「進化」に驚きました。一方、すべての機能を使いこなすのは大変なことだと感じました。
 近年は会議写真ぐらいしか撮ったことがなく、腕はまったく上達していませんが、このブログもどんどん写真を付けてビジュアルにしていきます。=写真は本社編集局。(鵜)

交通事故

 不意の衝撃でした。日曜日の昼下がり、鳥取市内の県道を運転中、交差点の一時停止で止まっていたら後続車に衝突されたのです。先方の保険代理店がすぐに現場にやってきて謝罪。マイカーは大破したので代車を用意してくれることになりました。以前はその場で代理店が手配したものですが現代は違います。加入している全国大手の保険会社の名前を挙げ、「あとは県外、恐らく沖縄あたりのコールセンターから電話がかかってきて対処しますから。今日中に手配できます」とのこと。それが午後3時半ぐらいでしたが、待てど暮らせど電話がありません。その代理店にも電話しましたがなかなかつながりません。そのコールセンターにも連絡しましたが、らちが明きません。ようやく連絡がつき、解決したのは午後7時前でした。この間、鳥取県だと伝え、「鳥取」の名がついた地元のカーディーラーに修理に出すといったのに、なぜか鳥取と徳島を間違えるなど混乱し放しでした。
 保険会社の24時間のコールセンターの出現以来、ありとあらゆることが電話で片付く時代になりました。ですが、便利になったようでものすごく遠回りを感じました。この処理でかえって加害者に対する印象が悪くなったのは事実です。さらに悪いことには、わたし自身の任意保険がこの大手保険会社なのです。万が一、自分自身が加害者になった場合、この保険会社で先方のケアができるだろうか、かえって怒りを増幅させて事態をこじらせてしまわないか、すごく心配になりました。(理)

2009年06月27日

長男の嫁

 最近、地方の観光振興や都市間交流を語る上で欠かせないのが「ホスピタリティー」なるものです。もっと具体的に書けば、都会の人たちは癒やしを求めて地方に来るので、地方の人々は精いっぱいもてなさなければならない―といった理屈です。もてなしがビジネスになる人たちはいいのですが、それ以外の人たちにも無理強いをする論調があるのは疑問です。ちょうど、盆と正月に一族が帰ってくる長男に嫁いだ奥さんのようなものです。もてなされる帰省組は「やっぱり、田舎はいい」と満喫しますが、もてなす側のお嫁さんをはじめ長男一家はどこで癒やしたらいいのでしょうか。まだ盆と正月だから辛抱できるかもしれませんが、毎週末に「ホスピタリティー」などと叫ばれてもたまったものではありません。地方の人たちが無理をしてつくりだした癒やし、非日常の虚構でつくり出した観光空間はいつか消えます。
 こうした持続不可能な長男の嫁的観光ホスピタリティーではなく、生活観光とでもいうのか、普通の営みの中で都市間交流や観光振興が図れないものでしょうか。
 そのきっかけは「B級グルメブーム」に潜んでいると考えます。いままで都会からお客さんが来ると忘年会以外は食べたことも泊まったこともない温泉旅館で接待し、「ここの料理は最高だから」なんてうそぶいた経験はありませんか。それよりも普段から親しんでいる市井の「うまいもの」いわゆるB級グルメで本当のおもてなしをするのが筋だと思います。
 そんな意味で、B級グルメブームは地方の観光振興に新たな展開をもたらしてくれると思うのです。(閑)

2009年06月26日

猿尾滝人気

 蒸し暑い日が続いていますが、涼を求め、日本の滝百選の一つ、猿尾滝(兵庫県香美町村岡区日影)を訪れました。
 10年前に年3000人を切っていた猿尾滝の来訪者はうなぎ上りに増えていて、昨年は年7万人を突破。駐車場から数分で落差60㍍の滝つぼまで、大げさに言えばハイヒールでもたどり着ける、そんな手軽さがリピーターを呼び込んでいるようです。
 ただ滝周辺に物販施設もなく、毎日1台、週末3台は必ずやって来る大型バスの駐車料金も無料。地元の観光ガイドを頼むのに若干お金がいる程度です。観光客が何人来たからといって、滝だけではそう地元が潤うわけではない。
 そんな状況をもったいないと思うわけです。猿尾滝人気にあやかり、地元のグルメや温泉などを絡め、ハチ北高原、香美町内のコテージ村などに宿泊客を取り込む仕掛けがほしいですね。(雲)

『弩』執筆こぼれ話

 「農民が侍を雇った」と伝わる智頭町那岐地区の史料をもとにした今年5月発刊の歴史小説『弩(ど)』は智頭をはじめ船岡、佐治、用瀬と因幡地方の地名が登場し、親しみを覚えます。読み進めると、境港の名も。
 「境港と言えば有名じゃないですか。水木しげるさんの古里ですよね」と著者の下川博さんは物語に「境港」を挿入した理由を明かしてくれました。「地元(鳥取県)の人に愛され、受け入れられるように」考えたとのこと。執筆にあたっては格差が広がる現代社会に問い掛ける視点もあったようです。
 下川さんのインタビューをベースにした記事は近日、本紙に掲載予定。(風)

「たい焼き」は永遠に不滅です

090626.jpg 本日付の海潮音の「もちたい焼き」。まさか、身近でこんなユニークな商品が誕生しているとは思いませんでした。
 私はたい焼きが大好きです。腹が空いているときは、特にうまい。食べるときは頭からかぶりつくようにしています。ちょっとしたこだわりです。
 もちを皮にたい焼きを作った野嶋幹夫さん(62)。製造業者が持って来た新しい生地を見て、「いける」と直感。試作を重ねて「もちたい焼き」を完成させたとき、「みんなが喜ぶぞ」と思ったそうです。
 野嶋さんがたいやき店を始めたきっかけは、小資本で起業できることもありますが、「みんなが喜ぶものをしたい」との思いでした。多くの人に喜んでもらいたい、まさに商売やモノづくりの基本であり、野嶋さんのその姿勢は、もちたい焼きのヒットという「福」を招きました。
 一方、新商品の開発には、知恵と工夫が必要です。もちたい焼きはラップでくるまれています。こうしたことで、衛生的で、水分が蒸発せず皮が硬くならないという良い結果が付いてきました。野嶋さんは店の従業員にも「これまでの概念にとらわれず、何でもいいから自分の思いで発案してみて」と話しているそうです。
 昭和から平成へ。野嶋さんによると、たい焼きの生地も時代に合ったかたちで進化しているとのこと。が、時代が変わっても、たい焼きのあの姿とおいしさは永遠のものです。(鵜)

2009年06月23日

東山でJリーグ

 JFLのガイナーレ鳥取はシーズン折り返し地点を迎えて現在2位。来季J2昇格へ好位置につける中、「米子でJリーグの試合が見たい」と、商議所青年部などで作る県西部青経連が市営東山陸上競技場の施設改修を求める署名活動を始めました。
 東山陸上競技場がJリーグの使用施設の基準を満たしていないため、昇格してもガイナーレの勇姿が米子では見られなくなるためです。長年ホームタウンとして同競技場に足を運び、応援してきた県西部のファンからすれば、「糟糠(そうこう)の妻」の思いではないでしょうか。
 財政難の米子市が施設改修に動き出すとはとても思えません。ただ、Jリーグも地域振興という理想を掲げるなら、地方の自治体が財政難にあえぎ、さらにいえばサッカー人気の陰りも指摘される折、ホームタウンに高いハードルを課すのはどうかと思います。施設だけのために、これまで地域で培ってきた〝サッカー文化〟の素地が失われてしまうのでは本末転倒です。
 東山陸上競技場のあるスポーツ公園は、野球場やテニスコート、体育館、プールがそろい、近くにはJRの駅もあり、Jリーグの百年構想にある理想のスタジアムのイラストをほうふつとさせます。今は無理でも、施設の老朽化でいずれ改修時期が訪れる。そこまで県西部からサッカー熱が冷めてしまわないように年に数回でも試合を可能にできないものでしょうか。
 野坂市長は「J2に昇格した際には、市としてもできるだけ試合を誘致したい。あらゆる面から誘致を検討したい」と述べています。ガイナーレが失速しないことを祈りつつ、同市長の熱意と行動に期待したいと思います。(Q)

2009年06月22日

ジオーパーク②

 海岸沿いの県境を歩く21日の「山陰海岸ジオウオーク」は盛況でした。雨が降らなかったのも幸いし、地元の鳥取、兵庫両県から大勢の人たちが参加。山陰海岸の世界ジオパーク登録への機運を盛り上げました。
 参加者からは「ゆっくり歩いて眺める海の景色もなかなかのもの」という声がたくさんありました。景観だけでなく、日本海が形成されるまでの壮大なドラマを刻み込んだ貴重な地質遺産の宝庫。具体的にどこのどの部分がどんなふうに貴重なのか、そんな知識を持って歩いた人は、また違った感動に出会えたことでしょう。
 地域にとって、山陰海岸の地質遺産は、観光活用してこそ価値が見いだせる資源。洞門を探検したり、海から陸を眺めたりするジオパークの体感ツアーも始まっているように聞いています。山陰海岸が世界登録されるそう遠くない日に備え、もっともっと活用策を探ってみる必要がありそうです。(雲)

2009年06月18日

ジオパーク

 浦富海岸と鳥取砂丘。隣り合わせなのに全く別なものと思っていましたが、違ったのです。鳥取砂丘は千代川が運ぶ砂で形成されたことはよく知られていますが、打ち寄せる日本海の波も砂を運んでいるのです。つまり、日本海はほぼ同じところに打ち寄せていながら、片方で砂を運び、片方でがけを削っていたのですね。自然はまさに偉大な芸術家です。砂を運んで「鳥取砂丘」という豊かな線を持った像をつくりだす一方で、浦富海岸では彫刻刀を大胆に振るい景勝地という芸術品を生み出したのですから。
 この二つの芸術品を含む鳥取市から京都府京丹後市までの海岸を「山陰ジオパーク」という地域で束ね、世界ジオパークに登録しようという運動が行政などで展開されています。ジオパークとは貴重な地質遺産を抱える地域を自然公園にして保護・活用を進める考えで、山陰海岸は日本海が誕生した壮大なドラマを秘めている―という価値に基づいて国際的な理解を得ていく方針です。
 ジオパークとは造語です。ジオ(地質)に公園のパークを合成したのですね。ならば、パークとしての楽しさを強調する努力がもっと必要です。テーマパークの楽しさといえば、アトラクションと並んで思い浮かべるのが、食です。山陰ジオパークならではの食。それは、ならではの土がつくった野菜、ならではの海がもたらした魚介類、ならではの水でつくったジュースやお酒によってもたらされるでしょう。山陰ジオパークは、自然という芸術家が作ったアトラクションは十分備えています。あとは食で楽しむ仕掛けをすれば日本一のパークも夢ではありません。(理)

日韓ロ定期船の売り込み

 韓国のDBSクルーズフェリー社による、境港と韓国・東海、ロシア・ウラジオストクを結ぶ日韓露定期貨客船の29日就航を控え、鳥取県の緊急プロジェクトチーム(PT)の動きが活発化しています。
 物流貿易班は17、18、22日に岡山、広島、大阪で企業を対象に新航路の利用促進懇談会を開催中で、観光交流班は22、23、24日に大阪、広島、松山で旅行業者を対象に説明会を予定しています。
 貿易関係者によりますと、新航路は地元山陰にとっては生鮮食品などを境港―東海、高速道路経由で韓国の首都・ソウルの市場まで24時間以内で輸送できるのが、最大の利点ということです。
 また、山陽や関西の企業向けには、特にロシアへの商品輸出がセールスポイントになるとのことです。日本とロシア極東を結ぶ既存の定期コンテナ航路は横浜を最終に日本に複数の寄港地があり、ロシアへ積荷が届くまでにかなりの日数がかかっています。新航路を利用すると、境港から韓国・東海を経由して2日以内にロシア・ウラジオストクに積荷を届けることができます。
 一方、観光客集めについて県のPT観光交流班は、一味違う船旅を楽しみたい学生などの個人客と、時間があって安価な旅を楽しみたい団体客がターゲットになるとしています。東海のある韓国・江原道と船旅の魅力をアピールする形で、旅行会社にツアー商品をつくってもらう必要がありそうです。
 日韓露定期貨客船に当面、鳥取県や境港市などの中海圏域4市1町が運航奨励費を出すことに、「特定の私企業への赤字補てん」との批判があります。他方で、韓国の船会社がリスクを覚悟で日韓露定期航路を就航させ、日本側の寄港地に境港が選ばれたという「恩恵」を忘れてはいけません。
 運航会社のDBSクルーズフェリー社が、事業収支見通しの「4年後の黒字」実現のために全力を挙げるのは当然ですが、側面支援も大事です。
境港を玄関口に、対岸の韓国やロシアなどと山陰はじめ山陽や関西、四国など西日本との間で人や物、情報が行き来するようになれば、地域に活力が生まれます。荷物、乗客とも当面多くの利用は見込めませんが、辛抱強く支援して安定的に就航させる夢と情熱を持ちたいものです。(酒)

2009年06月17日

不思議なランキング

 石川ではオタマジャクシが天から陸に降ってきて住民を驚かせています。竜巻が似たような現象をもたらすそうですが、肝心の竜巻が発生した形跡がないのですから、不思議です。天から降ってきたわけではないのですが、わが社のHPでもそれと同じぐらい不思議な現象が起きています。記事のアクセスランキングが掲示されているのはご存知でしょうが、よく但馬版のニュースがトップに躍り出るのです。このコラムを書いている時の首位は「元禄期 豊岡藩士は生活苦 内情知る書状など発見」。兵庫県の豊岡市教委が発表したニュースをわが社の豊岡通信部の記者が報じたものです。そして第2位は『「こんな馬鹿な話ない」韓国側の違法操業に怒り』。香住漁港の話題を記事にしたものです。この第2位のニュースはHPにアップされた時、瞬間風速ではありますが、全国の新聞社でつくる47ニュースで全国1位のアクセスを記録しました。
 わが社が但馬版を発行しているのは美方郡内だけです。ここの人口は3万7000人ほど。HPの利用度も当然県内よりも少ないと思うのですが、なぜこんなにもアクセスがあるのでしょう。ニュースの内容も決して全国から注目されているものではありませんが…。
 この不思議を但馬支社のデスクに問い合わせたら、あっさりと謎を解いてくれました。但馬地区のニュースを丁寧にきめ細かく報じている媒体はわが社ぐらいだそうです。そのため、わが社のHPは但馬地区のことが知りたい兵庫県の人々からすれば結構人気のサイトになっているわけです。当然、アクセスランキングが上位にあればニュースに関係のない人でも「どれどれ」とクリックするのは世の常です。こうして兵庫県とは縁もゆかりもない「ファン」を巻き込みながら、但馬発のニュースがランキング上位を独走しているのです。但馬支社の記者はわが社で最も読者の少ない新聞にしか記事を書いていませんが、意外にわが社で最も読まれているニュースを報じているのかもしれません。(理)

2009年06月16日

がんばれ県議

090616.jpg 議会好きである。質問戦が始まるといても立ってもいられない。忙しい中、時間をやりくりして議会を傍聴している。なぜ、ここまで議会に関心があるのか考えてみると、やはりそこは、あらゆるものが詰まった記者にとっては宝物のような場所ということ。鳥取県や市町村の今が瞬時に見えてくる。その点では議会からいろいろなことを学ばせてもらった。一方、記者としてはこの決定機関で話し合われていることを、県民に伝えたい。そのため、どうしても議会が始まると力が入る。
 鳥取本社に転勤となって2度目の県議会定例会が開かれている。平井県政誕生後は出先からCATVやインターネットで傍聴していたが、やはり議場に足を運ぶようにしている。不思議なもので、あとで議事録を読んでも、その場のニュアンスは伝わらない、皮膚感覚が大切だ。
 ところが、どうも最近の県議会は、フィットしない。かつての片山県政時代のイメージがあるためか。というか、緊張感が薄れ、迫力に欠けているように感じる。確かに片山時代には「何が飛び出すか分からない」部分があり、記者も一挙手一投足を注視していた。「的はずれ」と切り捨てる知事、時には問題発言も。議員も知事発言にかみついた。
 平井知事は自ら言うように、片山知事とは〝芸風〟が違う。議員の首を傾げたくなるような質問にも、相手に恥をかかさないように上手に答える。人の良さだ。ただ、平井知事の場合は、やはり聞き手が一定レベルの質問をしてこそ、初めてその〝芸風〟が生きてくるのだと思う。むしろ厳しい追及をされたほうが、平井知事の、どんなことにも対応できる〝力量〟が発揮されるのでないか。そのことは、傍聴する県民に、県政や県の取り組みに興味を持ってもらうことにつながる。
 その点では、議員側の質問が弱い。例えば16日の一般質問。指定管理者をめぐる問題が出たが、単に考え方を聞くだけでなく、県内の実態を例に出して言えば、その質問にリアリティーが出てくる。これ以外にも、地域と人を知る県議は、執行部がどんなにきれいなことを言っても、現場の実態はそうなっていないことをよく知っているはずだ。それは十分に質問のスパイスになる。
 余談だが、かつては県議会の質問戦の日は記事になるネタが4、5本あって、その日の紙面に入らないため翌日回しにしたもの。ところがいまは仕立て上げないとできない。議員のせっかくの質問、できるだけ紙面に出してあげたいのだが、その質問 ―答弁にめぐり合えないのが実情だ。
 しかし、この模様を県民、有権者はCATVで見ている。いろいろなことを考えながら。
 県議会の質問戦はまだまだ続く。いっそうの奮起に期待。(鵜)

2009年06月11日

仙骨

 朝、出勤前です。靴下をはこうとして片足立ちになった時、鼻がむずむず。思いっきりくしゃみした瞬間でした。腰に激痛が走り、靴下を履きかけたまま仰向けに倒れてしまいました。痛みで歩くのもままなりません。病院へ直行です。
 お医者さんによると左足がうまく上がらないようです。「左側の仙骨が…」。よく聞こえませんでしたが、ぎっくり腰などではなく、左足側の仙骨の辺りが何かずれたようです。左腰の辺りを指圧すると、足が上がるように。片足立ちというバランスの悪い姿勢の時にくしゃみの衝撃が襲い「体が対応できなかったんでしょう」とお医者さん。2週間ほど様子を見るように言われました。
 仙骨とは何ぞや。インターネットで調べるとけっこうポピュラーな骨のようです。体のゆがみの原因になっているケースが多く、仙骨を調整して体のゆがみを治せば新陳代謝がよくなりやせるという「仙骨ダイエット」などいろいろとヒットしました。
 これぞ、けがの功名です。ひょっとしたらこれで体のゆがみが治ったかもしれません。そう慰めて、腰をかばいながら仕事をしています。(閑)

2009年06月10日

ホタル

 ホタルを見ました。といっても、数10匹、数100匹が乱舞する名所ではなく、わが家のすぐ近くの水路の周辺。数匹がぽつりぽつりと飛ぶだけですが、「今年も、こんな季節か」としばらく眺めていました。
 枕草子には、「やみもなおほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなどほのかにひかりて行くもをかし」とあります。乱舞もいいが、ぽつりぽつりと飛ぶホタルも趣があるということでしょう。
 聞こえるのは、カエルの鳴き声だけ。目が慣れてくると、田植えが終わって間もない水田には、遠くの山並みがシルエットのように映っています。そして、その上をふわりふわりと飛びながら幻想的に光るホタル。鳥取で生活することのすばらしさを実感したひと時でした。(社)
 

2009年06月08日

地域の伝統を守る

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 「ヨーイヤサッサ、ヨイサッサ」。威勢のよい掛け声と共に、伝説の竜に見立てた菖蒲綱(全長約15㍍、直径約20㌢)を作る伝統行事が、兵庫県香美町村岡区内の和田集落でありました。
今年は30~50代の若い世代が、行事の流れや綱作りを熟知する数少ない70代の先輩から事細かに指導を受けていました。一説には江戸時代から続く技を正しく継承していこうという初の取り組み。竜の頭や芯の作り方を質問したり、デジカメで作業の様子を記録するなど若い世代の熱意を感じました。
 このような伝統行事に若手の参加者は減る傾向で、その流れに任せて放置したままだと、正統な技の継承が困難になるばかりか、親睦を兼ねた行事自体が消滅してしまう可能性もあります。次を担う世代から声を上げ、早めに手を打ってほしいですね。(雲)

2009年06月07日

いざというときのために

 新型インフルエンザの感染拡大によって大阪府や兵庫県内の保育所、学童保育が1週間休みになった事態を、働くお母さんはどのように乗り切ったのか。本紙6月3日付くらし・家庭面は母親同士が交互に子どもを預け合った事例を紹介していました。
 保育所の閉鎖は保護者にとっては突然の〝危機〟。人口が密集する東京都では板橋区が5月1日に緊急時保育の希望者の募集を始め、当時、その取り組みは先進的だったためマスコミの注目を集めました。
 緊急時保育の対象として警察や医療など社会機能維持の仕事に勤務する保護者だけでなく、「その他の事情により家庭保育ができない」場合も受け付けたところ、760人を超す申し込みがあったとのこと。「もっと少ないと思っていた」と板橋区の担当者は話していました。
 新型の感染が終息の方向にある現在、混乱していた社会は落ち着きを取り戻しましたが、不測の事態は世間にありがち。「いざというときのために、普段から母親同士の連携を取っていた」とは前出の働くお母さんの言葉です。(風)

2009年06月03日

漢数字の妙味

 1日付の新聞から洋数字の使用を大幅に増やしました。先に文字を大きくした関係で一ページあたりの文字数が少なくなり、洋数字の導入で少しでも入れる情報を増やそうという試みです。ただ、洋数字で日本語文化が崩れるという根強い懸念があり、かなり慎重に検討してきました。滑り出しは上々です。記者の間に大きな混乱もありませんし、読者の皆さんからの反対の声も今のところは寄せられていません。
 ただ、少し寂しいものがあります。
 新聞の作文は誰もが勝手に書くとばらばらになってしまうのでさまざまなルールがあります。このルールにより、誰が書いても文字の使用法が統一されるのですが、なかでも数字の表記は多くの取り決めがありました。同じパーセント表記でも、割合を示す時は洋数字ですが、頑張った度合いや出来栄えなど不定量の場合は漢数字です。年代でも昭和五十三年と書く一方で、西暦は一九七八年です。こうした取り決めを熟読していない記者はよく間違えます。そこでデスクはビシッと注意できる好機が生じるのです。ところが、洋数字になってからはこうした取り決めが漢数字か洋数字かの二通りしかなくなりました。どの記者でも間違えなくなったのです。
 神は細部に宿り給う。数字表記は記者にこのことを教える最高の機会だったのですが…。洋数字で便利になったものの、なにやら味気ないこのごろです。(閑)
 

オシドリとヒラメと知事会

090603.jpg 2日、鳥取県で初めて開催された近畿ブロック知事会議。ホスト役の平井伸治知事がお土産として各県知事に渡したのが、県の鳥・オシドリと県魚・ヒラメのピンバッジでした。
 「広域インフラグランドデザインについて」という難しい話の最中に、平井知事が「この会議で〝ヒラメ輝〟が生まれ、オシドリのように〝一緒にいることが自然なんです〟となれば」とピンバッジを紹介したときには、場面が場面だけにちょっとびっくりしましたが、うれしくもありました。実際、嘉田由紀子滋賀県知事に受けていました。
 ピンバッジは鳥取県を全国に発信する後押しをしようと、県中部の経済人が製作していたものです。知事同様、私もピンバッジが大好きで、これまで三徳山バッジの提案などにかかわってきました。
 一経済人が県に協力しようとしても、大きなことはできません。バッジの製作しても現実には〝手出し〟です。しかし、その小さなバッジには思いがこもっています。それに応えてくれた平井知事に感謝。(鵜)
 

2009年06月01日

3役人事と「副産物」

090601.jpg 鳥取県議会に所属議員17人の最大会派「県議会自民党」が誕生しました。会長は既報通り藤井省三氏(東伯郡)、要の幹事長は伊藤美都夫氏(倉吉市)、そして政調会長に石村祐輔氏(東伯郡)。ここで気付かれた方も多いと思いますが、三役いずれも県中部の県議です。
 会見で藤井会長は「ある意味最強の布陣」と説明。もちろん新会派の要職を中部の県議が占めたのは偶然なんですが、藤井会長は「融和を第一に考えた人選」とも言っています。
 本来は幹事長、政調会長のポストは会長指名です。ただ、藤井氏は自民系2会派が合流する今回は「皆さんの意見を聞いて、この人なら、という人にやってもらうことになる」との考え方を持っていました。伊藤氏もいろいろ考えた末、やはり「融和」を念頭に引き受けられたと思います。
 取材を通して思うところがありました。県中部の県議は昔からバラバラでした。発展しない理由にも挙げられたことがありますが、なぜこうなのかと思います。私自身はそれぞれの県議と付き合いがあり、一方でそうなる理由も分かるため、複雑な心境でもありました。
 ところが今回、藤井氏は「中部はこれを生かさない手はない」とも語っています。つまり、中部の3人が県議会最大会派の主要ポストに就いた、影響力を発揮できる立場にあり、平井県政に対してもだ、その中で一致団結していったらすごいことができるのでないか、ということです。
 もちろん県全体のことを考えるのですが、中部にとっても一つのチャンスととらえています。そのためには、水に流すこともあるし、腹の中に飲み込むこともある、ということでしょう。会長になるとえらい心が広くなるなと思いながらも、「東郷池に屋形舟を浮かべて3人で酒を酌み交わしたら」と提案しておきました。
 これから倉吉駅北の整備が本格的に始まります。斎場をどうするのか。中部の経済が大変な状況の中で、雇用をどう確保するか。倉吉市と東伯郡はうまく連携できているのか。話す材料は山ほどあります。
 どうせなら、中部の他の4県議、前職の杉根修氏らも含め、一緒になって汗を流していく。そういう形ができればと思います。選挙は選挙、まとまることも大切です。
 かつては花本美雄氏(故人)のような傑出した人物がいて、リーダーシップを発揮していました。強引なところもありましたが、みんな従っていました。しかし、その後は人間関係が前面に出て、一つのことをやろうにも歯車がかみ合っていなかったのが実情です。
 今回の人事を「吉」とするか。「融和」を考えた、藤井会長のリーダーシップと伊藤幹事長の調整力に期待しています。(鵜)