漢数字の妙味
1日付の新聞から洋数字の使用を大幅に増やしました。先に文字を大きくした関係で一ページあたりの文字数が少なくなり、洋数字の導入で少しでも入れる情報を増やそうという試みです。ただ、洋数字で日本語文化が崩れるという根強い懸念があり、かなり慎重に検討してきました。滑り出しは上々です。記者の間に大きな混乱もありませんし、読者の皆さんからの反対の声も今のところは寄せられていません。
ただ、少し寂しいものがあります。
新聞の作文は誰もが勝手に書くとばらばらになってしまうのでさまざまなルールがあります。このルールにより、誰が書いても文字の使用法が統一されるのですが、なかでも数字の表記は多くの取り決めがありました。同じパーセント表記でも、割合を示す時は洋数字ですが、頑張った度合いや出来栄えなど不定量の場合は漢数字です。年代でも昭和五十三年と書く一方で、西暦は一九七八年です。こうした取り決めを熟読していない記者はよく間違えます。そこでデスクはビシッと注意できる好機が生じるのです。ところが、洋数字になってからはこうした取り決めが漢数字か洋数字かの二通りしかなくなりました。どの記者でも間違えなくなったのです。
神は細部に宿り給う。数字表記は記者にこのことを教える最高の機会だったのですが…。洋数字で便利になったものの、なにやら味気ないこのごろです。(閑)