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床屋〝清〟談

 先日、旧知の床屋さんに行った時です。「最近、人の気持ちがわからん」と店主が嘆くのです。はさみを振るいながらの店主の話はこうでした。先日、千葉で女性が殺害されたうえ、次女が連れ去られる事件が発生しました。結局、沖縄で無事に発見されましたが、散髪に来たお客さんが「次女も悪い。逃げるチャンスがあったはずだ」と放言されたそうです。「お客さんだから反論するわけにはいきませんが、この人はなんてひどいことを言うのか。腹がたって仕方ない」と怒りの表情です。「男に監視されてどれだけ恐かったか。そんなことも想像できないんですかねえ」。頭を刈られながら、こちらも鏡に向かってうなずきました。
 犯罪被害者の方の講演などでこうした例をよく聞きます。ある交通事故の被害者の遺族はこう叫んでいました。深夜に飲酒運転の車に突っ込まれ、娘さんを亡くしたのですが「深夜に遊んでいるほうが悪い」という心無い批判を浴びたそうです。
 われわれは想像力が衰えているのかもしれません。競争、合理主義を突き詰め、効率に生きるあまり、人の心を思いやる大事な心を忘れてしまったのかもしれません。床屋さんの憤激はそんな現代の一側面を教えてくれたのでした。(閑)
 

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