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2009年09月30日

総論<核論>

 総論賛成各論反対といえば無責任な印象が漂います。が、各論が<核論>の場合もあるのではないでしょうか。今、話題の八ツ場ダムです。全国の人々に「無駄なダムは即刻建設を中止する」政策の多数決を取ったら、必ず支持されるでしょう。しかし、ダムに関連する住民たちの悲哀に直面すれば「住民たちの生活を守る」ことを前提に考える人々が多いのではないでしょうか。この場合、総論が方針で、<核論>は総論を実施する方法と考えてもいいでしょう。住民たちの幸福を考えることと無駄なダム建設中止が矛盾しない方法を考えるのが政治の要諦であり、<核論>です。多数決にかけるようなことではないでしょう。民主党政権の、前原国交相の手腕そのものが問われているのです。
 八ツ場ダムと似ているのが、倉吉の斎場問題です。斎場そのものは絶対に必要です。多数決をとったら支持されるでしょう。しかし、斎場の必要性と住民の思いを一緒くたに考えるのは、おかしなことです。斎場を建設しつつ、住民の幸福も実現することこそが、政治なのです。それがこの問題の<核論>なのです。多数決にかけるようなことではありません。今度の市長選、問われているのは誰が<核論>を解決するかであり、斎場の必要性ではないはずです。(理)

2009年09月25日

核なき世界

 国連安保理が24日、画期的な決議を行いました。被爆国・日本の願いもむなしく、核軍拡を続けていた核保有国が「核兵器のない世界」を目指すと宣言したのです。オバマ米大統領のリードですが、トップが代わるとここまで変わるのかと正直驚きです。イランや北朝鮮などへの核拡散を防止する狙いもあり、核廃絶は本当に可能なのかまだ疑心暗鬼ですが、一歩踏み出した勇気は高く評価できます。
 オバマ大統領の4月のプラハ宣言を機に、世界的に核廃絶のうねりが高まっています。本紙が8月の終戦記念日に向けて「戦争と平和を考える」をテーマに読者から投稿を呼びかけたところ、例年の倍以上の100通を超える生の声が届きました。12回にわたって特集しましたが、核問題を取り上げた投稿も多く、切実な思いが伝わってきます。世界が動き出した今、やはり世論の力は強いと思います。オバマ大統領は来年春にワシントンで核軍縮サミットを開く意向ですが、ワシントンではなく広島で開くべきでしょう。(山)

高速千円時代

 シルバーウイークは県外に出かけましたが、高速道や観光地はゴールデンウィーク並みの混雑でした。民族大移動という観点でいえば「シルバー」ではなく「ゴールデン」と形容したいぐらいです。高速千円はわれわれの想像をはるかに超える「移動欲」を人々にもたらしているようです。これでGW、お盆、SWと3回の集中的な「高速千円」を体験しましたが、ひとつ思うことがあります。高速千円で押し寄せる観光客への対応を誤れば、観光地としての競争に脱落するということです。
 高知の例を挙げましょう。坂本竜馬を主人公にした小説とそのブームで高知は一躍観光地にのし上がりました。ところが急増した観光客への対応を誤り、GWには宿泊できなかった観光客が駅で一晩明かすなどの現象が生じたのです。が、えらかったのはここからです。官民一体となって宿泊施設の確保に乗り出しました。公務員や教員の研修用施設やユニークなところでは保育園、お寺などがGW時季だけ宿泊施設となり、観光客を迎えたのです。わたし自身も保育園に宿泊したことがあります。当然、夜は歓楽街に繰り出し、カツオのタタキを満喫しました。それ以来の高知のファンで、年に1回は必ず旅行し、毎回、高知料理を楽しんでいます。
 高速千円時代を迎え、観光地としての能力を一時的に上回る集中豪雨的な観光客が押し寄せるようになりました。一時的ですからホテルや本格的な駐車場を増やすなど恒久的な対策は効率が悪く不可能です。とは言え、対応を怠れば観光客に悪イメージが定着し、そっぽを向かれるでしょう。
 SW中、鳥取砂丘に生じた混雑のニュースを聞くと不安がよぎりました。いまこそ、腕の見せ所です。英知を集めて対応したいものです。(理)
 

2009年09月20日

自民党再生への扉

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17日の自民党再生会議に臨む議員

 自民党の新しい総裁選びは衆参両院議員、地方党員による投開票の28日に向けて進行中。衆院選惨敗で下野し、体制の立て直しを図る自民党は国民の信頼を取り戻し、民主党から政権を奪還できるのでしょうか。

 ■比例と小選挙区のねじれ

 衆院選公示前の300議席から119議席に後退した自民党ですが、鳥取、島根、高知、福井の4県では小選挙区の議席をすべて確保しました。なぜか―。
 「地域間格差で取り残されているという意識が強い」と平井伸治鳥取県知事。2日の会見発言に興味を覚え、後日、その趣旨を尋ねると「高速道路」を例に説明を受けました。
 鳥取、島根両県にまたがる山陰道の未完成な状況は高知県の太平洋沿岸や福井県の若狭湾沿いに計画された高速道路網の不完全な実態と共通し、いずれも「取り残されている」地域になる。
 鳥取県の場合、有権者の投票行動は民主党が比例代表で自民党を上回って全国傾向と同じでしたが、小選挙区の2議席で自民党が占めた「ねじれ」について、平井知事は「相反する2つの思いがないまぜになっている」との見方を示しました。
 つまり、政権を選択するに当たって民主党に期待する有権者が多かった一方で、地域間格差の広がる不安が民主党だけの選択ではなく、自民党のこれまでの高速道路をつなげようとしたことを踏まえての期待が「ないまぜ」になって投票行動に表われた。
 知事の分析は民主、自民両党にとって一考の価値あり、と思いました。

 ■選挙結果と個別政策評価のねじれ

 民主党がマニフェスト(政権公約)に掲げた高速道路の無料化は必ずしも評価を得ているとは言えない世論調査結果(本紙18日付1面参照)と、政権を託された衆院選結果が物語る民意の「ねじれ」をいかに読み解いて行動するかが新政権の課題と映ります。
 片や、自民党は新政権が抱える不安材料を解消する受け皿になり得るか否か。「現場の生の声に耳を傾け、現実を直視しつつ、国民とともに夢と希望を抱くことのできる政策を描く」とは自民党が総裁選スタートの前日の17日にまとめた「自民党再生への八策」の一文です。
 自民党の再生は政権交代の可能性を高め、議会政治の緊張感と健全性を高めます。
 所属議員の数が減り、かつての活気を失った自民党本部(東京・永田町)で開かれた党再生会議の決意を絵に描いたもちにしてはいけません。(風)

2009年09月17日

奇妙な発言

 きのうの夜、鳩山内閣の閣僚会見をテレビ見ていて、やや奇妙に感じた発言がありました。閣僚の答弁ではなく、記者の質問です。
 新政権は、これまで行われてきた事務次官の定例会見を取りやめ、省庁の考え方を説明する会見は原則として大臣ら政治家に限る方針のようです。
 この方針に対し、昨夜の会見では平野官房長官や藤井財務相に全国紙の記者から同じ質問が飛びました。「報道統制につながるのではないか」「取材の自由を制限するのではないか」といった内容でした。
 首をひねりました。各省庁の記者クラブ単位で〝お膳立て〟されている事務次官会見は、クラブに所属する記者にとっては確かに便利な機会なのかもしれません。ただ、事務次官であれ局長であれ課長であれ、取材したいことがあれば、じかに申し込んで話を聞けばよいのではないかと思うのです。それを断るようなら問題なのですが…。ともかく「報道統制」「報道の自由の制限」などというとらえ方には違和感を覚えました。
 国会や政党、省庁には多くの記者クラブがあり、膨大な資料が日々提供され、官僚トップの会見も設定されてきました。注意すべきは、こうした環境下での横並びの「情報統制」の方ではないかと感じます。選挙を経て選ばれた政治家には定例的に、あるいは必要に応じて質問できる機会を担保してもらわねばならないと考えますが、事務次官などは個別対応で十分ではないかと、同業者として思うのです。
 55体制の中で既得権のように守られてきた「記者クラブ制度」の高い壁は政権が代わったくらいでびくともしないのかもしれませんが、その壁をもっと低く、もっとオープンにマスコミ各社が政治の今をただす環境が整備されることこそ、大事なのではないかと感じています。(圭)

どこかで見たような…

 中心市街地活性化法を活用して米子市のアーケード商店街にある同市紺屋町に6階建てのシニア賃貸住宅が建設されるとの記事を見て「はて、どこかでみたような」感を覚えました。
 今から20年ほど前です。紺屋町を舞台に大規模な再開発ビル計画が持ち上がりました。低層部が商業施設、高層部がマンションという超大型ビルです。土地を提供する代わりに商店主は商業施設にテナントとして入居し、住民はマンションに住むという計画です。商業施設のキーテナントは鳥取県内未進出の大手スーパーを招へいし、地域一番店となる床面積を提供する予定でした。
 当時、全国各地で商店街の衰退が問題視され始めていました。理由は都市郊外への大型店の相次ぐ進出です。定住人口、商業人口ともに中心市街地から流出していったのです。そして、流出していった買い物客と定住人口を取り戻す活性化の具体例として注目されていたのが、住居と商業が複合した再開発ビルという手法でした。紺屋町の計画は特定商業集積法や改正前の中心市街地活性化法の認定も受けていましたが、あまりに大規模で結局、実現しませんでした。
 現在の中心市街地活性法は商業ばかりでなく居住という機能に重きを置いています。今の中心市街地は買い物機能よりも居住機能の整備を進めることによって「再生」するのかもしれません。超大型商業複合ビルからシニア賃貸集合住宅へ変わった紺屋町の大型ビルは、この20年の中心市街地の変遷を象徴しているかのようです。(理)

2009年09月16日

自民党の「影の内閣」

 鳩山内閣が16日発足しました。顔ぶれを見ると、党の重鎮が並んでいますが、これは公約違反ではないかと感じました。民主党の「次の内閣」とまったく違うからです。ネクスト総理を鳩山さんとする次の内閣で合致しているのは、菅さんの副総理、原口さんの総務大臣、長妻さんの厚生労働大臣(次の内閣では年金担当大臣)ぐらいでしょうか。連立を想定していないのでその点は仕方ありませんが、これほど異なっていると「次の内閣」とはいったい何ぞや、という疑念を抱きます。
 次の内閣は英国の影の内閣(シャドーキャビネット)に倣ったものです。二大政党が争う英国では野党が影の内閣を組織し、議場でも与党の内閣と影の内閣の閣僚が向かい合うのです。影、といっても英国議会では公職で、運営予算が計上され、専用の執務室があるほどです。総選挙で野党が勝利した時は、影の内閣の閣僚がそのまま真の内閣の閣僚に就任するケースが多いそうです。
 日本でこの制度が始まったのは1991年の社会党シャドーキャビネットです。「山が動いた」あとで日本でも二大政党の機運が高まり始めたころですね。その後、新進党でも明日の内閣がつくられ、民主党でもネクストキャビネット(のちに次の内閣と改称)が設けられました。先の選挙戦で民主党は政権担当能力が未知数である点を与党から攻撃されましたが、影の内閣はいつでも政権担当できるというメッセージでもあったはずです。
 そこで自民党です。今まで与党でしたから当然影の内閣は存在していません。が、この間まで与党だったのですから、民主党に負けないオールスター内閣は可能です。こういうキャビネットに政権を運営させたいという影の内閣を是非組織してもらいたいものです。それが、健全な野党の第一歩であり、政治を活性化させることでもあります。まずは影の首相である総裁選びに注目しましょう。(閑)

商都の“チェンジ”

 先日の日本海新聞で米子市の中心商店街にあるアーケードが撤去されるニュースが掲載されていました。撤去は維持不可能と同義語であり、商店街の衰退を象徴して寂しいニュースです。ただ、商店街のチェンジのきっかけともなるだけに、今後に期待したいものです。
 アーケードは商都そのものだといっていいでしょう。アーケードは庇下型と全蓋型に大別されますが、米子のような全蓋型アーケードが国内で初めてできたのは1951年の魚町銀天街(北九州市)だそうです。現在、門司レトロで観光地化している門司港近くの商店街ですね。米子ではそれから遅れること8年の59年にアーケードが誕生しました。全国でもかなり早い方で、先人のパイオニア精神がうかがえます。さらに、このころの商都米子はとても先進的です。1950年には全国で初めて土曜市を始めました。さらに53年ごろにはアーケードの前身であるテントを通りの上に張っています。そして59年のアーケード完成。さらに72年にはカラー舗装とあわせてアーケードを新築しました。普通、商店街のアーケードは商店街振興会ごとに形が違うものですが、このアーケード改築時には本通り、元町ともにすべて同じデザインで通しました。商店街の一致団結ぶりがうかがえます。
 そのアーケードが撤去されるのですから、往時を知る者にとっては寂しい限りです。今のアーケードを造る際、商店街の役員は業者に「40年はもつよう強度設計してくれ」と注文したそうです。アーケードの寿命と商店街の盛衰が一致するのですから、奇妙な符合です。(米)

2009年09月11日

来年はどんな年

 気が早いと思われるでしょうが、新聞社では<正月>の準備に入っています。<正月号>と呼ばれる1月1日と3日の新聞に折り込む別紙の編集作業ですね。別紙では来年のキーワードを表現するのが通例で、作業中は秋口なのに頭の中は新春の風景を描いています。
 来年はどんな年になるのでしょう。国内では民主党政権が初の予算を組み、その手腕が問われるはずです。対する自民党は夏の参院選を巻き返しの第一弾と見据えて腕撫しているでしょう。冬季五輪で女子スケートは再び金メダルを手にしているでしょうか。夏はサッカーW杯で大盛り上がりです。
 翻って鳥取県内はどうでしょう。米子空港は滑走路が延長し、その恩恵を感じているでしょう。鳥取自動車道は春に「ほぼ」全通し、県都は新時代を迎えます。気になるのはガイナーレ鳥取のJ昇格です。昇格を果たせは、W杯の開催と相乗効果でサッカーブームが巻き起こっているはず。山陰海岸ジオパーク、世界遺産を目指す三徳山の<世界挑戦>はどうなっているのでしょう。正月号の作業中はこんな思いをめぐらせ続けているのです。
 きょうも会議で正月のテーマを検討しました。来年のキーワードとなる言葉を選ぶのですが、圧倒的に支持が集まったのは「チェンジ」です。09年は後世に残る「チェンジ」の年でしたが、さらなるチェンジが求められているのでしょうか。それとも09年のチェンジを再びチェンジするのが10年のキーワードなのでしょうか。暦の上では2009年ですが、頭の中では2010年への「チェンジ」が進んでいます。(長)

黄鉄鉱の思い出

 小学生のころ、鉱物がブームとなり、水晶や黄鉄鉱、黄銅鉱などを宝物として大切に保存していました。化石探しもブームとなり、友達と鳥取市の面影山で葉や魚の化石を発見して自慢した思い出もあります。その後、鉱石や化石とは無縁となり、記憶の奥底に眠っていました。
 思い出すきっかけは「ジオパーク」。鳥取、兵庫、京都の3府県にまたがる山陰海岸を世界の地質遺産公園にしようと関係者が運動を続けています。10、11日には国内候補地選定のため、日本ジオパーク委員会の現地視察が行われました。今月下旬にも山陰海岸が国内候補地に選定されれば、世界ジオパークに認定される可能性が高くなります。「世界の山陰海岸」として大いにアピールできます。
 高校時代に学んだ「地学」。地味な学問で、あまり得意ではありませんでした。山陰海岸ジオパークのパンフレットで久しぶりに地学の勉強をしています。子どものころの鉱物や化石を発見した時のわくわくした気分がよみがえってきました。(雲)

道の駅

 天の橋立に家族旅行をしたときです。舞鶴の道の駅に寄りました。広大な駐車場が満車です。すごい人気だな、と思って場内を巡りましたが、人気の理由がすぐにわかりました。駅の中には多くの水産物ショップが入居。新鮮な水産物を即売するだけでなく、その場で魚や貝を焼いて食べたり、買った魚をレストランに持ち込んで食べることができたり-など「食のアトラクション」に工夫を凝らしていたからです。こうなると、水産物のミニテーマパークですね。いい意味での「売らんかな」が好作用しています。わが家ではイカとホタテを焼いたのをその場で食し、夕食用に刺身を買って帰りました。水産物の豊富な山陰に住んでいるにもかかわらず買ってしまうのですから、その魅力たるやたいしたものです。道の駅はその町の魅力を凝縮して詰め込んだもの。舞鶴という町の「食」に対する好感度は上がり、わが家では「また、舞鶴に行こう」と盛り上がっています。
 東京の鳥取県アンテナショップが1周年を迎えました。お江戸にできた鳥取県の「道の駅」のようなものです。鳥取県に行ってみたいというファンを一人でも増やしてほしいものですね。(理)

三人の二代目

 本紙で今月1日からスタートした堺屋太一さんの長編小説「三人の二代目」がおもしろい。これまでも新聞小説を楽しみにしてきましたが、読み忘れて後日まとめて読むことがしばしば。「三人の二代目」は朝起きて、1面や地域面に続いて欠かさず読む習慣となりました。
 しょっぱなから上杉謙信や織田信長が登場。戦国末期の群雄割拠を舞台に多彩な人物が小説を彩りそうです。日本人が小説で好きな時代は信長・秀吉・家康時代か幕末・明治維新。多くの作家から名作が生み出されていますが、「三人の二代目」も名作として評価される予感がします。
 混迷の時代が続き、新しい価値観が求められる現代の日本。この小説が日本人の生き方に示唆を与えるものになることを期待しています。(M)

2009年09月05日

破天荒

 文化庁の国語世論調査で、言葉や慣用句の使い方で誤解が多いことがあらためて分かりました。筆者も「時を分かたず」「破天荒」「御の字」の意味を取り違え、恥ずかしいことしきり。もう一度日本語の勉強が必要と痛感しました。
 最近、日本語を調べるのはもっぱらインターネット。デスクの国語辞典や広辞苑はほこりがかぶっています。電子手帳も面倒くさく、バッテリー切れの状態。テレビのバラエティーでは空前の漢字ブームですが、読めても書けても使い方、意味を間違えばダメですね。ネットに頼り切らないライフスタイルを取り戻したいですね。(M)

2009年09月03日

扇風機

 わが家には2台の扇風機があり、1台は妻がもっぱら台所で使っています。男子厨房に入らずで分からなかったのですが、ある日、台所の扇風機から風がきていないことに気がつきました。羽根そのものは強力に回っているのですが、ほんのわずかしか風が来ないのです。妻は風力を最高にしてわずかに吹く風でしのいでいたのでした。もう寿命だとあきらめ、家電量販店に出かけました。売り場には北栄町の風車のように多くの商品が林立していましたが、一部の高級品を除くと非常に価格が安いのです。同程度の扇風機であれば1000円台の特価品もあるほどです。
 ふと、この扇風機を買ったときのことを思い出しました。今から26年前、学生の時に3500円で買ったものです。前の年から一人で下宿生活を始めましたが、何せお金がありません。扇風機を買うお金が惜しく、最初の年は扇風機なしで我慢しました。が、翌年は記録的な猛暑。我慢できず、その町で最も安いという家電店に行って、その店で一番安い扇風機を買いました。下宿に持って帰って組み立て、風が出たときの感激は今でも覚えています。その当時よりも扇風機が安いのです。あらためて社会はデフレなのだと実感しました。
 そんな感慨に浸っていた時です、脳裏にあるアイデアがひらめきました。急いで帰宅し、そのアイデアを実行に移したのです。すると、どうでしょう、扇風機は26年前の夏のように風を吐き出し始めたのです。実は、妻が扇風機の羽根を前後逆に装着していたのでした。(閑)

転機の環日本海貨客船

 朝、境港の国際旅客ターミナルに寄ってみました。9月に入って最初のDBSクルーズフェリー「イースタンドリーム」入港日のこの日、下船した乗客は87人、降ろされた貨物は韓国からのコンテナ1個でした。
 8月中の同じ木曜日入港便の乗客は300人台でしたが、DBS社が6月末の就航以来、旅行代理店に対して割引していた大口旅客運賃を9月になって通常運賃に戻した影響からか、少しさびしい光景でした。
 乗客の中には、島根県立大学(浜田市)に研修に向かうロシアの大学生たちもいました。8月には、貸し切りバスで企業訪問に行く韓国の工科大学の学生も見られました。山陽や中京の繊維、ビール、自動車メーカーを視察し、京大でセミナーを受けるとのことでした。
 鳥取県や中海圏域4市1町が助成している航路だけに、予定通り3年後には助成なしに運航できるようになるか気になりますが、数字に表せない効果にも思いをはせながら、長い目で見守りたいと思います。(酒)