商都の“チェンジ”
先日の日本海新聞で米子市の中心商店街にあるアーケードが撤去されるニュースが掲載されていました。撤去は維持不可能と同義語であり、商店街の衰退を象徴して寂しいニュースです。ただ、商店街のチェンジのきっかけともなるだけに、今後に期待したいものです。
アーケードは商都そのものだといっていいでしょう。アーケードは庇下型と全蓋型に大別されますが、米子のような全蓋型アーケードが国内で初めてできたのは1951年の魚町銀天街(北九州市)だそうです。現在、門司レトロで観光地化している門司港近くの商店街ですね。米子ではそれから遅れること8年の59年にアーケードが誕生しました。全国でもかなり早い方で、先人のパイオニア精神がうかがえます。さらに、このころの商都米子はとても先進的です。1950年には全国で初めて土曜市を始めました。さらに53年ごろにはアーケードの前身であるテントを通りの上に張っています。そして59年のアーケード完成。さらに72年にはカラー舗装とあわせてアーケードを新築しました。普通、商店街のアーケードは商店街振興会ごとに形が違うものですが、このアーケード改築時には本通り、元町ともにすべて同じデザインで通しました。商店街の一致団結ぶりがうかがえます。
そのアーケードが撤去されるのですから、往時を知る者にとっては寂しい限りです。今のアーケードを造る際、商店街の役員は業者に「40年はもつよう強度設計してくれ」と注文したそうです。アーケードの寿命と商店街の盛衰が一致するのですから、奇妙な符合です。(米)