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2009年10月30日

出色の紅葉

 出張で岡山へ行ってきました。中国山地を車で横断しましたが、驚いたのは、紅葉の鮮やかさです。ことしは文字通り「出色」といえるでしょう。一方、きょうの新聞でも大山南壁を彩る錦繍がやはり見事でしたが、今度は人出に驚きました。平日なのにこれほど人を集めるとは、さすが大山。今度の週末、祝日と高速千円だけに遠来近来の客でにぎわうでしょう。
 ところで岡山では中四国の新聞社の集まりがありましたが、話題に上ったのはやはり高速千円です。各地の観光地とも非常ににぎわっており、思った以上の千円効果を感じているようでした。しかし、ある新聞社から砂像フェスティバルについて忠告されました。渋滞がすごくで非常に不評だったそうです。「もう行かない」といった感想や「行くのに大渋滞、シャトルバスも待ったし、入場制限でも待たされた。行くのはやめたほうがいい」などの風評まで広がったそうです。高速千円はゲリラ豪雨的な予期せぬ人出を呼びます。ありがたいことなのですが、対応を間違えると、リピーター確保につながらないケースもありうるということです。
 ことしは自然という芸術家が久々に腕を振るった紅葉が見られそうです。大山は西日本でも屈指の紅葉の名所だけに、リピーター確保につながるような観光客対策を望みます。(理)

ゲゲゲのヒロイン

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 来春から放映されるNHK朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」で漫画家・水木しげるさんの妻、武良布枝さんを演じる女優の松下奈緒さん(24)が30日、境港市の水木しげるロードを訪れました。
 前日には、安来市大塚町の布枝さんの実家を訪れており、水木さん夫妻が育ったまちに触れて、役のイメージを膨らませるのが今回の山陰訪問のねらいです。
 水木しげるロードでは、紫のワンピース姿の松下さんを着ぐるみのねずみ男が案内して回り、各所で報道関係者の撮影の注文に応えてポーズを取り、観光客の熱い視線を浴びていました。
 松下さんは実際に会ったりした布枝さんの印象について「皆さんに愛されていて、優しくて、日本人が忘れかけた心を今でも持ち続けられておられる方」と話し、役づくりについて「こういう女性がいてほしいと思っていただけるような、温かい家庭を守り、夫を支え、見えない愛情でつながっているところをうまく表現できればと思っています」と言います。
 ドラマへの抱負については「昭和のよき時代の温かい家族のつながり、大きな波があるわけではないけれど一生懸命生きている姿を、映像を通して伝えていきたい」と語ってくれました。
 水木しげるロードは昨年過去最多の172万人の入り込み客がありましたが、今年は160万人余りに落ち着きそうです。来年は朝ドラの「ゲゲゲの女房」効果で、より多くの観光客に水木妖怪ワールドや、水木夫妻を生んだ山陰の風土の魅力を感じてほしいと思います。(酒)

2009年10月29日

食のコラボ

 ソウルの新世界百貨店で初めての「鳥取県物産展」が22日まで、1週間にわたって開かれ、県内の地酒、和菓子、水産加工品メーカーなどが出展しました。
 同行した黒住昭夫・ジェトロ境港貿易相談デスクアドバイザーによると、初めての試みとあってトラブルも相次いだようです。
 こんにゃく製品メーカーは、輸出入業者のミスで、常温で輸送すべき製品を冷凍コンテナで送ったため、こんにゃくラーメンなどが凍み豆腐状態になってしまい、出展を断念せざるを得なかったそうです。
 琴浦町のかまぼこ業者は、揚げ物用の製品を空輸したところ、パッケージが破れて空港の検疫にひっかかり、廃棄処分になりました。百貨店での揚げ物の実演販売ができなくなり、苦肉の策として他県産のちくわなどを使っておでんを買い物客に提供したところ好評で、韓国の食品輸入商社におでんの企画書を出すことになったそうです。
 まさに「災い転じて福となす」です。さらに、同じ琴浦町の業者が開発した、特産のアゴ入りのかつお節だしと、倉吉市の酒造会社のおでんに合う日本酒をパッケージにして販売することも商社から提案されました。県中部のメーカーのコラボによる「おでんと地酒」がソウル市民の人気を呼ぶかもしれません。(酒)

2009年10月28日

並んできました

 山陰初となる裁判員裁判の傍聴券を求めて朝から鳥取地裁で並んできました。この日は競争率10倍です。生まれてこの方、じゃんけんとくじ運は乏しい限りです。学生時代のクラブ活動で何度じゃんけんに負けて先攻を譲り、何度くじ引きで敗れたことでしょう。社会人になっても宝くじは1000円が最高です。
 地裁の職員がマイクを握りました。さあ、当選者の発表です。「…」。なんと、パソコンとプリンターの調子が悪く、再抽選となりました。そばにいた他の新聞社のベテラン記者が毒づきます。「もしも最初の抽選で当たっていて、2度目で外れたら、どう責任とってくれるんだ」。地裁の職員も大変です。
 さあ、2度目の抽選です。今度はうまくいきました。「○×番、○×番…」。何と、当たったではありませんか。1円にもならないとはいえ、非常に気分爽快です。若い記者が声をかけてきました。「やりますねえ」「仕事師ですねえ」。きっと最初は当たっていなかったのでしょう。よくぞ、パソコンが調子悪くなってくれました。まあ、こんなことでしか若い記者からの信頼が得られないのもどうかと思いますが、それはともかく、いい気持ちです。(閑)

異例の臨時議会

 25日に任期満了に伴う市議選が行われた安来市で、現議員の任期が切れる直前の30日に異例の臨時議会が開かれる運びになった。案件は2008年度一般会計の決算認定。27日に開かれた決算特別委では「認定」「不認定」が半々に分かれ、委員長採決で「認定」となった。「任期中に結論を出し責任を果たす」という姿勢や良しだが、取材した記者によると、決算審査特別委の結論が可決されるかどうかは微妙という。
 昨年秋の市長選で新庁舎の移転建設を進めていた現職が敗れ、現在地での庁舎整備を訴えた近藤市長が誕生してから、市庁舎問題をめぐり公約を実行しようという市長と過去の経過を重視する議会多数派との対立が続いている。
 今回の決算認定も、庁舎建設にかかわる設計費の支出に対する執行部の説明不足に議員が反発、9月議会では継続審査になっていたもの。異例の臨時議会は「審議未了では無責任」ということのようだが、市民はどう受け止めたか。
 今選挙の結果、市長派がやや増える一方、庁舎問題で対立する最大会派は人数を減らしながらも半数を保った。市長と市議会のねじれは解消されなかったが、議会内での庁舎問題への厭戦ムードも広がっているという。臨時議会で結論を出し、膠着した現状をリセットして新議会がスタートするきっかけになればいいのだが。(Q)

2009年10月22日

交流の港

 ハングルやロシア語で書かれた歓迎カードを掲げる人たち。定期貨客船入港日のけさ、境港市昭和町の国際旅客ターミナルでは「アンニョンハセヨ」「ズドラーストヴィーチェ」とあいさつを交わす光景が見られました。
 けさの旅客は韓国人64人、日本人42人、ロシア人14人の計120人。就航後の7、8月には、大山登山など韓国のツアー客を中心に1便平均約300人の利用がありましたが、だいぶ落ち着きました。
 けさの船には、徳島市の伝統人形芝居のNPO法人が招いた、韓国・江陵(カンヌン)市の仮面劇のグループ10人もいました。先方から「船旅を希望する」と申し出があったそうです。江陵官奴仮面劇は、ユネスコ世界無形遺産に登録された江陵端午祭のメイン行事の伝統芸能とのこと。境港を中継地に、徳島―江陵間の文化交流が成功することを願っています。
 あす23日には、同じくけさの船で到着した韓国のバイヤー16社も参加して境港市民体育館で中海圏域産業技術展展示商談会が開かれます。定期貨客船就航を機に、日韓ロ間でさまざまな交流の輪が広がることは好ましく、ひいては貨客船の安定運航につながると信じています。(酒)

2009年10月20日

イかはすだれかはたまた

 鳥取県岩美町網代の風物詩になっているといっていいでしょう。スルメイカが秋の日差しに揺れる光景。風向きによって乾き具合に差があるようで、いくら天気が良くてもいいというわけではないようです。ずらりと並んだ様子はすだれのようですが、それでは味気ないとの声も。表現が難しいものです。それにしても撮影に出かけた記者が頭を抱えていました。というのは、被写体になってもらおうと、作業していた女性の方々に話しかけるとダメ出しばかり。それでも何とか30分以上粘って斜め後ろからキャッチできたとのこと。シャイな方々が多いようで…。かめばかむほど味の出るスルメは大好物です。一つずつ天日で干す手間のかかる作業が生んだ絶妙な味。その裏に秘められた苦労を実感しながら、秋の夜長にかみしめようと思います。(舂)

“御本尊”不在

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 「港湾を考える全国集会」と掲げられた会場を訪れると、並べられたいすに空席が…。港を備える自治体の首長ら10人が施設整備の必要性を発表した集会に整備予算を編成する関係省庁、国会議員の姿はなく、政権交代の余波を連想しました。
 「新しい政権発足によってまだどのようにこのような集会に対処するか定まってなく、港湾当局の参加が見合わされている」とは主催した日本港湾協会長の言。
 予算編成の当事者を迎えて一致団結して要望した開催スタイルは今回、全国各地の情報や思いを共有する機会に特化され、「港湾整備振興全国大会」としていた名称も改められました。要望活動をめぐっては各地域がそれぞれの責任で港湾当局や地元選出国会議員に働き掛けるとのこと。
 政治主導の予算編成は民主党政権のカラーですが、「このままでは声が届かない」と境港市長。“御本尊”不在の集会は自治体にとって要望活動の在り方を「考える」機会にもなっていました。(風)

2009年10月15日

期待のロブスター

 「境港からコンテナでロシアへ輸出したい」。先日、高松市で開かれた、環日本海航路利用促進懇談会で、ある貿易会社の会長が発した一言に、境港貿易振興会などの関係者は色めき立ちました。
 6月末に就航した日韓ロ定期貨客船は、まずまずの旅客利用があるものの、貨物が低迷しており、のどから手が出るほど荷主を求めているからです。
 この貿易会社は岡山市の「ジャパン ユナイテッド」。本多豊大会長によると、南アフリカ西方の南太平洋の英領・トリスタン島で漁が行われるロブスターの販売権を持っており、ロシアへの輸出を考えているとのことです。
 輸送ルートはケープタン経由で、船で神戸に陸揚げし、境港まで陸送。定期貨客船に積んでロシア・ウラジオストクへ運びたいとのことです。
 ロシアとの貿易は為替手形なし決済が原則のため、リスク回避へ通常の銀行間の信用状決済が可能かどうかなど、講師の在日ロシア商工会理事長に熱心に質問していました。
 同社は現在、ロブスターを主に日本の商社に販売しているほか、中国に輸出しているようです。ロシアへはカナダ産のロブスターが入っていますが、「勝算はある」とのことです。
 閉会後、鳥取県の出席者から「ロブスターは期待できる」との声が上がっていました。トリスタン産ロブスターから当面、目が離せません。(酒)

映画「銀色の雨」

0910151.jpg 米子市などを舞台にした映画「銀色の雨」が、いよいよ今月31日に鳥取・島根両県で先行ロードショーされます。この映画では本紙の販売店も登場します。主人公の平井和也は鳥取県の小さな町で新聞配達しながら高校に通っている設定。昨年、そのロケ現場を見に行ったら、和也役の賀来賢人さんが寒さに震えながら出番待ちしていました。米子コンベンションセンター近くの公園では、ブランコに乗った和也が子どもたちと絡むシーンが。賀来さんは笑顔の素敵な好青年でした。
 映画には平井伸治知事も米子駅の駅員役で登場。撮影は1発OKだったそうですが、どんな役者ぶりかぜひ見てみたいものです。
 実は私もエキストラとして、中村獅堂さん演じるプロボクサーの岩井章次の回想シーンで、リングサイドに陣取るカメラマンとして参加させてもらいました。初の映画出演に自慢できると思い、一緒に参加した同僚記者に映っていたかどうか聞いたところ、「映ってないみたいですよ」。どうやらカットのようです。残念ですが、映画をつくる作業に加われたのは良い経験になりました。
 先日、「銀色の雨」の原作者、浅田次郎さんの講演がありました。米子でのロケが決まった際、「銀色の雨」が収められた短編集「月のしずく」を読んでみました。「冷たい雨が優しい色に変わるまで一緒にいよう」―。こういう世界を描く作家ですから、もっとストイックな人かと思ったら、結構気さくなタイプのよう。
 講演で、浅田さんは中村さんをこうほめました。「あの悪役顔がいい。忘れがたい悪役顔だ」。浅田さんは人は個性が大切だと強調。「今の若い人には個性がない。世の中が豊かになったからなのか」と話しておられました。その中で中村さんの悪役顔はキラリと光っているということでしょう。
 映画には米子の繁華街の朝日町のほか、境港や美保関も登場します。なぜ、プロデューサーや監督が「銀色の雨」の舞台として〝この地〟を選んだのか。スクリーンで確かめたいと思います。(鵜)

2009年10月13日

言葉の力

 米子市内で先日開かれた「認知症を知り、考える会」で、若年性アルツハイマー病患者の小林紫野さん(48)=鳥取市、仮名=の話を聞きました。小林さんが病とどう向き合い、闘っているかについては、本紙の連載企画(9月22―25日)で紹介されていますが、偏見をなくすためにと初めて公の場で語った一言一言に心を動かされました。
 「お母さんのコーヒーゼリーがない。食べたんじゃないの?」。娘にそう問い掛けると、「よく思い出してごらん」。その日、自分が食べたことをいつの間にか忘れていた…。
 2007年6月に「若年性アルツハイマーの初期」と診断された小林さんは、物忘れの症状を自覚し始めたころの状況から、心に強く抱いた不安、病気についての正しい理解の大切さまで、丁寧に語りました。
 「周りに迷惑をかけてしまう悲しい気持ち。理解してもらえないもどかしさ。自分が自分でいられる時間があと何年あるのだろう。不安と絶望感に押しつぶされそうになりました」「(病気についての)世間の反応を見ると、理解されていないな、偏見があるなと感じました。人権問題を以前から考えていました。自分は差別をなくす側で生きていきたい。自分にできる一歩は行動すること。伝えることが私の人権活動です」
 集会に参加した人が確かめ合ったのは、認知症の症状がある人にバリアーを張らずに接し、助けが必要と感じたらさりげなく援助すること。「してあげる」ではなく「一緒にやる」ということでした。
 ゆっくりと、ただ、しっかりと話す小林さんの告白に言葉の力を感じました。(圭)

文太郎を映画に

 早いもので、新温泉町浜坂の加藤文太郎記念図書館が開館15周年を迎えました。加藤文太郎(1905~36年)といえば、新田次郎の山岳小説「孤高の人」のモデルで、単独登山で有名な浜坂出身の登山家です。同じ但馬出身の冒険家植村直己が文太郎に憧れ、登山などを始めたそうで、彼が成し遂げた数々の単独冒険も、少なからず文太郎の影響を受けてのことかもしれません。
 登山ブームが続いています。この夏、山岳小説を原作とした映画「劔岳 天の記」がヒットしましたが、同映画の木村大作監督が8月、文太郎の墓参りに浜坂を訪れたことで、地元にある期待感が生まれました。「もしかして『孤高の人』の映画化があるかも…」
 文太郎は槍ケ岳で遭難死しました。クライマックスシーンを撮影するのは大変でしょうが、浜坂を舞台にした映画が公開され、いつか文太郎をはぐくんだ海の町にスポットが当たればいいですね。地元からももっと、映画化を求める具体的な行動があっていいと思います。(雲)

2009年10月09日

イベントの遺産

 新潟国体で鳥取県は16年ぶりの最下位に沈みました。当時、1993年は85年のわかとり国体の熱気覚めやらぬ時期で、最下位を受けて始まった本紙の緊急連載の前文は「わかとり国体の遺産を食い潰した」と激しいものでした。順位がある限り、どこかが最下位になることは免れません。ただ、イベントをやってよかったかどうか、成功かどうかは遺産が有効に生かされているかどうかも物差しのひとつです。
 本日の紙面で智頭農林高校郷土芸能部が麒麟獅子を舞う姿が掲載されていました。キリンビールの箱を使っているのはギャグでしょうか。ほほえましい写真に朝からさわやかな気持ちになりましたが、郷土芸能部が現在も活動を続けていることにもさわやかさを感じました。
 1985年の国体、国体10周年の記念イベントとして95年に開催されたインターハイと体育関係のビッグイベントが続いた鳥取県は、一転して国民文化祭の誘致を計画しました。しかし、実績がなく組織も未整備だったため、国からはいきなり国民文化祭ではなく、まずは「文化部のインターハイ」と呼ばれる全国高校総合文化祭を開催して実績を積んではどうかと打診されました。そうして98年の開催が決まったのです。が、県内の高校には総文祭の各部門にエントリーするほど文化部がなく、これではホスト県として不十分です。そのため、94年ごろから急ピッチで各高校に文化部が誕生しましたが、そのうち農業高校に設置されたのが郷土芸能部でした。
 あれから15年はたったでしょうか。高校は再編され、またイベントをやるための促成栽培的なクラブも多かったため、廃部になったところもあります。そんな中で、現代っ子に最もマッチしないと思われた郷土芸能部が現在も活動を続けているのは、すばらしいことです。生徒の努力もさりながら、学校の特色として生かそうと頑張ってきた顧問の先生方の努力にも頭が下がります。久しぶりの晴れ舞台は11日の日本のまつり最終日。高校時代の思い出としていい演技を見せてください。(閑)

祭りが伝播する時

 昭和61年、確か山陰路観光キャンペーンの年だったはずです。祭りを集中して米子の魅力を高めようと、米子がいな祭と加茂川まつりが同時に開催されました。がいな祭は7月末か8月第1週の土日曜日と決まっていましたが、この年に限り、8月後半に設定されました。米子がいな万灯がデビューしたのはこの時です。当時は米子竿灯と名のっていました。
 伝統ある秋田竿灯の導入ということで、一種独特の熱気がありました。竿灯とまったく同じではいけないと、高知のよさこいで使う鳴子を応援団に持たせ、がいな太鼓とお囃子隊をBGMにするという米子らしい派手さで本家との区別化を図ったのです。ただ、肝心の技術は心もとないものでした。各チームの代表者が秋田に出向き、技術を学び、本番に備えましたが、とてもとても。不安を抱えたまま、第1回の万灯を迎えました。
 舞台となった当時の米子駅前道路は電柱の地中化が終わっておらず、電線という障害物が初心者の万灯隊を待ち受けていました。そして、沿道には露店が軒を連ね、やはり万灯隊に無言のプレッシャーを与えていたのです。何より、天候が悪く、今にも降り出しそうな空でした。
 そして本番。テレビで見る秋田の竿灯は微動だにしませんが、初心者の集合体である万灯はむちゃくちゃでした。右往左往、倒して万灯をへし折ったり、電線に引っ掛けてちょうちんを燃やしたり、露店にぶち込んでオニイサンに怒鳴られたり。わが社の万灯隊も散々でした。観客席に万灯をぶちこんだり。街灯に万灯をひっかけて電気会社の人に助けてもらったり。が、そのうちに気づきました。観客が喜んでいるのです。万灯が自分の方に倒れ掛かってくると、誰も手をたたいて笑いながらよけていました。そう、プロレスの場外乱闘と同じなのです。レスラーが自分の方になだれ込んでくると、喜んで逃げ惑う。あの感覚です。そして、この日のとどめは雨でした。演技も終了近くの午後9時半ごろでしょうか。夕立のような雨が突然降り出したのです。もう誰もが興奮状態で雨中で万灯を上げ、ちょうちんを破り、さおをへし折ったのです。もちろん、観客もびしょぬれになって大喜びでした。お囃子と太鼓も一種の興奮状態で演奏していました。祭りというよりカーニバルといった感じです。一種の狂乱状態で万灯初年を終えたのでした。
 1個2万円する万灯のちょうちんはすべて破れ、翌年買いなおしました。
 あれから20年以上たちました。米子竿灯は万灯と名を変え、ちょうちんも姿を変えました。技術も格段にアップし、多くの名人も生まれました。そして、長年にわたる秋田とのわだかまりもなくなり、日本のまつり(10月10、11日)で初めて共演します。
 全国津々浦々に数多くの祭りがありますが、格式がまったく同じものも多数あります。思うに祭りというものは昔から伝播しやすいものではなかったでしょうか。その媒体は間違いなく熱気です。楽しさです。そして感動です。日本のまつりで新しい感動の共有が生まれることを祈ります。そして、米子と秋田のようにひとつの祭りで共演しあう例が生まれるといいですね。(理)

2009年10月08日

県議会と〝場外戦〟

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会派「絆」が提出した意見書の提案説明を聞く自民党県議。数で自民系会派の意見書が可決されることが分かっているだけに、余裕?
 鳥取県議会が活発です。といっても質問戦ではありません。ベクトルは執行部ではなく、他会派に向いています。議会の華は質問戦ですが、鳥取県議会では〝場外戦〟。
 決議、意見書をめぐる自民系会派と民主党議員らが所属する会派「絆(きずな)」の対立とその背景については、すでに本紙で報道しています。民主党議員の本会議での「犬の遠吠え」発言に、自民党幹部は怒り心頭です。ちなみに「負け犬」とは言っていません。
 自民党議員からすれば、国政では民主が政権を取ったかもしれないが、鳥取県は二つとも自民が取った、しかも2区は負けている選挙を勝った、という自負もあるのでしょう。
 熱く、激しく対立する県議会。見ていて、以前似たような議会を取材したことがあると思い出しました。かつての倉吉市議会です。ただ、当時の市議会に比べれば、県議会の対立は「初級編」のようなもの。厳しさが違います。
 執行部から「まるで子どものけんか」との声がある中で、どのように「正常化」していくか。自民系会派内にも収束を目指すべきだとする「穏健派」もいます。これも政権交代の通過点なのでしょうか。
 言えるのは、県民はセンセイ方の行動をしっかり見ているということ。(鵜)

2009年10月02日

鞆の浦

 しずくが岩をうがつ。鞆の浦(広島県福山市)の埋め立て問題で差し止め判断が出された記事を読んでそんな印象を抱きました。しずくの大きな一滴に中海・本庄工区の干陸中止があるからです。
 本庄工区干陸。正確には国営中海土地改良事業です。大根島から島根半島にかけて干拓し、巨大な農地を造成。さらに農業用水として中海と宍道湖を淡水化して使用する付属事業がセットになっていました。食料大増産が目的で、出雲神話にちなんで昭和の国引きと呼ばれました。しかし、その後の社会情勢の変化で、米は余ることに。大規模な米作地は不要になっていきました。計画立案から長い時間がたち、事情が変わっても続く公共事業をどうするのか。人々は中止を唱え始め、有名な人間の鎖などのデモンストレーションで世論を喚起しました。結果、政府も中止を選択したのです。それから各地で公共工事の勇気ある中止が相次ぎ、ブレーキの壊れたダンプカーと呼ばれた公共工事は、その姿を変えました。当然、民主党政権が打ち出すダム工事の中断も、底流には中海の中断があります。
 景観を国民の利益と考えることが、司法の判断で示される時代が来ました。そのことをかみしめると、あらためて中海の中止判断が歴史の曲がり角だったと思えてくるのです。(理)
 

いろは丸事件

 鞆の浦(広島県福山市)の埋め立て問題で、司法は「差し止め」の判断を示しました。景観が国民の利益であることを示した画期的な判断です。八ツ場ダムの建設中止もそうですが、判断が示された背景には大規模な公共工事に象徴されるまちづくりが大きな転換期を迎えている現実があります。そして、そのことは人々の幸せ感が変わってきていることに源泉があるのはいうまでもありません。
 印象的だったのは新聞記事の書き出しです。<万葉集に詠まれ、人気アニメ映画「崖の上のポニョ」の舞台ともされる瀬戸内海の景勝地・鞆の浦…>。鞆の浦をコンパクトに表現した見事な記述ですが、肝心なものを忘れているだろ、と思ってしまいました。いろは丸事件の舞台です。
 1867年5月、江戸時代の最末期ですね。鞆の浦の沖合で紀州藩の明光丸と坂本竜馬率いる海援隊のいろは丸が衝突しました。日本最初の蒸気船同士の衝突であり、過失割合を初めて万国公法で裁決した事件となりました。幕府の権威は失墜していたとはいえ、一民間人の坂本竜馬が御三家を向こうにまわし、近代的法律で戦い抜いたのです。さらに竜馬は巧妙な世論醸成をしています。<船を沈めたその償いは 金を取らずに国を取る>。有名な俗謡を花街の長崎・丸山から流行らせ、非は紀州藩にあり、を印象付けます。その結果、海援隊は8万3千両という多額の賠償金を紀州藩に払わせたのです。鞆の浦にはそうした事件の舞台となった史跡や記念館があります。
 鞆の浦は国内で初めて万国公法が運用された記念すべき土地なのです。そして今、新しい幸せ感に基づく国内初の司法判断が出された地になりました。歴史の奇妙な符合です。鞆の浦ではこれから新しい街づくり計画が策定されるでしょうが、他の参考になるような、新しい幸せ感に基づく計画であってほしいものです。
 ちなみに竜馬が暗殺されたのはこの年の11月です。手元に資料がなく、記憶がおぼろげなのですが、竜馬および海援隊は紀州藩からの賠償金(最終的には7万両に値切られた)を受け取っていないはずです。いったい、7万両はどうなったのでしょうか。そのなぞは別の機会に…(閑)