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口跡

 「おれは若いころから口跡がいいって言われているんだ」。俳優の渥美清さんは作家の小林信彦さんにこう誇らしげに言ったそうです。男はつらいよシリーズ。劇中、寅さんが想像を交えながらマドンナとの未来をおいちゃんやおばちゃん、さくらに延々と語るシーンが必ず盛り込まれていました。身振り手振りを交えた見事な台詞回しは、スタッフの間で「寅のアリア」と呼ばれていたそうです。
 声、口跡といえば、先日亡くなった森繁久弥さんも見事な方でした。普通にしゃべっても名人芸なのだから、これこそプロです。音響機器の発達で小声でも十分に通用してしまう時代となりましたが、その一方で声や口跡のプロが減ったような気がします。ぼそぼそとしゃべっても舞台で通用するのがプロですが、ぼそぼそとしゃべっても通用させてしまうのが機器の発達です。それは必ずしもプロでなくてもいい、という社会の到来でしょうか。
 作詞家の阿久悠さんがかつて「アマチュアが支配する社会」と題してこんなことを書いたことがあります。「自分の周辺に存在するものがすべてアマチュアで、職業に限らず、たとえば、妻も夫も父も母すらも、アマチュアであるという社会である。『広き門』と『低きハードル』で、誰かが何かになる機会は飛躍的に増大したが、何かが誰かを鍛え育てるという機能は、社会からなくなってしまった」。森繁さんの死でこんなことを思ってしまいました。(閑)

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