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もったいないなあ

 先日、倉吉市関金町に行ったついでに、「木の実の里」を訪れました。晩秋のこの時期、同町に行くと「日本の原風景」に出合えます。特にお気に入りは山守の谷の明高。道路の両側に見える山の木々が色づき、車で走っていても落ち着いた気持ちになります。
 大山池から周囲の景色を楽しみながら遊歩道を歩いていくと、目の前に広々とした空間が広がります。ここが木の実の里。蒜山や大山が眺望でき、絶好のロケーションです。芝生広場や東屋もあり、家族で訪れても。隠れた穴場といっていいでしょう。
 4、5年ぐらい前、この里のしゅん工式を取材しました。記念碑などが立つ場所に、かつて倉吉と関金を結んでいた倉吉線のレールが枕木もそのままに、未来に向かっていく形で設置されています。当時は倉吉市と旧関金町の合併話のときで、非常にシンボリックな感じをコラムにした記憶があります。
 木の実の里は、旧関金町が進めた地域全体を一つの博物館と見立てる「田園空間博物館事業」の核の一つとなるものでした。この事業に合わせ、グリーンツーリズムを推進し、都市と農村との交流、地域の活性化に結び付ける狙いでした。町内をいくつかの地区に分けて、それぞれ住民が知恵を出し合いその地区の活性化案を作成。町内にハムの加工施設や炭焼き小屋、水車小屋などができました。地域の農業用水を利用したイベントなど面白い事業もありました。
 合併し新倉吉市が誕生し何年か経過しました。その後の倉吉市、関金地区はどうでしょう。この関金という魅力ある地域がまちの活性化や情報発信に生かされているでしょうか。倉吉は「赤瓦」だけでなく、こんなに素晴らしい地域を持ち、しかも多くのお金もつぎ込まれています。これを生かさない手はありませんし、もったいないという気がします。
 数日前、関金地区の住民と話をする機会がありました。これまでさまざまな形でまちづくりに取り組んできた男性です。「倉吉の人から、関金との合併で財政的にもお荷物をしょいこんだような話を聞くが、なぜそう考えるのか。実際は倉吉は関金という地域を得たことで魅力が加わり、大きな財産を手に入れたんだ」。同感です。ところが合併後、この財産をうまく生かしていない、生かされていないのではないでしょうか。この里についても、知らない人が結構いるのでは。
 木の実の里に限らず、ハード・ソフト両面で「もうちょっと工夫して宣伝すれば」などと思うことがあります。政権交代し事業の見直しや仕分けが注目されていますが、こういうときだからこそ、もう一度地域を見直し、点検し、この地域にとって必要な施策を考え、次の世代に引き継げるように再構築するよい機会かも。一歩ずつ前に進んでいきたい。(鵜)

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