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2010年01月29日

いい事の「ツカイ」

 29日の本紙に深海魚リュウグウノツカイが2匹も但馬で水揚げされたニュースが報じられていました。死がいが見つかることはあるのですが、定置網にかかって水揚げされるのはとても珍しいケースです。境港では昨年、2回も釣り上げられ、市の十大ニュースに選ばれたほどです。なぞの巨大魚などとも呼ばれるリュウグウノツカイ。生態はほとんど不明で、但馬のケースでは30年以上も漁業関係の仕事をしている人が「生きているのをはじめて見た」と興奮するほどでした。
 ところで、このリュウグウノツカイ、最近、マスコミをにぎわせているのです。地元紙の報道によると、石川県羽咋市の千里浜海岸で28日にリュウグウノツカイの死がいが見つかったそうですが、なんと今月に入って6匹目だそうです。理由はさっぱりわかっていません。一方、同じく地元紙によると、1月9日には長崎県佐世保市の水族館で定置網にかかったリュウグウノツカイの泳ぐ姿が一般公開されました。おそらく、世界初ではないかとのことです。これまでにも網にかかったリュグウノツカイが見つかることがありましたが、いずれもすぐ死んだそうです。今回も長くもたないと判断されましたが、生態解明につなげたいとの思いで、水槽に放ちました。34分後に死にましたが、泳ぐ姿が動画に収められました。
 世界各地ではリュウグウノツカイを生きたまま見ると良いことがおきるとの言い伝えがあるそうです。但馬で見た人も、長崎で見た人も、動画を見た人もみんないいことがあればいいですね。(理)

2010年01月28日

じゃあ、6時に四条の阪急で

 タイトルのような待ち合わせをよくしたものです。吹き荒れる百貨店不況のあおりで京都の百貨店「四条河原町阪急」の営業終了が発表されました。現地は四条河原町という京都の繁華街を代表する「角」の一つであるとともに、展望エレベーターというランドマークがあったことから、カップルや友人同士の待ち合わせ場所によく使われたのです。四条河原町だけだと交差点の東西南北のどこで待っていいのかわかりません。阪急のエレベーター前と指定することで、スムーズに落ち合えたのです。
 各地の繁華街で「角」の変化が目立ちます。「角」はその繁華街の一等地である場合が多く、「○×の角」と名前がつくのは、決まって老舗がランドマークでした。その老舗が時代の変化で撤退を余儀なくされているのです。そごうの大阪店、有楽町の西武百貨店、地方でも百貨店名と「角」がセットで語られる老舗が終末を迎えています。鳥取県内でもそうでしょう。鳥取市にある「とりせんの角」は鳥取専門店会の角でしたし、米子市のモナミの角はハイカラな洋食屋さんの角でした。すでに店は消え、角の名前だけが人々の心に残っています。
 四条河原町の阪急は秋ごろが営業停止のめどだそうですが、その後、あの角の呼び名も変わるのでしょうか。社会の変化が思い出を消し去るようで、寂しい限りです。(閑)
 
 

2010年01月22日

平年より上がって?

 以前、本紙のコラムに「公算が高い」とうっかり書いて掲載されてしまい、先輩記者から指摘を受けました。また、「惰眠をむさぼる」を間違えて使い、これも別の先輩からご指導いただきました。とても恥ずかしかったことを思い出します。間違うたびに言葉の使い方には細心の注意を払おうと肝に銘じますが、なかなか完全とはいきません。
 そんな中、どうにも気になることが。仕事柄、乗用車で移動することがよくあるのですが、そのたびに耳を傾けるのがラジオです。特にNHKラジオに楽しませてもらっています。ですが、気になる表現が。鳥取放送局から天気予報で翌日の最高、最低気温を伝える際、複数のアナウンサーが「平年より3度上がって○度」とおっしゃるのです。この場合は「平年より3度高い」もしくは「平年を3度上回る」が適切なような気がしますが、どうでしょう? NHK鳥取放送局にもいらっしゃったことがあるNHKの「ことばおじさん」こと梅津正樹アナウンサーにでも投書してみようかな?(準)

2010年01月20日

急逝したエース

 先日急逝した小林繁さんに関する記事は、阪神時代の描写が多いようです。江川事件、自己最多の22勝など小林さんの選手としてのハイライトは阪神時代だけに、当然でしょう。ただ、長島巨人が連覇した時に2年連続18勝を挙げた巨人時代の活躍も当時の野球少年としては忘れ難いのです。
 あのころの子どもはほとんど野球帽をかぶっていましたが、かぶる野球帽でどこのチームのファンかすぐにわかったものでした。前年に広島カープが初優勝した関係で、わが野球チームは赤ヘル軍団が大増殖。「ゴーカート」なるユニークな乗り物が流行ったときでもあり、赤ヘルをかぶってゴーカートに乗る友達がうらやましく思えたものでした。
 小林投手が開幕から絶好調で白星を積み重ねたのはそんなときでした。確か5月を終えて7勝1敗だったはずです。前年の最下位で沈みきっていた巨人を開幕直後に引き上げたのは、間違いなく小林投手の活躍でした。鳥取県出身のヒーローの誕生です。誰もがフォームをまねしたのですが、それだけではありません。帽子を直すしぐさもまねしました。ロージンで帽子が汚れるのを嫌がったからでしょうか、他の選手のように手のひらで帽子を押さえず、両手首の辺りで耳の上辺りの帽子を引き下げるしぐさを繰り返していましたが、友人ともども、黒い野球帽を両手首で直したものです。
 この年、胴上げ投手は小林さんでした。広島球場での対カープ戦。デーゲームです。前年の最下位で打ちひしがれたのは大人ばかりではありません。黒いGY帽をかぶった子どもたちも、赤ヘルに追いやられたのですが、あの広島球場の勝利でいろんなものを取り戻したのです。
 小林さん、ありがとう。(閑)

2010年01月19日

60歳からの主張

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 40歳を過ぎると自分の顔に責任を持て、と言いますが、60歳を過ぎると歴史が顔に出る。やっぱり、が今日の感想です―。「60歳からの主張」を募った全国老人福祉施設協議会の表彰式で審査員の田中一昭拓殖大学名誉教授にそう語らせた「顔」が写真の面々です。
 エッセイ・小論文で入賞した東京都の須貝よしのさん(81)は病院の待合室やバスの車内で大声でしゃべる高齢者にうんざりするけど、飼っていた犬が誰にも迷惑を掛けなかったかと来し方を振り返り、〝齢七十〟にして「謙虚さ」に気付いた、と紹介。阪神大震災で経営した飲食店舗が全壊し、自宅も半壊した兵庫県の平井恵美子さん(62)は亡くなった同世代の隣夫婦を偲び、「明日が与えられる限りは明日を歓迎しよう。年齢で都合良く限界を作るまい」と生きる者の気持ちを表現していました。
 「喜寿祝い 寿司に集まり われ孤独」は川柳の優秀賞に選ばれた東京都の佐々木恒男さん(77)作。切ない現実を材料に笑いを誘うセンスが光ります。高齢社会のデメリットばかりを考える風潮にあって、成人の日の11日に都内で行われた表彰式の出席者が老いへの希望を抱かせました。
 15年後、鳥取県人口の年齢構成比は3人に1人が65歳以上で占めると予想されています。直面する少子高齢の時代をどう生きるか。60歳からの主張を基にした記者の考えは21日付本紙の海潮音にて。(風)

人生は後半から

100112.jpg 「人生は後半から」―。本年度の水産功労者表彰を受賞した県漁協組合長の伊藤美都夫さんが話していました。
 この日は伊藤さんの祝賀会。まさに「人徳」(発起人)で多くの知人・友人が駆け付けました。来賓のあいさつからも伊藤さんの人柄と仕事への情熱がよく分かります。「議場でも、このいまも日本海の荒波の中でどれだけ漁業者が頑張っているか分かってもらわないといけないと言われた」(平井伸治知事)、「若いころ青年団活動に明け暮れわが家の梨畑はせん定もできていなかった。帰ってみると妻が農業改良普及員の伊藤さんがしてごしなったぜと言う。この畑は遅れているなと思い、自らせん定ばさみでやられたのだと思う。頭が上がらない」(吉田秀光三朝町長)。まさに〝現場主義〟です。
 多くの友人を前に伊藤さんも、率直に自らの思いを語られました。10年前、倉吉市長選で涙をのんだ翌日に県内の漁協の組合長が自宅に来て「漁連の会長になってごしない」と頼まれ引き受けたこと、就任後は経営改善のため職員のリストラに取り組み、またその職員のために再就職の世話に努めたこと。経費削減や組織をスリム化するのは大変なことです。漁業を取り巻く環境が厳しい中、合併したいまの県漁協は単年度黒字を出すまでになりましたが、伊藤さんは「職員にも苦労してもらった。(私は)職員や漁業者に守られて仕事をさせてもらっている」と感謝を忘れません。
 この10年間はもう一つの顔である「政治」も含め、いろいろなことがあったと思います。苦労もされ、髪も白くなられました。
 2次会のテーブルに、かつての伊藤さんと同じ経験をした人がいました。伊藤さんは「人生は後半からだぜ」とその人を鼓舞するように、また自分に言い聞かすように語っていました。人間は何歳になっても挑戦者であり、失敗しても再起できる。身をもって体験したことを、後輩に伝えようとしています。(鵜)

2010年01月12日

「鳥取愛」

100112.jpg よほど暇なのか社業に余裕があるのか、それとも「鳥取愛」か―。自称「鳥取県応援団」の倉吉市内の印刷会社専務が、新たな商品を開発しました。「鳥取シール」。同社はこれまで県の鳥・オシドリ、県魚・ヒラメ、県花・二十世紀梨の花のピンバッジやピンブローチを作ってきました。民間から鳥取県を発信しようという狙いですが、今回はオシドリやヒラメなどをシール化しました。かわいいイラストで、つぶらな瞳がグー。それぞれを組み合わせて11種類を1セットとし、「TEAM★TOTTORI」の文字が躍っています。
 ピンバッジの場合は背広の胸部分に付けるのですが、このシールはどうするか。身の回りの文具やパソコンに張ってもいいのですが、専務が新たなPR方法を教えてくれました。いま巷では、新型インフルエンザ予防でマスクをしている人がたくさんいます。そのマスクに張り、「動く宣伝マン」としてあちこちで鳥取県をアピールしていくというもの。シールの中には唇「TOTTORIに むchu~」というのがあります。これはマスクの口部分に張って〝おちゃめさ〟を出すとか。忘年会の乗りです。
 ただ、そもそもピンバッジ製作のきっかけは〝遊び心〟でした。難しいことではなく、自分たちにできることから始めよう、という民間ならではの発想。そのやわらか頭で、次なる〝ヒット商品〟に期待しています。(鵜)

施工業者が「つくる」

 先日、県内の建設関連業者と話をする機会がありました。長期不況の中、業界も大変なようですが、その中で「なるほど」と思ったことがあったので紹介します。
 施工業者は、施主の要望に沿って、大きなお金をもらって建物や店舗を造ります。しかし、ただ建てたり造るだけではダメだと指摘します。その後のフォローがどれだけできるかが問われていると。例えば、お店を造ったとすれば、施工業者は完成後もそのお店にかかわっていく、飲食店なら自らも会合などで使い、お客さんを呼ぶ協力をする、口コミで「あそこにいい店ができたよ」と周りに伝えていく、「その後使い勝手はどうですか」と施主に気を配る。お金をもらったからそれで終わりではなく、こういうアフターができるかが大事ということです。
 つまりここでは、施主も施工業者も「ウイン&ウイン」の関係を築いています。お互いに良くなっていく。そのことが信頼につながり、次の仕事を呼び込む。自分さえ良ければという考えでは、こういう関係は生まれません。実際、業者によると、このいい関係があるところほど、店も「長持ち」しているとのこと。「造る」は「つくる」こと、よく分かる気がします。
 これは何も、建設・建築業界だけでなく、さまざまなことで言えると思います。日々の仕事をする中で、地域でさまざまな人とかかわる中で、相手のことを思ってやっていると、それを返してくれる。別に対価を求めているわけではありませんが、福が自分に帰ってくることがあります。
 こういうちょっとしたことで変わっていく。人間社会の素晴らしいところだと思いますし、あらためて相手を思いやることの大切さを教えてもらいました。(鵜)

2010年01月08日

そうは言われれば、そうですけど…

 気象庁が桜の開花予想の発表を今春から取りやめることにしました。「民間が予想するため、必要性が薄れた」のが理由だそうです。新聞報道によれば「決して予算縮減ではない」とのこと。一方、鳥取県内でも県警が初詣でなどの人出予想と実数まとめの発表を今年からやめました。数値はすべて主催者(寺社など)の発表に基づくものであり①予想と実数の差、前年との比較理由などについて尋ねられても、主催者に確認しないと返答できない②その確認に時間を要する③数値は主催者も発表している―などが主な理由だそうです。県警に理由を聞くと「業務の改善です」との答えが返ってきました。
 桜の開花予想は1955年からです。県警の初詣まとめが始まったのは「文書が残っていないので不明」(県警)だそうですが、いずれも風物詩として定着していました。行政機関が風物詩を提供する必要はなく、不必要といわれればその通りです。行政の無駄を省けとマスコミも大合唱しています。ただ、効率化一色も寂しい気がするのです。(理)