急逝したエース
先日急逝した小林繁さんに関する記事は、阪神時代の描写が多いようです。江川事件、自己最多の22勝など小林さんの選手としてのハイライトは阪神時代だけに、当然でしょう。ただ、長島巨人が連覇した時に2年連続18勝を挙げた巨人時代の活躍も当時の野球少年としては忘れ難いのです。
あのころの子どもはほとんど野球帽をかぶっていましたが、かぶる野球帽でどこのチームのファンかすぐにわかったものでした。前年に広島カープが初優勝した関係で、わが野球チームは赤ヘル軍団が大増殖。「ゴーカート」なるユニークな乗り物が流行ったときでもあり、赤ヘルをかぶってゴーカートに乗る友達がうらやましく思えたものでした。
小林投手が開幕から絶好調で白星を積み重ねたのはそんなときでした。確か5月を終えて7勝1敗だったはずです。前年の最下位で沈みきっていた巨人を開幕直後に引き上げたのは、間違いなく小林投手の活躍でした。鳥取県出身のヒーローの誕生です。誰もがフォームをまねしたのですが、それだけではありません。帽子を直すしぐさもまねしました。ロージンで帽子が汚れるのを嫌がったからでしょうか、他の選手のように手のひらで帽子を押さえず、両手首の辺りで耳の上辺りの帽子を引き下げるしぐさを繰り返していましたが、友人ともども、黒い野球帽を両手首で直したものです。
この年、胴上げ投手は小林さんでした。広島球場での対カープ戦。デーゲームです。前年の最下位で打ちひしがれたのは大人ばかりではありません。黒いGY帽をかぶった子どもたちも、赤ヘルに追いやられたのですが、あの広島球場の勝利でいろんなものを取り戻したのです。
小林さん、ありがとう。(閑)