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2010年03月31日

持ち株会社

 115.jpg3月31日の地域面にこんな記事が載りました。「メンバー拡大を提案―中海市長会」。これに対し、本紙記者が「拡大より既存組織との連携を」とコラムで異を唱えています◆中海市長会の誕生には思い出深いものがあります。平成の大合併で中海圏の自治体が変化したのを機に、中海圏域の4市長で本紙主催の座談会を開きました。その後、現在に至るまで年1回の取り組みとして続けていますが、中海市長会設置の構想はこの4市長座談会で最初に公表されたものです。当時の座談会収録記事を見ると、松江市の松浦市長が提案理由としてこう述べています◆司会者が発した「4市を舞台にさまざまなプランが浮上しているが、どこが実施母体を担うのか、役割分担をどうするのか」との指摘にこたえて、4市長会の常設を提案したのです。「例えば観光振興の面では4市の商工会議所が主体になって協議会が設置されたが、情報が市側になかなか入ってこない。行政と民間の連携の手法がはっきりしていないのが原因ではないか。その結果、同じような協議会ができて、結局、それぞれが自己主張だけで連携せず、効果を挙げてこなかった。市長会でその課題を克服したい」◆中海・宍道湖圏域は、日本海側で新潟市圏域、金沢市圏域に続く可能性を持った圏域です。それがゆえに、この圏域を舞台にさまざまなアクションが自然発生的に起きています。だれもが自由に伸び伸びと活動するのはよいことなのですが、当時取材していたわれわれでも記憶しきれないほど多くの団体が誕生し、しかも同一の分野に数多くの団体ができていました。松浦市長が指摘するように各団体の間で連携が不足していたのも事実でした。市長会は「自己主張だけで連携せず」という現状を打破するため、4市連携の扇の要として誕生したのです。◆市長会誕生から一巡し、市長会は静かにその任務を全うし、成果を挙げてきたのではないでしょうか。そこへ降ってわいてきたようなメンバー拡大論です。うまくいえませんが、拡大論からは扇の要が扇そのものになってしまうような印象を受けます。観光面であればすでに国の法に基づく観光圏が存在しています。それこそコラムで指摘されるように屋上屋です。また、宍道湖圏域の追加を持ち出せば、かたや大山の追加を申し出るなど、県境をはさんださや当てのような感じを与えます。自己主張を繰り返し、主導権争いになってしまうのではないかと不安すら覚えるのです◆傘下の会社を緩やかに束ねる持ち株会社。中海圏市長会のあり方はこんな持ち株会社のようなスタイルがいいと思っています。エリアを広げようとの考えもわかりますが、それでは意思決定も遅れますし、いままでの「自己主張ばかりで連携がない」状態に後戻りします。中海圏域で色濃い取り組みをし、輝く地域になれば必ず人々は寄ってくるはずです。(理)

2010年03月26日

姫路版

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 本紙に姫路版があったのはご存知でしょうか。発行が始まったのは2000年3月25日。そう、ちょうど10年前の話です◆ゼロからの立ち上げでした。前線基地となる支社を借り、自分や支社スタッフのマンションを借り、記者クラブに加入届けを出し、備品を買って回りました。それでも準備は切迫し、出稿関係の機器がそろったのは3月24日でした。実はその機械を使うのは初めてだったので使いこなせず、その日は別な方法で出稿し、事なきを得たのを記憶しています。本紙が県外で新聞を発行するのは1982年の但馬版以来でした◆何が問題なのかを把握する。取材する。原稿を出す。人脈を作る。情報を得る。どこであろうと、新聞記者の営みは変わりません。ただ、地元紙にいると「地元出身だから情報が取れる」と実力以外のことを指摘されることがあり、変な引け目を感じることがありました。しかし、右も左もわからない姫路での新聞発行はこうした引け目を吹き飛ばしてくれました。「ああ、どこでもやっていけるのだな」との自信につながりました。その後、姫路版は半年弱で廃止され、時同じくして現在の大阪日日新聞の発行が始まりました◆姫路と鳥取は池田の殿様つながりで姉妹都市ですが、実際、鳥取に対する意識はあまり高くありません。少しでも興味を引こうと、姫路版で「HIT(ヒット)ニュース」というコーナーを作りました。HIMEJIとINABAとTOTTORIの頭文字を連ねたものです。鳥取に対する興味が低かったのは交通網の整備が行き届いていなかったことも一因でした。あのころ、中国横断自動車道姫路鳥取線は岡山県境に志度坂道路として数キロあるだけでした。あれから10年。ようやく、鳥取自動車道が県内全通します。全通後は大阪との連携だけが注目されていますが、これを機に兵庫県の山陽側との交流が深まればと、元市民として願っています。(閑)

2010年03月25日

「かいこ」さん

 112.jpg 長野県松本市を旅した時です。現地の方と養蚕の話になりました。驚いたのはカイコの呼び方です。彼は「おカイコ」と何度も繰り返しました。カイコと呼び捨てにするのではなく、ていねいな意味を持つ接頭語の「御」をカイコの上に付けたのです◆これを聞いて子どものころを思い出しました。幼いころは近所に養蚕農家がまだ残っており、春から夏にかけての養蚕風景を見ることができました。庭に小型のビニールハウスのようなものを建て、桑の葉を敷き詰めます。その中には白い小さなカイコが無数にいました。夜はまだ寒く、煉炭をつけて暖めていたこともあったはずです。養蚕農家に遊びに行くと、おばあさんがカイコを手にとって見せてくれたことがありました。「これが、カイコさんだよ」◆おカイコとカイコさん。カイコはその小さな身で一大産業を興し、農家に貴重な現金収入をもたらしてくれたのです。それで、当時の人々は「さん」「御」という言葉を駆使してカイコへの敬意を表現したのでしょう。養蚕は間違いなく鳥取県の近代史の大きな一こまなのです。そんな養蚕を描く企画が本紙文化面で始まりました。鳥取市のやまびこ館の企画展にちなんだ内容で、これからの展開が楽しみです◆ちなみに、現在進行中の新聞小説「手のひらを太陽に!」は製糸場を世界遺産にしようという若者たちが主題です。何か養蚕・製糸業を通して明治時代に注目が集まっているような奇妙な符合を感じます。養蚕で地方が輝いていた時代。そこには地方主権が叫ばれながら閉塞に悩むわれわれが求める答えがあるのかもしれません。(理)

エヴァって何

 興味のあるなしは、取材姿勢にも現れるものだが、鳥取市の大型ショッピングセンターで始まった大型フィギュアを展示したロボットパークに足を運んだ女性記者は、開口一番「何が何だか分からん」。ファンにとってはたまらない大型フィギュアなのに。ガンダムのフィギュアは元々生産数が少なく、日本では手に入りにくいため、展示のために韓国から入手したという。エヴァンゲリオン初号機や綾波レイもある。原作のアニメが登場したときには、いずれも社会現象にもなり、ガンダム世代とかエヴァ世代の言葉も生んでいる。ガンダムが初登場したのは30年近く前。アニメの続編やさまざまな商品が開発されて、根強い人気を保っている。ロボット世代にとっては眺めるだけで楽しいはずだ。ちなみにエヴァ初号機は118万円とか。(舂)

2010年03月24日

ジュニア新聞記者

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 原稿に鉛筆で記事を書いていた経験を持つ身にとっては、技術革新に伴う出稿作業の変化は高い壁でした。ひらたくいえば、イマドキの機械についていけないのです。初めてワープロで原稿を打ち始めたころは(そういえばそれまでは「原稿を書く」でしたが)、とんでもなく時間がかかり、これなら手書きのほうがいいなあ、と思ったものです。ワープロからパソコンに移行したときも、フィルムカメラからデジタルカメラに乗り換えたときも、ハードルにつまづき、蹴倒すようにしてようやく技術を習得していきました。
 この日の子どもたちはそんな経験をはるかかなたに押しやるような高いスキルを持っていました。先の連休、鳥取市の久松公園で開かれた本紙のジュニア新聞記者企画です。因幡の祭典のフィナーレイベント「いなば絆ドリーム」の協賛行事で、抽選で選ばれた4組12人のジュニア新聞記者が「ドリーム」の様子を取材。出稿した記事と写真を移動編集車「みみちゃん」でその場号外にして発行する内容です。
 ジュニア新聞記者は小学4~6年生でしたが、パソコンもデジカメアレルギーもありません。すいすいと使いこなし、あっという間に出稿完了です。中には取材にデジタルレコーダ-まで持ち込む児童もいて、大人顔負けのスタイルでインタビューしていました。
 デジタル化をハードルと考える世代にとっては、そんな姿は素晴らしいと映るのでしょう。本紙のスタッフから異口同音でほめられていました。「すごいねえ、将来、ウチに入る?」。最初はまじめに聞いていた児童ですが、さすがに3人ぐらいから同じ内容でほめられるとあきれ顔です。4人目に同じことを言った私は「日本海新聞の人って、おんなじこと(=すごいねえ、将来、ウチに入る?)しか言わないんだね」と冷ややかな返事を頂戴してしまいました。(閑)※写真は完成したその場号外です

2010年03月19日

小泉フィーバー再び

1003192.jpg 「キャー」―。さすが人気者です。小泉純一郎元首相の次男で衆院議員の小泉進次郎氏が19日夕に鳥取県入り。JR鳥取駅前で自民党の広報車に乗り、演説を繰り広げました。
 来県したのは初めてのようですが、「鳥取方式の芝生化、湖山池の水質浄化素晴らしいじゃないですか」と〝ご当地〟のことも盛り込み、民主党批判も堂々とし、とても1期目とは思えません。父親同様、話しっぷりがよい。大きな拍手が起こっていました。
 すごかったのは終了後。広報車の周りに聴衆が集まり、握手攻勢。携帯電話のカメラを向けて写真に収めようとする人。ジャニーズ並みの人気でした。
 この日の主役は竹内功市長だったのですが…。(鵜)

〝歴史的な日〟2題

 倉吉市議会が議会最終日の16日、新年度当初予算案を否決しました。常任委で否決していたものを、さらに〝ダメ出し〟。長谷川市長も「最後の最後まで…」となってしまいました。
 採決に当たっては議長、副議長がそれぞれ賛成、反対討論に立ち、紛糾の末、代わりに議長席に座った議員を除く19人のうち、10人が予算案に反対し否決。訳が分かりません。
 同議会は10対9(議長を除く)で対立しています。要は採決に参加できない議長席には座りたくない。たぶん、〝少数派〟は負けないためいろいろ作戦を考えていたのでしょう。「ウルトラC」を出したものの、〝多数派〟に切り替えされたということか。
 今後臨時議会が開かれますが、長谷川市長はどのような形で予算案を再提案するのか。その時、反対した議員はどのような態度を取るか。波乱含みです。
 当初予算案が本会議で否決されるのは前代未聞のこと。〝荒れる議会〟の倉吉市議会でも初めてのことです。市長VS議員、議員VS議員。人間関係も複雑に絡みあっています。市民からすれば、相変わらずだなと思うかもしれませんが、その市長や議員を選んだのも倉吉市民です。
                 ◆
1003191.jpg 翌17日、鳥取県議会も「歴史的な日」となりました。県議会自民党が提案した議員定数を3減らし35にする条例改正案が否決されました。常に多数を占める自民党議員が提案した議案が否決されたのは調べれる限りでは初めてのこと。議員によると、過去に自民系会派「自民党」と「創造」が対立していたときもなかったとのこと。
 「県民は削減を求めている」「やるなら今しかない」、「根回しがない」「時期尚早」。提案までに議員からさまざまな声を聞きました。
 一連の騒動をまとめるとこういうことでしょう。反対した議員も議員定数を削減または議論することにはやぶさかでない。が、あまりに唐突すぎる。事前に話もなかった。一方、提案した側は、これまで検討委の設置を促してきたが一向に応じようとしない。定数問題を真剣に議論する気があるのか。もう待てない。これが〝強行突破〟と〝強い反発〟に至ったと思います。
 議場で怒声が飛ぶなど、自民党議員同士が本会議で対立するのは初めて見ました。自民党県連の選挙を巡る対立は過去にありましたが。これまで採決では、自民党議員は数の力で常に思い通りにことが運びました。誇らしげに起立し、民主党系など非自民会派の議員を眺めていました。
 ところがこの日は、起立し賛成の意思表示をするのも自民党議員、その姿を座って見ているのも自民党議員。高い位置の記者席から見ていましたが、その瞬間、反対した自民党議員は何ともいえぬ表情をしていました。
 今後、定数問題が議会の中でどう運ぶのか、今のところ、誰も分かりません。「県民が是非を判断してくれる」という提案した会派会長のコメントが残されました。(鵜)

2010年03月15日

〝正念場〟3題

1003151.jpg 14日に、民主党の参院選総合選対発会式をのぞきました。よく知った顔が。ところが話をしていると「厳しい」との声。小沢幹事長の「政治とカネ」の問題、さらに「北教組事件」、比例するように鳩山政権の支持率はどんどん低下。支持者からも厳しい声が寄せられているとのこと。皆さん、参院選への影響を心配しています。
 この日は鳥取選挙区の坂野真理氏の選対の発足式でもありました。坂野氏は「出馬表明から8カ月、切り立ったがけを登ってきたが、まだ2割登ったか登らないか」。悲壮感も感じました。この日は坂野氏の地元から選挙をよく知っておられる方も来られ、たぶん同じ分析だと思いますが、「まだ2割は登っていない」というのが正直な感想。
 地元の倉吉市、東伯郡でも、まだこんな声をよく聞きます。「真理ちゃん、なんで民主党に走っちゃっただいな。子どもも小さいし、もうちょっと我慢すればよかっただが。応援したくてもできんが」。中部には祖父で自民党の坂野重信氏に世話になった人もあり、保守地盤でもあります。たぶん「民主の坂野」のとっかかりの部分で、まだまだ理解を得られていない気がします。また、倉吉は選挙が非常に難しい所。今後、どのような戦いをしていくのか、注目しています。
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 その会場で話題となっていたのが、倉吉市議会常任委での新年度当初予算案の否決です。16日の最終日の採決で否決されれば、県内で初めてではないかとの声も。確かに常任委で否決されたけど本会議で可決の例はあります。また、米子市では全議員参加の予算審査特別委で否決されましたが、本会議では可決しています。
 会場の議員からは「仮に否決となった場合どうなるのか」との声も。いわゆる緊急を要する予算のことです。ただ、最後は「倉吉市議会らしい」で話が完結してしまいます。
 同市議会は改選後の会派再編で、議会内が二分されています。10対9(議長除く)、絶妙のバランスです。しかも市議は〝選手〟がそろっています。当然、対立も激しいものです。辞めていく長谷川市長の予算編成に対する姿勢が問題視されているようですが、長谷川市政は最後の最後まで踏んだりけったり。迷惑をこうむるのは市民ですが、その市長や議員を選んだのも市民。倉吉はまだまだ低迷が続きそうです。
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 翌17日の最終日に正念場を迎えるのが県議会。最大会派の県議会自民党が定数削減の条例改正案を提案することを決めました。満を持して、でしょうか。鳥取、東伯、米子選挙区が各1減で合わせて3減案。ただ、現状は可決されるかどうか不透明で、他会派の動向が注目されます。
 議員一人当たりの人口や島根県などとの比較など提案理由はすでに本紙に書かれていますので省きますが、要は今やらねばできない、ということでしょう。これまでにも定数削減はそ上に上ってきましたが、なかなか実行できませんでした。いろいろな意見や事情があることはよく分かります。提案した自民党の中でさえ「生首を斬るようなことは」と同僚議員への配慮を示す声もあります。ただ、市町村議会は合併に伴い削減してきています。一つの問題提起だと受け止めています。
 記者になって、これまで市町村議会や県議会を取材してきました。選挙で勝ち上がってくるのは大変なことです。当選後、がっかりさせられたこともありますが、お世話になったり、懇意にしてもらっている議員も多くいます。質問戦には物足りない面もありますが、基本的に議会が好きです。半面、日常活動も含め議会議員に対する有権者の厳しい声もこれまで多々耳にしてきました。
 お前の考えはどうか、と尋ねられると、今の有権者は「量より質を求めている」と答えます。(鵜)

2010年03月08日

おぼろげな足元

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 36・9%に激減します。2009年度に5772億円だった国の「農業農村整備」は10年度予算案では2129億円にとどまり、10年度完了を控えた懸案の国営中海土地改良事業への予算配分は不透明な状況。詳細は7日付本紙に掲載しています。
 予算の中身が見えないと言えば、新設される1500億円の「農山漁村地域整備交付金」。具体的な説明はまだなく、都道府県の現場は仮に交付金の当てが外れると新規事業が出来ず「営農に支障が出る」(鳥取県)と困惑気味です。
 「政策を大転換する大きな一歩」(赤松広隆農水相)となる10年度予算案は2日の衆院通過=写真=を経て3月末までに成立する見通しですが、一歩を踏み出す足元はおぼろげ。政権交代して最初の当初予算執行に地方は目を見開き、耳をそばだてています。(風)

2010年03月07日

鳥取牛骨ラーメン"大健闘"

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 鳥取市のパレットとっとりで始まった「鳥取B級グルメ横丁」に出掛けた。雨にもかかわらず、大勢の家族連れ。なかでもB級グルメの〝帝王〟、富士宮やきそば(静岡)のコーナーには長い行列が。最後尾のプラカードには「本日完売」の文字。恐るべしだ。

 目的は「応麺団」が結成された県中部の鳥取牛骨ラーメン。ところがこちらも行列。並ぶ元気がなく、隣の鳥取市役所食堂の素ラーメンをいただいた。250円がうれしかった。

 ラーメン好きだ。特にちじれ麺の、いわゆる中華そばが大好物。飽きがこない。以前から中部はラーメンのうまい店が多いと思っていたが、牛骨ラーメンとして脚光を浴びたのはファンとしてはうれしい限りだ。

 なかでも旧東伯町の「S」は担当記者時代に昼食でお世話になった。スープが絶品で、焼き豚はとろけるよう。おでんと一緒に食べられるのもいい。

 かつて同町にアメリカから国際交流員が来た。町長に着任あいさつのとき、秘書がおなかがすいているだろうとSのラーメンを出前した。初めて牛骨ラーメンを食べた彼は「オイシイ」と汁も残さずあっという間にたいらげたのを覚えている。世界に認められる味だ。

 もう1店。旧北条町の「M」もお薦めのお店だ。この店はラーメンの専門店ではなく小料理屋だが、倉吉駅前にあったときから知る人ぞ知るラーメンのうまい店。スープは濃い目で、これが酒を飲んだあとの締めくくりに最高。腹いっぱいでよく眠れる。

 実は中部には、牛骨ラーメン以外にも、隠れたうまいラーメン店がある。経験上、あまり店構えがきれいでない方がおいしい。要は味で勝負。ラーメンラリーは十分可能だ。

 忘れられない味もある。高校時代、学校近くにあったラーメン店は本当においしかった。当時はちょっとしたぜいたくで、舌も肥えてはいなかったが、たぶん今食べてもうまいと思う。Uターンしたら、もうすでに店はなかった。思い出は舌に、だ。(鵜)

2010年03月02日

民主党県連は、いま

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民主党県連の定期大会後、米子市内で街頭演説する田村参院議員。左は坂野氏。昨年ならこんな光景は考えられなかった
 米子に民主党県連の定期大会を取材に行きました。政権交代後、初の大会で、自民党を離党した田村耕太郎参院議員が初めて出席する大会。湯原俊二衆院議員が代表を務めた民主党鳥取時代が第1期、党県支部総連合会設立後が第2期とするなら、川上参院議員が代表を務めるいまは第3期か。自民党を離党した川上、田村両議員が、旧来の民主党系議員や労組を中心とした支持者とどのようにリンクし、〝化学反応〟を起こすか興味がありました。

 ひな壇を見て〝風景〟の違いを実感しました。田村議員の左隣に坂野真理氏、右隣が湯原議員。この3人が並んで座るなど、ちょっと前までは考えられませんでした。政治の流動化です。大リーグのヤンキースの4番打者やエース投手がレッドソックスに移籍するようなもの。こういうトレード劇はファン心理として日本人にはなかなかなじめないのですが、先が読めないのも政治の世界。ただ、民主党から自民党に移籍する選手がいないのがいまの現状か。

 大会では、夏の参院選対策で田村議員の名前が出ると拍手が起こるなど違和感はほとんどありませんでした。これまで新聞報道されてきたこと、常任幹事会での了承済みということもありますが。実際、旧知の民主党町議に聞いてみると「これで国会議員が3人になった。坂野と田村の当選に向けてがんばらないけん」と前向きに受け止めています。ユニホームを着れば、レッドソックスファンもなじんでくるのか。

 大会前に民主党県議の一人は移籍劇についてこう話していました。「もともと田村議員の考え方は自民党とは相容れないもの。無所属から自民党に入ったことの方がおかしい。これが本来の姿」。川上代表は自民党側のさめた見方について「国会議員が1人減るということがどんなことか分かっていない」と指摘していました。民主と自民、勝負の結果は夏の参院選で出ます。


 その参院選対応をめぐって、出席者からは厳しい質問が飛び出しました。昨年の総選挙を見れば分かるように、課題と指摘されてきた地域支部など党の基盤整備ができていないということ。結成以来の懸案です。「(勝てる選挙だった)2区を落とした」「自民党は普段もめていても選挙になればがっちりまとまる」「坂野氏の選対が今もってできていない」「自民候補はすでに体制を整えつつある」。当たっているだけに、執行部もつらいところ。

 これに対し、登壇した川上代表が持論を展開しました。「選挙は自己責任。自分で後援会をつくる、他の団体から応援を受ける、そこに党の選対がかぶってくるのが一番いい。初めから選対ありきではないし、決して遅くない」。ただ、これはいろいろな〝背景〟を持った川上氏だからできることで、政治に初めて挑戦する新人には酷かなと思います。


 政権交代を果たした民主党は政治主導を掲げています。その上で、県内でも要望は県議会会派「絆」が受け付けるなどのガイドラインをつくり、大会で発表されました。一方、首長らの要望活動の在り方や道路予算の個所付けの発表の仕方についての議論もあります。個人的には民主党の思いは分かりますが、肩に力が入り過ぎではと感じることもあります。大会で出席者から指摘があったように党の基盤づくりはこれから。形式的ではなく誰でも何でも受け入れるような、緩やかさや入りやすさ、一緒にやろうやというサポーター精神のようなものが民主党のよさだと思っています。〝政治くさくない〟のがいいところでした。

 政権を取ればそうはならないかもしれませんが、らしさは失ってほしくない気がします。12年前県連が設立されたとき、常任幹事会は公開するとしました。自民党なら考えられないことで、ちょっとした息吹を感じました。それがいつの間にか冒頭のみになりました。若い坂野氏や田村議員が入り、議員選挙の公認・推薦候補は30代です。「ルーキーズ」による新世代改革にも期待しています。(鵜)