姫路版

本紙に姫路版があったのはご存知でしょうか。発行が始まったのは2000年3月25日。そう、ちょうど10年前の話です◆ゼロからの立ち上げでした。前線基地となる支社を借り、自分や支社スタッフのマンションを借り、記者クラブに加入届けを出し、備品を買って回りました。それでも準備は切迫し、出稿関係の機器がそろったのは3月24日でした。実はその機械を使うのは初めてだったので使いこなせず、その日は別な方法で出稿し、事なきを得たのを記憶しています。本紙が県外で新聞を発行するのは1982年の但馬版以来でした◆何が問題なのかを把握する。取材する。原稿を出す。人脈を作る。情報を得る。どこであろうと、新聞記者の営みは変わりません。ただ、地元紙にいると「地元出身だから情報が取れる」と実力以外のことを指摘されることがあり、変な引け目を感じることがありました。しかし、右も左もわからない姫路での新聞発行はこうした引け目を吹き飛ばしてくれました。「ああ、どこでもやっていけるのだな」との自信につながりました。その後、姫路版は半年弱で廃止され、時同じくして現在の大阪日日新聞の発行が始まりました◆姫路と鳥取は池田の殿様つながりで姉妹都市ですが、実際、鳥取に対する意識はあまり高くありません。少しでも興味を引こうと、姫路版で「HIT(ヒット)ニュース」というコーナーを作りました。HIMEJIとINABAとTOTTORIの頭文字を連ねたものです。鳥取に対する興味が低かったのは交通網の整備が行き届いていなかったことも一因でした。あのころ、中国横断自動車道姫路鳥取線は岡山県境に志度坂道路として数キロあるだけでした。あれから10年。ようやく、鳥取自動車道が県内全通します。全通後は大阪との連携だけが注目されていますが、これを機に兵庫県の山陽側との交流が深まればと、元市民として願っています。(閑)