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2010年12月30日

「大阪日記」2010-2011

 「荒川」が流れる埼玉県境の東京・西高島平での生活は一転、異動にて大阪へ。ミナミの歓楽街を流れる「道頓堀川」沿いを訪れることしばしば。大学のボート大会が開かれる荒川の健康的な雰囲気とは裏腹に、道頓堀川のそれは、宮本輝著『道頓堀川』によると、次のようになる。
 「夜、幾つかの色あざやかな光彩がそのまわりに林立するとき、川は実像から無数の生あるものを奪い取る黯(くろ)い鏡と化してしまう」
 ネオンの光に染まっても、日が差せば「巨大な泥溝(でいこう)」になる道頓堀川は、歓楽街を流れるがゆえの宿命か。
 いや、違うはず。
 「川は川なりにきれいになりたいと思うけど、関心が無かったら『ええやん』ということになるやん」と取材で知り合った大阪人は説き、河川の浄化運動に精を出す。
 全国どこに行っても地域を愛する人はいる。それが、記者の機微に触れ、筆を走らせる。鳥取の外にいてもこの気持ちを大切にしたい。新年の抱負です。(風)

2010年12月27日

「東京日記」2010→2011

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劇団「座・がいな」のメンバー
 ことしも残すところ4日。政治の劣化を見せつけられた2010年が終わろうとしている。2011年はどんな年になるのか、特に経済の展望が開けるのか、気になるところだ。
 個人的には、初めて営業の仕事に携わることになり、編集や報道現場とのカルチャーの違いを感じるとともに、国会取材などでこれまでにない経験をし、刺激的な年でもあった。
 かつて都会からUターンした際、当然のことながら都会と田舎の違いを感じた。価値観はあろうが、文化的なことの享受という点ではかなり差があるように思った。文化も多種多様だが、都会では一流に触れる機会が多い。その感覚も地元で奮闘する人々を取材する中で薄れていったのだが、再び上京してみて、やはり恵まれていることは確かだ。ただ、先日、面白い仕掛けを考えている人たちに会った。芝居をベースに、東京から地方、地元の鳥取県中部にベクトルを向けている。
 倉吉市下福田出身の山崎靖明さんは33年前、「劇団影法師」、さらに23年前には「笑う猫」を立ち上げ、全国各地で公演活動を続けている。都内に大きなスタジオを持ち、その世界では名が通った人だ。同じ地元でもあり、存在は知っていた。ひょんなことから電話がかかってきて、武蔵野の事務所におじゃました。
 待つ間、芝居の練習を見学した。それが1月8日から30日まで三朝温泉の三朝館で上演する「みっつの谷伝説」。演じるのは「座・がいな」のメンバーで、山崎さんがプロデューサーを務める。
 プロの劇団「座・がいな」は倉吉市で旗揚げされ、団員は県中部在住者らを募った。というか「雇用する」と考えている。「プロ劇団」という誘致企業が、地元の若者を採用し雇用に貢献すると同時に、芝居という文化を持って地域を元気にしようとしている。
 山崎さんの発想の素晴らしい点は、文化・芸術を産業とリンクさせようとしている点だ。そのことで地域が前進したり、活性化につながるのではないかと考えている。「座・がいな」プロジェクトはその実験であり、地域住民にまず文化・芸術に触れて楽しんでもらいたいという。住民が自らのライフスタイルに文化を取り入れてそれをプラス要因とすることで、地域の創造が生まれ、地場産業が豊かになれば、挑戦する心が芽生えてくると考える。
 もう一つ、山崎さんの主張の特徴は、これからは大都市ではなく、地方の方がいいものが生まれやすいとの発想だ。山も川も緑も空気も古い町並みも、すべてが舞台となる。三朝という温泉地で、しかも旅館の大広間を使った、地域に伝わる伝説をモチーフにした芝居はその実験の第一弾。宿泊客のみならず、地元の人が入浴料のみで、温泉につかって芝居を楽しむことができる。その繰り返しの中で、三朝の本通りにかつてのようなにぎわいを取り戻そうとしている。
 倉吉市も「文化」を考えたことがある。文化ホール「未来中心」を造る際にはさまざまな議論があった。地域おこしや教育環境の整備には不可欠との意見、半面「文化では飯は食えない」との声もあった。ただ、景気が長期低迷し民活が期待できなくなった今、文化を雇用や産業、地域活性化に結び付けようとする山崎さんの郷土愛には納得するものがある。また、口だけではなく、実際に行動に移しており、協力したくなる。
 かつて倉吉は文化が栄えたまちだった。稲扱き千歯を全国に売りに歩いた商人は、その各地の文化を倉吉に持って帰り、住民たちは最先端の文化に触れていた。青年団活動も活発で農家のせがれが芝居の舞台に立った。その芸能好きは今も引き継がれ、地域の伝統芸能や女性会活動なども活発だ。
 研修を経て「座・がいな」に雇用された団員たちは今後、倉吉市を拠点に各地で公演活動を行っていく。東京の日比谷で見る演劇やミュージカルもいいが、「倉吉発」の芝居が喝采を浴びる、そう考えると、2011年が明るいものに思えてくる。(鵜)

2010年12月20日

師走スケッチ@TOKIO

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 永田町界隈の師走の風物詩といえば、予算獲得へ地元から首長や議員が繰り出す陳情風景が定番だったが、民主党政権となって様変わり。政治主導とやらで省庁に陳情しても無駄足となるためか、それとも迷走内閣に期待していないのか。24日には来年度予算の政府案が決定するが、静かだ。永田町周辺の師走を追った。

①「自民党本部前に黄色のじゅうたん」
 政権の座を転がり落ちてからは自民党本部に寄り付く人も少なくなった。所属議員は「やはり政権党でないと」を実感しているだろうが、菅内閣が迷走し支持率急落でチャンスのはずだが、どうもピリッとしない。というか話題にもならない。まさか大連立を狙っているわけではなかろうが、挙げ足取りではなく、政策的な違いを鮮明にするなど「確かな党」を打ち出さないと浮上はできないか。イチョウのじゅうたんは風情があるが、赤じゅうたんを踏む意味を考えたい。

②「新旧交代、議員もしてほしいが」
 贅沢すぎると週刊誌でたたかれた新議員会館(奥)、その隣で古い会館の取り壊し作業が進んでいる。本紙「永田町の風」で自民党国会議員が「永田町には妖怪が巣くう」と書いていたが、その〝巣〟であった旧会館は、日本の政治の舞台裏や政変などさまざまな出来事を見てきた。一方、新しい会館は室内が広く使い勝手もいいようだ。衆院第一、第二、参院の3つの会館と国会議事堂は地下で結ばれ、雨の日も移動が楽。地下の食堂はこの辺りでは安くておいしいものが食べられる。都心の議員宿舎といい、恵まれている分しっかり働いてほしいが。

③「赤プリ最後のクリスマスイルミネーション」
 赤プリの愛称で親しまれたグランドプリンスホテル赤坂で年末恒例の建物を使ったクリスマスツリーが浮かび上がり、師走ムードを盛り上げている。赤プリといえば、バブル期はここで食事をしたり宿泊するのがステータス。ところがその後、外資系のホテルが建ち、また再開発に伴うホテル建設などで、かつての輝くばかりの魅力も失われていった。新しく建て替えられるようで、名物のイルミネーションも最後という。景気の回復が実感できないまま今年も終わろうとしているが、いい時代があったことを目に焼き付けておこう。(鵜)  

2010年12月15日

「東京―鳥取」3題

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大都会・東京。六本木ヒルズから新宿方面を望む
 ○…東京・銀座に進出した牛骨ラーメンの店に行った。本店は琴浦町赤碕。ラーメン好きで、かつて東伯エリアを担当していたとき、昼食時はこの「K」か浦安の「S」に何度も通った。銀座店はカウンターのみだが、お客さんが次々訪れている。自動券売機で牛骨ラーメンとトッピングのネギを購入。かつて本店で働いていた息子さんが作ってくれた。銀座だけあってどんぶりはハイカラだったが、味はそのまま。銀座の中の赤碕だ。
 ここ銀座はラーメン激戦区。全国の味が楽しめる。その中で奮闘する牛骨ラーメン。十分に味で勝負できる。地元の県中部では「応麺団」ができ、ラーメンラリーも行われている。盛り上げていきたい。
 ○…スポーツ紙を読んでいたら、「アーネストリー 有馬回避」の見出しが目に入った。中央競馬のことしのGⅠを締めくくる、有馬記念(26日)での出走を取りやめたという。アーネストリーは秋の天皇賞で3着に入り、有馬でも有力馬だっただけに惜しい。疲れが原因という。
 天皇賞が行われた東京競馬場には、アーネストリーに声援を送る森安保伯耆町長の姿があった。町長によると、この馬は産まれたころは体が弱かったが、同町内の競走馬トレーニングセンターで鍛え、ついには天皇賞に出走するまでになったという。その話を聞き、町長はいてもたってもいられなくなったのだろう。競馬はロマンだ。
 ○…鳥取県学生寮の「明倫館」。高級住宅地の世田谷区成城にある。なぜこんな一等地に、聞けば国有地の払い下げ時に県が買ったようだ。男子寮で全室個室。高校を卒業したばかりの大学生や専門学校生のほか、一度社会人となり再度学校に入り直した寮生もいる。寮祭に呼ばれたが、県立高校の校長を務めた寮長は慕われ、寮生も生き生きしている。青春だ。
 彼らが書いた寮誌『風紋』には、県内の高校生に向けてのエールも。「目の前のすべてがあなたの個性につながっている。すべての人、もの、ことを大切に、懸命に取り組むこと。あらゆるアクシデントに抵抗を示し、ひたすら主張と挫折を繰り返すことです」。大都会・東京で、みんなが頑張っている。(鵜)

2010年12月14日

政治主導と予算

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国会は機能しているのか
 民主党内の対立が激化している。「政治とカネ」をめぐり小沢一郎元代表の政治倫理審査会への出席を求める執行部、茨城県議選の惨敗など党執行部の責任問題を追及する小沢グループ。尖閣諸島問題に閣僚の舌禍、菅政権の支持率は下がるばかり。政権交代時の民主党への期待はもやは過去のものだ。
 なぜ、民主党がここまで迷走するのか。菅首相はこれまでは「試運転」と言ったが、これではとても国のかじ取りを任せられない。予算委での答弁を聞いていても、棒読みとのらりくらり。国のトップとして、わが国をこうしたいんだというビジョンを全く感じない。野党時代の精彩さはなく、首相という座にしがみついているだけに映る。
 政治が劣化し本来の役目を発揮できない中、来年度の予算編成はどうなるのか。行政関係者はもちろん、国会議員でさえ戸惑っている。というか、先が見えてこない。いまのところ、今月24日に政府案が決定、16、17日に大臣折衝が行われると言われているが、どのような形で進み明らかになっていくのか、見当がつかない。
 政権交代後の昨年の予算時も困惑した。民主党が政治主導を掲げる中、まず陳情や要望活動は幹事長室に一元化された。これには県内首長からも異論があったのは記憶に新しい。政治マターの形で国会議員からあの予算は付いたなどの情報が流れてくるが、役所は正式に聞いていないため、裏が取れない。
 鳥取県でも、まず党県議が結果を発表するという。だが、担当者でもない限り、県下の道路整備事情や進ちょく状況など分かるはずがなく、質問もできない。県も対応に苦慮し通例の知事会見もなかった。自民党時代が良かったとは言わないが、復活折衝も含め道筋が見えていたのは確かだ。
 そもそも政治主導とは何なのか、民主党は国民のためにどんな予算を作りたいのか。多数の懸案を抱え疲弊する地方は、その行動をしっかり見ている。(鵜)

2010年12月07日

スカイツリーと不景気

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〝逆さツリー〟。十間橋から撮影
 建設が進む東京スカイツリー(墨田区押上)がついに、500メートルを突破した。6日現在で511メートル。完成すれば634メートルの世界一の電波塔となる。
 実は毎日、このタワーを見ている。アパートの玄関扉を開けると、上部が見えるのだが、どんどん延びていく。タワー周辺は週末ともなれば大勢の家族連れが詰め掛け、携帯カメラで「途中経過」を撮影。すでに東京の新観光名所となっている。
 撮影ポイントは近くの十間橋の上。下を流れる川にタワーが映り、〝逆さツリー〟が楽しめる。川がきれいでないだけにくっきりだ。
 東京はいま、浅草など下町がブーム。タワーの周辺はまだ、細い路地など東京の下町の面影が残っており、飲食店などと合わせてテレビでもよく取り上げられる。
 アパート近くにある飲食店には、ここで働く職人さんが立ち寄るが、一生に一度の仕事。誇りを持って働いている。聞くと、困るのは上で作業中の排尿・排便の処理。ロープで上げ下ろしするそうだ。
 脚光を浴びるタワーと裏腹に、周辺住民からは心配する声も漏れる。周囲は道が狭く駐車場がほとんどない、大型ホテルもない。下町だから当然なのだが、完成すれば交通渋滞が予想され、バブル期にあったような第2の地上げが始まらないか。
 また、いまは周辺の店舗もスカイツリー効果で客が入っているが、完成すればタワー内に飲食店街ができる。お客がタワー内で完結し、周辺に流れないのでないかという懸念だ。
 一方、墨田区には中小・零細企業が集積しているが、円高などの影響で仕事がない状況。多くが「景気が悪い」と口をそろえる。世間では、東京の一人勝ちのように言われるが、「そんなことはない。東京も不況下にある」と否定する。
 東京スカイツリーが織り成す物語。光と影を感じる町でもある。(鵜)

2010年12月06日

平井県政と危うさ

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正副議長に挟まれた平井知事=11月、都内
 東京に来て2カ月余り。国会議事堂前の歩道にイチョウのじゅうたんができ、赤プリ最後のクリスマスイルミネーションが師走ムードを醸し出している。都会では人の動きも速いが、時間もあっという間に過ぎ去っていく。
 その中にあっても、やはり鳥取県のことが気になる。よく選挙は本丸よりも出先の方が情報がある、と言うが、東京にいて鳥取のことを聞く機会がある。離れているからこそ、本音も耳にする。
 先日は、県議会が2年後の廃止を決定した専攻科問題についてこんな意見を聞いた。学力、生徒の意欲との関係だ。専攻科があることによって生徒は現役時から高い目標を持って取り組める、なくすと今の実力で入れるところを狙うようになる、親の家計のことなども考える、生徒の目標設定が違ってきて必然的に現在の進学状況が落ちてくる、また本当に県内の受け皿は十分なのか、という意見だ。
 専攻科の存廃についてはさまざまな意見があろううが、要は廃止決定までの議論が十分なされたのか、という指摘だ。付帯意見付きで容認した環境大の公立化問題についても同様のことが言える。
 この二つの問題は9月議会開会前から、争点として注目されていた。一方で、県議会には別の「争点」もあった。先の参院選の戦後処理をめぐってぎくしゃくしたムードが漂い、微妙なバランス関係にあった。もう一つ、懸案の定数削減問題に結論を出さねばならなかった。専攻科も公立化も質問戦や委員会を経て、最高の意思決定機関である議会が結論を出したのだが、それでも議論は十分だったのか、という疑問がわく。それはなぜか。
 環境大については思い出がある。かつて知事室に入って、片山前知事に、地方の私学経営の難しさや一度は都会に出てみたいという若者の志向も含め、「本当に大丈夫か」と問うたことがある。片山知事から明確な答えはなかったが、知事もそんなに乗り気ではないと感じた。その後、片山知事は結論を県議会にゆだねたが、一部に難色を示す声はあったものの、大きな声のほうに流れていった。当時、県議はこう言った。「官が造って民で運営する。公設民営ほどいいやり方はない」。ところが、いまはどうか。
 仮に公立化するにしても、これまでの経営のやり方を十分に点検・検証し自助努力した上ならよいが、文科省申請のタイムリミットを意識しながらの公立化や学科改編、知事がかじを切ったからでは何か腑に落ちないものがある。教育の本筋の議論も見えてこない。県議からも厳しい意見があったと聞くし、だからこそ抜本改革などを求める付帯意見が付いた。
 この二つの教育問題の意思決定の在り方を見ていると、いまの平井県政の危うさも感じる。確かに県民から人気のある知事で、県議会も共産党以外は「オール与党」のようなもの。定期貨客船への税金投入議決の際には、県議から「平井に恥をかかせるな」の声があったぐらいだ。いまの鳥取県で平井知事を批判するのは、共産党と県職員の陰の声ぐらい。だが、このような状況は健全といえるのか。
 かつて片山知事も県民から絶大な人気があった。改革派知事として中央にかみつき、県民は戦う知事の姿を喝さいした。一方、知事が力を付けるにつれ、変化が起こる。片山知事が言うことはすべて正しいというような性善説がまかり通り、職員は県民ではなく知事を見て仕事をするようになった。知事を後ろ盾にして。2期目になると知事は県庁を空けることが多くなり、幹部は知事の代弁者のように市町村に対し「自立」「自立」と言って回った。
 当時、県OBは片山県政の現場主義は、現場の声を聞くのではなく、現場に意見を押しつける現場主義だ、とやゆした。一方、経済情勢が悪くなり県民生活が苦しくなるにつれて、経済人らは知事をさめて見るようになった。外で立派なことを言っても、鳥取県はどうなんだ、豊かになったのか。だからこそ、片山知事が辞意表明した際に、即座に「平井列車」に乗り換えたのだ。
 片山氏と平井知事は性格も考え方も違う。平井知事は謙虚な人で、天狗になることはないと思う。ただ、気になるのはいまの県政―県議会の緊張感のなさだ。前任者の時は、県議会も知事と議員との丁丁発止のやり取りがあった。ところがいまは平井知事に協力するのが務めのようになっている。面白くないからマスコミも関心を示さない。片山知事の時にはマスコミ席は記者でいっぱいでやり取りを注視していたが、いまは数社しか座っていない。
 その中での専攻科廃止であり、環境大の公立化容認である。12月議会が開会中ですでに過去のことのようだが、考える点がありはしないか。公立化へ向けての今後の取り組みについては、県民が納得するようなオープンな議論が求められる。
 再選出馬を表明した平井知事には残りの4カ月、県政の在りようを点検・検証し、その上で次の4年間の展望をしっかりと県民に示してもらいたい。それが務めであると同時に、仮に再選した場合、確かな2期目につながっていくと思う。(鵜)