« なぜここまで頑張れるか | メイン | よもやま話@東京4題 »

霞が関から吹く風は…

1101211.jpg
大雪で傷んだ野菜を手に支援を訴える平井知事=東京・霞が関
 先日、東京に出張された竹内鳥取市長が「東京は暖かいでしょう」。豪雪に苦しむ鳥取県からすると太平洋側は恵まれていると感じるが、東京もここ数週間は寒く、風が冷たい。いわゆるビル風だ。基本的に寒がりでコートなしでは外を歩けない。東京では電車の中もそうだが、人が群れている。平井知事のようにインフルエンザをもらわないよう、帰ったらうがいの毎日だ。
                 □
 その知事がマスクをして霞が関に現れた。衝撃だった。「危ない」と近寄らないようにしたが、そうも言っておれず、マフラーをマスク代わりに取材。今回の豪雪について、国に激甚災害の指定と財政支援を求める要望活動だった。
 ところがある官庁で、さらに衝撃的なことが起こった。通常、省庁取材は「頭撮り」となる。冒頭の部分のみ写真やテレビカメラの撮影が許され、その後は外に出て待機するのだが、その官庁ではわずか数分で追い出されるように外に出されてしまった。シャッターを数枚切っただけ。写真はまだいいが、困るのは映像だ。要望に来た人の顔すら満足に撮れない。ちょっと待ってくれだ。当然、報道陣からはブーイング。昔からこういう時は気分が高揚する。ただ大人になったのか、冷静に、皮肉もちょっぴり、胸に突き刺さるように。要はこれでは人に伝えられない、ということだ。
 私などまだいい、地元の実情も分かるし、フォローもできる。しかし在京の記者やカメラマンは、地元局の依頼を受けて取材に来ている。これではプロとして、応えるだけの仕事ができない。
 写真が使えないため仕方なく、知事がその後行く別の省庁で待機。ここは取材慣れしているのか、秘書官らもきちんとした対応だった。要望を受けた大臣は東北地方の出身。やはり大雪の大変さを知っている人は違う。
                 □
 そもそも、頭撮りとは何なのか。記者はとりあえず写真を押さえ、外に出てきたところをつかまえて「ぶらさがり」で話を聞き、記事にする。しかし、実際にはその場で見たり聞いていたわけではない。往々にして片側(出てきた側、しゃべる側)の話が基になる。今回の場合は要望した知事側だ。しかし、受けた側がどんな回答をしたかはあくまでも伝聞となる。
 省庁取材の新参者の私は、頭撮りという取材スタイルが通例になった経緯などは分からないのだが、記者である以上、自分の目や耳で確かめたい、その場の空気の中で取材したいというのが本来だと思う。一方で省庁側の考えやまだ公にしたくない部分もあり、「折衷案」的にこの頭撮りスタイルができたのかな、とも想像する。
 ただ、中身によりけりだと思う。今回の場合、大雪で県民生活に大打撃が出ている、知事が上京しその深刻さを訴え支援を求める、たぶん受ける側も「可能な限りのことはやります」だと思う。記者がそのやり取りを聞いていて問題になるようなこととは思えない、むしろ、国はしっかり対応するとアピールすべきことだ。
                 □
 記者になってから、行政の「非公開」には猛烈に反発した。知る権利を声高に叫ぶつもりもなかったし、オンブズでもないが、非公開にするようなものでないものまで当たり前のように隠す姿勢が理解できなかった。取材される側にも言い分があることは分かるが、具体的な作業部会に入ろうとも思わないし、仮に個人にかかわる話が出たとしても、そんなことは書くはずがない。後できちんと説明し、理解を求めればよい。
 その行政も、情報公開と説明責任を掲げた片山知事の出現で徐々に変わっていった。知事が言ったのは当たり前のことだが、それが新鮮に映るぐらいだった。県庁はその後、予算案など政策の立案過程もホームページで公開。片山効果で情報公開する姿勢は県議会や市に広がっていった。
 その片山知事がいいことを言った。「隠すとロクなことがない、謝ってしまえば楽だ」。不祥事が起きればを隠そうとするが、会見を開いてオープンにする。隠そうとするから、そのことが発覚した際にボロが出る。私の経験からも全くその通りだ。
                 □
 かつてと比べると、行政も格段に情報公開に前向きになった。いまやネット社会、アピールしたり、発信することも行政の重要な要素となった。公開・非公開の在り方を考えるとき、大事なのはどこを向いて仕事をするか、だと思う。県民や国民はそのことを敏感に感じている。知事として霞が関改革を訴えた片山総務相には、おひざ元から新たな風を巻き起こしてほしいのだが。(鵜)