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2011年02月08日

私的・平井県政の斬り方

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東京ではすでに「サクラサク」。平井県政の行く末は…=新宿御苑の寒桜
 東京に来てもうすぐ半年になる。手が空いたときにこのブログを書いているが、鳥取から「読んでいるよ」との電話をいただく。特に「平井ネタ」は食いつきがよく、メーリングリストにして回す経済人も。県庁からも「楽しませてもらっています」との声。
 かつて西尾知事が勇退する際、2人の官僚知事候補について「最後は愛郷心」と意中の候補を示唆したが、自分自身の愛郷心を感じた半年でもあった。神楽坂に「くらよし」という小料理屋があるが、とうふちくわをあてに地元ネタで盛り上がる。銀座に行けば旧赤碕の牛骨ラーメン。先日、省庁関係者と地酒の店に行ったが、旧東伯の辛口の酒があり、アピールの場となった。
 今年に入ってのあいさつは、山陰の大雪が枕ことばになるが、国道渋滞の際の沿線住民の差し入れなどの心温まる行動を知っており、うれしくなる。在京スポーツ紙に三朝温泉を舞台にした映画「恋谷橋」と出演女優が大きく扱われていて自慢になった。
 半面、東京から見る鳥取は希薄なようだ。もったいないなあ、損しているなあ、もう少しアピールしたらなあ、と感じることがある。かつて片山知事はキー局に旅番組などでもっと鳥取を題材にしてほしいと要望すると議会答弁したが、それぐらいでちょうどいい。東京育ちの平井知事がパフォーマンスするのもうなずける。久松山下の〝お山の大将〟ではなく、もっと打って出たい。
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 その平井知事の任期満了選挙まで、あと2カ月となった。自民、民主の相乗りでどんな選対になるのか要らぬ心配をするが、われわれマスコミはまず平井県政のこの4年間を検証しなくてはならない。ところが、片山知事の場合は1期目は負の遺産への対処と大物県議との確執、2期目は離れて行った支持者など、書くポイントがあった。ところが、平井知事の場合は切り口が難しい。いい面ばかりでは検証記事にはならないからだ。
 「よく頑張っている」というのが一般的な平井評だと思う。本人の資質もあるが、支持率もかなり高いと予想される。一方、初出馬時のマニフェストを判断材料にするなら、ある程度の方向性は示した、現在取り組んでいる最中という「ing」が多かろう。成果や結果が出るまでには至っていない。その場合、どう評価するかだ。ましてや平井知事の場合、経済や豊かさに主眼を置いている。経済は4年そこらで結果が出るものではなく、景気や経済動向など外部要因に左右される。
 平井知事のマニフェストは多岐にわたっていたが、民主党の09年マニフェストのような後々問題となるような争点はない。努力目標が多分にある。あえて指摘するなら、有効求人倍率を「1」に近づけるというのがあった。これはできていない。というか、働く場がない→人口が流出する→地域が疲弊する、という県の負のスパイラルは一向に解消されていない。優秀な片山、平井両知事をもってしてもだ。
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 以前から、気になっていることがある。かつてこのブログにも書いたが、平井県政が持つ「危うさ」だ。一体それがどこから来るのか。基本的に平井知事に対する批判はほとんど聞かない。県議会は共産党を除けばオール与党のようなもの、経済人、各種団体、市町村も応援団のようなものだ。挑発を繰り返し県議を立腹させていた片山知事とは好対照だ。
 官僚は自らが批判にさらされるのを嫌うが、優等生の平井知事は知らず知らずのうちにその術を身につけていたのかもしれない。ただ、多岐にわたる課題を抱え、対処も難しくなっている行政が、住民からの批判がないということがあるのだろうか。ベクトルとして考えても。この世界は私にはある種、異常なように映る。批判のない社会が発展するはずがない。
 そのためか、ストーンと腹に落ちないことがある。例えば環境大の公立化への動きについても、知事はまず大学自身の自助努力を求めていたはずだ。ところが、いつの間にか公立化の方向へとかじを切った。現状では展望が描けないなどの理由もあろうが、過去のいきさつを知る者からしたら、どうも納得できない。納税者へのもっと丁寧なアナウンスが必要であろう。県議会もチェック機関としての役目を果たしてくれるとは思うが、「平井に反旗では票が減る」など変なことは考えずに問題提起してほしい。最悪なのは、県民がよく分からないうちに決まってしまったというケースだ。
 リーダーは当然のことながら、結果や成果が求められる。知事はイベントが大好きだが、例えば和牛博覧会があった。大勢の来場者でにぎわい成功という総括だったが、わが鳥取県勢の成績が振るわなかった中で、和牛振興のためには頭数を増やしていく必要性などが命題となった。その後、増えているのだろうか。経営に足腰の強さが備わったか。一過性のイベントではなく、「実」が残っているか。
 私が感じる危うさは、どうも「ふわふわしたもの」に由来すると感じる。知事のソフトイメージだけならよいが、そこに実態が伴っているかだ。そのためにはマスコミも地域の課題を掘り起こして、知事にぶつける必要があろう。
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 その材料となるものはたくさんある。例えば県の基幹産業の農業について、民主党政権は戸別所得補償などの政策をとろうとしているが、いま鳥取県の農業の姿はどうなのか、所得や後継者問題など個別具体の課題、その中で行政として効果的な施策を打っているのか。私が耳にするのは「飯が食えない、借金が返せない」「どうやって子どもを大学に行かすか」など悲痛な声だ。
 福祉や介護の現場はどうか。平井県政になって、こういう肝心の課題がそ上に上らなくなった。県民に見えるのは、知事一人が奔走する姿。それは支持にもつながるが、その半面、この鳥取県の将来像が具体的に見えないし、つかめない。だから不安感がつきまとう。
 もちろん、環日本海時代や関西を視野に入れた動き、観光面でのさまざまな取り組みなど、実績として残る施策もある。ただ、知事にはいろんな面で、確かな手応えをつかめないというもどかしさもあると思う。私が1期目、一番「平井知事らしい」と感じたのは、裏金問題が噴出した時の素早い対応だった。県職員からは不満もあったが、過ちを真しに受け止め、改善への道筋をつけた。その姿勢に県民は拍手を送ったのではないか。
 知事に提言したい。どんどん批判してもらったらどうか。前述の農業問題を考えるなら、現場の農業者を交えてかんかんがくがくの議論をし、それをすべて見せる。県の取り組みの甘さを指摘されてもよい。その作業の中で、確かなことや取り組むべき課題が見つかるはずだ。それでこそ県民は納得もする。知事が上手にしゃべるいまの県議会の論戦を CATVで見ていて、納得する者はほとんどいないと思う。
 たぶん、仮に再選したら、知事のことだから引き続きそつなくこなすであろうし、失政もないと思うが、片山知事ではないが、2期目の終わりに県民がいまと同じ評価をしてくれるのか、この点は未知数だ。
 知事は副知事を辞めて総務省に帰るとき、本紙に「自治の都にささげて」という投稿をした。自治の都とは鳥取県のことだ。ただ、その都はきれいな世界だけではなく、住民の足元にはさまざまな難題が横たわっている。トップとしてその都に帰ってきたが、そこに手を突っ込んでほしい。不細工なことになるかもしれないし、手をかまれるかもしれないが、そのことが一部に聞く「もの足りなさ」を解消し、たくましい平井県政につながっていくと思っている。(鵜)

2011年02月01日

神保町とマイブーム

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神保町の古書街
 通勤する地下鉄の半蔵門線に神保町駅がある。ここ神田・神保町は古書街で知られ、170余りの古書店がある。小さな路地を入ると、落ち着いた喫茶店があり、くつろいだ雰囲気の中、本を読む人も。近くに大学があることもあり学生が多いのだが、文化人を気取った人やベレー帽をかぶった女性らも。ユニークな街でもある。
 本は集中的に読むタイプだ。1冊読んだ後、その関連本などを買って読んでいる。現在のマイブームは「政治本」や「小沢本」。国会などで本人を見ることから親近感も。なかでも、舞台裏を描いた暴露本的なものが好きで、引き込まれ一気に読んでしまう。
 永田町で話題の本といえば、元首相の海部俊樹氏が書いた『政治とカネ―海部俊樹回想録』(新潮新書)。帯には「この話、墓場まで持っていくのはやめた」とある。昨年11月20日の発行だが、重版で年末段階で6刷。海部氏といえばクリーンが売り物、首相退任後は自民党を離党したが再び自民党に帰るなどしたこともあり、政治家としての重みを感じなかったが、結構骨太である。河本派、三木派と弱小派閥にあって一国のトップに上り詰めた、そこには信念に基づいた行動があったようだ。キーワードはやはり、当時党内を仕切っていた小沢一郎幹事長との関係。有名な「みこしは軽くてパーなヤツがいい」は、本当に言ったのかと本人にただしたそうだ。3度の確執、ついには決別するのだが、「壊し屋とかかわるのはほとほと疲れる」と吐露。一昨年の政権交代選挙で初めて敗れ、政界を引退。青年海外協力隊の創設や文科大臣としての教育改革など、若き日の志は熱いものがあった。
 いま、民主党政権の1年半を検証する本が相次いで出版されている。混迷ぶりと政治の劣化を見せつけられたが、最近では内ゲバの様相を呈している。小沢グループと反・脱小沢派との対立の図式が生まれているが、そこに至る経緯を知るには『陰の総理・仙谷由人VS小沢一郎』(大下英治著、徳間文庫)が分かりやすい。大下氏の特徴の臨場感ある文体で、読んでいて面白い。興味深かったのは「陰の総理」と言われた仙谷氏の若きころ。東大在学中の学生運動、弁護士活動、社会党からの出馬など、これまでクローズアップされてこなかった部分がかつての同志らの声を交えて浮かび上がる。その後、権力の中枢にどのようにはい上がっていったのか、面倒見の良さなどイメージとは違った一面も。そして小沢氏との対立だ。党内で絶対的権力者だった小沢氏への対立軸を示した政治家としての腹の据わった部分、仙谷氏あっての菅政権だったことが分かる。出版延期、延期の末、ついに出た本で、問責決議での辞任からポスト菅をめぐる火花まで収めている。
 一方、この20数年間、日本の政治のど真ん中にいたのは小沢氏であったことは事実だ。「小沢的なもの」とは何なのか、小沢一郎研究の本も多々あるが、元共同通信編集局長で民放のキャスターを務めた後藤謙次氏の『小沢一郎 50の謎を解く』(文春新書)をお薦めしたい。後藤氏といえば番記者として竹下派(経政会)に食い込んだ人物。かつて野中広務元自民党幹事長の講演を聞いたが、後藤氏のことを「竹下邸の冷蔵庫の中身まで知っていた」と話していた。この本の特徴は、「数の論理」「猜疑心」「憎しみと愛」など5つのキーワード別に50の謎、例えば「辞任カード」のタイミング、「大連立くすぶる火種」、老人キラーの必殺技―などを挙げ、それに対して後藤氏が解説を加えている点だ。元記者だけあって、言葉の使い方のうまさに感心すると同時に、かつて身近にいた記者として、いまの小沢氏に説明責任などを呼び掛ける。最大派閥の田中派―竹下派、さらには小沢氏へとつながる系譜の中で、小沢氏の果たした役割、志向、強さと弱さが分かる。剛腕の光と影に迫った一冊で、残していたメモに基づく取材力にも驚かされる。
 その流れの中でいま、『田中角栄の昭和』(保阪正康著、朝日新書)を読んでいる。(鵜)