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2009年06月29日

智頭のまちなみ

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先々週、智頭に用事があり、車が使えなかったので列車で行きました。往路は特急「スーパーいなば」、帰りは高校生でにぎわう普通列車で。駅や列車の写真を撮ったのですが、不覚にも消してしまったので、かわりに智頭のまちの風景を載せます。

鳥取自動車道の一部開通により、「素通り」のまちとなる危機に瀕している智頭町。列車で駅を降り、智頭宿のほうへ向かって歩いていくと、まず目に飛び込んでくるのがこの千代川です。智頭杉の山々から集まった水の流れは、まさに清流。細い橋の上からよどみなく流れる川を見ていると、本当に心が洗われました。その後、用事を済ませ、お寺の鐘の音などを聞きながら智頭宿をそぞろ歩きました。人しか歩けないような裏路地や、古い公民館、陣屋跡も発見。満足しました。車だったら、行き過ぎてしまう風景。これぞ、汽車旅の魅力

智頭町の関係者の方、素通りされると嘆くことなかれ。関西と直結した特急が停車する駅があるではないですか。まちなかの交通量が減った分、散策するには良い環境が整ったのでは?駅は先人が与えてくれた「宝」ですよ。もっと生かして。(北)

2009年06月25日

岡山出張

昨日は岡山出張。鳥取発10:03のスーパーいなば4号に乗り、11:49に岡山着。目的の会議まで2時間弱の余裕があったので、岡山駅前で清輝橋行きの市電に乗ってみる。siden.jpg
実はKURO(参考URL http://www.okayama-kido.co.jp/tramway/kuro/koropage.htm)という、漆黒の車体が目当てだったのが、冷房設備が無いため10月まで運行中止とか。仕方がないか~。

中・四国地方ではこの岡山電気軌道のほかに、広島市(広島電鉄)、松山市(伊予電鉄)、高知市(土佐電気鉄道)の計4路線が走っている。9県庁所在地のうち約半数に市電が走っているのだ!以外な市電天国なのである。

帰りは17:24発のスーパーいなば7号。毎度ながら上郡駅での座席転換が面倒くさい。19時過ぎ、下車した郡家駅では上下のいなばが仲良く顔を揃える。kooge.jpg
改札に目を移せば、迎えに来た愛娘が手を振っている。なかなか幸せな風景ではないか(涙)・・・・(岳)

2009年06月24日

倉吉駅

今日付の本紙に、倉吉駅の高架化のパースが出ています。
http://www.nnn.co.jp/news/090624/20090624032.html

小ぢんまりとした現在の駅が好きなので、少々さびしい気もします。
個人的には、祖母の家が上井(そういえば倉吉の旧駅名が上井でした)にあったので、
よく利用した駅です。トイレが新しくなったりコンビニが併設されたりしていますが、
基本的な外観は昔からほとんど変わっていません。どこか懐かしさを感じます。

橋上駅舎になっても、三朝温泉やレトロのまちの玄関口として、
にぎわいのある駅となることを、切に望みます。(北)
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2009年06月12日

線路のある生活

線路のある生活

 祖父の家は姫路で、山陽本線の脇にあって、訪れるたびに181系の「つばめ」や「はと」、「しおじ」といった特急電車、時には「かもめ」や「やくも」の82系ディーゼル特急を眺めていました。通っていた小学校は明徳小学校、山陰本線のヨコ。ここでは、9時過ぎに通る、下り急行「出雲」、12時過ぎに通る「まつかぜ」、「やくも」、時にはD51などに声援を送っていました。中学生時代は関西本線のヨコ、名古屋市の富田中学に通っていました。81系「くろしお」が唯一の特急列車でした。平行して近鉄が走っていたので、こちらではビスタカー(2階建て車両)やスナックカー。犬山遊園に遊びに行くときなどは名鉄パノラマカー(車内に速度計付)に乗っていました。鳥取の実家に帰るときは新幹線。こんな環境だったので自然に鉄道ファンになっていました。中学の友達は写真部。ごく普通に撮り鉄に成長! 愛読書は時刻表、鉄道ファン、鉄道ジャーナル、鉄道ピクトリアル。第一子誕生を機に、ずっと保存してきた昭和40年代の時刻表とおさらばすることになって、その頃の資料はすべて消失.....長年線路のある生活から遠ざかっていましたが、喫煙場所の移動に伴い、わが社の屋上に上がれば、そこにはやっぱり線路のある生活が広がっていました。これで、鉄道ファン完全復活です。(修)
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紀勢線に向かって出発するくろしおS48(名古屋駅)     山陽本線を西に向かうかもめS40頃

2009年06月09日

電車が唄う?

そう!電車が唄うんです。
発車の際に電車が音を奏でるなんて結構衝撃的だった。

遡ること2年半前、前任地の東京支社に業務引き継ぎで上京した際、羽田発の京浜急行が発車の時に爽やかな旋律で唄い始めたのには\(◎o◎)/!した。まあ、音鉄の皆さんからすれば誰でも知っていることなんだろうけど、鳥取からのお上り野郎からすればめちゃくちゃ新鮮。
以来、羽田往復の足はすべて京急。とにかく気持ちのいい音色なので、発車の瞬間が楽しみで仕方がなかった。

この音の正体は…。以下はてなキーワードより抜粋

「ドレミファインバーター」
鉄道車両のインバーター制御装置の一部に、愛好家の間でつけられた呼び名。インバーター制御装置の駆動音を、完全に消せないのなら任意の音に鳴るように調節し、音楽のようにして不快感を消してしまおうと言うアイデアから登場した。JR東日本のE501系電車や、京浜急行の2100系電車が使用しているシーメンス製インバーター制御装置が該当する。これらの部品は、ドイツからの輸入部品となり、メンテナンスや部品確保の問題から、将来的に制御装置が更新などで消えていくものと思われる。

色・形で全国私鉄屈指のクオリティの1000系、2100系の写真がないのが残念ですが、この着メロサイトからドレミファインバーターが奏でる音を試し聴きしてみてください。(岳)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/1194/g06/index.html


2009年06月08日

ロコが泣いている

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「鳥取砂丘こどもの国」の駐車場に、まるで忘れ去られたかのように、D51 303号機が置いてあります。

説明板によると、山口県の日立製作所笠戸工場で製作されたSLで、旧国鉄の吹田、福知山の各機関区を経て、米子鉄道管理局に配属。山陰各地で多くの客車や貨車を引いたとされています。走行距離は約297万㌔。地球を51・8周、月まで2・7往復した距離に相当するそうです。引退後はこどもの国に展示され、遊び場として親しまれてきましたが、現在はアスベストの問題が表面化して以降、「安全のため」立ち入り禁止となっています。

それにしても、海に近い場所に野ざらしにされているからでしょうか、痛みが目立ちます。複雑な運転台にも立ち入ることができず、駐車場の隅っこの光が当たらない場所に、松の枯れ枝をかぶった姿で放置されています。アスベストなど安全上の対策をして、もう一度、子どもたちの遊び場として開放してもらえないでしょうか。

大山口駅のD51も痛みがひどいと聞きます。当時、誰が、何のために、どんな思いでこれらのSLを解体せずに残したのでしょう。日本や地域の発展に貢献してくれた機関車をたたえ、子どもたちに夢を与えるためだったのではないでしょうか。今一度、これらの機関車に光があたる日が来ることを、切に望みます。(北)

2009年06月05日

カント

 列車の車輪は右と左が軸でつながっています。モーターやエンジンから動力を軸で受けて、車輪に伝達し、回転させるためです。

 右カーブの時は左右どちらの車輪の走行距離が長くなるでしょうか? コンパスで右と左の車輪の軌跡を書いてみると、左のほうが距離が長くなるのがわかります。左カーブはその逆になります。冒頭で紹介したように車輪は左右がつながっているため、何回転ころがしても、左右同じ距離進むんです。
 
 もしも、勝手に左に曲がったり、右に曲がったりしたら、何かの抵抗でどちらかの車輪がスリップしているということになります。鉄の車輪がレールの上でスリップすると、磨耗していってしまうんです。現実に鉄道の車輪もレールも磨耗しているので、交換や研磨といった保守作業が必要なんです。

 実はまっすぐ走っていても磨耗はするんですが、カーブではその度合いがきつくなります。それを緩和するために、カーブでは軌道面が傾斜して敷設されているのです。遠心力を打ち消すためとか、そのほかにも理由がありますが、ほとんどのカーブでは傾斜がつけられています。この傾斜のことをカントと言います。

 カントをつけることによって、左右の車輪の走行距離をできる限り等しくしているのです。駅の構内などは平らなので、ほとんどカントがつけられません。だから、速度を落として、スリップしながら走行しているのです。カーブ区間で停車しているときに車体が傾いていると感じたり、低速で駅構内を通過しているときに車輪とレールのきしむ音がキ~とか言って、気になるでしょう。(修)
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若桜駅にあるC12の車輪

2009年06月03日

聖地巡礼

一昨年の10月に大宮市にオープンした「鉄道博物館(略称:鉄博)」。昨年の11月には開館後わずか1年で200万人を動員するほどの大人気で、今や“鉄”の聖地としてその名を馳せている。

私もおくればせながら去年の夏に“初巡礼”。とにかくそのスケールに圧倒される。
メインのヒストリーゾーンには、日本の鉄道の黎明期から0系新幹線まで全国で活躍した名車たちが顔を揃えている。写真ではよく伝わらないが、とにかく壮観である。
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何気に鉄博のHPを覗いてみたら、企画展開催中とあった。http://www.railway-museum.jp/event/index.html 「時刻表」のコレクション展を開催中のようだ。さすがにヒョイと鳥取から足を伸ばすわけにはいきませんね。(岳)

2009年06月01日

DD51+DE50

(修)さん言うところの「華のない」ディーゼル機関車をアップしてみました。

津山駅の扇形機関庫で撮影したものです。

左の機関車が、出雲を牽引したDD51。貨物列車や出雲が廃止された今、鳥取地区では見ることができなくなってしまいました。確かに格好は悪いですが、重連で出雲を牽く姿は圧巻でした。豊岡駅で早朝にエンジンがかかる時の音を聞いたことがありますが、まるで巨大な赤豚が眠りから覚めて活動するような迫力がありました。重連でお召し列車を牽いて鳥取入りした際は、前面に日の丸を掲げ、鮮やかな朱色に上塗りされ、まるで顔を紅潮させ胸を張って走っているように感じました。

右はDE50という珍しい形式。1970年に国内最大・最強のエンジンを積んだディーゼル機関車として登場しましたが、電化の進展や欠陥などにより量産計画は中止されたため、今も昔もこの1両しか存在していません。津山の機関庫は定期的に公開されていますので、興味のある方は一度見に行かれることをオススメします。DD51よりも長いボンネットは一見の価値がありますよ。(北)

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