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2009年08月31日

秋の夕日に

秋の鉄道写真が好きです。
黄金色の斜光を浴びて走る国鉄色の車体。
木造駅舎の改札口に差し込む光と陰。
余部鉄橋もこの時季、一層赤く輝きます。

夕方、鳥取~津ノ井間でいい場所を見つけ、1枚撮ってみました。
国鉄色のキハ47が鳥取方からエンジンを唸らせてやってきました。

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2009年08月29日

ステンレス製ボディー

 先日、ムービー+でバック・トゥー・ザフューチャー3を見ていました。タイムマシンに改造したデロリアンでマーティーとドクが過去と未来を駆け巡るというSF娯楽映画です。舞台のヒルバレーに鉄道が走っているというのはパート3で初めてストーリー上に出てきましたが、おそらくAMTRACKの鉄路だと想像しています。1885年の鉄路から1985年の線路上にタイムスリップするデロリアンDMC-12はオールステンレス製ボディーを架装した、世界で唯一の車でした(デザインはジウジアーロ、1981~1982年製造)。車幅が1988㍉、トレッドが1590㍉と幅広のため、1435㍉の軌道上を走るために取り付けた車輪はうーんと奥まった位置にあって、少々カッコ悪いイメージとなってしまったのがこっけいでした。これが、日本の1067㍉の狭軌上だと、デロリアンはこけてしまったかも知れませんね。
 日本でステンレス車両といえば、関門トンネル用のEF81、国電の205系、207系、JR四国のキハ185、JR西日本のキハ187、智頭急行のHOT7000など、たくさんありますが、古くは1962年の東急7000系が初だったそうです。
 過日、ことばで紹介した屋上から見える「線路のある風景」を1枚紹介します。(修)
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久松山をバックに鳥取駅を出発するステンレス製のスーパーはくと14号

2009年08月26日

どうゆうこと?

東京の地下鉄事情に詳しい人なら誰でも知っていることなのですが、
地下鉄が地上を走り、なんとそこには踏切まであるのです。

写真は、東上野の東京メトロ銀座線の車両基地。
地上にあるため、公道を横切る際に踏切があります。
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ポタリングしながらたまたま見つけた光景で、
当時は“大発見”だと息巻いたものですが、地下鉄マニアの間では誰でも知っている話。
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鉄の世界は奥深いものです。(岳)

2009年08月24日

187系6連

運休中のスーパーいなばが、鳥取―大原をピストン輸送するスーパーはくと用に貸し出されています。
通常は2両のミニ特急ですが、週末には堂々の6両編成。
運用は今一つはっきりしませんが、運が良ければ(?)珍しい光景を見ることができます。
写真は西鳥取で休憩中の187系。不鮮明ですいません。
いよいよ来週には運行が再開されます。(北)
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2009年08月21日

続・がんばれスーパーはくと

 10年ぐらい前に岡山に出張したとき、あき時間があったので書店に入りました。特に目当てがあったわけではなく、うろうろしていると、目に入ったのが「全線開通版・線路のない時刻表」宮脇俊三・著でした。国鉄再建のあおりを食って建設が中断された新線の開通を願って試乗するという手法で書かれた本で、主に第3セクターとして活躍している鉄道を取り上げているものでした。智頭急行がそれらの巻頭を飾っていました。全線開通版なので、開通後の状況も書き加えてありました。この本を読んで、うれしくて、ごく自然に目頭が熱くなったものです。
 鉄道ファンにとって、走らせたくても列車が走れない軌道がそこにあれば、ゆめゆめ特急が走ればなあと思うもんであろう。それが、さまざまな人たちの努力で開通にこぎつける。こんな嬉しいことはない。しかも4時間かかった大阪-鳥取を2.5時間に短縮する特急が走るのだから、まさに夢の実現としか言いようがありません。 1994年12月に開業した智頭急行は今年12月に開業満15年を迎える。この間、1995年の阪神大震災、今回の兵庫県での大雨災害で2度の不通期間を経験。山陰・福知山・播但線経由では代替ににならないことも証明してしまった。大阪に5年半勤務していたので、たいへんお世話になりました。これからも、出張や私用で利用させていただくと思います。30日には全線開通と聞いています。また、陰陽連絡に充分力を発揮してくれることを願っています。(修)
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京都府・JR西日本向日町総合運転所に駐機しているスーパーはくと5両編成。上には113系近郊型電車、その上には583系電車が停車している。グーグルマップではこんな画が見れます。(グーグルマップから)

2009年08月20日

ちゃんとしようよ!

昨日は倉吉で会議。
簡単な宴席があったため、久しぶりに列車で帰宅する。

倉吉を発ったのが19時前、
鳥取駅で20時発の因美線智頭行きに乗り換える。
上りの因美線では、行きちがいの特急を待ち合わせるため
郡家駅で5分余り時間調整をすることが多い。単線ならではの光景だ。

しかし昨夜は少し勝手が違った。

(北)さんが触れているように、大雨の影響でスーパーはくとのダイヤが乱れており、
郡家駅での待ち合わせ時間が長くなることをそれなりに予想をしていた。
ところが郡家駅に着いてから、その経緯について車掌から説明がない!

結局20分が経ち、反対ホームにスーパーはくとが入線してきたところで漸くアナウンス。
すぐに動くかと思ったが、それからさらに10分の足止めを食らう。その間アナウンスはなし。

のどかなローカル線とは云え、今や関西との大動脈である因美線。
今回のJRの対応には不信感が残るところである。 (岳)


2009年08月17日

がんばれスーパーはくと

兵庫県を中心とした集中豪雨の影響で、智頭急行は大原―平福間(普通列車は大原―上郡)で運休が続いています。ちょうどお盆の多客期と重なってしまい、かなりの痛手でしょう。しかし、同区間に代替バスを出して人の流れをストップさせない同社の姿勢に、ただただ感心するばかりです。

思えば智頭急行開業直後に襲った阪神淡路大震災でも、スーパーはくとは運休を余儀なくされました。ようやく開通したばかりだったので、当時残念な思いをしたものです。播但線が迂回路となり、真新しいHOT7000系は和田山―姫路を走る臨時快速に貸し出されました。

今回、スーパーはくとは、遅れはあるものの京都―平福、大原―鳥取間でそれぞれ運行され、その間を代替バスが結んでいます。スーパーはくと&代替バスで京阪神帰省した知人によると、やはり2時間半遅れとなったそうです。バスに乗車するのは20分ほどですが、大原駅で発車まで1時間ほど待つそうです。「スーパーいなば」は運休です。

このように変則的な状況の中、車両や乗務員のやりくりが大変だろうと、関係者の苦労を察します。運休中の「スーパーいなば」のキハ187系も、補完的に活躍しているという情報もあります。30日までこの状況が続くようですが、この間も鳥取県と京阪神を結ぶ大動脈を、どうにか守ってもらいたいものです。

最後に、今回の豪雨災害の犠牲となられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災地域の一日も早い復興を願ってやみません。(北)

智頭急行、全面復旧は30日 佐用ICは閉鎖解除(8月13日)
http://www.nnn.co.jp/news/090813/20090813043.html

2009年08月11日

108歳のSL

 先日27日付の日本海新聞で、1070形式1080号というSLが日鉄鉱業から梅小路蒸気機関車館に寄贈されたと報じられました。
http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009072601000099.html

 正直私はSLの形式には疎いので知らなかったのですが、JR西日本の発表資料によると、1901年(明治34年)に英国で製造され、日本に輸入された機関車だそうです。人間であれば今年108歳です。ちなみに若桜駅のC12(国産)が1938年製で71歳ですから、後者はまだまだ若いほうです。

 1080号は主に東海道本線で急行を牽引し、1938年(昭和13年)まで国鉄で活躍。その後、日鉄鉱業の私有機関車となり、1979(昭和54年)まで鉄鉱石や石灰石を運搬する貨物列車を牽引していたそうです。

 記事の写真を見た感じ、C12と同じぐらい小柄なテンダー式機関車です。表面が白く汚れているのは、石灰石を運んでいたからでしょうか。

 それにしても、よく残っていました。もちろん、同形式が現存するのはこの1両だけ。近代化遺産としての価値は高いでしょう。機関車をこれまで解体することなく保存し、今回無償でJRに提供した日鉄鉱業の関係者には頭が下がります。

 梅小路蒸気機関車館では、1080号を今年9月ごろから一般公開するとのこと。同館にはこれで明治・大正・昭和の蒸気機関車がそろうことになります。機関車の進化や歴史を感じながら見比べることができるわけですね。久しぶりに、ぜひ訪れてみたいものです。(北)

2009年08月07日

91から181への進化

 名古屋駅の近くに名古屋第1機関区がありました。自転車での移動範囲にあったので、ヨコを通りすがったりするのは何回もありました。また、近鉄名古屋線が隣接して走っていたので、日常のように機関区の様子をながめていました。
 2、3回中に入り込み、停車中のDC、PCなどの写真を撮っていました。昭和48、9年の頃は、中央西線が電化され、振り子式の381系電車で「しなの」が運用されていた時代でしたが、1往復だけ大阪発着の「しなの」があり、381系は振り子式電車への対応工事ができていなかった東海道線を走ることができず、181系DCのまま運用されていました。名古屋第1機関区は他にも「くろしお」、「ひだ」などのDC特急を受け持っていたので、たくさんのDC車両が名古屋第1機関区を棲家としていました。下の写真は181系の前で撮った1枚。右に写っているのは91系急行用車両です。この2機種は見かけと、内装は違うのですが、エンジン他駆動系は同じものなのです。91系は9・の番号が示す通り、プロトタイプなのです。高山線の急行「のりくら」などで新エンジンの試験を行った後、外装、内装を特急用に変更して量産されたのが181系です。82系の180PS×2から、500PSに増強されたエンジン、屋根に設置されたラジエターの部分はおんなじものです。181系はこの後山陰線、伯備線、四国で活躍し、今は唯一「はまかぜ」で運用されています。(修)
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左:181系の前に立つ筆者、右:181系に進化する前の91系

2009年08月05日

乗るだけ~

今や旅行記となりつつある我がページ。

先月20日に四国・高松へ親子3人で日帰りの列車旅行。
智頭発7:40のスーパーいなばで出発。岡山から快速マリンライナーに乗り換え、高松着が9:58。所要時間は2時間18分。

高松駅到着後、しばらくホームをうろうろする。隣のホームにはアンパンマン列車DSCN1128.jpg
を連結した徳島行きの「うずしお」が待機中。JRの改札を出てから、琴平電鉄の高松築港駅へ。前にも触れたが、中四国には市電が数多く走っており、琴電DSCN1138.jpg
もそのひとつ。二駅先の瓦町まで乗ってみる。

女房・子どもを道連れにしたのは少し酷だったかもと思いながら、午前中はひたすら電車に乗る、写真を撮るの繰り返し(ごめんね)。

お昼は、瓦町のうどん棒本店(http://r.tabelog.com/kagawa/A3701/A370101/37000053/)へ。揚げたてのたこの天ぷらがのった「たこ天うどん」はサイコー!本場のうどんはさすがにこしが違う。高松はこの日も雨模様だったが、市内中心部はアーケード街が多いため街歩きに傘をさす必要がない。これは意外な発見だった。

このあと、美術館等を見学し三越地下街で「讃岐うどん」と「和三盆」のお土産を買い帰途につく。自宅に帰ったのが19時過ぎ。総経費わずか1.8万円の親子小旅行。「四国は近くなりにけり」だ。(岳)

2009年08月03日

若桜谷の車窓から

 先日、若桜鉄道で若桜まで往復しました。
 駅に止まる度に案山子(かかし)を見ることができ、楽しい小旅行でした。

 本紙記事によると、案山子は、日本生命鳥取代理店営業部長の岡上正人さん(56)が同鉄道に働き掛け、設置したものだそうです。各駅のホームや待合室に等身大の案山子が置かれ、ベンチに座るなどして乗客を出迎えています。どれも本当に微笑ましく、ほのぼのとしたローカル線の風景を見事に再現しています。

 若桜に行く度に、案山子の数が増えているような気がします。駅員かと思ったら案山子だったり、子どもが駅で遊んでいると思ったら案山子だったり。ベンチの半分ぐらい案山子が座っていたりして、人間より案山子のほうが多いのでは??と笑ってしまいます。

 帰りの汽車で車窓の風景を楽しんでいたら、農作業の手を休めこちらに手を振るお年寄りが。よーく見たら、これも案山子でした。思わず手を振り返してしまうところでした。花もきれいに植えられ、地域の思いが伝わってきます。新たな魅力が加わった若鉄で、ちょっとした「非日常」体験ができました。(北)

http://www.nnn.co.jp/news/090113/20090113006.html

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