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2009年09月30日

謎の駅弁

お久しぶりです。前回の更新から1か月余り空いてしまいました。

先々週の水曜に広島に日帰り出張してきました。
帰りの岡山駅のキオスクで「かくしずし」なる駅弁を購入。
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さてさて、おかずはどこなんだ??? (岳)

2009年09月29日

米子駅の思い出

米子駅のホームの端っこで見つけました。
なんて呼ぶのかは知りませんが、荷物運搬用の3輪車。
もう、とっくに姿を消しているのかと思っていました。
私が小さい頃は、広い米子駅のホームを、乗客の間を縫うように走っていたものです。
当時はまだ旅客以外に貨物の取扱いも多く、きっとそういったものを運んでいたのでしょう。

懐かしさのあまり、思わずカメラを向けてしまいました。今なお現役で使われているのでしょうか。
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2009年09月19日

続・キハ91

 小・中学生のときは急行「但馬」(大阪~鳥取・播但線経由)「白兎」(京都~米子)「みささ」(倉吉~大阪)などによく乗った記憶があります。全国にエル特急網ができる前の話です。車両はいずれもキハ58系または28系でした。山陰線、因美線にはそのほか「だいせん」(大阪~益田間、最盛期には4往復が走り、うち1往復は夜行寝台でブルトレの24系への置き換えに伴い余剰の20系を使用、最後はエーデル鳥取の65系改で運行、何度かお世話になりました。)「ちどり」(鳥取~広島)「大社」(出雲市~名古屋・金沢)「さんべ」(鳥取~博多)「砂丘」(鳥取~岡山、時にはキハ55などでも運用)など急行全盛の時代でした。周遊券を買うと、急行の自由席には乗れたんです。このキハ58は全国津々浦々の非電化区間を走り、その数なんと1800両以上が走っていたということです。
この間、キハ91が181に進化したと紹介しましたが、もう一つ、キハ65という急行用車両にも進化していたのです。山陰ではキハ65はあんまり見たことがないのですが、キハ91を正当に受け継いだのはキハ65だったのです。前述したとおり、改造を受けてエーデル鳥取として走っていました。急行砂丘に使用されていたキハ55など懐かしい車両を少しならべてみます。(修)
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余部鉄橋を渡る急行白兎?でしょうか。9両編成ですので急行但馬などと併結されている可能性もあります。
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キハ91(昭和48年頃、名古屋駅で、のりくらで運用されていました。回り込んだウインドウがタレ目です。
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複線化工事の進む千代川橋梁を渡る58系。
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急行「かすが」で運用されていたキハ55。

2009年09月18日

車内販売の廃止

 仕事で松江市宍道町まで行ってきました。都合により、米子で「スーパーおき」から「やくも」に乗り換え。381系は「ゆったりやくも」にリニューアルされて以来初めて乗りましたが、車内で居眠りをしたいビジネスマンに配慮しているのか、照明がやや暗めに抑えてあるのが印象的でした。
 国鉄時代の車両はやはりしっかり作られていて、ディーゼルのキハ187系から乗り換えると、とても静かに感じました。車内放送で宍道湖の案内などもあり、秋の出雲路を眺めながらもっと乗っていたい気分でしたが、後ろ髪引かれる思いで下車しました。
 車内放送で知ったのですが、残念なことに、この「やくも」と「スーパーおき」、「サンライズ出雲」では、9月30日をもって車内販売がなくなるそうです。「スーパーはくと」も既に車内販売はありませんから、山陰の特急列車から車内販売が消えてしまうことになります。
 特急列車に乗り、車内販売のコーヒーや弁当、ビールを買って飲食するということは、ちょっぴり贅沢なことであり、何か特別な感じがしていました。確かに事前に買って持ち込めば安いのですが、狭い通路を行き交うワゴンを呼び止めて買うという行為そのものが、旅や出張の楽しみであり、少々高くても、たいして欲しくなくてもついつい手が出てしまう、そんな存在でした。もっとも、幼い頃は「高いからダメ」と親に厳しく止められていましたが・・・。
 時代の流れ、と言えばそれまでなのでしょうが、特急列車の特別感が薄れたような気がして、非常に寂しい思いがします。またいつの日か、復活を―。(北)

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2009年09月12日

回生ブレーキ

 ハイブリッド乗用車はトヨタがプリウスなど数車種、ホンだがインサイトを持っていていて、あのメルセデスも投入するなど全体的な流れは、燃料電池車、電気自動車につなぐ重要なポジションを占める趨勢になってきました。あまり詳しくはないけれど制動時に発生する熱をモーターに戻して制動を掛け、モーターを発電機にして蓄電池に充電、次のモーターの駆動に利用する。100%回収できるわけではないのだけど、省燃費に大きく貢献することになる。そのハイブリッド・プリウスが登場したのは1997年。鉄腕アトムが「21世紀に間に合いました」とCMに登場していました。
 鉄道の場合はもう少し早く、インターネットであれこれ検索していると、なんと!1930年、阪和電鉄 (現JR阪和線) ED38型電気機関車、電車では、1932年、京阪電鉄京津線の直接式制御器に、複巻電動機による発電・回生ブレーキ、1959年 、京阪電鉄京阪本線2000系に、磁気増幅器を使用した複巻電動機による回生ブレーキ。郊外電車の停止用に回生ブレーキを使用。1960年、阪急電鉄京都線2300系に、トランジスタを使用した複巻電動機による回生ブレーキ。1960年、東京急行6000系に複巻電動機による回生ブレーキ。1963年、名古屋鉄道7500系パノラマカーに、MG出力を他励磁電源とする複巻電動機による回生ブレーキ。定速運転機能付き(MSN相談室・mukaiyamaさんの回答から)。チョッパ制御、VVVF制御になってからはどこの社もということです。さすがに鉄道の技術開発力はすごい!!(修)

2009年09月07日

広田アイ

 毎週木曜の午後10時から放送されるNHKの「趣味悠々」に、私の尊敬する鉄道写真家・広田尚敬さんが出演されています。「デジタル一眼レフで巡るローカル線の旅」というテーマで、鉄道写真の入門番組となっています。
 鉄道雑誌などで広田さんの作品を見ることは多かったのですが、映像でご本人を拝見したのは今回が初めて。写真から連想するイメージと違い、とても温厚そうな人柄で、鉄道写真の基本について分かりやすく説明しています。とても参考になります。
 広田さんが各地のローカル線を撮影した写真集が家にあります。この写真集では、国鉄時代の若桜線が登場します。線路を歩いて家路を急ぐ子どもたち、線路の上に立つように落ちてきた枯葉、駅とその周辺に住む人々の何気ない日常・・・。
 「広田アイ」と呼ばれるこれらの写真。そこに写されているのは日本の原風景であり、生活文化であり、鉄道という近代文化であり。単なる鉄道写真の枠を超えた芸術性があります。車両を中心に撮りがちな他の鉄道カメラマンとは一線を画しています。 
 なんでこんないい写真が撮れるのかなあと思っていましたが、番組を見て分かりました。「鉄道写真の基本は駅から歩いてポイントを撮影すること」「列車に乗りながら、この列車がどう見えているか、風景の向こう側を見ている」と広田さんがさりげなく語った言葉を聞き、「ああなるほどな」と感心しきりでした。
よく歩き、よく観察するからああいった写真が撮れるんですね。
 鉄道の写真を撮るために車で長距離を移動したり、車で先回りしてSLを追いかけたりといった、鉄道マニアなのか車好きなのか良く分からない「撮り鉄」がたくさんいますが、やはり、列車に乗って、駅から歩き、「一発勝負」をねらうことが基本中の基本。歩くからこそ発見することがあるはずです。撮るために乗り、撮るために歩くことが大切なのでしょう。「撮り鉄」は本来「乗り鉄」であるべきで、乗っていたら撮りたくなったり、撮っていたら乗りたくなったりするものなので、そもそも「○○鉄」なんて分類は意味のないことです。私も久しぶりに、一眼レフカメラを持って列車に乗りたくなりました。
 みなさんもぜひ、広田氏の世界をのぞいてみてください。
広田尚敬氏のHPは以下の通り。
http://tetsudoshashin.com/

2009年09月05日

黄金の季節

 先週は久松山をバックにシルバーに輝くステンレス製HOT7000系を車両をご案内しましたがを、今週は黄金の海を駆け抜けるキハ187です。いい大人が・・・などと言い訳を考えて、なかなか撮影に出かけたりしませんが、ときどき、こういう場面に遭遇します。撮影に出かけるのは、ダイヤを調べて、気長に待たなければなりませんので、根気のいる作業です。時速90㌔で走る列車が目の前を通過するのは、一瞬の出来事です。今、持ち歩いているS1ISは小さくて使いやすいのですが、連写が利きませんので、2両編成の列車では、1枚しか撮れません。2枚目は右のようになってしまいます。これからは持ち運びは少しやっかいになりますが(本当の理由は、いい年をして何やっているの!と言われるのが一番イヤなのです)、EOS-Dを持ち歩こうと思っています。鉄道ファンなら何を言われても、かまわないじゃないかと思う部分もありますが、バランスが難しいのです。
 山陰線にも因美線にも智頭線にもナイススポットがあると思いますが、よい所があれば教えてください。年を省みず、チャレンジしてみます。(修)
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郡家を出発して岡山を目指すキハ187(八頭町)