« 2009年10月 | メイン | 2009年12月 »

2009年11月28日

ドクターウエスト

 昨日、営業に出かけようとした際、ふと目にした見慣れぬ車両。ステンレス製のボディに黄色い太いストライプをまとい、鳥取駅に停車していました。すぐに試験車両ではないかと思いましたが、とりあえず、携帯で2枚ほど撮ってからカメラを取りにデスクまで戻って、屋上に。すると走行音が聞こえてきたので、あわてて鳥取駅を見ると、すでに東に向けて発車した後でした。仕方がないので、カメラをズームアップして東の線路上に狙いをつけて待っていると、出てきました。Dr.WEST= JR西日本が所有する事業用車両、総合試験車両のドクター・ウエスト キヤ141です。型式とかは不明でしたので、家に帰ってから検索して調べました。外観はJR西日本の221系電車そっくりで、パンタグラフがない気動車(それでないと山陰線には入って来れない!)。見てくれは電車に似ているんですが、機関や構造はキハ187系に準じたものだという事で、最高速度は100㌔に設定されています。ドクターウエストの守備範囲はJR西日本管内一円になるので、山陽線や東海道線を走っていて違和感がないように(あってもなんら差し障りはあ
りませんが、)221系電車に似せているんでしょう。
 総合試験車両といえば新幹線軌道を走るドクターイエローが有名です。8月に京都に行ったとき、名神高速を走っているとき山崎付近で追い越されました。形は700系のぞみと同様ですが、ドクターイエローはその名のとおり、ボディは黄色に塗られていて、普通に走っていてもすぐに判ります。運用速度は270㌔です。
 こういった検測車は軌道や架線の状態を測定し、データを安全運行や乗り心地改善のために利用しているという。ほかにもドクター東海、East i などが各社で運用されている。(修)
kiya141.JPG
kiya141-2.JPG
鳥取駅を後に東に向かう「ドクターWEST」(上)、鳥取駅に停車中のドクターWEST(下)

2009年11月18日

昭和48、9年頃の鳥取駅周辺

 昭和47年から3年間、父の転勤のため県外に住んでいました。昭和47年3月に新幹線が岡山開業し、その月に姫路から新幹線に乗って名古屋へ赴任。新幹線に乗ったのはそのときが初めてでした。夏休み、冬休みたんびに鳥取に帰ってきていました。その手段にはほとんど国鉄を利用していました。そのころの鳥取駅はまだ、平地にあり、西口、東口も備えていました。駅の向こうには車両基地があり、少し前まではD51なんかがおいてあったのですが、この頃にはDF50やDD51などに変わっていました。給水塔なんかがあって、SL時代の名残がありました。行徳の家から近い、千代川橋梁の東土手は普通にひょいひょいと渡れる気軽さで、下流で写真を撮って、上流側に移って、後姿を捉えるなどできていました。今はここは複線、高架なのでできません。今回はそんな頃の写真を少し見ていただきたく、アップしてみます。(修)
鳥取駅を出発したところの82系はまかぜ 千代川橋梁を渡る82系あさしお
hamakazeasashio.JPG
千代川をのんびり渡るDF50・DD51重連の貨物列車
DF50=DD51.jpg

2009年11月09日

因美線

nagi.jpg
先週末に「みまさかスローライフ列車」が智頭―津山間で運行されたそうです。
私は残念ながら仕事で乗りにも見にも行けませんでした。
この区間の車窓は本当にのんびりとしていますね。
数年前の写真ですが、この区間内にある、那岐駅の写真を貼っておきます。
駅舎がホームより一段低いところにあり、懐かしい感じの駅です。

2009年11月02日

C12

先月18日に若桜町で開催された「鬼っこまつり」に行ってきました。
この日は若桜駅のSLの乗車体験などもあり、大いに賑わっていました。
お召し列車のような国旗まで取り付けられ、とても誇らしげなC12です。
青空に白煙が似合っています。静かな山間に響く汽笛も最高でした。

P1030583.jpg

2009年11月01日

PC、EC急行

 前にも少し書いたのですが、中学校のとき(S47~50)は名古屋に住んでいました。僕にとっての懐かしい急行列車は「白兎」や「但馬」、「みささ」なんですが、これらは山陰の方にも馴染み深いDCです。名古屋駅にはPCやECの急行がまだ、少し発着していました。東海道本線には「比叡」、「銀河」、「桜島・高千穂」。中央線には「きそ」、「ちくま」、「赤倉」。北陸方面には「兼六」など。夏休みには臨時急行の「あおもり」、「あきた」という列車もありました。すでにこの頃には特急への格上げやL特急化が進んでおり、「しなの」になったり、「しらさぎ」になったりと、急行は国鉄のなかでは肩身の狭い思いをしていたんです。私たち学生や、近距離移動の人たちには非常に頼もしい、便利な存在だったのです。新幹線のダイヤが少しずつ充実してきて、東京方面への急行は昼行は「桜島・高千穂」、夜行で「銀河」しかありませんでした。山陰にはPCの急行は大阪夜行の「だいせん」のみ。今回は、そんなPC、ECの写真をご紹介してみます。(修)
hieikenroku.JPG
 名古屋-大阪間でビジネス客に愛用された急行「比叡」。153系で運行。当初はビュッフェも連結していた。
名古屋-金沢間の急行「兼六」。475系で堂々の12両編成。
sakurajimaaomori03.JPG
臨時急行「あおもり」EF58牽引の12系客車で運行されていました。
「桜島・高千穂」は旧型客車で東京-西鹿児島間(鹿児島本線・日豊本線経由)で、24時間以上走り続けていました。これは昼頃には、同時刻4本の列車が走っていることになる。