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2010年05月31日

韓国鉄道新旧の旅⑯~ユッケビビンパ

 全州は、李氏発祥の地であり、李朝時代の遺跡が多く残っているという。さらに、ピビンパップ(ビビンパ)発祥の店としても知られる(参考文献:宮脇俊三著「韓国・サハリン鉄道の旅」)。ガイドブックによると、「食は全羅道にあり」「嫁をもらうなら全羅道から」などと言われるという。

 ということで、ぜひとも本場のピビンパップを味わってみたい。私が尊敬する宮脇俊三翁も、先述の著書で、全州で下車しピビンパップを食べたことを記している。私にとっては、翁の足跡をたどる旅でもる。

 帰りの列車まで余り時間はなく、駅周辺にピビンパップの店はないことは本で知っていたので、迷わずタクシーに乗った。ガイドブックにある「ソンミダン・ヨシンドン店」と告げると、運転手は猛スピードで走り始めた。

 10分ほどで、店に到着。ここまで3600ウォン(350円程度)。駐車場も備えた郊外型の店で、もう少し小さな地元向けの店を想定していた私としては少々残念。宮脇翁のように、店を指定せず「ピビンパップ」とだけ伝えれば、運転手しか知らない穴場に連れて行ってくれたかもしれない。

 だが、味は申し分なかった。韓国語会話の本を駆使しながら店のオススメを聞くと、おばさんから「ユッケピビンパップ」との回答が返ってきた。メニューには12000ウォン(1021円)とあり、一般のピビンパップより2000ウォン高いが、せっかくなのでユッケ入りを注文。

 例によってキムチや前菜が運ばれ、間もなくジュージューと音を立てた鉄鍋が運ばれてきた。石焼ではなく、厚い鉄鍋である。中をのぞくと、焼き飯の中にはモヤシやニンジンなど様々な野菜が具材として入れられ、その上にユッケが載せてある。おばさんは「しっかり混ぜて食べなさい」という手振りをしている。

 「私の生涯で食べた各種の焼きめし類で、これほどコクのあるのははじめてである」(宮脇俊三)。翁がどの店で食べたのかは分からないし、私が食べたビピムパップとは恐らく違う。しかし、ここのユッケビピムパップも、コクがありうまかった。20年前、翁はどの店で食べたのかなあ。(北)

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これぞ本場の味、ユッケビピムパップ。かき混ぜる前に写真を撮れば良かったと後悔

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絶対に覚えれそうにない名前だが、ソンミダン・ヨシンドン店の店内。郊外のファミレスのような雰囲気だった

※今回の項を書くにあたり、宮脇翁の本を読み返しました。したがって、彼の文体を意識した部分が多々あります。が、やはり私はまだまだ翁の足元にも及びません

2010年05月29日

あかつき

 21日に金星探査機「あかつき」が打ち上げられ、金星に向かっています。12月までかけて5億2千万㌔を飛行していきます。時速12万㌔と、とんでもないスピードで飛んでいくのです。金星のの別名は宵の明星、明けの明星などと言われ日本人にとっても非常になじみのある兄弟星です。厚い雲に覆われた灼熱の世界、硫酸の雨や雲、秒速100メートルを超す暴風など観測によってその謎が解明されることを期待しています。
 あかつき、金星、明星といえば国鉄、JRで九州と大阪、名古屋を結ぶ寝台特急の愛称でもありました。寝台列車は夜に運行されているので、私たちは車窓から空を見上げていろいろな星に思いを馳せたものです。こういった天体の名前や現象などが夜行列車にはたくさん使用されていました。北斗星や彗星、銀河、月光、あけぼの、カシオペア、サンライズ出雲などなど。ほとんど廃止の憂き目に会いいまや現役で走っているのは北斗星、カシオペア、あけぼの、サンライズ出雲・瀬戸だけでしょうか。壮大なスケールの名が、列車に冠せられ、日本の発展も併せて期待されていたのです。
 「あかつき」が打ち上げられたニュースを見て、「あかつき」は線路上から宇宙へ昇華していったと思ったのは私だけでしょうか。あかつきはデータは送ってきますが、彼自身は二度と戻ってこないのですから。(修)
明星・金星に向かう「あかつき」を搭載して打ち上げられるH2Aロケットakatsuki.JPG

2010年05月28日

韓国鉄道新旧の顔⑮~念願の客車急行

 益山では50分近い待ち時間があったので、駅をゆっくり見学した。益山は交通の要所で、韓国西部の海側を北上する群山線と、南部の麗水をめざす全羅線との接続駅となる。このため駅は4面7線を有し、方面別にホームが決められている。

 駅舎は鉄筋コンクリート3階建て。ガイドブックを見る限り、周辺に観光地はなさそう。駅前も整備され、特筆すべきことはない。駅のスタンプを押すなどして時間を潰す。この無駄だが意義のある時間が好きである。

 11:14分、1番線に全羅線ムグンファ号が入線してきた。今度は期待通り!! ブタのような顔をした重厚なディーゼル機関車が、7両の客車を引っ張ってズシンズシンと入線してきた。頭の中ではエルガーの「威風堂々」が流れている。ようやく、念願の客車急行に乗ることができる。

 この列車はソウル近郊の龍山を8:05分に出発し、約6時間かけて終点の麗水を目指す昼間長距離急行列車である。日本ではこういう列車を見かけなくなった。 

 指定された5号車普通座席に乗車後、すぐに出発となる。田園地帯を行く。単線非電化路線で、時速は60~80㌔のゆっくりとしたスピード。車内放送は韓国語のみで、KTXのような英語の案内はない。ローカル色が再び戻ってきた。

 残念ながら、という表現がふさわしいのかどうか分からないが、ここでも車窓左に複線電化の工事現場が見えた。ディーゼル機関車と客車が最新鋭のKTXにバトンタッチされる日はそう遠くないのだろう。
 
 客車の良さは、分かる人には分かると思う。エンジンやモーターの音が床下から聞こえてこず、レールの継ぎ目だけを感じることができる。座席は簡易リクライニングで悪くはない。

 もっと乗っていたい衝動に駆られたが、11:40、ある目的を果たすため、全州で下車した。(北)

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駅舎に特長はないが交通の要所である益山駅。駅の案内所でパンフレットを入手したが、周辺にさほど見所はなさそう

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これぞ追い求めていたムグンファ号の姿。慶全線で乗ったディーゼルカーとは趣というか重みが違う

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全羅北道の道都である全州駅。李朝時代に都が置かれたこともあり、駅は古都にふさわしい構えとなっている(参考文献:宮脇俊三著「韓国・サハリン鉄道紀行」)

2010年05月27日

韓国鉄道新旧の顔⑭~KTX-Ⅱ

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 鉄道の話に戻る。今日の予定はこうだ。木浦駅から9:00発のKTXで湖南線に乗り、益山(イクサン)という駅まで行く。そこで全羅線のムグンファ号に乗り換え、全州(チョンジュ)に向かい、折り返してソウルに帰る。

 とりあえず、木浦から全州までの切符を買った。益山まで15400(1500円程度)ウォン、益山から全州は2500ウォン(250円程度)だった。

 木浦駅は3面6線。1番線には釜田行ムグンファ号(客車)、2番線には論山(ロンサン)行セマウル号、4番線には光州行ムグンファ(ディーゼル)が止まっていた。1番線の客車は塗装がはがれ、老朽化が目立つ。

 私が乗るのは、3番線のKTX龍山行。龍山はソウル駅を南に下り2つ目の駅で、湖南線の列車はここが発着となる。ソウル駅の規模を考え、そうせざるを得なかったのだろう。日本で言う品川と東京の関係に似ている。

 入線してきたのは、昨日乗ったKTXではなく、KTX-Ⅱ。今年から運用を開始したばかりで、山川(サンチョン)という愛称も付いている。初代のKTXはフランスから部品を輸入して組み立てたのに対し、この型は純国産。車体には「2009HYUNDAI」の銘板が誇らしげに輝く。初代より短い10両編成が基本となっており、現在は湖南線を中心に運用されている。

 急ぎ足で列車の頭から尻まで眺める。10両編成のうち、先頭車と後尾車は電気機関車。3号車が特室で、他は一般席。4号車の一部にカフェがある。真新しく、すべてがきれいだ。車両についての詳細は(修)さんの記述を参考にしてほしい。

 今回は贅沢せず、5号車の一般席に乗り込んだ。「集団見合い型」の座席配置を採用し不評だった初代の反省を生かし、すべて進行方向を向いた作りになっている。

 座席はほぼ埋まった。9:00、定刻に発車。シートの座り心地は良く、申し分ない。読書灯もある。車両は最高速度350㌔の性能を有しているが、湖南線は在来線なので、100㌔ぐらい(あくまで体感)しか出さない。専用路線は建設中で、西大田―論山のみ高速運転する。

 木浦郊外にはマンションが立ち並ぶ。中心市街地が衰退し、周辺にこうした新たな「まち」が出現している。ドーナツ化が進んでいるようだ。

 光州松汀で、約半数が降りた。そしてほぼ同数の人が乗ってきて、再び座席は埋まった。短距離利用も多いようだ。

 昨日乗ってきた全羅線が右に分かれ、湖南線を北上する。途中、貨物列車とすれ違った。女性の車掌が来て、今回の旅行で初めての検札を受けた。10:23、乗り換えのため益山で下車した。(北)

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出発を待つKTX-Ⅱ。外観はどこかJR九州の電車のデザインに似ている気がする=木浦駅で

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4号車のカフェではコーヒーや菓子類を販売している。特室の乗客向けの各種サービス品もここで受け取る

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平日とあって一般室はネクタイ姿の乗客が目立つ。2×2シートなので日本の新幹線の普通車より若干ゆったりしている

2010年05月26日

韓国鉄道新旧の顔⑬~エイの刺身

 2010年4月22日(木)。午前6時半に起床した。昨晩はあやしいお誘いを丁重にお断りし、9時過ぎには床に就いたので、スッキリとした目覚めだ。早朝、薄い壁を隔てた隣の部屋から、女性の奇声が聞こえた。繰り返しになるが、やはりそういう使い方をする人がいる宿らしい。それにしても、朝から元気なことである。名誉のため言っておくが、私は素泊まりしただけの健全な客だった。

 チェックアウトは必要がなかった。とっとと荷物をまとめて宿を後にし、港へ向かう。水産物販売店街がずらっと並び、干物や鮮魚がたくさん並んでいる。トロ箱には見たことのない魚も入っていた。

 漁港には多くの船が係留してある。船は網代や浜坂、香住の底引き網漁船より小さいが、形状から底引きと思われる。

 食堂で魚料理でも、と思っていたが、まだ朝が早く、どこも開いていない。ようやく一軒だけ支度中の店を見つけた。おばさんがせっせと働いている。店に入り、茶碗とはしを持つ格好をして「食べれられる?」という仕草をすると、大きく頷いてくれた。ここまで来ると、ボディーランゲージしか通用しない。店はさほど大きくないが、水槽で魚が泳いでいる。

 韓国語で分からないが、おばさんは刺身の盛り合わせはどうか、と勧めてくる。私は思い切って「ホンエはないか?」と聞いてみた。ホンエとは、アカエイの刺身を発酵させたような木浦名物の食べ物である。出国前に知人から聞いていた。あえて腐らせることで、保存が効くのだそうだ。日本で言う琵琶湖の鮒寿司みたいなものか。

 おばさんは「これがそうだ」とメニューを指差す。30000ウォン(3000円程度)。20000ウォンで1泊を過ごした身としては決して安くはないが、知人からは「何万円もするよ」と聞いていたので、それよりは安い。旅の記念にと注文した。

 例によって、キムチなど前菜がずらっと並べられる。白飯も注文した。幸い、持参した韓国語会話の本に「ごはんをください」というのが載っていたので、試しに使ってみたら、通じた。もっと韓国語が勉強したくなる。

 ホンエは、大きな皿に山盛りになって出てきた。2人前か3人前はあるだろう。おばさんは眉間にしわを寄せ、「臭いよ」というような仕草をする。恐る恐る一切れを口に運んでみる。やや酸っぱいが、さほど生臭くない。醤油はなく、辛子味噌につけて食べる。キムチと一緒に食べてもうまい、というような事をおばさんが言っている。

 とびきり美味しくはないが、まずくもないホンエは半分食べれば十分だった。そもそも朝から刺身というのは胃への負担が大きく、むしろ白米とたくあんの組み合わせが美味かった。

 会計を済ませて店を出ようとしたら、「コピ」とおばさん。何をコピーするのかと思いきや、おばさんの指の先にはインスタントコーヒーとポットがあった。コーヒーを飲んでいけ、ということらしく、お言葉に甘えて一杯いただく。ただしセルフサービス。そういえば、昨夜の食堂でも食後にセルフでコーヒーを入れている客がいた。「コピ」か。日本の「コーヒー」より英語の発音には近い。

 店を出て木浦の旅客船ターミナルを見学後、タクシーで木浦駅に戻った。(北)

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宿泊した韓式旅館。温泉マークが旅館の目印であることをあとで知った。

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木浦の海産物販売市場。店のおじさんやおばさんたちは、朝の支度に忙しそうだ

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木浦の名物料理、アカエイの刺身(左上)。独特のアンモニア臭があり、地元の人も好き嫌いが分かれるという

2010年05月25日

韓国鉄道の旅⑫~韓式旅館に泊まる

 木浦は韓国南西部の港町。ガイドブックによると、人口は24万5651人(08年)で、鳥取市より5万人ほど多い。面積は約50平方㌔㍍で鳥取市の15分の1ほど。人口密度が高いが、その割に駅前はさびれていた。

 天気は雨。結構な勢いで降っている。キオスクでこうもり傘を購入した。5500ウォン(約500円)。

 とりあえず腹が減った。今日はろくな食事をしていないからだ。ガイドブックに「トッチョンシッタン」という店が載っていた。小魚のダシで野菜を煮込んだ料理が目玉という。港町ならではのメニューではないか。ぜひこれが食べたい。

 地図を頼りに歩き始めたが、それらしき店は現れない。ぐるっと回っていつの間にか駅に再び戻ってきてしまった。ガイドブックの地図は、たまにこうした間違いがあり、何度か同じ目に逢った。雨に濡れながら、無情にも時間だけが過ぎる。

 仕方なくタクシーに乗り込み、「トッチョンシッタン!」と言うと、運転手は「あああそこね」と言った感じで急発進。韓国人の運転は荒い。

 5分ほどで到着。2300ウォン(約200円)。最初から素直にタクシーに乗るべきだった。

 店は小ぢんまりとして良い雰囲気。2階に通された。家族連れやグループがにぎやかに膳を囲んでいる。料理を注文すると、キムチやチゲの類が所狭しと並べられた。それらに手を付けているうち、スープのような器が運ばれてきた。「ヨンボタン」という野菜と魚介類の煮込み料理。タコがプリプリして最高だった。19000ウォン(約1900円)。

 店をあとにし、大通りでタクシーをつかまえて木浦駅へ。腹が満たされたので、次のサバイバルテーマは宿探しとなる。

 ガイドブックには、駅の裏側に旅館街があると書いてある。ふらふらと歩いてみると、温泉マークの建物が至る所にある。これは旅館なのか、それともサウナやあかすり、温泉施設の類か。はたまた怪しい店なのか? 雨は止まないし、早くどこかに腰を落ち着けたいのだが。

 そうしたとき、温泉マークの建物の店先に、おばさんが立っていた。こちらに向かって韓国語で何か話しかけてくる。分からないので首をかしげていると、「2マンウォン、2マンウォン」と言う。はて何が2万ウォンなのか。

 「まあとにかく来い」という感じで手招きされ、店の中へ。ギシギシと音を立てる狭い階段を上ると、幾つかの部屋があり、そのうちの一つへ案内される。ベッドとシャワーがあり、ここで初めて、これが韓式旅館であることが分かった。2万ウォンなら安いし、雨の中ほかを探して交渉するのも面倒なので、ここに泊まろう。

 「OK、OK」と言うと、おばさんはまた「2万ウォン」と言う。前金でよこせということらしい。

 支払いを終え、ようやく落ち着いて韓国語のテレビを見ていたら、件のおばさんがドアをノックする。タオルとミネラルウォーターを持ってきてくれた。

 5分ほどして、またノックされる。ドアを開けると、おばさんが韓国語で何か話しかけてくる。首をかしげていると、小指を立てた。至って真面目な顔である。ああ、そういうことね。「いらんいらん」と首を横に振り、追い返した。韓式旅館は、そういう使われ方もしているらしい。(北)

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雨の木浦駅。KTXも乗り入れるが、こじんまりとした駅だ

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駅前はさほど賑やかではない。人口は鳥取市より多いが、倉吉駅前ぐらいの印象

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案内された旅館の一室。こちらの相場に慣れ、2万ウォンは高いような気もするが、値切る元気が残っていなかった。一応シャワーとテレビ、エアコン、電気敷毛布完備。バスタブはない

2010年05月24日

韓国鉄道新旧の旅⑪~木浦駅へ

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平野が開けてきた。光州(クァンジュ)広域市に入ったと思われる。ガイドブックによると、このあたりには世界遺産に登録された和順(ファスン)遺跡群があるという。巨大な上石とそれを支える下石からなる墓石が、点在するそうだ。

 目を凝らして車窓を眺めていたら、それらしきものが一瞬見えた。

 光州市は人口142万人。大きな都市だ。中心駅は光州駅だが、わがムグンファ号は光州駅に立ち寄らない。2000年度に路線の付け替えが行われ、慶全線は市街地の南側をショートカットするようになった。

 光州国際空港をぐるっと囲むように走り、光州松汀駅に到着。慶全線の終点であり、ソウル方面から木浦までを結ぶ「湖南線」との合流駅である。

 ここから南に進路を変え、複線電化区間を木浦に向けてひた走る。車両の性能が変わったかの如く、100㌔ぐらいのスピードを出している。再びロングレールになった。高架区間もある。

 乗客は若干増えた。携帯電話に向かって大声で甲高い声を上げている中年女性がいてうるさい。ひたすら怒鳴り続けている。相手は亭主だろうか。だとしたら気の毒だ。

 列車は何の理由か知らないが、遅れている。しかし、今夜は木浦に泊まる予定にしているので、急ぐ必要はない。車窓が退屈になって、木浦で何をするか、ガイドブックを見ながら考える。

 18:23、定刻の15分遅れで終点の木浦に到着した。KTXは時間に正確だが、在来線はまだまだ日本にはかなわないようだ。

 今日は、ソウルから釜山経由で木浦まで、距離にして823.6㌔(地下鉄含まず)、時間にして約12時間(待ち合わせ含む)、たっぷりと列車に乗ることができた。(北)

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和順付近で見かけた風景。墓石群の一部か

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途中駅でKTXが追い越していく。新型のKTX-Ⅱだった

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やっと着いた木浦駅。頭端式ホームの駅舎よりに、湖南線終着駅の石碑が建っていた

2010年05月22日

韓国鉄道新旧の顔⑩~山岳地帯をゆく

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交通の要所、順天駅


 順天は、益山(イクサン)から麗水(ヨースー)を結ぶ全羅線との交差駅で、交通の要所。秀吉による慶長の役では激戦地となった。人口は約27万人という。

 順天を通過して木浦へ向かう直通列車もあるが、私の乗った列車は順天止まりで乗り換えが必要。次の木浦駅の発車まで20分ほどあるので、改札口を出、駅を見学。ここにも近い将来KTXが乗り入れるようで、写真が飾ってある。

 木浦行きの切符も買わなければならない。木浦までの切符は11300ウォン(1100円程度)。窓口の列に、2歳か3歳ぐらいの幼女が母親と一緒に並んでいた。子どもは万国共通でかわいい。まだ日本を離れて3日目だが、2歳の娘が恋しくなる。

 さっきのミニミニカフェでは腹が満たされていないので、何か麺類でも、と思ったが、食堂はない。仕方なく、コンビニ風の売店でスナック菓子とガムを購入。

 KTXの乗り入れを控え、ここでも駅舎はガラス張りの新しい駅になっていた。近代化されると画一化され、個性を失う。これは日本でも同じことが言える。対照的に、駅前は商店が並び雑然とした感じだった。

 時刻表によると次の木浦行ムグンファ号は14:50発だが、購入した切符には55分と書いてある。これはどうしたことか。時刻表はキオスクで買った最新号。日によってダイヤが変わるらしい。こんなことは日本ではあり得ない。

 そのムグンファ号、またもディーゼルカーであった。同じ形式の4両編成。極めて残念。乗客は少なく、私の乗った3号車には7人。途中から4人になった。地図によると、海から離れ、列車は北へ向かう。

 山岳路線となり、耕作放棄地や廃墟が目立つようになってきた。マンションの建設ラッシュが進む都市部と、荒廃する農村部。日本が辿ってきた道と同じ道を歩んでいるように思えた。(北)

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車窓から見えた韓国の農村部。棟の中央がくぼんでいるのが特徴。昔はカヤぶきだったと思われるが、「セマウル(新しい村)運動」によって農村は近代化された

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一部には荒廃した家屋も。若者の都市部への流出が進んでいるようだ

2010年05月21日

韓国鉄道新旧の顔⑨~わびしい昼食

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 三浪津から慶全(キョンチョン)線に入ったわがムグンファ号。単線非電化区間ではあるが、現在複線電化工事が進められている。車窓左側に新線が見える。近い将来、KTXが普州などへ乗り入れるのだという。駅舎やホームの改修も行われている。韓国の発展ぶりには驚くばかりだ。

 ロングレール化されており、線路の継ぎ目の振動はない。保線状態はいい。時速は80㌔ぐらいか。イメージと違う。

 馬山を過ぎ、ようやく風景が変わってきた。棟の中央がくぼんだ独特の瓦ぶき民家が近づき、いよいよローカル線っぽくなってきた。レールの継ぎ目の音もする。列車は水田地帯を行く。このあたりは各駅停車だが、駅間距離が長い。無人駅も多い。街中には、教会が多い。韓国はキリスト教徒が多いことで知られる。

 それにしても、車内販売が来る気配は一向にない。タイで普通列車に乗った時は、地元の人が勝手に乗り込んできて弁当を売っていたが、この近代国家にそのような人たちはいない。 昼が近づいてきた。朝早かったので、腹の虫が鳴く。ミニミニカフェに移動し、お茶とスナック菓子、ようかん、ガムを自販機で購入。人もおらず、何とも寂しい昼食になった。合計4400ウォン(400円程度)。

 途中の駅で、ディーゼル機関車が牽引する客車列車と何度かすれ違った。木浦から釜田までの長距離客車列車だ。うらやましい。この路線で、あれに乗りたかった。

 山間にある小さな無人駅のホームは、散った桜で覆われていた。自由席に乗っていたお年寄りが、列車のステップを1段1段降りていく。韓国のホームは低く、バリアフリー化は進んでいない。 

 車窓を眺めるうち、カーブや勾配の標識の見方が分かってきた。日本のそれとはちょっと違うが、半径300㍍の急カーブや25‰(パーミル)の勾配もある。25‰とは、1000㍍進むごとに25㍍上るという意味で、列車にとっては結構な坂道。山陰では因美線の物見トンネルや木次線などにある。ムグンファ号はゆっくりと、エンジンを唸らせながら登っていく。

 慶尚南道から全羅南道に入り、景色はますます寂れてきた。1両にわずか5人ぐらいしか乗っていない。14:31、ほぼ定刻に順天(シュンチョン)に着いた。(北)

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韓国の標準的な平屋の駅舎。韓国の国旗と韓国鉄道公社の旗がゆらめく

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馬山あたりまでは、駅舎の改修工事も急ピッチで進む。向こうに見える青い客車は、イベント用の臨時列車と思われる

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旧態依然とした重厚なディーゼル機関車が牽引するムグンファ号とすれ違う。指をくわえながら眺めるほかない

2010年05月20日

韓国鉄道新旧の顔⑧~急行列車ムグンファ号

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釜田駅で出発を待つ「ムグンファ号」


 釜田駅の窓口で、10:00発の順天行「ムグンファ」の切符を購入。このあたりに来ると、もはや言葉が通じなくなる。しかし、ガイドブック「地球の歩き方・韓国」に切符購入フォーマットが付いており、それに必要事項を記入すれば、黙って差し出すだけで簡単に発券してもらえる。順天まで13300ウォン(1300円程度)。

 ムグンファ号は日本で言う急行列車。韓国の国花である「ムクゲ」の意味で、各地で走っている。日本の特急は行先によって愛称が異なるが、韓国は列車のグレードによって使い分けられており、上からKTX、セマウル、ムグンファとなる。以前はその下に鈍行のトンイル(統一)号があったが、KTXの開通で消えた。そのかわりに、ムグンファ号の停車駅が増えたようだ。これから乗る列車も、通過するのは2駅のみで、ほとんど鈍行だ。

 そのムグンファ号に乗るべく、釜田駅のホームに下りる。韓国では日本と違い、機関車が引っ張る客車列車が断然多い。KTXも厳密に言えば客車列車だ。当然、慶全線も重厚なディーゼル機関車が牽く客車列車を連想していた。だが・・・。

 ホームに止まっていたのは、なんと4両編成のディーゼルカー(気動車)。これにはショックを受けた。長距離客車急行に乗れると思っていたのに…。しぶしぶ乗り込んだ車内は、リクライニング座席もあり、確かにまあまあきれいではある。銘板によると2008年製。でも、なんか10年前に東海南部線で乗った統一号に似ている。改造車じゃないのかな?

 食堂車やビュッフェはない。そのかわり、2号車の一部にミニミニカフェというのがある。これが本当にその名のごとく「ミニミニ」で、あるのはジュースや菓子類の自販機と、日本の古い喫茶店にあるようなゲーム機、いすにテーブル。長距離列車にはふさわしくない造り。釜山からの移動に手間取って弁当も何も買っていないが、昼食が心配になってきた。車内販売あるのかな。

 指定席以外にも、地元の短距離客が使う自由席も一部用意されている。トンイル号の役割をこの座席が補完しているのだと思う。客層はKTXとは全く異なり、地元のおばさん達がなにやら甲高い声で騒いでいる。にぎやかだ。

 筆者の不満をよそに、ムグンファ号は10:00定刻にホームを離れた。床下からエンジン音が聞こえる。客車だったら、もっと静かで乗り心地が良かったはずだ。もっとも、気動車ならわざわざ韓国に来なくても日本でいくらでも乗れる。

 日本のキハ187に比べると加速性能は比較にならないほど悪い。しかし、いったん走り出すとそこそこスピードは出る。三浪津まではさっき来た京釜線を北に戻る。途中、亀浦駅で満席となった。(北) 

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一応長距離列車なので、ミニミニカフェが連結されている

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リクライニングシートが備わった客室。この列車に「特室」はない

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自由席はこんな感じ。ここだけ通勤列車のような雰囲気だ。席はわずか

2010年05月19日

新型KTX‐Ⅱ

 先日、新聞に写真が掲載されましたが、KTXにもすでに新型(KTX‐Ⅱ)が走っていました愛称を公募したうえで、KTXサンチョン(山川)と呼ばれています。フランスでもTGVDuplexという名で新世代TGVが走っているのと同じく、韓国にもすでに導入されています。KTX-Ⅱは短編成の10両編成として、運用に柔軟性を持たせています。構成は動力車が前後に1両ずつ、動力付客車が1両ずつ、間に客車が6両と、基本構成は連接台車も含めてKTXと同じです。営業速度も300㌔。ソウル‐プサンには2往復、ヨンサン‐クヮンジュ、モッポを2往復ずつ走っています。どこが新しいのかは詳しく書いてないのでよくわかりませんが、ⅡはⅡです。この列車には乗っていませんので車内もわかりません。連結器カバーの先端から爬虫類の舌のようなものが出ていて、少し怖いと思うのは私だけでしょうか。
 Ⅰの車内は4座席が1列で、中央に通路があり、ごく一般的なレイアウトです。車両幅が約2.9㍍とのぞみに比べ45㌢ほど狭いのですが、これが世界的にみて一般的な車両幅です。日本の新幹線は基本的に閉塞区間を走っているので(山形、秋田を除いて)専用の車両幅を採用することができ、一列あたり2+3の5座席なんです。最初の回にも書きましたが、KTXのシートは車両の両端から真ん中に向かって向かい合わせの固定シートになっており、これが不評だとか。特室は回転式のようですが乗って確認していません。デッキと客室の仕切りはガラスで、よく見通せるようになっていました。僕が乗った座席には軍事緊張国家らしく?突入、脱出用?のエマージェンシーウインドウと書いてありました。(修)
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上:KTX山川と基本編成図  下:KTXの車内、emergency window
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韓国鉄道新旧の顔⑦~釜山へ

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 在来線に入り、スピードは100㌔~120㌔ぐらいに落ちた(と思われる)。景色は見やすくなった。進行方向左手に、建設中のKTX専用路線が見える。ほぼ完成している。東大邱―釜山間は今年中に開業するとの情報がある。

 寄り添う川などを眺めているうちに、定刻の9:13分、釜山に到着。定時運行率は高いようだ。釜山駅も10年前の面影はなく、大きなガラス張りの真新しい駅に変身していた。

 さて、KTXを堪能したあとは、のんびりとしたローカル線に乗りたい。釜山周辺からは東西に路線が伸びているが、西に行く東海南部線には乗ったことがある。したがって「乗り鉄」を自称する私としては、東に向かう慶全線に乗りたい。

 本紙でもふれたが、慶全線は全長約300㌔に及ぶローカル線。韓国南部の海岸沿いを東西に結ぶが、海は見えないという。単線非電化の区間がほとんどで、カーブやトンネルが多かったり、勾配も急であることから、「韓国の山陰本線」と呼ぶ人もいる。ならば、山陰人として乗らない訳にはいかない。

 ところが厄介なのが、釜山での乗り換え。慶全線や東海南部線の列車は、釜山駅から出ていない。KTXが開業し、列車の本数が増えたから、ローカル線は追い出されたわけだ。発着は釜田(プジョン)という街外れの駅で、そこまで地下鉄1号線で移動しなければならない。

 地下に潜り、10数分、7駅。いくら乗り鉄でも、景色が見えない地下鉄は好きになれない。料金は1100ウォン(100円程度)。接続する釜田洞駅で降り、階段を上ってようやく地上の光を浴びたが、地下鉄の駅と釜田駅は直結しておらず、迷った。大変不便で不親切な乗り換えである。釜田駅は新しいが小ぢんまりとしていて、いかにも地方への玄関口という感じが漂っていた。(北)

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在来線に寄り添う建設中のKTX専用路線

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韓国では、鉄道は攻撃の対象とり得る軍事施設。長い川を渡る際は、上下の路線が数百メートル離れ、別々の橋を渡る。鉄橋の前後には、兵士が常駐する監視小屋がある。朝鮮半島はあくまで休戦中だ

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KTXの誕生により生まれ変わった釜山駅

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ローカル線が発着する釜田駅。釜山広域市郊外の目立たない場所にあり、小ぢんまりとした駅舎が印象的

2010年05月18日

韓国鉄道新旧の顔⑥~時速304㌔?

 在来線との分岐点は、発車から12分ほど走ったソウル郊外にあった。専用路線に入り、地下トンネルへ。ぐんぐん加速し、6時42分に再び地上に出た。車内のモニターは時速271㌔を表示。同46分、ついに最高時速の300㌔に達した。外は霧で真っ白。何も見えないが、架線の鉄柱が見えないぐらいの速さで駆け抜けていく。

 時速はその後、304㌔まで到達。最高速度は日本と同じ300㌔と聞いていたので、誤差の範囲かと思う。一部ホームページに「KTXは305㌔が最高」という情報もあるが、韓国鉄道公社に確認したところ「営業最高速度は300㌔です」というのが公式見解だった。ただ、車両の設計速度は330㌔とのこと。いずれにせよ、近いうちに速度は上がるだろう。

 乗り心地はいい。安定感がある。ガラスが分厚く、トンネルに入っても耳が痛くない。駅で買った缶コーヒーとおにぎりを食べる。おにぎりの具がとても辛くて口から火が出そうだ。車掌が来たが、検札はなく通り過ぎていった。

 同57分、最初の停車駅天安牙山に到着。天安市と牙山市の玄関口となる新駅で、日本で言う岐阜羽島みないな駅。天安市には日本からの独立を記念する独立記念館があり、ここに行くと韓国人の日本に対する気持ちが分かる。

 手元のKTXマガジンを眺める。なぜか日本の新潟県が特集してある。「雪国」「銘酒」という言葉しか読めないが、鳥取県のことも宣伝してほしい。

 落ち着いたので、車内見学に出かける。1号車はシネマカーで、中央のスクリーンに映画が映し出される。乗客はゼロ。5号車にはパソコンブースがあり、1000ウォンでパソコンとネットが使える。12号車には自動販売機があり、飴やガムなど菓子類が買える。一般座席の乗車率は7~8割ほど。平日とあって、大半がビジネス客らしき人たち。

 そんなこんなしているうちに、8:08分、東大邱に着いた。あっという間で、景色を見る余裕はなかった。専用路線はここまで。ここからは再び在来線を走る。多くの乗客がどっと降りた。(北)

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特室にはミネラルウォーター、アイマスク、イヤホン、飴玉、新聞、菓子の無料サービスがある(セルフ)。

2010年05月15日

韓国鉄道新旧の顔⑤~KTXと対面

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4月21日(水)。早朝5:30に起床。この日から2日間は自由行動である。タクシーでソウル駅に向かう。韓国のタクシーは安く、駅まで3000ウォン(300円程度)。

 3階にあるKTX専用の改札口から、1階のホームにおりる。改札口といっても、誰もいない。自動改札機もない。フリーに出入りできる。KTX開通当初は自動改札だったらしいが、機械の不具合が多く、撤去したらしい。

 駅は1~15番まで乗場があり、7から14番線がKTX専用。僕が乗るのは6:25発の釜山行、列車番号は105。子どものようにワクワクしながら入線を待つ。

 別のホームに、6:15分発釜山行の特急「セマウル号」が停まっている。在来線経由の“彼”は釜山まで5時間半かかるが、後発のわがKTXは、2時間47分で駆け抜ける。

 いよいよKTXが入線してきた。両端の機関車部分を含め、20両。車両については(修)さんが詳細に触れているので省く。とりあえず、列車の頭から後ろまで急ぎ足で確認。この作法は、私の心の師である故・宮脇俊三氏(鉄道作家)にならったもの。客室乗務員のお出迎えを受け、4号車の5Aに座った。

 特室はすべて3列シート。シートピッチが広く、座り心地は良い。日本でグリーン車に乗ることはまずない。今回限りなので、存分に楽しみたい。普通車は「集団見合い型」で進行方向とは逆の座席もあるが、特室はすべて前向き。景色が見やすい。

 定刻に発車。さあ、いよいよ高速鉄道の旅である。と言いたいところだが、しばらくは在来線区間を走る。標準軌のなせる業で、在来線に狭軌を採用している日本では考えられない運用方法なのだが、これはこれで良いのではないか。しばらくは車両の能力を持て余し、80~100㌔ぐらいのスピードでソウル郊外のマンション群を駆け抜けていく。(北)

2010年05月14日

韓国鉄道新旧の顔④~ソウル駅

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 ホテルに着いたのは午後8時を過ぎていた。同僚と繁華街の明洞で焼肉を食べた後、皆と分かれてソウル駅へ。着いたらまず、その街の顔である「駅」に行くのが礼儀と思い、とぼとぼ歩いて向かった。

 駅が近づくにつれ、昔ながらの赤レンガの塀が現れ、その向こうから「ガタンゴトン」と鉄の音が聞こえてきた。少し歩くと、ソウル駅が現れた。しかし、その姿は10年前とは違っていた。

 駅の正面向かって右側に、日本統治時代の1925年に建てられたレンガ造りの旧駅舎がある。が、今は全体がカバーで覆われており、改修工事中だった。10年前の記憶では、東京駅に似ている感じがした。韓国民にとっては複雑な感情もあるだろうが、保存が決まっているそうだ。

 新駅舎は、旧駅舎の左隣にある。KTX(韓国高速鉄道)の開通と共に2004年に竣工した、真新しい近代的な建物。全面ガラス張り、エスカレーターもあり、コンコースも広い。英語の案内も多く、分かりやすい。

 明日はこの駅から、KTXで釜山へ向かう。全席指定なので、今日のうちに座席を確保しておきたい。窓口では多少の英語も通じ、難なく購入できた。が、切符はペラペラのレシートで、あまりにもお粗末。10年前はもっと厚い紙だったのに・・・。釜山まで奮発して特室(グリーン車)を購入。67100ウォン(約6700円)。日本の新幹線と比較すると、距離の割に安い。いや、欧米諸国と比較しても新幹線が高すぎるのだ。

 シャッターを下ろす直前のキオスクで時刻表も入手した。1冊5000ウォン。旅の必需品。10年前とデザインは同じであった。

 観光案内所には日本語が話せるおばさんがいた。釜山での乗り換えについて尋ねると、現地に電話までかけて丁寧に対応してくれた。

 地下鉄1号線に乗って、市役所近くのホテルまで帰る。切符の購入にやや戸惑った。タッチパネル式で近代化されたが、コインを入れて目的地を押せば切符が出てくる10年前のほうが単純だった。初乗りであれば最初に1500ウォンを投入し、下車時に手続きをすれば500ウォン戻ってくる複雑な仕組みで、日本人観光客は知らずに500ウォンを無駄にする人もいるだろう。

 地下鉄の車両はなんてことのない、ステンレス製の電車。日本と違うのは、座席がやたら硬いこと。クッションがない。これが今回の旅で現地では初の鉄道乗車となった。(北)

今日の紙面から

今日は紙面に鉄道の話題がいくつか出ていました。

悲しい話題から。南海電鉄で女子高生が電車にひかれ、亡くなりました(23面)。
ホームからホームへ、線路を渡ろうとしていたそうです。
線路を横切るのはとても危険な行為であり、2度とこういう事故のないよう願います。

一般論ですが、最近ホームで「駅員」を見かけません。
鳥取駅にも、いません。駅員は改札口からモニターを見て、
到着や乗り換えのアナウンスをしています。
誰かが危険な行為をしようとしていても、見抜けない可能性があります。
これも合理化の一環なのでしょうか。

合理化は鉄道会社の経営を安定させるために必要なことですが、
同時に安全対策も進めなければなりません。今回の南海電鉄がどうだったのかは
知りませんが、最近の地下鉄で見かけるような、ホームに線路に下りれないゲートがあれば、
事故が起きなかった可能性があります。

ホームからの転落事故、自殺者もあとを絶ちません。転落防止策を国レベルで考えるべきです。

3面には、京都新聞の論説委員による「信楽事故から19年」という評論が掲載されていました。
42人も亡くなった、大きな事故でした。鉄道の「安全神話」が大きく揺らぎました。
3セクとJRの相互乗り入れの在り方、責任の明確化も問われるようになりました。
事故から学ぶ多くの教訓があったはずです。にもかかわらず、尼崎の脱線事故、伯備線の事故と、
悲しい事故が続きました。鉄道を真に安全な乗り物にすることが、犠牲者の無念を晴らす唯一の道です。犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたします。

信楽高原鉄道の事故を受け、実は今春のダイヤ改正で若桜鉄道にも変化がありました。
鳥取~若桜間の直通列車は、これまで因美線区間も含め若桜鉄道の運転士が乗務していましたが、
今春からは郡家-鳥取間はJR西日本の運転士が担当しています。
ロスも多いですが、責任を明確化するための措置だそうです。

最後に明るい話題を。15面に松崎駅(現湯梨浜町)の20世紀梨の初出荷の写真が出ており、
興味深く見ました。先頭は蒸気機関車。デゴイチかな?「ワム」と書かれた有蓋車に、
大量の梨が積んであるのでしょう。雨の中多くの人が見送っています。いい時代ですね。(北)

2010年05月13日

韓国鉄道新旧の顔③~仁川に到着

 米子空港まで鉄道を利用したのは、もう一つ理由がある。JR西日本が発行するクレジットカード「J-WEST」カードの海外旅行障害保険を活用するためだ。保険を受けるには、このカードで旅行の申し込みを行うか、空港までの切符を買わなければならない。

 本題に戻ろう。2010年4月20日。米子空港から、15:00フライトのOZ163便(アシアナ航空)に乗り込んだ。鉄道旅行記なので飛行機の詳細は省く。利用客は我々約90人の団体を含め、日本人が7割程度を占めたように思う。

 何かの理由で出発が30分ほど遅れたが、わずか1時間で韓国の仁川国際空港に到着。東京より近い。山陰から直接行けるのは非常に便利。

 それにしても、同空港の広さといったら! これが真の国際ハブ空港か。関空など比べ物にならない。各地でハブ空港を作ろうとした日本は明らかに国策ミスである。完全に負けた。

 仁川からソウルまでは用意されたバスで移動。鉄道に乗りたいが、団体旅行なのでやむを得ない。高速道路に寄り添って走る「エーレックス」という愛称の空港鉄道を指をくわえて眺める。2007年に開業したそうだ。(北)

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バスの車窓から見えた「エーレックス」の軌道

2010年05月12日

韓国鉄道新旧の顔②~空港まで楽々アクセス

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 「快速とっとりライナー」は高速化された山陰本線を軽快に飛ばし、途中、一緒に韓国へ行く社員の車を追い抜く。11:49分、米子駅に到着。側線に置かれたDLやELを興味深く見ながら、跨線橋を渡る。

 途中、米子駅名物の「ミニ大山」がホームに無いのに気づく。そういえば以前本紙に、バリアフリー化工事に伴って移転したと書いてあったことを思い出し、駅員に尋ねてみた。

 「ホーム側からは見えないところに移してしまいましたが、駅の待合室からは見ることができます。どうぞ」。と改札を通してくれた。本当は途中下車前途無効の切符であるのだが、融通がきいてありがたい。大山は夏山に模様替えがしてあった。

 再び改札を通り、境線の発着する0番ホームへ。まもなく、妖怪一色となったホームに「目玉おやじ列車」が入線してきた。キハ40がきれいにラッピングしてある。後尾灯の赤いライトが目玉のおやじの目玉として活用してあり、面白い。車内はもうひと工夫ほしい。

 境線は、米子空港の滑走路延長に伴い、2008年に一部付け替えが行われた。旧大篠津駅が800㍍ほど境港側に移動し、米子空港駅に改称。昨年には連絡通路も完成し、「一応」同空港のアクセス駅となった。

 座席に座って発車を待っていたら、一緒に社員旅行に行くS先輩が乗ってきた。僕以外に、列車利用者がいたとは。聞けば、車が車検切れになって乗れなくなったとの由。それでやむなく鉄道を使ったわけだが、「早いし楽だし便利だわー」。わが意を得たり。

 12:36分、定刻を6分遅れて米子駅を発車。「やくも」の接続待ちだった。車内は平日の昼間とあって、空席が目立つ。ソウル便の接続列車のはずであるが、スーツケースを持った人は見かけない。

 ちなみにS先輩は海外旅行にもかかわらず、中型のショルダーバッグ1個と非常に身軽である。「下着は1枚、服は現地調達」するそうで、とてもこれから海外に飛び立つ人には見えない。韓国では博物館めぐり、仏像めぐりがしたいという。

 後藤工場で廃車待ちの「ほのぼの山陰」などを眺めたり、先輩とおしゃべりをしているうちに、列車は弓ヶ浜半島の砂州を駆け抜け、13時過ぎに米子空港駅に到着。雨だったが、空港までは屋根付きエレベーター付き連絡通路で結ばれている。距離は100~200mほどで、本当に近い。

 一緒に降りたのは我々2人のほか、もう1組(2人)いた。計4人が列車でアクセスしたことになる。もっといてもいいんじゃないだろうか。便利なんだけどなあ。(北)

2010年05月11日

韓国鉄道新旧の顔①~プロローグ

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空港へのアクセスも鉄道で。ソウル便に接続するちょうどいい「とっとりライナー」があった=浜村駅にて

 韓国に行くのは、今回が2度目である。1度目は、10年前、貧

乏学生時代であった。当時滋賀県に住んでいた私は、友人3人と

共に、青春18切符で普通列車を何度も乗り継ぎ、下関まで向かっ

た。下関から関釜フェリーに乗船。一番安い雑魚寝の2等室で、

当時は学割で片道6000円ほどだったように思う。船内は「韓国」

であった。韓国から日本に行商か来るおばさんたちであふれ、キ

ムチの匂いがした。船内で一泊すると、目の前に釜山の街並みが

現れた。

 あの頃と比べて、どう変わったのだろう。10年ひと昔と言うが

、特に韓国の発展は凄まじいものがあると聞く。鉄道では、高速

鉄道の「KTX」が2004年に誕生している。僕が行った頃はまだ「

セマウル」が優等列車で、釜山からソウルまで4時間10分かかっ

た。当時、建設中の高速鉄道を横目に見ながら、セマウル号の食

堂車で食事をとったことを思い出す。


 期待に胸を膨らませながら、浜村発10時45分の快速とっとりラ

イナーに乗る。今回の韓国旅行では、鉄道に可能な限り乗り倒す

予定にしている。それならば、国内の空港までのアクセスも鉄道

にしたい。社員旅行のため、空港まで車に乗せてあげるよと言っ

てくれる人がいたが、断った。われながら、どこまでも「乗り鉄

」なのだと自覚する。ちなみに私の住まいから最も近いのが浜村

駅である。


 10年前はお金がなく船で行ったが、今回はアシアナ航空の米子

―ソウル便を利用する。今もお金がないことに変わりはないが、

一応団体旅行なので、そういうことになっている。無論、山陰か

ら海外に直接行くのは初めてである。


 快速とっとりライナーは、軽快なリズムを奏でながら、西へと

向かった。ボックス席の中に置いたスーツケースが、カーブの度

に通路側にはみ出してしまうので、ポイントの前後などでカーブ

を予想して必死に押さえる。かといって、荷だなには置けないし

、通路に置いたら邪魔になる。列車とスーツケースの相性は悪い

。この点は、バスやマイカーに劣る。(北)

2010年05月08日

KTXの詳細は・・・

 前回、KTX(韓国高速鉄道)に乗った話をしました。そのKTXの連接台車の写真がこれです。
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KTXの13-14号車を接続する台車
 TGVの項で調べると、車両あたりの重量と転がり抵抗を減らすため連接台車を採用しているということ。客車部分は日本ののぞみと違って、(サ)仕様=モーターは搭載せず自走不可なので、かなり軽量ではないかと想像できます。のぞみは1両当たり2台車あり、4軸ですが、KTXは客車は1両当たり1/2台車×2で2軸ということになり、さらに、かなりの軽量化車両ということができます。編成は前後に動力車を2両(各1両は客車兼)ずつ配し、客車を16両はさんで、計20両連結で1編成。客車部分は1両あたりがのぞみより少し短そうですが、編成全長は388㍍にもおよび、935人の定員となっています。のぞみN700は16両編成で長さ約404㍍、定員1323人。動力車は1号車と16号車以外の14両ですので、この構成はKTXと真反対ということになります。KTXが連接台車を採用しているということは基本的に固定編成で運用しているということになります。考えてみてください。車両1両では転がすことができないので、中間車両を抜いて短くしたり、増結して長くしたりするためには、車両を持ち上げないとできないのです。のぞみは4両ユニットを2種類を組み合わせて編成していますので、最短8両編成が組めます。KTXは仮にどんな編成になっても、前後4両の動力車の組み合わせは変わらないので、基本的に出力にも変更がないということになります。つまり特段、編成を長短する必要がないかもしれません。のぞみの場合は動力車数に変更が出ますので、出力が変わります。消費電力も重量を考慮しなければ変更できるということです。もう少し、書きたいことがあるので、次回もKTXにつてご報告します。
(修)
上:KTXの先頭動力車 下:KTXの基本編成図
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2010年05月07日

新旧「倉吉駅」を別の角度から…

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昨日書いた「倉吉駅」ですが、昨年6月の本紙特集面で、
取り壊し前の倉吉駅の写真と、別の角度の新駅のイメージ図が出ていましたので、掲載します。(北)

新「倉吉駅」

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来年1月の完成予定の新しい倉吉駅。南北が自由通路で結ばれる


倉吉駅では現在、来年1月の完成をめざし、駅舎の橋上化工事が進められています。
古い駅舎は解体され、現在はプレハブの仮駅舎での営業となっています。
連休中に同駅を利用しましたが、狭い仮駅舎に観光客がひしめき合っていました。
ホームも狭い!!使いながらの改築なので仕方ないにせよ、
白線と工事用の塀の間は数十㌢ほどしかあいてない場所があり、危険です。
乗り場も分かりづらく、おばあさんが「1号車はどこでしょうか」と聞いてこられました。
炎天下、太陽を遮る屋根もない場所があり、私はそこで「まつかぜ」の自由席に
乗るために20分ほど汗をかきながら突っ立っていました。

それにしても、橋上駅、どんな感じになるんでしょうね。バリアフリーで人には優しいし、駅裏の有効利用も望めますが、関西方面でよく見かける、「どこにでもあるような駅」にはしてほしくない。観光地倉吉の玄関口らしい、素敵な駅になってほしいです。(北)

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現在使用中の仮駅舎。いかにもプレハブである。仕方ないか…

2010年05月01日

餘部鉄橋写真展

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今日の本紙で紹介された、岩田昭夫さんの餘部鉄橋写真展を見てきました。
大判のカメラで撮影されているので、大きく引き伸ばしても非常に解像度が高く、
まるで余部に来ているような錯覚を覚えました。すばらしい。
集まっているみなさんも、カメラや鉄道の知識の豊富なこと。
色々な情報を教えていただきました。

25年前の急行「白兎」の写真もありました。
旧型客車の写真もありました。
リバーサルフィルムを焼き直したものだそうで、
とても25年前の写真には思えない鮮やかさです。
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写真展は5日まで。ぜひのぞいてみてください。(北)