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一畑電鉄の旅②~一畑口駅のスイッチバック

 切符はまつえ宍道湖温泉から電鉄出雲市まで購入しました。一畑口のみ途中下車が認められることを、窓口で知りました。ちなみに、一畑電鉄を乗りつぶしたり、往復する場合は、フリー乗車券がお得です。

 先頭車の一番前を陣取りました。ロングシートなので体は横を向いていますが、首を右に向ければ進行方向を眺めることができる<特等席>です。私鉄にはこういう車両があります。

 12:41、まつえ宍道湖温泉を定刻に出発。旅館街を通り抜けると、青い宍道湖が目前に広がります。「まるで海の中を走ってるみたい」という妻の言葉に、「わが意を得たり」と思わずニンマリしてしまいます。

 左右に揺れながらのんびり走る電車にわが身をまかせ、およそ50分で一畑口に到着しました。

 一畑口は面白い駅です。松江方面から来た電車は一度北向き(一畑薬師の方向)に突っ込んで停車し、乗客が乗り降りした後、南向きに進行方向を変えて発車。その後西に進路をとり、電鉄出雲市をめざします。いわゆるスイッチバックで、これまで先頭だった車両が最後尾になります。運転士はホームを歩いて運転席を移動します。

 なぜこういう構造なのかは、同電鉄の歴史を紐解いていけば分かります。同社は今をさかのぼること98年前、一畑薬師への参詣客の輸送を目的に設立され、1915(大正4)年までに出雲今市(現電鉄出雲市)―一畑間が開通しました。一畑駅は今の一畑口より約3キロほど北にあり、薬師への最寄り駅でした。一畑口は当時、小境灘と呼びました。

 その後、小境灘―北松江(現まつえ宍道湖温泉)間が1928(昭和3)年に開通。東西からの路線が小境灘で合流し、手を合わせるような格好で一畑へ向かっていたわけです。しかし、不幸にも戦時中の1944(昭和19)年、鉄の供用のため小境灘―一畑間は運休、そして廃止に追い込まれてしまいます。

 同電鉄は、かつて名実共に一畑薬師への参拝のための重要な交通手段であり、今はなき一畑駅が終着駅だったわけです。その名残が、一畑口駅のスイッチバックに見られるということです。(北)

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一畑口駅のホームから南(宍道湖)側を臨む。左に離れる路線は松江方面、直進し右へ折れる路線は電鉄出雲市へとつながる。

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