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2010年07月28日

発売わずか5分で…

 JR瀬戸大橋線で夏の臨時列車として運行されている「アンパンマントロッコ列車」に娘を乗せてやろうと思い立ちました。スケジュール表をめくり、来月の28日に行く予定を立てました。朝一の「スーパーいなば」で岡山まで行き、新幹線ホームで新幹線を見せてやってから、トロッコ列車に乗車。潮風を顔いっぱいに浴びながらアンパンマンと一緒に瀬戸大橋を渡り、終点の琴平で讃岐うどんを食べる。私鉄の高松琴平電鉄に揺られて高松築港をめざし、廃止を免れた宇高国道フェリーで宇野へ。宇野線、瀬戸大橋線を経て再びいなばで帰鳥する、という計画。

 JRと私鉄、船、そしてうどんまで網羅したスケジュールに我ながら満足し、喜び勇んで鳥取駅の「みどりの窓口」に行きました。アンパンマントロッコ列車は快速列車ですが、全席指定のため、指定券が必要となります。

 指定券は運行日の1カ月前の午前10時から発売されますので、今日が発売日でした。午前9時55分、ちょっと早く着いたため時刻表を見たりしてやり過ごし、列に並びました。ところが前のお客さんがモタモタして、なかなか順番がやってきません。ようやく10時5分に私の番がきて、日付や時刻を書いたメモを駅員に見せました。

 駅員はメモを一瞥し、なれた手つきで端末をぽんぽんとはじきました。が、次の瞬間、駅員の口から「あ…」という声が。「すいません、団体が押さえたようです…」。「え、全部ですか…」。

 不覚でした。トロッコは1両しかない(運転は2両)ので、50人かそこらの団体が10時ちょうどに申し込めば、あっという間に埋まるわけです。全国からこの列車を狙っているわけです。窓口に着いた時点で並んでおくべきでした。油断していました。指定券を入手できなかった私は、ただうなだれるしかありません。

 それにしても、アンパンマンの人気恐るべし。秋にも運行されると思うので、必ず、リベンジします。ああ悔しい。(北)

http://www.jr-shikoku.co.jp/01_trainbus/event_train/seto_anpan.shtm

2010年07月26日

ちょっぴり皮肉を

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 一ヶ月間列車の運行を止めて架け替え工事を行っている余部橋りょう。23日には「横取り・回転工法」なる工法で、新しい橋の線路が一本につながったそうです。

http://www.nnn.co.jp/news/100724/20100724002.html

 さて、ここでちょっと冷静に写真を見てみましょう。「えらくカーブしているなあ」と思いませんか?中には「これで完成?」と思う人もいるかもしれません。が、間違いなくこれが新しい橋です。

 確かに、私たちが知っている橋というのは、一直線です。旧余部鉄橋もそうでした。では新しい橋がなぜこんなにS字カーブになったかと言うと、ご存じの方も多いと思いますが、橋りょうの東側にすぐトンネルがあるためです。トンネルを削るとなると工期も費用もかさんでしまうため、やむを得ずこの形となってしまいました。

 これだけカーブしていると、列車は安全のためスピードを落として走行する可能性があります。おそらく「制限速度」が設けられるはずです。せっかく来春に車両が新しくなる特急列車も、橋を渡るために減速して走行するのでしょうか。新型車両は残念ながら振子列車ではありません。

 安全確保のための架け替えで、高速化が目的ではないことは分かっていますが、個人的な感想としては、非常に中途半端な橋になってしまったとの印象がぬぐえません。減速によって景色を眺めるのにはちょうどいいかもしれませんが、さて、橋に何キロの制限速度が設定されるのか、ある意味楽しみです。(北)

http://www.nnn.co.jp/sp/movie/news/100722/20100722228.html

2010年07月12日

RAILWAYS

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映画にも登場する国内最古級の電車「デハニ50」

 ようやく念願の映画「RAILWAYS」を観てきました。

 広々とした出雲平野の田園風景、美しい宍道湖、そして一畑電車(バタデン)の走行シーンがスクリーンいっぱいに登場し、存分に楽しませてもらいました。あらためてバタデン、そして出雲地方の魅力を再認識した感じがします。

 「涙なしには見られない」という前評判を聞き、ハンカチを持って劇場に出かけました。男子たるもの1度しか泣きませんでした。

 昇進を目前にしたサラリーマンが同僚の死をきっかけに今の仕事に疑問を感じ、会社を退職。故郷に帰り、小さな頃からの夢だった電車の運転士を目指すというストーリーです。

 幼き頃、誰もが何らかの夢を持っていたはずです。しかし、多くの人は大人になって社会の波に流され、自分自身を見失ってしまいます。誰もが一度は「何のために働いているのだろう?」と感じることがありますが、人間とは保守的なもので、なかなか第一歩を踏み出すことはできません。

 しかし、第一歩を踏み出すことができなくても、自分自身を見つめなおし、軌道修正して「自分らしさ」を取り戻す作業が必要なのかもしれません。映画を通し、「自分の原点とは何か」という根本的なことを考えさせられました。いくつになっても、夢を追い求めていきたいものですね。

 一緒に見に行った妻は鉄道マニアではなく、どちらかといえば映画にうるさいのですが、「配役が良かった」「俳優さんたちの“間”が良かった」と講釈をたれていました。完成度の高い映画だったと思います。

 主人公の中井貴一はもちろん、妻役の高島礼子、母親役の奈良岡朋子など、ベテラン勢の演技力は「さすが」と感じるものがありました。

 現在、鳥取シネマと倉吉シネマエポック、MOVIX日吉津で公開中ですので、まだ見ていない方は劇場へお急ぎください。鳥取と倉吉は16日までの公開。鳥取シネマはうさみみカードで割引がありますので提示をお忘れなく!!(北)

映画の公開時間などはこちらから↓
http://www.nnn.co.jp/usamimi/movie/t_index.html

2010年07月10日

リクライニングシート

 先日、初めて187系スーパーいなばに乗りました。車両の背が高く広々として、シートも大きく、ゆったりとした座り心地でした。いちばんすごいと思ったのは窓がすんごい大きく、開放的な車内だった点です。あまりに窓が大きく、少し所在無くなってしまうほどでした。 シートはシックなグレーで大きく、ゆったりとして、グリーンがなくても文句はほとんど出ないのではと思います。
 今では普通にどの列車にもついているリクライニングシートですが、まつかぜやあさしおで使われていた80系にはついていませんでした。グリーン車以外では。昭和47、8年ごろに登場した381系しなのに“簡易リクライニングシート”とというものが採用されたと記憶しています。1964年開業の東海道新幹線にも普通車にはついていませんでした。新幹線の場合、片側が3列シートでしたので、回転させて方向転換することができなかったため、私鉄などでときどき見かける背もたれ部分を前後にガチャンとスライドさせるタイプのものでした。
 簡易リクライニングシートは背もたれが倒れて楽な姿勢がとれるのですが、体を起こすとシートが元に戻ってしまうというものでした。倒れているときはくつろげたかというと、そうでもないのです。体を少し動かすと戻ろうとするので、動かないようにと体に力が入ってしまい、よけいに疲れるのです。その時、親父が乗っていたスズキフロンテでもちゃんとリクライニング機構がついていたのに・・・です。やくもが381系に置き換わったときも、簡易リクライニングシートだったはず。伯備線の愛用者の方は覚えているかも。(修)
岡山駅に停車中の187系いなば(上)、同381系やくも(下)
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2010年07月07日

「法勝寺電鉄」

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 今日の本紙1面「海潮音」で、法勝寺電車の話題が登場します。同電車は1967年に廃止されたため、米子育ちの私でも走っているのを見たことがありません。しかし、沿線のお年寄りの脳裏には印象深く焼きついているようです。

 ちなみに「法勝寺電車」とは通称で、開業当時の法勝寺鉄道に始まり、伯陽電鉄、日ノ丸自動車法勝寺電鉄線と名前を変えています。

 ちょうど昨日、米子市へ出張があったので、空き時間を利用して元町商店街に保存展示されている同電車の客車を初めて見てきました。

 まるで夏目漱石の「坊ちゃん」に出てきた「マッチ箱のような」、小さなかわいらしい客車です。最近の鉄道車両はステンレス製が当たり前ですが、当時は木製。簡素な板張りで、車両火災が起きたら一気に燃えそうです(笑)。

 案内板によると、この客車は明治20(1887)年、英国バーミンガム製(ただし何度か改造されている)。国内最古の木造客車だそうです。関西鉄道から国鉄、出雲鉄道を経て伯陽電鉄に移りました。こうして米子の地に残っているのは奇跡と言えるでしょう。

 この客車が、機関車に引っ張られ、ゴトンゴトンと伯耆路を走っていたのでしょうね。大山山ろくののどかな田園風景とローカル私鉄は良く似合ったでしょう。

 ところで、現役当時の法勝寺電車は、あまり見たことがありません。ネットで検索してもヒットしません。どなたか持っておられたら、見せてもらえませんか。写真家・植田正治氏の作品にそれらしき車両が写っていますが、判然としません。(北)

2010年07月03日

餘部鉄橋

 いよいよ今月、餘部鉄橋がその役目に終止符を打ちます。1909年の着工から101年、完成の1912年から98年、もうすぐ白寿を迎えるところまでガンバってくれました。山陰の鉄道の歴史とほぼリンクする存在でした。新橋になっても、餘部橋梁としてその歴史を継続してください。
 小学校の頃からあまるべ鉄橋は地上41メートルで日本一の高さだと聞いていたので、心のなかでいつも自慢していました。中学校に入ってから、高千穂橋梁があまるべよりも高いと知らされ、少し動揺しましたが、構造が違うので、トレッスル橋としての高さ日本一は不動のものということで安心したのを覚えています。
 小学校の修学旅行で神戸・京都に行ったときは、鳥取駅発午前5時50分の急行「但馬」に乗り、あまるべ鉄橋経由で出かけ、急行「白兎」であまるべ鉄橋を渡って帰ってきました。中学時代は「山陰」などで真っ暗ななかで通過しましたし、その後も幾度となく「出雲」「あさしお」などでお世話になったものです。
 この鉄橋を渡った列車のなかで、ただ1つだけ、関門トンネルをくぐった列車があります。「まつかぜ」です。日本一高い鉄橋を渡って、終着間近に関門トンネルで海の下をくぐるなんて非常にユニークな列車です。大阪から福知山・山陰線経由で800キロ以上を12時間55分かけて走破して博多に到着するという行程でした。しかし、同じ列車に乗り続けて同じ日にあまるべ鉄橋と関門トンネルを通った人ははてさてどれくらいいたのでしょうかね?(修)
餘部鉄橋を渡る80系まつかぜ(上)、新橋の建設が進む横を通過するキハ47
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2010年07月02日

新しい橋の愛称

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 架け替え後の余部橋りょうの新しい名称(愛称)について、面白い記事が本紙但馬版に掲載されました。鳥取県内版には掲載されませんでしたが、ネットで見ることができますのでリンクを貼っておきます。
http://www.nnn.co.jp/news/100701/20100701008.html

 あわせて、Net Nihonkaiのトップページに、新橋の呼び名を問うワンクリックアンケートも設けられました。どうぞご参加ください(1週間で消えてしまいますのでご注意を)。

 現橋の運用も、いよいよあと2週間となりました。(北)

2010年07月01日

いろんな「はやぶさ」

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 若桜鉄道の隼駅は、今やすっかりスズキの大型バイク「隼」ライダーの聖地になりました。土日になると、駅務室を利用した売店がオープンし、オリジナルグッズが販売されます。「聖地巡礼の証」なるものも発行され、ライダーの人気を集めています。

 売店の名前は「把委駆(バイク)」。ある友人が「把瑠都(ばると)」と勘違いしていましたが、あちらはエストニア出身の大関です。

 売店の壁には、隼と名の付く物は何でも飾ってあります。例えば、野鳥ハヤブサの写真。運営する隼駅を守る会のメンバーが、鳥取市用瀬町鷹狩に生息しているハヤブサを狙って撮ったそうです。

 もちろん、かつて東京―西鹿児島間を結んだ寝台特急「はやぶさ」、来年春から運行予定の東北新幹線「はやぶさ」、小惑星探査機「はやぶさ」の写真まであります。

 週末の隼駅では、いついっても地元の人が温かく迎えてくれます。訪問客は圧倒的にバイク乗りが多いようですが、今後鉄道利用者も増えてくれたら、と思います。

 8月8日には「隼まつり」が開かれます。全国から隼ライダーが自慢の愛車をひっさげて一堂に集まります。若桜鉄道に乗って、見に行くのも楽しいのではないでしょうか。(北)