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余部鉄橋は「東洋一」ではなかった

 先月16日、98年の永き歴史に幕を下ろした余部鉄橋。テレビなどの報道で「かつて東洋一と言われた余部鉄橋…」などという表現を耳にしませんでしたか?

 この「東洋一」という“枕詞”の真偽について、徹底的に調べ上げた方がおられます。

 兵庫県在住のTさん。彼はミャンマーの山奥で偶然、余部鉄橋より大きなトレッスル橋に出合いました。

 1901年にイギリスが建設した「GOKTEIK」(ゴッティ/ゴクテイク)という鉄橋です。余部と同じトレッスル橋で、15本の橋脚に支えられています。全長は689m、高さ(最高地点)102m。

 余部鉄橋は1912年に完成し、全長310m、高さ(最高地点)41mですので、当時すでに、GOKTEIKのほうが高さ・長さともに「東洋一」だったことになります。

 「余部鉄橋は東洋一の高さだで」と小さい頃から教え込まれてきたTさんは、相当なショックを受けたそうです。

 鉄道マニアでもない彼が資料をあさったり、各地の鉄道博物館などに問い合わせたりして、結論を出されました。

 「明治初期という時代背景にあって、鉄道技術者たちは、GOKTEIKの存在を認識しながらも、西洋列強を意識した対立概念として、あえて余部鉄橋の規模を“東洋一”と表現したのではないか」

 その後、時代が変わっても誰も検証することなく、行政もマスコミも東洋一という表現を使い続けて多くの誤解を生み出した、とTさんは指摘しています。

 確かに、最後まで余部鉄橋の高さが「東洋一」と勘違いしている人はたくさんいました(私の母は、なんぼ言っても高さ日本一の鉄橋だと信じて疑いません)。実際には、余部より高い橋は国内にもあります。

 地元住民が、余部鉄橋をふるさとの宝として大切にしてきたことは意味のあることですが、多くの人が最後まで勘違いしていたのは残念なことです。客観的事実に基づき、その価値を正しく再認識・修正すべきだったでしょう。余部鉄橋の魅力は、高さや長さだけではなく、潮風や風雪に耐えて役割を果たし続けるその姿、そのものにあったような気がします。こんな橋、世界のどこにもありません。どこかの歌の歌詞を借りれば、「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」だったのではないでしょうか。

 今回、TさんからGOKTEIKの写真をお借りしました。この橋も、きっと余部鉄橋同様、重要な役割を果たしてきたのでしょう。個人的には、どちらが一番かということにあまり興味はなく、ただただ「乗ってみたい」と思うわけであります。GOKTEIKも近く架け替えの予定があるそうです。(北)

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余部鉄橋の規模をしのぐミャンマーの鉄道橋「GOKTEIK」

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