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2011年06月30日

ぶらり鉄道沿線企画スタート

今日の日本海新聞に、「ぶらり鉄道沿線特集①青谷駅」を掲載しています。
私の所属するメディア企画部が中心となり、企画立案から広告営業、取材まで行いました。

鉄道を使ったぶらり旅の楽しさをお伝えすることと、沿線地域を元気にすること、
埋もれた魅力を発見することを目的にスタートした企画です。

青谷は意外なほど見どころが多く、絞り込むのに苦労しました。
若干紙面に詰め込み過ぎてしまった感があります。
みなさんもぜひ青谷を訪れてみてください。

今後も県東部のさまざまな駅で「途中下車」していきますので、どうぞご期待ください。(北)

2011年06月28日

九州新幹線開通記念テレビCMに感動

 JR九州の九州新幹線のCMが、フランスのカンヌ国際広告祭で「フィルム部門」銅賞を受賞しました。同CMは既に同広告祭で「アウトドア部門」と「メディア部門」の金、銀賞を獲得しており、3部門で金銀銅の受賞が決まりました。

 CMの撮影には1万人の沿線住民が自由に参加し、思い思いの姿で開通を喜び、ダンスやウエーブする様子を走行中の列車から撮影したものです。

 テレビCMは震災により11日から中止され、「祝」の文字を消すなど被災地に配慮した形で4月下旬から再開していたそうです。

 山陰では放送されず見る機会はありませんでしたが、ネットで見て、涙が出そうになりました。

http://www.jrkyushu.co.jp/train/cm/index.jsp#shinkansen2

 なんでこんなに感動するのでしょう。やはり地元の人たちが、本当に喜んでいる様子が伝わってくるからでしょうか。演技ではなく心の底から開通を歓迎している。そして、たくさんの人たちに来てほしいと願っている。自分のふるさとへの誇りや愛着、九州の人たちの温かさみたいなものが、画面から伝わってくるようです。

 「近くなった九州」みたいなキャッチフレーズを掲げなくても、俳優が各地の観光地を巡って九州の魅力を伝えなくても、これを見れば「新幹線で九州に行ってみたい!!」と、きっと思うはずです。「きっとこんなCMだろう」という視聴者の予想をいい意味で裏切った、意表を突いたようなCMだからこそ、記憶にも残るのでしょう。広告の仕事に携わる身として、いい勉強になりました。(北)

2011年06月24日

夏の鉄道旅行計画

今年の夏こそは「アンパンマントロッコ列車」に娘を乗せてやりたいと思っているのですが、希望する日になかなか切符がとれません。1両しかないので、発売と同時にすぐ売り切れてしまいます。

特に岡山を11時台に出る便に人気が集中。午後は空席もありますが、やはり午前のほうが四国での時間を有効に使えますからね。

ちなみに私の思い描く日帰りプランは

①スーパーいなば2号で岡山へ
②トロッコ列車で瀬戸大橋を渡り琴平へ
③こんぴらさんをお参りし、コトデンで高松築港へ
④さぬきうどんを食べる
⑤宇高国道フェリーで昔の連絡船航路を満喫
⑥宇野線で岡山、再び「いなば」で帰鳥

トロッコあり、コトデンあり、うどんを食べて船にまで乗れるこのプランは、
ワタクシの趣味に沿うだけでなく、嫁にも娘にも受けると思うんですけどねー
再チャレンジしてみます!!(北)

2011年06月18日

今では撮れない写真・スーパーはくと

 古い写真を見ていてちょっと気になる写真を発見しました。そこに写しこんである日付は94年8月21日。その年の12月3日に開業する智頭急行の特急車両「はくと」の車両展示会が行われた日です。鳥取駅の1番線に停車した車両はシートにビニールが被ったまま。期待の新造車両が展示されるとあって、このような賑やかな展示会となりました。日本海新聞で記事を読み返してみると、約2000人がホームを訪れたとあり、インタビューでは「快適そうで早く乗ってみたい」などの声が書いてありました。僕も、3才の息子と一緒に出かけました。気になったところとは、HOT7000(先頭車両)の連結器が露出しているところでした。この型の車両(HOT7000)はこれまで、機関車や他列車に連結されて運転されたことはないので、牽引され(?)納品された時のまま、カバーを付けずに展示会に持って来たんでしょうね。ここまでは大原か西鳥取から自走してきたんでしょうかね。詳細は不明ですが、この絵はもう撮れないのでは。タイトルには「スーパーはくと」と書きましたが、展示会開催時点では”スーパー”がついておらず「はくと」でした。(修)
shakuto-032.jpg

2011年06月16日

来月3日に「12系客車誘致記念イベント」

いろいろと情報が錯綜しご迷惑をおかけしましたが、
若桜町のHPに「12系客車誘致記念イベント」のチラシがアップされましたので、
リンクを貼っておきます。やはり12系みたいですね。

7月3日(10時~14時)、客車の公開やオリジナル駅弁の販売もあるようですので、
若桜鉄道に乗ってどうぞお出かけください。(北)

http://www.town.wakasa.tottori.jp/dd.aspx?itemid=3268

2011年06月14日

若桜鉄道に念願の客車が

若桜鉄道の若桜駅と隼駅に、JR四国の客車が寄贈されることになりました。
今日の地域面で隼駅のレール敷設作業を紹介しています。


記事を補足すると、文中の「ブルートレイン」というのは、厳密には寝台列車ではなく、
「青い色をした客車列車」です。具体的には、臨時快速「ムーンライト高知・松山」に使用されていた、
12系(または14系)座席急行型客車です。
このブログの読者さんからは「それはブルトレではないだろう」と
お叱りを頂戴しそうですが、一般の方から見れば、青い列車=ブルートレインなのかも知れません
(英語に直訳すると確かにそうなりますね…)。


若桜鉄道に来るのは4両。うち3両は若桜駅、1両が隼駅に設置されるそうです。
隼駅を守る会の西村会長によると、隼駅にはカーペットカーが設置され、
ライダーの休憩場所やイベント会場などとして使用するそうです。
若桜駅の3両は、イベント用などに使われるのだと思いますが、将来的には
同駅のSL「C12」のボイラーを復元し、若桜線内でこの客車をつないでSL列車を
走らせる構想もあるそうです。若桜線活用の幅が大きく広がります。


かなり前から構想はありましたが、関係者の努力と熱意が実り、ようやく実現の運びとなったようです。


記事の最後、西村会長のコメントに「ブルートレイン『はやぶさ』が廃止になってから、客車がほしかった」
とありますが、あくまで来るのは「はやぶさ」(14系寝台)ではなく、「ムーンライト高知・松山」(12系または14系座席)です。ただし、国内では客車自体が減っていますので、ムーンライトの車両でも大いに価値があるのは間違いありません。水を差すつもりはありませんが、念のため。


客車が来るのは7月上旬だそうです。楽しみですね!!
(北)

hayabusa.JPG
郡家方面にレールが10㍍ほど継ぎ足された隼駅の旧貨物ホーム。敷設されたレールは智頭急行で使用されていた50kレール。枕木はPCで本線より豪華

2011年06月04日

80系湘南型直流電車

 小学生に上がる前から大学生の頃まで親しんだ電車に80系がありました。祖父の家が姫路にあったので、家から姫路駅に行くのによく乗っていましたし、線路脇の家からいつも眺めていました。山陽本線を走っていたのは緑と橙の湘南色。小さい頃はなぜか「ひよこ電車」と呼んでいました。今でもなぜそう呼んでいたかは不明です。まだ、時々は客車列車が普通列車として走っていて、時にはそれにも乗っていました。大学に入って合宿やオリエンテーションに行くようになった頃には飯田線に生き残っていました。ここでは三河大野に行く列車は電車を選べず、必ず80系でした。写真を撮っておけばよかったと後悔していますが、あとの祭りです。この頃はほかにすることが一杯あって鉄道から少し意識が離れていたようです。でも、1枚くらいは80系の写った写真があるんじゃないかと探してみたら、以外にも名古屋に住んでいた中学校時代に名古屋駅で“80系”くろしおを撮った写真の後ろに写っていました。
 80系は1949年から600両以上が製造され東海道・山陽本線、高崎、東北、上越線などで活躍。長大16両編成での運用も行われるなど、準急(あまぎ、東海、比叡など)、急行用にも充当され、日本中の直流電化区間を文字通り席巻した超ポピュラーな電車でした。飯田線などで余生を送り、1983年に全車廃車となったようです(ウィキペディアより)。113系や153系に連なる湘南色の塗り分けのルーツであり、長距離用旅客電車(こだま型へ連なる)の草分けとして日本の鉄道界に残した足跡はあまりにも大きなものであったと言えるのではないでしょうか。2枚窓の電車の系譜は一旦、この回で終了です。(修)
shounan80s.JPG
名古屋駅で撮った写真に写っていた80系湘南電車。運用区間は不明。色の塗り分けも白黒写真のため不明

2011年06月02日

こんなところに産業遺産

岡山駅の駅弁「かくしずし」以来、およそ1年と8カ月ぶりに執筆させてもらいます。同僚の執筆陣の鉄道に関する確かな見識に気押されしばし休筆しておりましたが、またぼちぼち筆を進めて参ります。

今日は朝から、中国山地の山中、鳥取県八頭郡智頭町芦津で森林セラピー体験を行っておりました。天然杉ほか沢山の広葉樹が自生するこの地では、7月30日に中国地方で4番目となる「森林セラピー基地」がグランドオープンを迎えます。そぼ降る雨の中、きれいに整備されたセラピーロードを歩いて参りました。

ガイドさんの説明によると、このセラピーロードは、スギ・ヒノキを山中から運び出すための“森林軌道”跡を整備したものだとのこと。鉄路を敷設するためにダイナマイトで粉砕された大きな岩の痕跡や、線路跡DSC_0524.jpg
=写真など、思ってもみない場所で鉄道産業遺産に遭遇したわけです。軌道を走っていた車両も町内に保存されているらしく、近いうちにカメラに収めようと思います。(岳)

2011年06月01日

季節はすでに初夏ですが…

しばらくぶりの更新です。

写真の整理をしていたら今春大岩駅で撮った桜の写真が出てきましたので、
季節外れですがアップしておきます。

ところで、JR北海道の事故は衝撃的でしたね。
今日の社会面によると、因美線でもかつて推進軸が落下したトラブルがあったとか。
気動車特有のトラブルです。徹底的に総点検をして、
再発防止策をとってもらいたいと思います。(北)

DSC_06982.JPG