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2011年11月24日

駅は歴史の証人 那岐駅来年で80周年

 因美線の那岐駅で取材がありました。学校統廃合による閉校を控えた近くの那岐小児童が、記念に駅構内にウメを植樹しました。

 久々に訪れた同駅ですが、タブレット閉塞が廃止され、無人駅になってからも植え込みがきれいに整備されています。地元の「那岐駅舎の会」のみなさんがボランティアで管理されているそうです。

 那岐駅は来年、開業から80周年を迎えます。会長さんから昔の様子を聞きました。木材の需要が高かった昭和40、50年代は那岐駅から毎日木材が搬出されていたそうです。駅前には日通の事務所や飲み屋もあり、にぎやかだったそうです。

 「戦争で出征兵士を送り出したのもこの駅。そして300人以上が死んで帰ってきたのもこの駅。よい思いでも、、悲しい思い出も両方つまっているんです」と会長。だからこそ、地元の子どもたちに木を植えてもらい、いつまでもこの駅を守ってほしい。大きくなっても駅の梅を見に来てほしい。そんな思いで取り組んでおられるようです。

 「駅舎は開業当時から同じ建物。だからこそ値打ちがある」。地元では、駅を廃墟にしたくないと、臨時診療所として活用しています。人々の思いが詰まった価値のある駅舎を、将来にわたって残していかなければなりません。(北)

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智頭発那岐行の列車がちょうど到着。車内からは高校生やお年寄りが降りてきた。わずか1両の列車も、貴重な交通手段である


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那岐駅の貨物線のレールには「1908」「1922」「1929」の文字が。開通した1932年より古く、当時から同じレールが使われていたと思われる(写真は軌道敷地外の安全な場所から望遠レンズを使用して撮影)

2011年11月18日

近いのは「中山」か「中山寺」か

 先月の話になりますが、ふと思い立って兵庫県宝塚市の中山寺に行ってまいりました。安産祈願で有名なお寺ですが、決して2人目ができたわけではなく、1人目がここまで無事育った「お礼参り」として行きました。

 節約のため智頭急行の普通列車で上郡まで行き、上郡からは「鉄道の日西日本管内乗り放題切符」を購入。中山寺までの往復料金より安い3000円だったので急遽飛びついたのですが、あとで調べたら「秋の関西ワンデーパス」(2900円)のほうが100円安いことが分かり、ちょっとショック。

 上郡からは普通列車と新快速で尼崎まで行き、「丹波路快速」に初めて乗って中山寺へ。宝塚線(福知山線)に223系が走るなんてちょっと不思議な感覚でした。

 中山寺駅に着いてから痛恨のミスに気付いたのですが、お寺へに近い駅はJR「中山寺」駅ではなく阪急「中山」駅でした。ダダをこねて歩きたがらない娘を抱っこし、整備されていないお寺までの長い道のりを迷いながら歩いたことはいうまでもありません。阪急なら「目の前」でした。

 無事お礼参りとついでに2人目の子宝祈願も済ませ、帰りは迷わず阪急に。しかし乗り放題切符がもったいないので、帰りは宝塚駅でJRに乗り換えて帰途に着きました。みなさんも中山寺に行くときは阪急を利用しましょう。それにしてもJRは遠いくせに「中山寺」、近い阪急の駅が「中山」って紛らわしくないですか?(北)

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阪急「中山」駅。中山寺へは改札を出て参堂をまっすぐ歩けばわずか1分ほどで着く。JRの「中山寺」で降りると中山寺は遠いし分かりにくい。ちなみに関係ないが鳥取県にあるのは「中山口」駅

2011年11月12日

DD51重連の正体

 先日、鳥取市で全国豊かな海づくり大会が開催されました。天皇陛下が17年ぶりに鳥取の地を訪れられたのです。その期間中、鳥取から倉吉へ行幸されるのに、お召し列車が走り、数多くの鉄道ファンが沿線でカメラを構えたということです。なんでも、(北)さんもその一人だとか(仕事と主張しているらしいですが)。下の写真は9月16日の午前中に鳥取駅付近で撮ったものです。そのときは何か判っていませんでしたが、お召し列車を牽引するためのものだったのですね。友達の友人が運転をする担当すると聞いたのですが、停車位置も5センチも違ってはいけないそうで、非常に厳しいものだったそうです。倉吉まで車で行った帰りに、山陰線の敷石が盛り上がっていました。きっと、お召し列車のために敷きなおしたのではないでしょうか。陛下は山陰線の旅を楽しんでいただけたでしょうか。早くお風邪が治ることを祈っています。(修) ※9月16日の投稿を再構築したものです。
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(北)さんに聞いたら、12系車両を引いて練習していたそうです。


2011年11月02日

お召し列車をお迎えして

紙面でもお伝えしたとおり、10月31日に鳥取―倉吉間でお召し列車が走りました。
5両編成の「サロンカーなにわ」を、ピカピカに塗装しなおされた2両のDD51が牽引。
沿線には多くの住民やカメラマンが集まり、
天皇、皇后両陛下は最後尾の展望室から手を振っておられました。

当日は記者もお召し列車に同乗できたのですが、デスクの陰謀(?)で私は担当から外れてしまいました。31日朝。倉吉から出社してきたデスクが私の耳元で「県外からすごい数のカメラマンが来ているぞ」と、気になる一言。朝のミーティング中には「ピーッ」というDD51の甲高い汽笛が聞こえ、もはや気が気ではありません。「話題性があるので取材に行かせてください」とデスクに告げ、意気揚々と会社を飛び出しました。

さて、鳥取―倉吉間の有名撮影ポイントといえば泊―松崎間のカーブですが、時間の都合で鳥取市小沢見(末恒―宝木)を目指しました。鳥取方から来た列車が左にカーブしながら走行する場所で、カーブの内側から狙えば編成がきれいに撮れます。「穴場」のポイントだと思いきや、既に60―70人が放列をつくっています。警察関係者もいて、ものものしい雰囲気。人と列車を同時に入れたいので、斜面でカメラを構えました。

列車を待つ時間は、マニアたちの情報交換と交流の場でもあります。「もう(老朽化した)サロンカーなにわも最後かもしれへんな」「なんや緊張して足が震えてきたわ」「泊―松崎はすごい人やったで」「4時から来てんねんで。朝ちゃうで。昨日の夕方やで」。関西弁が飛び交います。ここは鳥取? あとで2、3人と話をしましたが、お召し専門の追っかけもいました。

鉄道に詳しくない方のために、今回のお召し列車のどこが珍しかったのかを大雑把に解説すると、
①県内では17年ぶりのお召し列車。
②東日本で運行されるお召し列車は専用の「電車」なので、機関車が牽引する「客車」は絵になる。
③使用された客車「サロンカーなにわ」はお召し専用ではないが、活躍の場は減っており、老朽化も進んでいるのでいつまで走るか分からない(現場では今回が最後だろうと推測するマニアも多数いた)。
④「出雲」廃止以来、山陰本線の定期列車は客車がなくなっており、客車列車そのものが珍しい。
⑤そもそも「お召し列車」は特別な存在。日の丸が掲げられる場合もある。

「来たぞ!」。近くの踏み切りが鳴ると、誰かがそう叫びました。全員が一斉にファインダーをのぞきます。間もなく、皇室を示す「菊の御紋」と日の丸を誇らしげに掲げた、赤い機関車がカーブのむこうから近づいてきます。「カシャカシャカシャ」。私も夢中でシャッターを押しました。最後尾では両陛下が立ったままにこやかに手を振っておられるのが確認できました。

「パチパチパチ」「お疲れ様でした!」。どこからともなく拍手が沸き起こり、なぜだか居合わせた人たちの間で妙な一体感が生まれました。これまで鉄道写真を撮った中でも、こんな雰囲気は初めてでした。(北)


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通過するお召し列車を撮影する鉄道マニアら(鳥取市小沢見)

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小沢見はこんな感じでたくさんの人が。共同通信さんによると、泊―松崎はさらに多い500人だったそうです。同社のHPに動画がアップされています

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9月に宝木駅で偶然とらえた試運転列車。このときは12系の青い客車が使われています。