メイン

2013年10月01日

ロシア・イルクーツク鉄道事情③ バイカル鉄道

翌日はイルクーツク駅からシベリア鉄道の新線と旧線を走る観光列車「バイカル号」に乗車してきました。

駅.jpg
まずはイルクーツク駅。シベリア鉄道の「ロシア号」が停車します。モスクワ行き、ウラジオストク行きなどが行き交う国際色豊かな駅でした。シベリアの玄関を思わせる堂々とした造りです。

バイカル鉄道①.jpg
駅のホームにディーゼルカーが滑り込んできました。バイカル湖まで8時間の旅が始まります。

バイカル鉄道②.jpg
列車はゆっくりと発車。市内を眺めながらウラジオ方面へ、シベリア鉄道の複線区間を走ります。

バイカル鉄道③.jpg
木材を積んだロシアらしい貨車も。戦後、新たに付け替えられたバイパス路線です。

バイカル鉄道④.jpg
次第に湿地が増えてきました。真冬は氷の世界でしょう。

バイカル鉄道⑤.jpg
車内はこんな感じ。大半が簡易なコンパートメントというか、テーブル付きクロスシートです。座席は韓国の地下鉄のように堅く、8時間も乗るとお尻が痛くなります。(北)

2013年09月11日

ロシア・イルクーツク鉄道事情②

指をくわえて見ているだけでは気が済まず、勇気を出して乗ってみました。
ちなみに自由時間は夜しかなかったのですが、緯度が高いロシアは午後10時過ぎまで
明るい(写真は午後8時から10時ごろに撮影)ため、ゆっくりと路面電車を味わうことが出来ました。
言葉はさっぱり分かりませんが、電車の乗り方というのは大体万国共通なもので、
無事にホテルに戻ることが出来ました。(北)

路面乗車①.jpg

路面乗車②.jpg

路面乗車③.jpg

路面乗車6 .jpg

路面乗車7.jpg

路面乗車⑤.jpg

ロシア・イルクーツク鉄道事情①

かなり久しぶりのうさ鉄ブログの更新となってしまいました。
先月、出張でロシアへ行く機会に恵まれました。
シベリア南部の「イルクーツク」という街です。
コサック軍が作り上げたヨーロッパ風の町並みやシベリア様式の
建物は確かに美しかったのですが、やはり「鉄」の私にとって
一番は「路面電車」! そして「シベリア鉄道」!
いくつか写真をご紹介します。

まずは路面電車。新しいタイプもありますが、大半は無骨な古びた電車です。
ヨーロッパと同様、「リンク」と称して大阪環状線のように街を一周するよう軌道が敷かれていました。値段は全区間50円ほどで、現地の物価を考えても格安でした。(北)

路面2.jpg

路面3.jpg

路面4.jpg

路面5.jpg

路面1.jpg

軌道.jpg

2013年7月、いずれもイルクーツク市内

2011年06月02日

こんなところに産業遺産

岡山駅の駅弁「かくしずし」以来、およそ1年と8カ月ぶりに執筆させてもらいます。同僚の執筆陣の鉄道に関する確かな見識に気押されしばし休筆しておりましたが、またぼちぼち筆を進めて参ります。

今日は朝から、中国山地の山中、鳥取県八頭郡智頭町芦津で森林セラピー体験を行っておりました。天然杉ほか沢山の広葉樹が自生するこの地では、7月30日に中国地方で4番目となる「森林セラピー基地」がグランドオープンを迎えます。そぼ降る雨の中、きれいに整備されたセラピーロードを歩いて参りました。

ガイドさんの説明によると、このセラピーロードは、スギ・ヒノキを山中から運び出すための“森林軌道”跡を整備したものだとのこと。鉄路を敷設するためにダイナマイトで粉砕された大きな岩の痕跡や、線路跡DSC_0524.jpg
=写真など、思ってもみない場所で鉄道産業遺産に遭遇したわけです。軌道を走っていた車両も町内に保存されているらしく、近いうちにカメラに収めようと思います。(岳)

2011年04月15日

リニア・鉄道館

重量があり迫力満点の蒸気機関車C62。日本の高度成長を支えてきた新幹線電車0系。
もはや夢ではなくなってきた、未来の乗り物・リニアモーターカー…。

戦前から戦後、未来の鉄道までを一堂に展示する「リニア鉄道館」。
中央リニア新幹線の建設に向かおうとするJR東海が威信をかけ、
今年3月にオープンさせました。

ちなみに前回の写真は、名古屋駅から同館までを結ぶ「あおなみ線」。
もともと貨物線だったところに旅客列車を走らせた路線です。

リニア・鉄道館は思ったほど混雑しておらず、スムーズに見て回ることができました。
main.jpg
入館すると、まずはシンボル展示が目を引きます。暗い館内に3つの車体が浮かび上がる仕組み。
C62、300X、リニアです。それぞれ、時代時代の最高速度を記録した形式です。
順番にその速度を明記すると、129㌔、443㌔、581㌔だそうです。
どれも、すごいです。

zenkei3.jpg
車両展示は、こんな感じです。広い体育館のような場所に、新幹線と在来線車両が半々に展示されています。車両によっては中に入ることも可能。どの車両も展示に合わせてペンキを塗り直してあり、外観、内装ともピカピカです。上から見ると模型を見ているようです。

zenkei2.jpg

zenkei1.jpg

gaikan.jpg
建物の外観はこんな感じでした。

(北)

2010年08月18日

4両編成の謎

 日本海新聞が発行する「うさぎの耳」で若桜鉄道を取り上げることになり、列車の走行風景の写真を撮ってきました。水田の中を走るワンマン単行列車を撮るつもりだったのですが、やってきたのは4両編成の列車。若桜鉄道が保有する全車両(SLと除雪用モーターカーのぞく)が連結されています。貴重な1枚が撮れましたが、なぜ平日の昼間に? 沿線の学校もまだ夏休みだと思うけど…。今度、何かのついでに同社に聞いてみたいと思います。

 撮った写真を見て気付いたのですが、列車には若桜線開通80周年のヘッドマークが付いていました。90年、100年と走り続けるよう、応援していきたいですね。(北)

DSC_0021-2.jpg
堂々たる4両編成で走行する1336D(若桜―丹比間)

DSC_0023-2.jpg
運転席下に祝若桜線開通80周年のヘッドマークが設置されている

2010年06月08日

特急を牽引(けんいん)した蒸気機関車

kikannsya6.jpg

きょう8日付の本紙23面に、岩美町役場で展示されているC59形蒸気機関車の模型が紹介されています。元国鉄マンの男性が「一生かけて」作られた力作だそうです。私も先週実物を拝見しましたが、実に精巧に作られています。

 現代に育った私はSLの形式に疎く、同形式は山陰でもなじみがありません。そこで、同形式が静態保存されている京都市の梅小路機関車館のHPをのぞいてみました。

 HPによると、同形式は1941年から47年の間に173両が製造された完成度の高い大型の旅客用機関車。東海道本線の電化まで「つばめ」「かもめ」「さくら」などの特急列車をけん引して人気を集めたそうです。

 戦前から量産され、戦後は1970年ごろまで走っていました。日本の復興期を支えた機関車と言えるでしょう。

 動輪直径は1750㍉、最大出力は1702ps、最高速度は時速110㌔です。私が大好きな機関車「C62」の基礎となった機関車です。

 やはりSLはいいですね。同町によると、この模型は、来月31日に開かれる「岩美駅開通100周年イベント」(午前11時~)に合わせ、駅前の観光会館で展示されるそうです。ほかにも楽しいイベントがありますので、山陰本線に乗って出掛けてみませんか。(北)

2010年06月04日

韓国鉄道新旧の顔⑳~エピローグ・旅の終わりはセマウル号で

 ソウルの東の玄関口・清凉里から出発する夜行列車も見てみたいが、次の目的を果たすべく、地下鉄中央線で龍山へ向かった。地下鉄といっても、高架橋を走る。ソウルを貫く韓江に沿って走るので、対岸のネオンが美しい。

 龍山で京釜線の通勤電車に乗り換え、ひたすら南下。会社帰りの通勤客で混雑していて、座れないのがキツかった。もう22時を過ぎているが、日本のような酔客は少なく、みな真面目な残業組のようである。国民性の違いか。

 日付が変わる直前、水原(スウォン)で下車。ここは優等列車も止まる駅。すぐに窓口に行き、折り返し23:58発ソウル行セマウル号の切符を買う。8200ウォン(702円)。

 ここまでして乗りたかったのが、このセマウル号なのである。KTXの運転開始以来、徐々に活躍の場が減っており、今回の旅でも乗る機会がなかった。10年前は食堂車も備えた堂々たる優等列車だったのだが。

 セマウル号は両端のディーゼル機関車で客車をサンドイッチして走る。電化が進む韓国で、この列車はいつまで走るのだろう。架線の下をディーゼル列車が走るのは不自然で、淘汰されるのは時間の問題かもしれない。

 釜山から約4時間半かけて走ってきたセマウルは、7分遅れでホームに滑り込んだ。8両編成。ステンレス製の特徴あるボディは、薄汚れてはいるが、ムグンファと比べると高級感がある。

 指定された2号車(普通車)に乗る。椅子の座り心地は最高。シートピッチが広く、身長174㌢の私が足を思い切り伸ばしても前の座席につかえない。リクライニングは、歯医者の椅子かと間違えそうになるほど、恐ろしく倒れる。

 時間が時間だけに乗客はほとんどいないが、数人の乗客が椅子をほぼ水平にして熟睡している。客車なので静かだ。

 かつての食堂車はムグンファ同様、ビュッフェに様変わりしていた。銘板は「1993年現代精工」。まだまだ使えそう。KTXより安く、乗り心地も悪くないので、人気があるのかも知れない。考えてみれば牽引車の動力がディーゼルか電気か、なんてことは乗る人には関係ない。

 午前0時半を過ぎた。間もなく終点のソウルに到着し、今回の鉄道の旅は終わる。次に訪韓の機会があれば、DBSクルーズで境港から東海(トンヘ)に入り、江原道周辺を乗り潰したいと思っている。その時もまだ、長距離客車列車が残っていますように―。<完>

DSC_0775.JPG
KTXに次ぐ速達列車、セマウル号。徐々に活躍の場は失われてはいるが、車両はまだまだ現役バリバリ

DSC_0770.JPG
かつての食堂車はビュッフェカーに。食事とビールを楽しみながら大陸的な風景を眺めたあの日は遠い記憶のかなたへ

※長い間自己満足のような紀行文に付き合っていただき、ありがとうございました。鳥取県から韓国へはアシアナ便や定期貨客船があり、とても近い国です。みなさんも機会があればぜひ、韓国の「キチャ(汽車)」を楽しんでください。(北)

2010年06月03日

韓国鉄道新旧の顔⑲~東の玄関口

 龍山駅からソウル駅までは、通勤電車で2駅。以前にも記したが、東京と品川の関係に似ている。

 今夜はツアーに参加した社員全員での夕食会。明日が帰国なので、韓国最後の晩餐(ばんさん)である。久々にソウルのホテルに戻り、バスで焼肉屋へ向かった。

 にぎやかな宴席だった。その後は2次会と称してソウルの街に繰り出す人、明日の早朝の出発を控えて大人しくホテルで寝る人と、2種類に分かれた。

 私はいずれの道も選ばず、性懲りもなく鉄道に乗りに行った。もう午後9時を過ぎていたが、まだ乗り足らない。自分でもあきれつつ、ホテル最寄りの市庁駅に向かった。

 地下鉄1号線に乗り、8駅目の清凉里(チョンヤンニ)へ。ここは、市の東にある駅で、京春線や中央線、嶺北線の列車が発着する。龍山が品川とするなら、ここは新宿のような存在と言われる。

 しかし、20年前に出版された「韓国・サハリン鉄道紀行」(宮脇俊三著)では、「新宿とは比較にならぬ小さな駅で、ホームの幅が狭く、照明も暗くてわびしい」と駅の様子が描かれている。

 その記述に惹かれてやってきたわけだが、20年の歳月は長く、駅は明るく立派な建物に建て替えられていた。ただ、確かにソウルのような華やかさはない。

 5番線に、南春川行最終列車が停車していた。6両編成のムグンファ。もちろん客車である。時刻表によると、清凉里を22:00に発車し、南春川には23:50に到着する。春川と言えば、冬のソナタのロケ地で有名。駅のホームでは、恋人同士が手をつなぎ、別れを惜しんでいた。韓流ドラマのワンシーンを見ているようであった。(北)

DSC_0746.JPG
深夜の清凉里(チョンヤンニ)駅。韓国北東部へ向かう列車はここから発着する

DSC_0750.jpg
出発前の最終列車の側で手を取り合う男女。このあと男性は列車のデッキに立ち、見送る女性と名残惜しそうに会話をしていた

2010年06月02日

韓国鉄道新旧の旅⑱~終着駅へ

 益山から湖南線に入り、北上する。複線電化区間を時速100㌔ぐらいで走っていく。途中、セマウル号やKTXと交換。益山を出て最初の停車駅、論山ではブルートレインのような特別列車とすれ違った。韓国の定期列車に寝台車はないが、臨時列車としては存在するという。軍用の貨物列車も見かけた。

 その後は広い田園地帯を行く。眠たくなり、ビュッフェでコーヒーを飲んだ。西大田では、下り麗水行ムグンファと交換。同じ編成だが、向こうはディーゼル機関車2両の重連である。

 西大田から2㌔ほど走ると、釜山から来た京釜線と合流。その後、KTXの専用路線が左へ分岐していった。この辺は複雑で分かりにくい。ともかく、わがムグンファ号は在来線の京釜線を北上し、龍山をめざす。

 鳥致院からは、忠北線というのが東に伸びている。鳥取県と姉妹提携を結んでいる江原道や、鳥取市の姉妹都市・清州市へとつながる。いつか乗りたい路線の1つである。

 長安まで来ると、風景はマンションだらけとなる。JR神戸線を連想させる複々線区間となり、側線を走る通勤電車を次々と追い越す。

 平澤という駅でお客さんが増え、立席も目立ち始めた。短距離利用が多いようで、もはや長距離急行列車の雰囲気はない。

 KTX高速路線と合流し、最後の停車駅・永登浦に停車。数人の客が入れ替わり、ムグンファは客車らしいゆっくりとしたスピードで発車した。

 終点の龍山には、16:51の到着予定である。間もなく、韓国の伝統的な琴で奏でる「Let it be」がスピーカーから流れ、終着駅が近いことを教えてくれる。

 全州から3時間半、念願の客車急行の旅が終わろうとしている。急速に発展を遂げる韓国で、いつまでこうした客車列車に乗ることができるのだろう。韓江の長い鉄橋を渡りながら、ふとそんなことを考えた。(北)

DSC_0661.JPG
天安を過ぎると複々線となり、通勤電車を頻繁に追い越す。電車にはあまり興味はないが、形式はさまざまあるようだ

DSC_0665.JPG
ソウル近郊を走る短距離急行列車「ヌリロ」と思われる列車。違ったらゴメンナサイ

DSC_0690.JPG
終点の龍山に到着。湖南線の発着駅はKTXを含めてここなので、ソウルへは乗り換えが必要

chuizu3.jpg
韓国2日目のルート

2010年05月28日

韓国鉄道新旧の顔⑮~念願の客車急行

 益山では50分近い待ち時間があったので、駅をゆっくり見学した。益山は交通の要所で、韓国西部の海側を北上する群山線と、南部の麗水をめざす全羅線との接続駅となる。このため駅は4面7線を有し、方面別にホームが決められている。

 駅舎は鉄筋コンクリート3階建て。ガイドブックを見る限り、周辺に観光地はなさそう。駅前も整備され、特筆すべきことはない。駅のスタンプを押すなどして時間を潰す。この無駄だが意義のある時間が好きである。

 11:14分、1番線に全羅線ムグンファ号が入線してきた。今度は期待通り!! ブタのような顔をした重厚なディーゼル機関車が、7両の客車を引っ張ってズシンズシンと入線してきた。頭の中ではエルガーの「威風堂々」が流れている。ようやく、念願の客車急行に乗ることができる。

 この列車はソウル近郊の龍山を8:05分に出発し、約6時間かけて終点の麗水を目指す昼間長距離急行列車である。日本ではこういう列車を見かけなくなった。 

 指定された5号車普通座席に乗車後、すぐに出発となる。田園地帯を行く。単線非電化路線で、時速は60~80㌔のゆっくりとしたスピード。車内放送は韓国語のみで、KTXのような英語の案内はない。ローカル色が再び戻ってきた。

 残念ながら、という表現がふさわしいのかどうか分からないが、ここでも車窓左に複線電化の工事現場が見えた。ディーゼル機関車と客車が最新鋭のKTXにバトンタッチされる日はそう遠くないのだろう。
 
 客車の良さは、分かる人には分かると思う。エンジンやモーターの音が床下から聞こえてこず、レールの継ぎ目だけを感じることができる。座席は簡易リクライニングで悪くはない。

 もっと乗っていたい衝動に駆られたが、11:40、ある目的を果たすため、全州で下車した。(北)

DSC_0535.JPG
駅舎に特長はないが交通の要所である益山駅。駅の案内所でパンフレットを入手したが、周辺にさほど見所はなさそう

DSC_0544.JPG
これぞ追い求めていたムグンファ号の姿。慶全線で乗ったディーゼルカーとは趣というか重みが違う

DSC_0573.JPG
全羅北道の道都である全州駅。李朝時代に都が置かれたこともあり、駅は古都にふさわしい構えとなっている(参考文献:宮脇俊三著「韓国・サハリン鉄道紀行」)

2010年05月27日

韓国鉄道新旧の顔⑭~KTX-Ⅱ

chuizu3.jpg

 鉄道の話に戻る。今日の予定はこうだ。木浦駅から9:00発のKTXで湖南線に乗り、益山(イクサン)という駅まで行く。そこで全羅線のムグンファ号に乗り換え、全州(チョンジュ)に向かい、折り返してソウルに帰る。

 とりあえず、木浦から全州までの切符を買った。益山まで15400(1500円程度)ウォン、益山から全州は2500ウォン(250円程度)だった。

 木浦駅は3面6線。1番線には釜田行ムグンファ号(客車)、2番線には論山(ロンサン)行セマウル号、4番線には光州行ムグンファ(ディーゼル)が止まっていた。1番線の客車は塗装がはがれ、老朽化が目立つ。

 私が乗るのは、3番線のKTX龍山行。龍山はソウル駅を南に下り2つ目の駅で、湖南線の列車はここが発着となる。ソウル駅の規模を考え、そうせざるを得なかったのだろう。日本で言う品川と東京の関係に似ている。

 入線してきたのは、昨日乗ったKTXではなく、KTX-Ⅱ。今年から運用を開始したばかりで、山川(サンチョン)という愛称も付いている。初代のKTXはフランスから部品を輸入して組み立てたのに対し、この型は純国産。車体には「2009HYUNDAI」の銘板が誇らしげに輝く。初代より短い10両編成が基本となっており、現在は湖南線を中心に運用されている。

 急ぎ足で列車の頭から尻まで眺める。10両編成のうち、先頭車と後尾車は電気機関車。3号車が特室で、他は一般席。4号車の一部にカフェがある。真新しく、すべてがきれいだ。車両についての詳細は(修)さんの記述を参考にしてほしい。

 今回は贅沢せず、5号車の一般席に乗り込んだ。「集団見合い型」の座席配置を採用し不評だった初代の反省を生かし、すべて進行方向を向いた作りになっている。

 座席はほぼ埋まった。9:00、定刻に発車。シートの座り心地は良く、申し分ない。読書灯もある。車両は最高速度350㌔の性能を有しているが、湖南線は在来線なので、100㌔ぐらい(あくまで体感)しか出さない。専用路線は建設中で、西大田―論山のみ高速運転する。

 木浦郊外にはマンションが立ち並ぶ。中心市街地が衰退し、周辺にこうした新たな「まち」が出現している。ドーナツ化が進んでいるようだ。

 光州松汀で、約半数が降りた。そしてほぼ同数の人が乗ってきて、再び座席は埋まった。短距離利用も多いようだ。

 昨日乗ってきた全羅線が右に分かれ、湖南線を北上する。途中、貨物列車とすれ違った。女性の車掌が来て、今回の旅行で初めての検札を受けた。10:23、乗り換えのため益山で下車した。(北)

DSC_0500.JPG
出発を待つKTX-Ⅱ。外観はどこかJR九州の電車のデザインに似ている気がする=木浦駅で

DSC_0512.JPG
4号車のカフェではコーヒーや菓子類を販売している。特室の乗客向けの各種サービス品もここで受け取る

DSC_0518.JPG
平日とあって一般室はネクタイ姿の乗客が目立つ。2×2シートなので日本の新幹線の普通車より若干ゆったりしている

2010年05月26日

韓国鉄道新旧の顔⑬~エイの刺身

 2010年4月22日(木)。午前6時半に起床した。昨晩はあやしいお誘いを丁重にお断りし、9時過ぎには床に就いたので、スッキリとした目覚めだ。早朝、薄い壁を隔てた隣の部屋から、女性の奇声が聞こえた。繰り返しになるが、やはりそういう使い方をする人がいる宿らしい。それにしても、朝から元気なことである。名誉のため言っておくが、私は素泊まりしただけの健全な客だった。

 チェックアウトは必要がなかった。とっとと荷物をまとめて宿を後にし、港へ向かう。水産物販売店街がずらっと並び、干物や鮮魚がたくさん並んでいる。トロ箱には見たことのない魚も入っていた。

 漁港には多くの船が係留してある。船は網代や浜坂、香住の底引き網漁船より小さいが、形状から底引きと思われる。

 食堂で魚料理でも、と思っていたが、まだ朝が早く、どこも開いていない。ようやく一軒だけ支度中の店を見つけた。おばさんがせっせと働いている。店に入り、茶碗とはしを持つ格好をして「食べれられる?」という仕草をすると、大きく頷いてくれた。ここまで来ると、ボディーランゲージしか通用しない。店はさほど大きくないが、水槽で魚が泳いでいる。

 韓国語で分からないが、おばさんは刺身の盛り合わせはどうか、と勧めてくる。私は思い切って「ホンエはないか?」と聞いてみた。ホンエとは、アカエイの刺身を発酵させたような木浦名物の食べ物である。出国前に知人から聞いていた。あえて腐らせることで、保存が効くのだそうだ。日本で言う琵琶湖の鮒寿司みたいなものか。

 おばさんは「これがそうだ」とメニューを指差す。30000ウォン(3000円程度)。20000ウォンで1泊を過ごした身としては決して安くはないが、知人からは「何万円もするよ」と聞いていたので、それよりは安い。旅の記念にと注文した。

 例によって、キムチなど前菜がずらっと並べられる。白飯も注文した。幸い、持参した韓国語会話の本に「ごはんをください」というのが載っていたので、試しに使ってみたら、通じた。もっと韓国語が勉強したくなる。

 ホンエは、大きな皿に山盛りになって出てきた。2人前か3人前はあるだろう。おばさんは眉間にしわを寄せ、「臭いよ」というような仕草をする。恐る恐る一切れを口に運んでみる。やや酸っぱいが、さほど生臭くない。醤油はなく、辛子味噌につけて食べる。キムチと一緒に食べてもうまい、というような事をおばさんが言っている。

 とびきり美味しくはないが、まずくもないホンエは半分食べれば十分だった。そもそも朝から刺身というのは胃への負担が大きく、むしろ白米とたくあんの組み合わせが美味かった。

 会計を済ませて店を出ようとしたら、「コピ」とおばさん。何をコピーするのかと思いきや、おばさんの指の先にはインスタントコーヒーとポットがあった。コーヒーを飲んでいけ、ということらしく、お言葉に甘えて一杯いただく。ただしセルフサービス。そういえば、昨夜の食堂でも食後にセルフでコーヒーを入れている客がいた。「コピ」か。日本の「コーヒー」より英語の発音には近い。

 店を出て木浦の旅客船ターミナルを見学後、タクシーで木浦駅に戻った。(北)

DSC_0419.JPG
宿泊した韓式旅館。温泉マークが旅館の目印であることをあとで知った。

DSC_0435.JPG
木浦の海産物販売市場。店のおじさんやおばさんたちは、朝の支度に忙しそうだ

DSC_0450.JPG
木浦の名物料理、アカエイの刺身(左上)。独特のアンモニア臭があり、地元の人も好き嫌いが分かれるという

2010年05月25日

韓国鉄道の旅⑫~韓式旅館に泊まる

 木浦は韓国南西部の港町。ガイドブックによると、人口は24万5651人(08年)で、鳥取市より5万人ほど多い。面積は約50平方㌔㍍で鳥取市の15分の1ほど。人口密度が高いが、その割に駅前はさびれていた。

 天気は雨。結構な勢いで降っている。キオスクでこうもり傘を購入した。5500ウォン(約500円)。

 とりあえず腹が減った。今日はろくな食事をしていないからだ。ガイドブックに「トッチョンシッタン」という店が載っていた。小魚のダシで野菜を煮込んだ料理が目玉という。港町ならではのメニューではないか。ぜひこれが食べたい。

 地図を頼りに歩き始めたが、それらしき店は現れない。ぐるっと回っていつの間にか駅に再び戻ってきてしまった。ガイドブックの地図は、たまにこうした間違いがあり、何度か同じ目に逢った。雨に濡れながら、無情にも時間だけが過ぎる。

 仕方なくタクシーに乗り込み、「トッチョンシッタン!」と言うと、運転手は「あああそこね」と言った感じで急発進。韓国人の運転は荒い。

 5分ほどで到着。2300ウォン(約200円)。最初から素直にタクシーに乗るべきだった。

 店は小ぢんまりとして良い雰囲気。2階に通された。家族連れやグループがにぎやかに膳を囲んでいる。料理を注文すると、キムチやチゲの類が所狭しと並べられた。それらに手を付けているうち、スープのような器が運ばれてきた。「ヨンボタン」という野菜と魚介類の煮込み料理。タコがプリプリして最高だった。19000ウォン(約1900円)。

 店をあとにし、大通りでタクシーをつかまえて木浦駅へ。腹が満たされたので、次のサバイバルテーマは宿探しとなる。

 ガイドブックには、駅の裏側に旅館街があると書いてある。ふらふらと歩いてみると、温泉マークの建物が至る所にある。これは旅館なのか、それともサウナやあかすり、温泉施設の類か。はたまた怪しい店なのか? 雨は止まないし、早くどこかに腰を落ち着けたいのだが。

 そうしたとき、温泉マークの建物の店先に、おばさんが立っていた。こちらに向かって韓国語で何か話しかけてくる。分からないので首をかしげていると、「2マンウォン、2マンウォン」と言う。はて何が2万ウォンなのか。

 「まあとにかく来い」という感じで手招きされ、店の中へ。ギシギシと音を立てる狭い階段を上ると、幾つかの部屋があり、そのうちの一つへ案内される。ベッドとシャワーがあり、ここで初めて、これが韓式旅館であることが分かった。2万ウォンなら安いし、雨の中ほかを探して交渉するのも面倒なので、ここに泊まろう。

 「OK、OK」と言うと、おばさんはまた「2万ウォン」と言う。前金でよこせということらしい。

 支払いを終え、ようやく落ち着いて韓国語のテレビを見ていたら、件のおばさんがドアをノックする。タオルとミネラルウォーターを持ってきてくれた。

 5分ほどして、またノックされる。ドアを開けると、おばさんが韓国語で何か話しかけてくる。首をかしげていると、小指を立てた。至って真面目な顔である。ああ、そういうことね。「いらんいらん」と首を横に振り、追い返した。韓式旅館は、そういう使われ方もしているらしい。(北)

DSC_0411.JPG
雨の木浦駅。KTXも乗り入れるが、こじんまりとした駅だ

DSC_0413.JPG
駅前はさほど賑やかではない。人口は鳥取市より多いが、倉吉駅前ぐらいの印象

DSC_0416.JPG
案内された旅館の一室。こちらの相場に慣れ、2万ウォンは高いような気もするが、値切る元気が残っていなかった。一応シャワーとテレビ、エアコン、電気敷毛布完備。バスタブはない

2010年05月24日

韓国鉄道新旧の旅⑪~木浦駅へ

chizu2.jpg

平野が開けてきた。光州(クァンジュ)広域市に入ったと思われる。ガイドブックによると、このあたりには世界遺産に登録された和順(ファスン)遺跡群があるという。巨大な上石とそれを支える下石からなる墓石が、点在するそうだ。

 目を凝らして車窓を眺めていたら、それらしきものが一瞬見えた。

 光州市は人口142万人。大きな都市だ。中心駅は光州駅だが、わがムグンファ号は光州駅に立ち寄らない。2000年度に路線の付け替えが行われ、慶全線は市街地の南側をショートカットするようになった。

 光州国際空港をぐるっと囲むように走り、光州松汀駅に到着。慶全線の終点であり、ソウル方面から木浦までを結ぶ「湖南線」との合流駅である。

 ここから南に進路を変え、複線電化区間を木浦に向けてひた走る。車両の性能が変わったかの如く、100㌔ぐらいのスピードを出している。再びロングレールになった。高架区間もある。

 乗客は若干増えた。携帯電話に向かって大声で甲高い声を上げている中年女性がいてうるさい。ひたすら怒鳴り続けている。相手は亭主だろうか。だとしたら気の毒だ。

 列車は何の理由か知らないが、遅れている。しかし、今夜は木浦に泊まる予定にしているので、急ぐ必要はない。車窓が退屈になって、木浦で何をするか、ガイドブックを見ながら考える。

 18:23、定刻の15分遅れで終点の木浦に到着した。KTXは時間に正確だが、在来線はまだまだ日本にはかなわないようだ。

 今日は、ソウルから釜山経由で木浦まで、距離にして823.6㌔(地下鉄含まず)、時間にして約12時間(待ち合わせ含む)、たっぷりと列車に乗ることができた。(北)

DSC_03710.jpg
和順付近で見かけた風景。墓石群の一部か

DSC_03914.jpg
途中駅でKTXが追い越していく。新型のKTX-Ⅱだった

DSC_01403.jpg
やっと着いた木浦駅。頭端式ホームの駅舎よりに、湖南線終着駅の石碑が建っていた

2010年05月22日

韓国鉄道新旧の顔⑩~山岳地帯をゆく

DSC_0345.JPG
交通の要所、順天駅


 順天は、益山(イクサン)から麗水(ヨースー)を結ぶ全羅線との交差駅で、交通の要所。秀吉による慶長の役では激戦地となった。人口は約27万人という。

 順天を通過して木浦へ向かう直通列車もあるが、私の乗った列車は順天止まりで乗り換えが必要。次の木浦駅の発車まで20分ほどあるので、改札口を出、駅を見学。ここにも近い将来KTXが乗り入れるようで、写真が飾ってある。

 木浦行きの切符も買わなければならない。木浦までの切符は11300ウォン(1100円程度)。窓口の列に、2歳か3歳ぐらいの幼女が母親と一緒に並んでいた。子どもは万国共通でかわいい。まだ日本を離れて3日目だが、2歳の娘が恋しくなる。

 さっきのミニミニカフェでは腹が満たされていないので、何か麺類でも、と思ったが、食堂はない。仕方なく、コンビニ風の売店でスナック菓子とガムを購入。

 KTXの乗り入れを控え、ここでも駅舎はガラス張りの新しい駅になっていた。近代化されると画一化され、個性を失う。これは日本でも同じことが言える。対照的に、駅前は商店が並び雑然とした感じだった。

 時刻表によると次の木浦行ムグンファ号は14:50発だが、購入した切符には55分と書いてある。これはどうしたことか。時刻表はキオスクで買った最新号。日によってダイヤが変わるらしい。こんなことは日本ではあり得ない。

 そのムグンファ号、またもディーゼルカーであった。同じ形式の4両編成。極めて残念。乗客は少なく、私の乗った3号車には7人。途中から4人になった。地図によると、海から離れ、列車は北へ向かう。

 山岳路線となり、耕作放棄地や廃墟が目立つようになってきた。マンションの建設ラッシュが進む都市部と、荒廃する農村部。日本が辿ってきた道と同じ道を歩んでいるように思えた。(北)

DSC_0356.JPG
車窓から見えた韓国の農村部。棟の中央がくぼんでいるのが特徴。昔はカヤぶきだったと思われるが、「セマウル(新しい村)運動」によって農村は近代化された

DSC_0360.JPG
一部には荒廃した家屋も。若者の都市部への流出が進んでいるようだ

2010年05月21日

韓国鉄道新旧の顔⑨~わびしい昼食

chizu2.jpg

 三浪津から慶全(キョンチョン)線に入ったわがムグンファ号。単線非電化区間ではあるが、現在複線電化工事が進められている。車窓左側に新線が見える。近い将来、KTXが普州などへ乗り入れるのだという。駅舎やホームの改修も行われている。韓国の発展ぶりには驚くばかりだ。

 ロングレール化されており、線路の継ぎ目の振動はない。保線状態はいい。時速は80㌔ぐらいか。イメージと違う。

 馬山を過ぎ、ようやく風景が変わってきた。棟の中央がくぼんだ独特の瓦ぶき民家が近づき、いよいよローカル線っぽくなってきた。レールの継ぎ目の音もする。列車は水田地帯を行く。このあたりは各駅停車だが、駅間距離が長い。無人駅も多い。街中には、教会が多い。韓国はキリスト教徒が多いことで知られる。

 それにしても、車内販売が来る気配は一向にない。タイで普通列車に乗った時は、地元の人が勝手に乗り込んできて弁当を売っていたが、この近代国家にそのような人たちはいない。 昼が近づいてきた。朝早かったので、腹の虫が鳴く。ミニミニカフェに移動し、お茶とスナック菓子、ようかん、ガムを自販機で購入。人もおらず、何とも寂しい昼食になった。合計4400ウォン(400円程度)。

 途中の駅で、ディーゼル機関車が牽引する客車列車と何度かすれ違った。木浦から釜田までの長距離客車列車だ。うらやましい。この路線で、あれに乗りたかった。

 山間にある小さな無人駅のホームは、散った桜で覆われていた。自由席に乗っていたお年寄りが、列車のステップを1段1段降りていく。韓国のホームは低く、バリアフリー化は進んでいない。 

 車窓を眺めるうち、カーブや勾配の標識の見方が分かってきた。日本のそれとはちょっと違うが、半径300㍍の急カーブや25‰(パーミル)の勾配もある。25‰とは、1000㍍進むごとに25㍍上るという意味で、列車にとっては結構な坂道。山陰では因美線の物見トンネルや木次線などにある。ムグンファ号はゆっくりと、エンジンを唸らせながら登っていく。

 慶尚南道から全羅南道に入り、景色はますます寂れてきた。1両にわずか5人ぐらいしか乗っていない。14:31、ほぼ定刻に順天(シュンチョン)に着いた。(北)

DSC_0333.JPG
韓国の標準的な平屋の駅舎。韓国の国旗と韓国鉄道公社の旗がゆらめく

DSC_0274.JPG
馬山あたりまでは、駅舎の改修工事も急ピッチで進む。向こうに見える青い客車は、イベント用の臨時列車と思われる

DSC_0329.JPG
旧態依然とした重厚なディーゼル機関車が牽引するムグンファ号とすれ違う。指をくわえながら眺めるほかない

2010年05月20日

韓国鉄道新旧の顔⑧~急行列車ムグンファ号

DSC_00238.jpg
釜田駅で出発を待つ「ムグンファ号」


 釜田駅の窓口で、10:00発の順天行「ムグンファ」の切符を購入。このあたりに来ると、もはや言葉が通じなくなる。しかし、ガイドブック「地球の歩き方・韓国」に切符購入フォーマットが付いており、それに必要事項を記入すれば、黙って差し出すだけで簡単に発券してもらえる。順天まで13300ウォン(1300円程度)。

 ムグンファ号は日本で言う急行列車。韓国の国花である「ムクゲ」の意味で、各地で走っている。日本の特急は行先によって愛称が異なるが、韓国は列車のグレードによって使い分けられており、上からKTX、セマウル、ムグンファとなる。以前はその下に鈍行のトンイル(統一)号があったが、KTXの開通で消えた。そのかわりに、ムグンファ号の停車駅が増えたようだ。これから乗る列車も、通過するのは2駅のみで、ほとんど鈍行だ。

 そのムグンファ号に乗るべく、釜田駅のホームに下りる。韓国では日本と違い、機関車が引っ張る客車列車が断然多い。KTXも厳密に言えば客車列車だ。当然、慶全線も重厚なディーゼル機関車が牽く客車列車を連想していた。だが・・・。

 ホームに止まっていたのは、なんと4両編成のディーゼルカー(気動車)。これにはショックを受けた。長距離客車急行に乗れると思っていたのに…。しぶしぶ乗り込んだ車内は、リクライニング座席もあり、確かにまあまあきれいではある。銘板によると2008年製。でも、なんか10年前に東海南部線で乗った統一号に似ている。改造車じゃないのかな?

 食堂車やビュッフェはない。そのかわり、2号車の一部にミニミニカフェというのがある。これが本当にその名のごとく「ミニミニ」で、あるのはジュースや菓子類の自販機と、日本の古い喫茶店にあるようなゲーム機、いすにテーブル。長距離列車にはふさわしくない造り。釜山からの移動に手間取って弁当も何も買っていないが、昼食が心配になってきた。車内販売あるのかな。

 指定席以外にも、地元の短距離客が使う自由席も一部用意されている。トンイル号の役割をこの座席が補完しているのだと思う。客層はKTXとは全く異なり、地元のおばさん達がなにやら甲高い声で騒いでいる。にぎやかだ。

 筆者の不満をよそに、ムグンファ号は10:00定刻にホームを離れた。床下からエンジン音が聞こえる。客車だったら、もっと静かで乗り心地が良かったはずだ。もっとも、気動車ならわざわざ韓国に来なくても日本でいくらでも乗れる。

 日本のキハ187に比べると加速性能は比較にならないほど悪い。しかし、いったん走り出すとそこそこスピードは出る。三浪津まではさっき来た京釜線を北に戻る。途中、亀浦駅で満席となった。(北) 

DSC_0240.JPG
一応長距離列車なので、ミニミニカフェが連結されている

DSC_0249.JPG
リクライニングシートが備わった客室。この列車に「特室」はない

DSC_0252.JPG
自由席はこんな感じ。ここだけ通勤列車のような雰囲気だ。席はわずか

2010年05月19日

韓国鉄道新旧の顔⑦~釜山へ

chizu.jpg

 在来線に入り、スピードは100㌔~120㌔ぐらいに落ちた(と思われる)。景色は見やすくなった。進行方向左手に、建設中のKTX専用路線が見える。ほぼ完成している。東大邱―釜山間は今年中に開業するとの情報がある。

 寄り添う川などを眺めているうちに、定刻の9:13分、釜山に到着。定時運行率は高いようだ。釜山駅も10年前の面影はなく、大きなガラス張りの真新しい駅に変身していた。

 さて、KTXを堪能したあとは、のんびりとしたローカル線に乗りたい。釜山周辺からは東西に路線が伸びているが、西に行く東海南部線には乗ったことがある。したがって「乗り鉄」を自称する私としては、東に向かう慶全線に乗りたい。

 本紙でもふれたが、慶全線は全長約300㌔に及ぶローカル線。韓国南部の海岸沿いを東西に結ぶが、海は見えないという。単線非電化の区間がほとんどで、カーブやトンネルが多かったり、勾配も急であることから、「韓国の山陰本線」と呼ぶ人もいる。ならば、山陰人として乗らない訳にはいかない。

 ところが厄介なのが、釜山での乗り換え。慶全線や東海南部線の列車は、釜山駅から出ていない。KTXが開業し、列車の本数が増えたから、ローカル線は追い出されたわけだ。発着は釜田(プジョン)という街外れの駅で、そこまで地下鉄1号線で移動しなければならない。

 地下に潜り、10数分、7駅。いくら乗り鉄でも、景色が見えない地下鉄は好きになれない。料金は1100ウォン(100円程度)。接続する釜田洞駅で降り、階段を上ってようやく地上の光を浴びたが、地下鉄の駅と釜田駅は直結しておらず、迷った。大変不便で不親切な乗り換えである。釜田駅は新しいが小ぢんまりとしていて、いかにも地方への玄関口という感じが漂っていた。(北)

DSC_0173.JPG
在来線に寄り添う建設中のKTX専用路線

DSC_0180.JPG
韓国では、鉄道は攻撃の対象とり得る軍事施設。長い川を渡る際は、上下の路線が数百メートル離れ、別々の橋を渡る。鉄橋の前後には、兵士が常駐する監視小屋がある。朝鮮半島はあくまで休戦中だ

DSC_0210.JPG
KTXの誕生により生まれ変わった釜山駅

DSC_0230.JPG
ローカル線が発着する釜田駅。釜山広域市郊外の目立たない場所にあり、小ぢんまりとした駅舎が印象的

2010年05月18日

韓国鉄道新旧の顔⑥~時速304㌔?

 在来線との分岐点は、発車から12分ほど走ったソウル郊外にあった。専用路線に入り、地下トンネルへ。ぐんぐん加速し、6時42分に再び地上に出た。車内のモニターは時速271㌔を表示。同46分、ついに最高時速の300㌔に達した。外は霧で真っ白。何も見えないが、架線の鉄柱が見えないぐらいの速さで駆け抜けていく。

 時速はその後、304㌔まで到達。最高速度は日本と同じ300㌔と聞いていたので、誤差の範囲かと思う。一部ホームページに「KTXは305㌔が最高」という情報もあるが、韓国鉄道公社に確認したところ「営業最高速度は300㌔です」というのが公式見解だった。ただ、車両の設計速度は330㌔とのこと。いずれにせよ、近いうちに速度は上がるだろう。

 乗り心地はいい。安定感がある。ガラスが分厚く、トンネルに入っても耳が痛くない。駅で買った缶コーヒーとおにぎりを食べる。おにぎりの具がとても辛くて口から火が出そうだ。車掌が来たが、検札はなく通り過ぎていった。

 同57分、最初の停車駅天安牙山に到着。天安市と牙山市の玄関口となる新駅で、日本で言う岐阜羽島みないな駅。天安市には日本からの独立を記念する独立記念館があり、ここに行くと韓国人の日本に対する気持ちが分かる。

 手元のKTXマガジンを眺める。なぜか日本の新潟県が特集してある。「雪国」「銘酒」という言葉しか読めないが、鳥取県のことも宣伝してほしい。

 落ち着いたので、車内見学に出かける。1号車はシネマカーで、中央のスクリーンに映画が映し出される。乗客はゼロ。5号車にはパソコンブースがあり、1000ウォンでパソコンとネットが使える。12号車には自動販売機があり、飴やガムなど菓子類が買える。一般座席の乗車率は7~8割ほど。平日とあって、大半がビジネス客らしき人たち。

 そんなこんなしているうちに、8:08分、東大邱に着いた。あっという間で、景色を見る余裕はなかった。専用路線はここまで。ここからは再び在来線を走る。多くの乗客がどっと降りた。(北)

DSC_01761.jpg
特室にはミネラルウォーター、アイマスク、イヤホン、飴玉、新聞、菓子の無料サービスがある(セルフ)。

2010年05月14日

韓国鉄道新旧の顔④~ソウル駅

P10308091.jpg

 ホテルに着いたのは午後8時を過ぎていた。同僚と繁華街の明洞で焼肉を食べた後、皆と分かれてソウル駅へ。着いたらまず、その街の顔である「駅」に行くのが礼儀と思い、とぼとぼ歩いて向かった。

 駅が近づくにつれ、昔ながらの赤レンガの塀が現れ、その向こうから「ガタンゴトン」と鉄の音が聞こえてきた。少し歩くと、ソウル駅が現れた。しかし、その姿は10年前とは違っていた。

 駅の正面向かって右側に、日本統治時代の1925年に建てられたレンガ造りの旧駅舎がある。が、今は全体がカバーで覆われており、改修工事中だった。10年前の記憶では、東京駅に似ている感じがした。韓国民にとっては複雑な感情もあるだろうが、保存が決まっているそうだ。

 新駅舎は、旧駅舎の左隣にある。KTX(韓国高速鉄道)の開通と共に2004年に竣工した、真新しい近代的な建物。全面ガラス張り、エスカレーターもあり、コンコースも広い。英語の案内も多く、分かりやすい。

 明日はこの駅から、KTXで釜山へ向かう。全席指定なので、今日のうちに座席を確保しておきたい。窓口では多少の英語も通じ、難なく購入できた。が、切符はペラペラのレシートで、あまりにもお粗末。10年前はもっと厚い紙だったのに・・・。釜山まで奮発して特室(グリーン車)を購入。67100ウォン(約6700円)。日本の新幹線と比較すると、距離の割に安い。いや、欧米諸国と比較しても新幹線が高すぎるのだ。

 シャッターを下ろす直前のキオスクで時刻表も入手した。1冊5000ウォン。旅の必需品。10年前とデザインは同じであった。

 観光案内所には日本語が話せるおばさんがいた。釜山での乗り換えについて尋ねると、現地に電話までかけて丁寧に対応してくれた。

 地下鉄1号線に乗って、市役所近くのホテルまで帰る。切符の購入にやや戸惑った。タッチパネル式で近代化されたが、コインを入れて目的地を押せば切符が出てくる10年前のほうが単純だった。初乗りであれば最初に1500ウォンを投入し、下車時に手続きをすれば500ウォン戻ってくる複雑な仕組みで、日本人観光客は知らずに500ウォンを無駄にする人もいるだろう。

 地下鉄の車両はなんてことのない、ステンレス製の電車。日本と違うのは、座席がやたら硬いこと。クッションがない。これが今回の旅で現地では初の鉄道乗車となった。(北)

2010年05月12日

韓国鉄道新旧の顔②~空港まで楽々アクセス

DSC_0061.JPG

 「快速とっとりライナー」は高速化された山陰本線を軽快に飛ばし、途中、一緒に韓国へ行く社員の車を追い抜く。11:49分、米子駅に到着。側線に置かれたDLやELを興味深く見ながら、跨線橋を渡る。

 途中、米子駅名物の「ミニ大山」がホームに無いのに気づく。そういえば以前本紙に、バリアフリー化工事に伴って移転したと書いてあったことを思い出し、駅員に尋ねてみた。

 「ホーム側からは見えないところに移してしまいましたが、駅の待合室からは見ることができます。どうぞ」。と改札を通してくれた。本当は途中下車前途無効の切符であるのだが、融通がきいてありがたい。大山は夏山に模様替えがしてあった。

 再び改札を通り、境線の発着する0番ホームへ。まもなく、妖怪一色となったホームに「目玉おやじ列車」が入線してきた。キハ40がきれいにラッピングしてある。後尾灯の赤いライトが目玉のおやじの目玉として活用してあり、面白い。車内はもうひと工夫ほしい。

 境線は、米子空港の滑走路延長に伴い、2008年に一部付け替えが行われた。旧大篠津駅が800㍍ほど境港側に移動し、米子空港駅に改称。昨年には連絡通路も完成し、「一応」同空港のアクセス駅となった。

 座席に座って発車を待っていたら、一緒に社員旅行に行くS先輩が乗ってきた。僕以外に、列車利用者がいたとは。聞けば、車が車検切れになって乗れなくなったとの由。それでやむなく鉄道を使ったわけだが、「早いし楽だし便利だわー」。わが意を得たり。

 12:36分、定刻を6分遅れて米子駅を発車。「やくも」の接続待ちだった。車内は平日の昼間とあって、空席が目立つ。ソウル便の接続列車のはずであるが、スーツケースを持った人は見かけない。

 ちなみにS先輩は海外旅行にもかかわらず、中型のショルダーバッグ1個と非常に身軽である。「下着は1枚、服は現地調達」するそうで、とてもこれから海外に飛び立つ人には見えない。韓国では博物館めぐり、仏像めぐりがしたいという。

 後藤工場で廃車待ちの「ほのぼの山陰」などを眺めたり、先輩とおしゃべりをしているうちに、列車は弓ヶ浜半島の砂州を駆け抜け、13時過ぎに米子空港駅に到着。雨だったが、空港までは屋根付きエレベーター付き連絡通路で結ばれている。距離は100~200mほどで、本当に近い。

 一緒に降りたのは我々2人のほか、もう1組(2人)いた。計4人が列車でアクセスしたことになる。もっといてもいいんじゃないだろうか。便利なんだけどなあ。(北)