メイン

2012年03月11日

東北の鉄道⑥ 石巻線 石巻―女川

石巻駅周辺は、ボランティアの力ですっかりきれいになっていました。
ただ、沿岸部はまだ大変のようです。
時間の都合でいかなかったのを、後から悔やみました。

石巻から再び代行バスに乗り、女川を目指しました。
途中、石巻市渡波地区(渡波駅周辺)は大変な状況でした。
道路沿いの住宅や商店は津波で大きな被害を受けていました。

女川に近づくにつれ、地盤沈下した沿岸部の浸水もひどくなってきました。
運転休止中の線路も見え隠れしましたが、一部海に浸かっています。

女川は想像を絶する惨事で、言葉を失いました。
まちがありません。ビルは横倒しのまま。かさ上げされた道路のまわりは、
地盤沈下で浸水しています。

代行バスの終着は駅ではなく、高台でした。
線路や駅は一体どこにあるのか分からない状態です。
おそらく駅の跡地に停車しても、誰も利用客はいないでしょう。
役場も住宅も学校も、すべて高台に移動しているのですから。
思っていた以上に厳しい現実を目の当たりにしました。(北)

DSC_5034.JPG
石巻駅前「おおもり屋」の復興丼。かきがこれだけ入って千円。食べるのも支援のひとつ。復興が進む石巻はぜひ多くの観光客でにぎわってほしい

DSC_5047.JPG
代行バスの車窓から。渡波駅。駅は被害はなさそうだが、渡波地区全体は大きな被害を受けた。

DSC_5054.JPG
浦宿駅付近だったように思う。右側が海(湾)。夕方の満潮時刻と重なり、線路の脇も浸水している。

DSC_5089.JPG
代行バスの車窓から。津波の高さ、威力は相当のものだったのだと思う。もはやどこが軌道でどこが駅か、分からなかった。

東北の鉄道⑤ 仙石線矢本―石巻

野蒜から代行バスに再び揺られ、矢本までやってきました。
ここから石巻までは運転が再開されていますが、電車ではなくディーゼルカーです。
運用の都合でしょうか。私が乗ったときは2両編成でした。(北)

DSC_5002.JPG
矢本駅に到着

DSC_5003.JPG
矢本駅側の代行バス乗り場

DSC_5008.JPG
架線の下を走るキハ110

DSC_5020.JPG
石巻に到着

2012年02月18日

被災地の鉄道復旧状況②

 2月7日朝、仙台駅の地下ホームから仙石線に乗車しました。仙石線は震災直後全線が不通になりましたが、その後徐々に復旧し、現在は高城町まで行くことができます。昔は「国電」と呼ばれる都市近郊路線で、地方路線なのにロングシートの電車が走っていたものですが、最近は車両も新しくなって転換式クロスシートも見かけました。

DSC_4853.JPG
昼間は片方のシートだけ内側に向けて走る。西日本の人間には珍しい光景

DSC_4860.JPG
仙台と石巻の頭文字をとって仙石線。本来の終着駅である石巻まで走る日は必ず来る

DSC_4875.JPG
現在の終着は高城町だが、その先へ行く代行バスに乗るには一つ前の松島海岸でおりることになる

被災地の鉄道復旧状況①

 休暇を利用し、東北へ行ってきました。被災地の状況を自分の目で見て、自分に何ができるか考えてきたいと思いつつ、仕事や家庭の事情で11カ月経ってようやく実現しました。被災地は予想以上に復旧が進まず、まだまだ悲惨な状況でした。鉄道ブログですので、ここでは早期全線復旧の願いを込め、現地の鉄道の被災状況を中心にリポートします。

 まずは(鉄道ではありませんが)仙台空港。空港に押し寄せるどす黒い津波の映像はショッキングでしたが、今はすっかりきれいになっています。空港から市内へのアクセス鉄道も、復旧しています。新しい、気持ちのよい車両です。(北)

DSC_4830.JPG
仙台空港の内部。夏に訪問した同僚によると、当時はまだ仮復旧段階で完全には再開していなかったという

DSC_4841.JPG
仙台空港駅には、アクセス鉄道の被災の様子がパネル展示してあった。東北の玄関口である同空港と同鉄道は、最優先で復旧作業が行われたのだろう

DSC_4847.JPG
仙台空港と仙台駅を結ぶ真新しい電車。途中東北本線に乗り入れ、一部は仙台以北へ直通する

2011年08月26日

岡山への小旅行

異動のバタバタがあり、久々の更新となってしまいました。
8月から報道部で仕事をしている(北)です。
これからも鉄道の話題を本紙・ブログ双方で発信していく所存ですので、
マニアの皆様のご指導ご鞭撻情報提供をどうぞよろしくお願いします。

さて、後輩の結婚式のため先月、岡山へ行ってまいりました。
幸い「スーパーいなば」の先頭(上郡までは最後尾)座席が確保できたので、
山陽本線の前面展望を楽しませていただきました。

shasou.jpg
貨物列車を見ると「本線」って感じがしますね。山陰「本線」ではもう見られませんが…。

okaden1.jpg
岡山に到着。結婚式で酔っ払ったあと、岡山の市内に繰り出して岡山電気軌道の路面電車に乗りました。やっぱ路面はええわ~

tamaden2.jpg
「たま電」がやってきました。

tama.jpg
車内にも「たま」がいます。

tamaden3.jpg
座席もブチ柄です。

okayama2.jpg
路面を堪能し、スーパーいなばで帰途に着きました。(北)

2011年07月12日

隼駅の12系

今日の紙面で隼駅の12系の記事が掲載されています。8月6日に内部を公開するそうです。(北)

2011年06月28日

九州新幹線開通記念テレビCMに感動

 JR九州の九州新幹線のCMが、フランスのカンヌ国際広告祭で「フィルム部門」銅賞を受賞しました。同CMは既に同広告祭で「アウトドア部門」と「メディア部門」の金、銀賞を獲得しており、3部門で金銀銅の受賞が決まりました。

 CMの撮影には1万人の沿線住民が自由に参加し、思い思いの姿で開通を喜び、ダンスやウエーブする様子を走行中の列車から撮影したものです。

 テレビCMは震災により11日から中止され、「祝」の文字を消すなど被災地に配慮した形で4月下旬から再開していたそうです。

 山陰では放送されず見る機会はありませんでしたが、ネットで見て、涙が出そうになりました。

http://www.jrkyushu.co.jp/train/cm/index.jsp#shinkansen2

 なんでこんなに感動するのでしょう。やはり地元の人たちが、本当に喜んでいる様子が伝わってくるからでしょうか。演技ではなく心の底から開通を歓迎している。そして、たくさんの人たちに来てほしいと願っている。自分のふるさとへの誇りや愛着、九州の人たちの温かさみたいなものが、画面から伝わってくるようです。

 「近くなった九州」みたいなキャッチフレーズを掲げなくても、俳優が各地の観光地を巡って九州の魅力を伝えなくても、これを見れば「新幹線で九州に行ってみたい!!」と、きっと思うはずです。「きっとこんなCMだろう」という視聴者の予想をいい意味で裏切った、意表を突いたようなCMだからこそ、記憶にも残るのでしょう。広告の仕事に携わる身として、いい勉強になりました。(北)

2011年04月14日

名古屋に行ってきました

震災による自粛ばかりでは経済が停滞するという論調が目立ち始めました。
私もそろそろ動かねばと思い、先週末に名古屋に行ってきました。
以前から予定していた家族旅行で、一度はキャンセルも考えましたが、
思い切って行くことにしました。

さて、下の写真を見て、私が名古屋のどこに行ったか分かりますか??(北)
aonami.jpg

2011年03月30日

東北に思いを寄せて

東北地方の鉄道の復旧状況が、昨日付の3面、今日付の2面に掲載されています。

地図を見ると、三陸海岸の被災地へ向かう路線で通じているのは、山田線だけです。
東北新幹線は徹夜で作業が進められ、来月末には全線復旧の見通しです。
岩泉線が地図上で省略されていますが、状況はどうなのでしょうか。

演歌「みちのく一人旅」や松尾芭蕉「奥の細道」の世界に憧れて、
10数年前、周遊券で東北を10日間ほど旅したことがあります。

普通列車の車内では地元のおばさんが東北訛りで話しかけてくれました。
どこの町か忘れましたが(宮古か釜石だと思う)、三陸地方のユースホステルではペアレントの
おばさんが、本当の親のように温かく迎えてくれました。

重たいリュックを背負って岩泉駅から龍泉洞まで歩いていると、
「乗ってげ」と、見知らぬ人が車に乗せてくれました。

青森駅近くの埠頭で野宿をしたとき、知り合った東北大の院生のおにいさんと、
数日後に松島で再開し、オンボロの中古車で松島沿岸を案内してくれました。

あの素晴らしい景色は今、どうなったのでしょう。
出会った心温かい人たちは、無事でしょうか。

いろいろな思いが込み上げてきます。いつの日か、復興した東北の町を、再び歩いてみたい。
ありきたりのことしか言えませんが、あきらめずに、前進してほしいと思います。
僕たちも、いつまでも思いを寄せながら、できることをしていきたいですね。(北)

2011年03月18日

貨物列車に期待

《はじめに、募金の案内をさせてください。日本海新聞では今回の大震災の被災者に対する義援金を各本社、支社で受け付けています。寄せられた善意は日本赤十字社を通して被災地に届けられます》

東北自動車道の一般車両通行止めが続く中、物資や燃料を送る有効な手段として、今貨物列車に期待が集まっています。日曜を除く毎日、京阪神から日本海側経由で東北まで物資を輸送する貨物列車が設定されています。翌日には届くそうです。おそらく普段はコンテナが中心でしょうが、タンク車で燃料も運ぶという報道がありました。西日本から物資をどんどん送り込み、被災者の元に必要な物資を届けてほしい。JR貨物の社員さんたちは、今相当の使命感を持って仕事にあたってくださっていると思います。敬意を表します。

戦後、物流はトラックに主役を奪われてしまいましたが、元々鉄道は大量の物資を効率的に運搬できるメリットがあります。こういった大規模災害時には、道路が寸断され、生き残った道路も大渋滞を引き起こすため、鉄道輸送は重要となります。もちろん鉄道も今回かなりのダメージを受けましたが、日本海側の路線が無事だったのが何より幸運でした。

阪神淡路大震災の時も、山陰側を経由する貨物列車が設定されました。普段はローカル線の山陰本線が、重要な幹線としてその能力を発揮しました。

この震災を機に、貨物輸送の在り方も変わってくるのでしょうか。リスク分散や環境問題、エネルギー問題も考えると、トラック一辺倒ではなく、鉄道や船舶を上手に活用した輸送の在り方を検討しなければならないと思います。(北)

2011年03月16日

被災国・ニッポン

今回の震災、被害が明らかになればなるほど、心が痛みます。
福島第一原発の状況も大変深刻です。
計画停電で電車の運休も相次いでおり、
首都の機能も著しく低下しています。

我々が愛してやまない鉄道の運行と、
原子力発電は密接に関係していたのだと、
いまあらためて気付かされています。

遠隔地にいる我々に出来ることは、いったい何でしょう。
日々自問自答しています。

仙台駅の新幹線ホームが報道陣に公開されていました。
天井が落ち、ズタズタでした。復興には時間がかかりそうです。

鉄道各社の収益にも大きく影響があるでしょう。
直接被害を受けた会社はもちろん、他の会社でも旅行や出張控えなどで
経営が厳しくなる可能性があります。

震災の影響は広がる一方ですが、西日本に住む我々は、
日々を力強く生きるしかありません。

2011年03月14日

東日本大震災

東日本大震災で被害に遭われた方々に対し、心からお見舞い申し上げます。

鉄道被害の全容は不明ですが、報道を見る限り、
仙石線(せんせきせん)や大船渡線、常磐線などで大きな被害が出ています。
中越地方でも土砂崩れで宙ぶらりんになった線路が映し出されました。
津波で流された駅や車両の写真や映像も衝撃的でした。
復旧・復興にはかなりの時間がかかると予想されます。

九州新幹線鹿児島ルートは予定通り開業しましたが、
式典などはすべて取りやめとなりました。
自由席すら空席があったと聞きます。

同じ日本人として、非常に心が痛みます。
何か出来ることがないか、考えているところです。(北)

2011年02月22日

駅。

先週の日曜に新しい倉吉駅に初めて行ってみました。

かつて住んでいた滋賀県の駅はどこも同じような橋上駅だったので、
倉吉駅が個性のない駅になってしまったのではないかと、少々不安でした。

しかし、実際に足を運んでみると、なかなか良いではないですか。
コンコースには南側の窓ガラスから日差しが差し込み、とにかく明るい。
天井や窓には木材も使ってあり、温かみがあります。
関西の橋上駅のような冷たい感じはしません。

倉吉は亡き祖父母が住んでいたまち。
古い駅にはたくさんの思い出が詰まっていたので、改築を複雑な心境で見守っていましたが、
この駅なら、新しくなって良かったと率直に思えました。

1階のコンビニにはお土産コーナーもあり、鬼太郎グッズや、
若干の鉄道関連商品も置いてありました。
先日新聞に載っていた「雷鳥」さよなら記念ストラップがあったので、衝動買い。

ちょうど京都からのスーパーはくとが到着したころで、真新しい改札口の前では、三朝温泉の
各旅館の従業員が旅館の旗を掲げてお出迎え。次々と降りては迎えのバスに向かう
お客さんを見ながら、「あーやっぱりここは観光地なんだなあ」と、なんだか嬉しくなりました。

同行した妻が、「あの人たちいいなー。私も旅に出たくなった」と一言。まさに同感。
そんな気持ちにさせてくれる「駅」って、やっぱりいいですね。(北)

000080.jpg

76.jpg

2010年12月13日

キハ126系と127系の違い

先日家族で姫路に行った帰り、姫新線の新型車両・キハ127系に乗りました。
念願の初乗車!!姫新線と言えば、50万人都市の通勤路線でありながら、
キハ47系が各駅に止まりながらチンタラ走る退屈な印象しかなかったので、
新型車両の加速性能や乗り心地の向上は目を見張るものがありました。

なんといってもキハ127系はデザインがいい。外観や内装が223系電車と統一感があり、
ディーゼルではなく電車みたいです。

エンジンなど基本的な性能は、山陰で「とっとりライナー」などに使われているキハ126系
を踏襲しているそうですが、乗客目線から言えば、2つは似て非なるもの。
シートは転換式クロスで前の人の膝を気にしなくていいし、
車両前面の形状も流線型でカマボコ型の126系よりかっこいいし…。

127系のほうが座席の数が少ない気がしましたが、あとで調べてみたら
乗車定員にさほど変わりはないようです。
山陰でも走ってくれたらなあ…。

P1050261.JPG
電車と統一感のあるデザインでディーゼルカーの中でも異彩を放つキハ127系

2010年12月07日

サンマみたいな500系

先日姫路文学館を訪れた際は、当然鉄道を使いました。

今年3月に鳥取・兵庫県内区間が開通した鳥取自動車道を使っても2時間ほどで着くのですが、やはりマニアとしては「ゴム」より「鉄」です。

もうすぐ3歳になる娘が、私の血を受け継いだのか列車が好きになり、絵本を見ては「新幹線乗りたい新幹線乗りたい」と連呼します。

なので、鳥取から上郡まで「スーパーはくと」に乗り、普通列車をはさんで相生から姫路まで1駅だけ新幹線に乗せてやることにしました。

駅のみどりの窓口では、「スーパーはくとは姫路にも止まりますが、よろしいですか?」と不審がられつつも、「かまいません」と押し通しました。

いつもは見るだけのスーパーはくとに乗れるとあって、娘は大興奮。入線と同時にホームでキャーキャー言って騒いでおりました。将来が少し心配です。

車内でも落ち着きがなく、先頭に行って興味深そうにのぞきこんでいました。この日、人生で初めて「うんてんしさん」という言葉を覚えました。

1時間ちょっとで上郡に到着。全身まっ黄色の趣味の悪い電車に揺られて10分。相生で新幹線に乗り換えるなんて初めてのです。小さい駅で、在来線に乗り換える感覚で乗り換え出来ました。

ホームに上がると、偶然にも下り500系「こだま」が。何度見てもすごい先頭ですね。突き刺さりそう。魚のサンマみたい。

相生駅を通過するN700系「のぞみ」の速いこと! 通過列車はホームから1本離れた中央の線路を走りますが、それでも恐怖を感じるほどです。「しんかんせん乗りたい」が口癖だった娘はこの日から、「しんかんせんこわい」と言うようになりました。

300系の「ひかり」号で姫路へ。両駅間は距離が短いため、速度は出ません。新幹線らしい走りはなく、たった7分で到着。やや消化不良です。

500.jpg

2010年11月29日

「鉄道と旅と文学と」

姫路市の姫路文学館で昨日まで開催されていた特別展「鉄道と旅と文学と」を見てきました。


播磨の鉄道を中心とした豊富な資料・写真が多数展示され、大変見応えのある内容でした。
鉄道模型も充実していて、一緒に行った2歳の娘も大喜びでした。


これまでの鉄道展と違うのは、「文学」という切り口から鉄道を見ていること。
さまざまな作家の文学作品に登場する鉄道のシーンを、鉄道模型のジオラマで視覚的に再現しており、非常に新鮮な見せ方だと感じました。


個人的に最も興味をひいたのは、わが心の師である作家・宮脇俊三翁の遺品の数々。
途中下車印がびっしりと押された最長片道切符の実物、直筆の原稿、旅行中の取材メモ、
本に挿入する本人手書きの地図、乗車区間と乗車日を示す日本地図…。
原稿には何度も校正した形跡が残り、翁の几帳面な性格がうかがえます。
中央公論の編集長を務めた翁だけに、常に読者を意識し、
適切で分かりやすい文章を書くということに、全神経を注いでおられたということが、
あらためて良く分かりました。爪の垢を煎じて飲みたいぐらいです。


内田百閒の直筆原稿もありました。

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」

というフレーズが有名な阿房列車シリーズ。戦後間もない頃も、こんな変な人はいなかったでしょう。鉄道に乗ることそれ自体を目的化し、下車して観光することはなかったそうです。乗り鉄のはしり、神様です。

展示では興味深い文章が引用されていました。鉄道の旅は、行く時はよいのだけど、帰りは「帰る」という目的があるので面白くない、という内容。目的があったら駄目だと百閒先生は諭しておられます。なるほど。たしかに、あてもなくひたすら走りゆく汽車に揺られるのはたまらなく快感です。同じ汽車に乗っても、住んでいる場所に帰るのは面白くないのですね。日常からの逃避、これこそが鉄道の旅の醍醐味なのでしょう。(北)

humejibungakukan.jpg
鉄道模型などさまざまな資料が展示されていた会場

2010年11月22日

【限定30脚!!】14系客車の座席 ※座席マニア必見※

どなたか列車の座席、買いませんか?


樽見鉄道で解体された14系客車の放出品です。わけあって若桜鉄道の隼駅にやってまいりました。
体重をかけていないと元に戻ってしまう、初期型の簡易リクライニングシートです。


1970年代から採用され始めたシート。座席を前後移動させることで、背もたれをリクライニングさせる構造です。リクライニング角度はわずかで、リクライニングさせると座席の前後間隔が狭くなってしまうなど欠点が多く、非常に使いづらいものです。身近な場所では、急行「砂丘」号に使われていました。長時間の旅行には不向きでした。最近は完全にリクライニングできるシートが主流で、この形式は過去の遺物となりました。やや誇張して言えば、これも立派な鉄道近代化遺産。


1脚2万円(運搬費別途)です。県東部なら配達のサービスもあるとか。
売上は隼駅並びに若桜鉄道に移設予定の客車の運搬費用等に充てられます。
若鉄を応援するつもりで一脚いかがでしょう。


隼駅にデモ展示されている座席に腰をかけてみました。
お尻にあたるクッションの感じがほどよく、まだまだ十分使えます。


居間に置いてソファ替わりにするもよし、窓際に置いて物思いにふけるのもよし。
別売りのテーブル(3000円)にビールとつまみを置き、
時刻表片手に空想旅行を楽しむのもオツですね。
また、2脚買えば、回転させて向かい合わせのボックスシートとして利用することも可能。
やや狭いですが、小宴会にも使えそうですね(定員4人)。

筆者も喉から手が出るほど欲しい訳ですが、はたして妻から許しが出るかどうか…。
気になる方は、お早めに!!(北)

2010112211400000.jpg
隼駅にデモ展示されている14系客車のいす。わが家で旅気分が味わえるとは、マニアにとっては垂涎もの

2010年10月23日

本日の紙面点検3

4面。カンボジアで鉄道再開。同国では植民地時代から鉄道建設が行われましたが、ポルポト政権下に内戦などで鉄道が荒廃したそうです。記事にあるように、現在はアジア開発銀行の支援で復旧工事が進められています。将来的には、中国からベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポールに至る直通列車を走らせる構想があるとか。夢が広がります。

19面。山陰歴史館に鉄道ミニコーナー。伯備線の電化起工式で「架線」が配られたとか。個人的には架線に加えて碍子も欲しいところ。

同じく19面。後藤車両所31日に一般公開。小生はまだ一度も足を運んだことがなく、いずれ行ってみたいところです。

但馬版24面。明延鉱山(養父市大屋町)の一円電車復活。24日のイベントで、70㍍の常設軌道を走るそうです。この機会にぜひ。

25面。気高町日光で、コハクチョウとキハ47のコラボ。この季節、車窓からも白い鳥たちを確認できます。(北)

2010年08月04日

レール温度上昇でJR山陰線に遅れ 8月04日 17:17

 4日午後0時50分ごろ、JR山陰線の岩美駅のレール温度計が60度を検知したため居組-福部間で一時低速運転、普通列車6本に遅れ。午後6時には正常運転に戻る見込み (本紙HP速報ローカルニュースより)。

 このニュースを見て、レールの上で焼肉ができないだろうか、などと不謹慎なことを考えてしまいました。これも暑さのせい? この前は伯備線でレールが波打って、水まいて冷やしたというニュースがありました。原始的な方法ですが、これしかないのでしょう…。私も連日の猛暑で頭から水をかぶりたくなります。

 ところで「レールの温度計」って何でしょう。レールに温度計が設置されているのですか? 知っている方教えてください。それと、こういう場合、ロングレールのほうが安全なのでしょうか?(北)

2010年07月12日

RAILWAYS

IP090618TAN000096000.jpg
映画にも登場する国内最古級の電車「デハニ50」

 ようやく念願の映画「RAILWAYS」を観てきました。

 広々とした出雲平野の田園風景、美しい宍道湖、そして一畑電車(バタデン)の走行シーンがスクリーンいっぱいに登場し、存分に楽しませてもらいました。あらためてバタデン、そして出雲地方の魅力を再認識した感じがします。

 「涙なしには見られない」という前評判を聞き、ハンカチを持って劇場に出かけました。男子たるもの1度しか泣きませんでした。

 昇進を目前にしたサラリーマンが同僚の死をきっかけに今の仕事に疑問を感じ、会社を退職。故郷に帰り、小さな頃からの夢だった電車の運転士を目指すというストーリーです。

 幼き頃、誰もが何らかの夢を持っていたはずです。しかし、多くの人は大人になって社会の波に流され、自分自身を見失ってしまいます。誰もが一度は「何のために働いているのだろう?」と感じることがありますが、人間とは保守的なもので、なかなか第一歩を踏み出すことはできません。

 しかし、第一歩を踏み出すことができなくても、自分自身を見つめなおし、軌道修正して「自分らしさ」を取り戻す作業が必要なのかもしれません。映画を通し、「自分の原点とは何か」という根本的なことを考えさせられました。いくつになっても、夢を追い求めていきたいものですね。

 一緒に見に行った妻は鉄道マニアではなく、どちらかといえば映画にうるさいのですが、「配役が良かった」「俳優さんたちの“間”が良かった」と講釈をたれていました。完成度の高い映画だったと思います。

 主人公の中井貴一はもちろん、妻役の高島礼子、母親役の奈良岡朋子など、ベテラン勢の演技力は「さすが」と感じるものがありました。

 現在、鳥取シネマと倉吉シネマエポック、MOVIX日吉津で公開中ですので、まだ見ていない方は劇場へお急ぎください。鳥取と倉吉は16日までの公開。鳥取シネマはうさみみカードで割引がありますので提示をお忘れなく!!(北)

映画の公開時間などはこちらから↓
http://www.nnn.co.jp/usamimi/movie/t_index.html

2010年06月29日

○○鉄

「あなたは何鉄?」
そう聞かれて困ることがあります。
あえて言えば「乗り鉄」ですが…。

 いつ頃からでしょう。ちまたでは、鉄道マニアを「撮り鉄」「乗り鉄」「時刻表鉄」「音鉄」「模型鉄」などに分類されるようになりました。鉄道という趣味の幅の広さと奥の深さを言いたいんでしょうが、果たして鉄道愛好者をこれらの属性に分類することは本当に可能でしょうか。

 私の場合、基本的に鉄道に乗ることが好きですが、(腕前は別として)写真を撮ることもあれば、模型を走らせて楽しむこともあります。車内放送を録音したこともあります。記念切符を集めたり、時刻表を読んで机上旅行することも好きです。

 したがって、単純に「乗り鉄」と括ってほしくないのです。鉄道そのものが好きなのであって、そうすれば当然、車両も、鉄道写真も、システムも、線路も、時刻表も、歴史も、すべてが好きになります。

 言いたいことは、上記の「○○鉄」というレッテルは、鉄道マニア以外の人たちが一方的に決め付けた分類だということです。マスコミが作り出したのかもしれません。

 「ママ鉄」に至っては、もはや興味の対象を示していません。どういう人が鉄道を好きになっても、別にいいじゃありませんか。

 「○○鉄」というレッテルを貼られることに違和感を感じるのは、私が各分野に中途半端に足を突っ込んでいるからでしょうか?(北)

181.jpg
鎧駅を通過するキハ181系「はまかぜ」。乗るのも好きだが、見るのも好き。エンジン音を聞くのも好き。これって何鉄?

2010年05月14日

今日の紙面から

今日は紙面に鉄道の話題がいくつか出ていました。

悲しい話題から。南海電鉄で女子高生が電車にひかれ、亡くなりました(23面)。
ホームからホームへ、線路を渡ろうとしていたそうです。
線路を横切るのはとても危険な行為であり、2度とこういう事故のないよう願います。

一般論ですが、最近ホームで「駅員」を見かけません。
鳥取駅にも、いません。駅員は改札口からモニターを見て、
到着や乗り換えのアナウンスをしています。
誰かが危険な行為をしようとしていても、見抜けない可能性があります。
これも合理化の一環なのでしょうか。

合理化は鉄道会社の経営を安定させるために必要なことですが、
同時に安全対策も進めなければなりません。今回の南海電鉄がどうだったのかは
知りませんが、最近の地下鉄で見かけるような、ホームに線路に下りれないゲートがあれば、
事故が起きなかった可能性があります。

ホームからの転落事故、自殺者もあとを絶ちません。転落防止策を国レベルで考えるべきです。

3面には、京都新聞の論説委員による「信楽事故から19年」という評論が掲載されていました。
42人も亡くなった、大きな事故でした。鉄道の「安全神話」が大きく揺らぎました。
3セクとJRの相互乗り入れの在り方、責任の明確化も問われるようになりました。
事故から学ぶ多くの教訓があったはずです。にもかかわらず、尼崎の脱線事故、伯備線の事故と、
悲しい事故が続きました。鉄道を真に安全な乗り物にすることが、犠牲者の無念を晴らす唯一の道です。犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたします。

信楽高原鉄道の事故を受け、実は今春のダイヤ改正で若桜鉄道にも変化がありました。
鳥取~若桜間の直通列車は、これまで因美線区間も含め若桜鉄道の運転士が乗務していましたが、
今春からは郡家-鳥取間はJR西日本の運転士が担当しています。
ロスも多いですが、責任を明確化するための措置だそうです。

最後に明るい話題を。15面に松崎駅(現湯梨浜町)の20世紀梨の初出荷の写真が出ており、
興味深く見ました。先頭は蒸気機関車。デゴイチかな?「ワム」と書かれた有蓋車に、
大量の梨が積んであるのでしょう。雨の中多くの人が見送っています。いい時代ですね。(北)