NIE



NIE会長に就任して


 − 藤田安一 −

 将来、私は新聞記者になりたいと思い続けてきた。その夢は果たせなかったが、新聞から受けた影響は実に大きい。中学から高校まで新聞部で活動してきたからだ。それだけに、本年、鳥取県NIE推進協議会会長への就任依頼を受けた時、少なからず不思議な縁を感じた。

 私が中学校に入学したころ、当時の学校の方針として必ず部活に参加することが義務づけられていた。それも、二つの部に所属する必要があった。一つは運動部、もう一つは文化部。私は運動系サークルに卓球部を選び、文化系サークルは新聞部に入部した。

 美術部や書道部など数多くある文化系サークルのなかで、なぜ新聞部を選んだのか。その理由は、印刷用のインクの香りが好きだったからである。買ったばかりの本や新聞を開いた時、ほのかに香ってくるあのインクのにおいだ。

 新聞は中学校の全生徒に配布することを前提に、取材をして、それを文章にまとめ、新聞に書き込み、そして印刷する。この一連の作業を私が全部担当した。部活なので数名の部員がいたはずなのに、私1人でおこなったという記憶しかない。それほど、新聞づくりに熱中していたのであろう。

 もう40年も前のことなので、今と比べると新聞づくりは極めてシンプルであった。がり版の上に原紙を置き、そこに鉄筆で1字ずつ文字を彫っていくのである。原紙はロウを浸した紙なので、鉄筆で書いた部分だけ文字が彫られる。次に原紙を印刷機に取り付ける。印刷機といっても手動式。手に持ったローラーでこすると文字が浮き出てくる仕組みだ。

 これを1枚ずつ何百枚と印刷する。時々、途中で原紙が摩耗して破れることがある。そうすると、再び最初にもどってがり版と鉄筆で同じ記事の新聞をつくり、また同じように印刷する。根気のいる作業だ。こうして、やっと全校生徒に渡す新聞ができあがる。

 私の書いた文字が印刷され新聞になることと、その新聞が人に読まれ、どのような反応が返ってくるかが、何よりも怖くもあり楽しみでもあった。そのドキドキ感とワクワク感がたまらない。

 大学に入学した時も、もちろん新聞部に入部した。しかし、私の大学での新聞活動は1年で終わった。2年生の時に方向転化して、現在の仕事を目指したからである。だが、長く続けてきた新聞づくりは、私にとって現在の仕事の基礎をつくった。そう思っている。まず、取材や調査をし、その結果を論文にまとめ、公表して社会的評価を受ける。そのプロセスは新聞づくりそのものである。ドキドキ・ワクワク感も全く同じだ。そうした感情も、いつの間にか新聞によって養うことができた。

 ひるがえって、現在の子どもはコミュニケーション力や表現力が弱い、根気がない、さらに人からの評価を嫌う傾向にある、とも言われている。それが事実であるとすると、私が新聞づくりを通じて経験したような、生の人間を相手にする取材、それを表現するための文書化、その結果の公表と評価、こうしたプロセスを当然のように含んでいる新聞づくりは、子どもたちの人間形成にとって非常に重要な要素であるといえる。

 確かに現在、取材や情報の収集といっても簡単にインターネットで採ることができる時代になった。その便利さには目を見張るものがある。しかし、安易にインターネットを利用する怖さも忘れてはならない。

 誰もが簡単に情報の発信者になれるインターネットの情報のなかには、虚偽の情報はもとより意図的なデマ情報も数多く含まれている。また、身体的発達の未熟な子どもにとって、パソコンの長時間利用が視力や体力の低下を招くとともに、吐き気や頭痛、てんかんの発作など病的症状にいたる可能性さえも指摘されている。

 さらに、インターネットには暴力、ドラッグなど反社会的サイトやわいせつな画像、出会い系など、子どもにとって有害なサイトが氾濫している。なかには、犯罪を誘発するような危険極まりない情報に出会うことも珍しくない。

 こうした「ネット依存社会」の危険性が指摘される現在、ネット被害から子どもを守るとともに、メディアの一つとしての新聞をもっと積極的に活用し、子どもの全面発達にむけたバランスのよい教育を行う意義はますます重要となってくるであろう。

 (鳥取大学地域学部教授)