関西からのメッセージ


大阪・エースパック社長
広川仁さん(77)
-倉吉市出身-


ふるさとへのメッセージ動画




食品パッケージの先駆者
多様ニーズに迅速対応

2012/1/30の紙面より

 お菓子や総菜など食品パッケージを製造し、全国の食品メーカーに提供する「エースパック」。顧客のニーズに合わせて多様化する食品パッケージを開発し、広川仁社長(77)は「企業は永遠なり」と企業の社会的な役割を経営理念に掲げて広川グループをけん引。業界では全国上位の業績を誇る企業に成長させた。

 −主力業務は。

 以前は工業用部品のパッケージも多かったが、今はほとんどが食品関係。皆さんもスーパーやコンビニの買い物で一度は手にされているのではないでしょうか。どの業界も同じだが、パッケージにも多様化が求められている。パッケージの中身は食品。衛生的でさらにおいしく見せることを補助するのがパッケージの役目。販売される商品は目まぐるしく変わるので、それに対応していかないといけない。

 −業界内での優位性は。

 顧客から注文をいただいてから回答するまでのスピードの速さ。新規得意先と契約できたときは朝礼で発表し、社員教育にも相当力を入れている。当社は8千種類の金型と多彩な素材を組み合わせてニーズに応えることができ、独自の開発力でデザイン性や機能性に優れた製品を生み出している。例えば、密閉性が高く食品の鮮度を保ちながら消費者には開けやすいという相反する機能を持つパッケージも開発している。また、紙の包装資材を扱うグループ会社と連携し、パッケージと紙箱、包装紙をセットで提案するなどの複合化も進めている。

 −目指している「全天候型経営」とは。

 不況であろうとなかろうと、景気に左右されず嵐を乗り越えることができる体質を持つ企業を目指している。複数の事業でリスク分散し、安定して企業を存続させるには常に新しい市場を開拓していくことも必要なので、絶えず調査している。倉吉に工場を開設しているが、周辺に新たな用地を確保するなど「全天候型経営」を実行すべく、日ごろから準備を整えている。

 −社長室には「在平素」と書かれた額が掲げられている。

 祖父が日本画の巨匠・川合玉堂からいただいたもの。私はこの言葉を座右の銘にしている。仕事には日ごろの行いが顕著に表れ、ちょっと手を抜こうかと考えるとうまくいかない。一時しのぎではなく、普段から着実にやらなければならない。今は専務、常務がしっかりとこの言葉の意味を社員に伝えているので、私が言う必要もなくなってきた。

 −倉吉工場の将来展望は。

 現在の従業員は約130人。倉吉工場としてはもう少し設備を増やしたいが、新規事業を考えたい。同じ事業を増やしても競争が激化するだけで意味がない。工場周辺に新たな用地も確保し、実際にあれこれ新規事業を探しているから、そのうちいい情報が入ってくるはず。地域にとっても楽しみな事業になることを期待してもらっていい。エースパックは私がつくった会社だから特に思い入れがある。

 −最後にふるさとへの思いを。

 昨年も倉吉工場の忘年会に出席した。倉吉に行く際、スーパーはくとの車窓から見る景色がだんだん変わっていると感じる。子どものころは泊の海で魚釣り、東郷池でよく泳いだことを思い出す。鳥取県人はまじめでよく働く。そのおかげでエースパックも業績が伸びている。

 ひろかわ ひとし 1934年に米子市で生まれ、幼少期から高校卒業まで倉吉市で過ごす。18歳で大阪の大手食品会社に勤めた後、祖父が起こした紙業に携わる。欧米視察の際に当時の日本に少なかった食品・工業用の軽量プラスチックパッケージに目を付け、1973年7月、大阪府東大阪市で「エースパック」を設立して社長に就任。86年には「エースパック倉吉」を立ち上げた。広川グループ会長。

 エースパック 大阪市天王寺区玉造本町8丁目。資本金1億3千万円。食品軽量プラスチックパッケージ製造業として1973年設立。広川グループの一翼を担う。1992年にはエースパックとエースパック倉吉(倉吉市秋喜)が合併。東京、名古屋に営業所があり、生産拠点は倉吉工場のほか大阪府富田林市、京都府城陽市、福島県矢吹町の計4カ所。


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