「第28回大伴家持大賞」特別短歌講座として、「旅」のテーマで作品を募集した。ゲスト選者は、現代短歌を代表する歌人の一人、穂村弘さん。応募作品133首の中から10首を紹介し、日本海ケーブルネットワーク(NCN)の番組で講評してもらった。(高坂綾奈)
【コメント】旅というテーマは難しいという定説があるが、それぞれが独自の“アングル”をつかんでおり、選びきれないくらい素晴らしい作品が集まった。
【プロフィル】穂村弘(ほむら・ひろし)さん=写真=歌人。1962年、札幌市生まれ。歌集「シンジケート」でデビュー。「短歌の友人」で伊藤整文学賞、「鳥肌が」で講談社エッセイ賞、「水中翼船炎上中」で若山牧水賞を受賞。評論、エッセー、詩集、絵本など著書多数。
月あかり床に映った窓の影 開けば出発銀河の彼方 小谷貞代(倉吉市)
宇宙への旅のようなイメージだろう。その発想がユニーク。ポイントは「窓の影」。窓の影が開いて、銀河のかなたに出発しようという感受性の繊細さがいい。窓の影が開かれる映像が目に浮かぶような魅力のある歌。
搭乗を待つ人々よ我々は 以後十余時間の運命共にす とっとろ(倉吉市)
場面の切り取り方が独特で、言葉の使い方も上手。「搭乗を待つ人々よ」でシチュエーションが全て伝わる。重々しい文語調だが、要は飛行機が落ちたらみんな悲運に見舞われるという話。深刻だがなぜかユーモラス。
「ソウルから中継です」で映る場所 ここ通ったわ独りつぶやく あゆ(倉吉市)
世間的にはテレビで中継している事件の方がニュースバリューがあるが、短歌だと価値観が逆転する。ただ通っただけの道の方が心の中の価値は大きい。「ここ通ったわ」にかっこがないのは心のモノローグだからだろう。
立山に登りしズボンⅤの字に 3本並べ山小屋の夜 房安栄子(鳥取市)
記憶の中の映像がくっきりしており、それをうまくつかんで提示している。「Ⅴの字」というところに発見があり、山小屋の特別な夜の感じが伝わってくる。「3本並べ」に、山に登ったズボンの“頑張った感”が出ている。
藤袴ことしも庭に咲きました アサギマダラよ今どのあたり? 長石幸子(鳥取市)
「アサギマダラよ」という呼びかけに、無事で来てねという祈りが込められていている。チョウの旅を歌うという発想も大事だが、それをどんな言葉にするかが重要。「ことしも庭に咲きました」という話し言葉に優しさや愛がある。
南国の旅の夜更けのテレビにて 遠き故郷の大雪を知る 渡辺朋子(米子市)
古里はそこを離れた時、存在感を増す。肉体の物理的な旅は南国にあり、心の中の旅は遠き古里にある。とても凝ったつくりで、二重性を歌っている。一口には言えない、さまざまな感情が短歌によって喚起される。
遠くまで行きたかったろう牛膝 ポケットに付き勝手口まで 生田延子(南部町)
牛膝(いのこづち)は衣類などにくっついて運ばれることで、種子を散布するため、なるべく遠まで行きたい。みんな生まれてきたとき、すごく遠くまで行ける可能性があると思っている。牛膝でありながら、万人の思いを代弁している。
波打たず水平移動で小刻みに ずって運ばるる一歳のスリッパ ちゃーりー(大山町)
1歳だとほんの数十メートルの移動も、大人が山に登るくらいの大冒険になる。それを細かく観察し、スリッパにフォーカスしたところが面白い。特に「ずって運ばるる」というところがいい。旅の題でこんな歌を出してくるとは!
旅人は遥かな匂い 数篇の詩を飲み込んだ象の足跡 桃山過去(大阪府高槻市)
なかなか凝った歌で、飛躍がある。これは私の読み方だが、旅や詩の現場性からすごく遠ざかることで、見たことや聞いたことのない場所、読むことのできなかった詩がすごく輝く。未知性へのあこがれや感度が高い歌。
寒い朝社会科見学バスおりて がさがさ歩く雪おもしろい 阪本桜花(大山町)
雪をがさがさと表現した点と、「雪おもしろい」という感想自体が面白い。社会科見学に来ているから、これから重要なものを見るのだろうが、それよりも雪の方が胸に残った。短歌は価値が逆転する。一見つまらないものが大事。