大阪湾の淀川河口付近にクジラが迷い込んだというニュースが飛び込んできたのには驚いた。クジラの名前は淀川にちなんで「淀ちゃん」と名付けられた。だが、それから数日後、淀ちゃんの死亡が確認された。長さは推定15メートル、雄のマッコウクジラだったという。
淀ちゃんが入り込んだ河口は2メートルほどと浅く、浅瀬に乗り上げて衰弱したと見られている。このニュースは全国で報道され、多くの人たちは淀ちゃんが無事に海へ帰れることを願っていただろう。
その願いもむなしく淀ちゃんは死んだが、その後の処理に議論が及んだ。学術的な標本として残そうという意見も多かったが、大阪市が下した判断は亡きがらを海に戻すこと。船で沖合までえい航しながら死体に充満したガスを抜き、おもりを付けて紀伊水道沖の海中深くに沈めるという案が採られた。淀ちゃんを海中に沈めるか標本として残すか議論をした際、淀川付近の大阪湾を管轄するのは大阪市であるため、最終的には同市の判断に委ねられたようだ。
クジラやイルカが湾の中に入り込み、浜で座礁して死んでしまう事例は世界でも多い。この現象は「ストランディング」と呼ばれ、日本国内でも年間300件ほど報告されているという。淀ちゃんの例は決して珍しいことではない。
大切なのは原因だろう。専門家の話では、ストランディングが起こる原因は感染症などの病気によるもの、餌を追って迷い込むもの、そして海流移動の見誤りだという。また例外的なものとしては巨大地震を前にしてのストランディングもあるという。
くしくも淀ちゃんの死亡が確認された日、政府の地震調査委員会は、今後20年間でマグニチュード8~9クラスの南海トラフ巨大地震が発生する確率は60%だと公表した。前年までは50~60%だから、巨大地震の発生確率は高まったと見るべきだ。
ただし、淀ちゃんが大阪湾に迷い込んだ原因が南海トラフの前兆だとは考えにくい。そうだとしたら、過去の事例から見て1頭ではなく何十頭ものクジラやイルカが浜へ座礁しているはずだろう。淀ちゃんが迷い込んだのは病気など他の原因だと思われる。
とはいえ、私には淀ちゃんが人間に何かを訴えている気がしてならない。大阪湾に迷い込んだ1頭のクジラから、私たちは自然や人間社会の在り方を考える好機として捉えたいものである。
(近畿大学総合社会学部教授)