新たな家にも、日本家屋が誇る伝統的技術を随所に生かして、後世にも受け継がれるような家造りを目指す。猪谷(いのたに)勇三社長(75)は、木材やしっくいなどの自然素材の魅力を発信しつつ、家造りの根幹となる素材選びをはじめ、住む人の心の豊かさや安全・健康などを考慮して日々業務に注力している。
猪谷工務店は1955年、大工棟梁(とうりょう)だった先代社長の父・武夫さんが大阪市生野区で営業を開始したのが原点。先代は朝一番に誰よりも早く、夜は一番遅くまで仕事に打ち込む、昔ながらの職人だった。食事の時も仕事の話題を欠かさない父の姿を見てきた猪谷社長も仕事に対する熱意をしっかりと受け継いだ。83年に株式会社となり今年で40周年を迎えた。
住宅や店舗といった一般建物の新築をはじめ、改築や改修、オーダー家具、造園、エクステリア工事などを手がけている。中でも得意とするのが昔ながらの材料と工法を必要とする木造民家、町家の改築再生工事だ。
これまで数多くの施工事例があるが、東大阪市内では江戸末期~明治期ごろの個人宅の再生を約1年かけて実施。取り外した元の建材は可能な限り再利用し、カウンターやげた箱として活用。木が山で育った歳月も含む、長い歴史を感じさせる風合いが好評を得た。
大阪市内北東部にある個人宅の茶室再生工事もやりがいのあった施工の一つ。江戸末期創建で、所有者が複数の工務店に依頼するも手に負えず暗礁に乗り上げていたが、たまたま猪谷工務店に相談したことですべて解決した。
老朽化した基礎や柱などを取り換えたほか、古い掛け軸の消えかかった文字も、猪谷社長が知人の書家に依頼して解読することができ、大いに感謝された。「半ばあきらめ状態だった施主さんの依頼と、うちの得意分野が見事にマッチし、ご要望にお応えすることができた」と振り返る。
新たな建材を使う一般の仕事の中にも一点のアクセントとして古材を盛り込むことで猪谷工務店のオリジナリティーを演出しており、ひと味違う新旧素材の融合が喜ばれている。
猪谷社長は「製材された木は100年以上の歳月を経ても“呼吸”し続けており、環境に応じて湿気の吸収・放出を繰り返している。建物は戦後、急速に西洋化してきたが、先人の知恵や思いとともに、昔ながらの素材のよさも伝え続けていきたい」と語る。