コラム

[温故知新] コロナで加速 既存社会崩壊

2022年1月24日
吉岡 利固

 世界中がコロナウイルス感染で覆い尽くされてから3年目に入った。今年はいつもの正月ではない。私にとっても、この大変な世の中を分析した『遺言』を残す時となりそうだ。

 私が生まれ育った戦前の日本は、立憲君主国家で天皇陛下が絶対的存在であり、その下に内閣や議会があり日米戦争を遂行した。そして敗戦を味わい、米国の手によって現行憲法が制定され日本は民主化されて今日に至っている。

〈戦前日本と現代中国〉

 ふと考えると今の中国は戦前の日本と似ている。実質的に終身と化した習近平国家主席が絶対的に君臨し、国民には一切の疑義反論を許さず中国共産党独裁に忠誠を誓わせている。結果として、スピード感のある専制政治体制下での経済競争参入が、先行していた自由主義で時間がかかる資本主義国を凌駕(りょうが)しGDP(国内総生産)は間もなく米国を抜いて世界一に躍り出る。民主主義国は、少数意見にも耳を傾ける必要があるから意思決定が遅れる。専制主義国は習主席のようなワンマン元首が全てを決定、反対意見は重罪で命令に従わないと誰も生きていけない。その分、意思決定は早く国際競争力に勝る。

〈カリスマリーダー不在の日本〉

 現代日本の民主主義を基盤とした繁栄は、われわれ昭和世代が敗戦の焦土から立ち上がり皆で額に汗して働き、ゼロから高度経済成長を築き上げた成果だ。貧しく苦しくても、吉田茂や松下幸之助ら政財界の優秀なリーダーが「おれについてこい」と行く道を指し示して国民を導き、日本を世界の一流国に引き上げた。

 日本は国防を日米安保条約により太平洋を挟んだ米国に全面依存しても、経済面では隣国・中国の存在を無視できない。だからこそ地政学的な国益に配慮し、米中との距離感を巧みにてんびんに掛け乗り切っていかねばならない。今年は日中国交回復50周年。調印当事者は田中角栄首相で、田中派の小沢一郎自民党幹事長が後を受け太いパイプをつないでいた。ところが、対中接近を快く思わない米国の意を受けた日本の検察庁はロッキード事件で田中を、政治資金規正法違反で小沢を政治の表舞台から強引に引きずり下ろした。

 日本はリーダーが長期不在となり、大衆に心地よい甘い言葉しか発信せずひたすら迎合し政権や地位を維持しようとする政治家しかいなくなった。政治は二流でも、一流だったはずの日本経済は一気に没落し長いデフレの“失われた20年”へ突入、中国にGDPでも抜かれた。

 日本国内だけで生活しているとなかなか実感できないが、かつて世界中にあふれた日本人観光団は激減、コロナ前には逆に日本観光に中国人や東南アジア諸国などから年間3200万人も押しかけた状況を見れば「真の豊かさ」はどちらにあるのかはっきり分かる。

 今の平成、令和世代の日本人はリーダーの存在を知らないし求めてもいない。個人主義的で、休み日数ばかり指折り数えている労働者ばかり。今年は土日に祝日が合わさり計9回も3連休がある。われわれの時代は高度経済成長期で、「働かざる者食うべからず」だった。“月月火水木金金”のモーレツぶりを蒸し返す気はないが、ボーッと遊んでだけいて誰かが幸せにしてくれるなら、誰も何も苦労はしない。

〈世界から遅れる日本〉

 世界経済は昨年後半からいち早く立ち直りを見せ、石油や鋼材などの資源が値上がりした。その中で日本は手厚い給付金や休業補償金で逆に経済再建が遅れ、労働生産性(1時間にどれぐらいの製品やサービスを提供できたかを数値化したもの)は先進7カ国(G7)で最低に落ち込んでいる。主導すべき企業側は、国内上場企業80社超が2年連続で希望退職を募集、ひたすら人件費抑制で収支均衡を計ろうとしているのだからどちらも異常だ。企業は雇用を守り、労働者は働くという根本が忘れ去られてしまっている。日本経済の病巣は相当に根深い。

 岸田文雄首相は年頭会見で「戦後創業期に次ぐ、日本の第2創業期を実現するため今年をスタートアップ創出年とする」と宣言、賃上げ企業に対する税制優遇も打ち出した。われわれ経営者にとって労働者賃金は生産性とリンクするもので、政府に指図され減税してもらえば上げるというものではない。生産性が上がらないのに賃上げすれば、企業はつぶれてしまう。戦後創業期を知るオーナー社長がどんどん減り、サラリーマン社長ばかりになっている現代日本で、第2の創業期などと簡単に口にしてほしくない。

 コロナ禍での全国民への定額給付金10万円をはじめとする政府のバラマキ政策は国債を財源とする借金で成り立っている。財務官僚は昔から収支バランスを注視し過度な借金財政を戒めてきた。ところが最近ではMMT(現代貨幣理論)と称しマクロ経済学の流れをくんだ考え方で、変動相場制で自国通貨発行している国はいくらでも紙幣を自分で刷って借金可能と考えられている。明治時代の通貨は“兌換(だかん)紙幣”と言って、いつでも同等の金銀と交換できた。国に信用ができると金銀の裏付けは必要なく今やMMT理論だ。財務官僚は「借金で国家財政が破綻する」と声高に叫ぶが、誰も真面目に聞く耳を持たなくなった。

 経済再興へ、DX(デジタル・トランスフォーメーション、ITによる業務効率化)が注目されているが、企業と社員の結び付きが強い日本型企業体質には向いていない。勝ち組だけが高い給料を得て、一方で大量の失業者が出る生産性だけを重視した欧米型合理化で雇用は守れない。

〈次代の若者に告ぐ〉

 日本社会は戦争も高度経済成長やバブル崩壊も知らない若者が日々社会の中枢として中高齢者と入れ替わっていく。主権者が若くなれば当然、経験値が少なく幼稚だ。頭がよくITには詳しいけど幼稚。できるだけ人間が働かなくてもロボットやコンピューターで代替させ食える体制を目指す。働かなくても楽して遊べる社会構造では、近年にわが国を次々と襲った大災害や金融危機、そしてコロナなど疫病パンデミックにはひとたまりもない。資源もなく狭い島国日本。だからこそ日本人は勤勉実直に働いて今日の繁栄をもたらした。「誰かが何とかしてくれる」の“あなた任せ”では、少子高齢化で痩せ細る日本の明日を切り開けない。

 まず頭を切り替えよう。今までの考え方は通用しない。ごく一部の富裕層が富の大半を占め、株価を高止まりに押しとどめていた米国型新自由経済は貧富差が広がり過ぎもう限界。かといって中国型の共産党指導による改革開放経済だけがベストのはずがない。

 混沌(こんとん)後の新たな世界秩序の完成形を私は年齢的に見ることはできまい。それでも人類の英知が導き出す21世紀型の地球の姿に期待し、それに日本も堂々と参画できる国として存在し続けてほしい。

 (新日本海新聞社・社主)


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