金井啓子の伴走で伴奏

ガクチカに囚われる学生たち

2021年12月14日

大きな業績よりも着実な成果を

 「ガクチカ」という言葉を最近知った。「学生時代に力を入れたこと」の略語で、就職活動でエントリーシートに書いたり面接で聞かれるらしい。

 私は、大学を無事に卒業した人間を採用しようとしている企業が、平日昼間に採用活動や内定後の研修を行って、学生に授業をサボらせることを前提としているという傲慢(ごうまん)と矛盾に、以前から疑念を抱えている。だから、積極的な就活指導はしない。ただし、大切な学生の人生の邪魔もしたくないため、彼らに求められれば、エントリーシートを添削するし、全般的な相談にも乗る。

 さて、その「ガクチカ」である。コロナ禍の影響で、海外はおろか国内でも遠方に出かけられず、ボランティア活動にも参加できない。刺激的な新たな出会いもない。だから「ガクチカ」がないと嘆く声をよく耳にする。そんな学生には、「必ずしも大きな出来事じゃなくてもいい」と言って、身の回りで起きている小さな事柄をじっくり観察して、それを文字にしてみることを勧めている。

 さて、私はもはや「ガクチカ」を話せ、書けと求められるような年齢ではない。それでも、海外に行けず、大勢の友人と飲み食いしながら大笑いできず、新たな出会いも限られ、なんとも刺激の少ない毎日である。ゼミ生に卒業式の直前にわが家で手料理をふるまうのが恒例になっていたが、昨年も今年も諦めた。

 そんな中で、知人が勤めるある大学の教員が、最近学生たちとの飲み会をやって教員自身が羽目を外したという話を聞くと、複雑な気分である。だが、だからと言って私がいま同じように大勢での飲み会をするわけにもいかない。私や学生が感染すれば、卒論や授業に支障が出かねない。施設でお世話になっている母と月内に会う予定だって、キャンセルせざるを得なくなる。

 ただ、ガマンガマンの日々ではあるが、少しだけ緩めてはいる。「第6波が来る前に」というのをまるで呪文のように唱えて、友人たちとの約束をし始めている。ただし、今のところ少人数限定。知人から大人数での会に誘われたが、断った。正月恒例の同窓会もオンラインにする予定だ。

 私の「ガクチカ」もどきはまだ当分狭い範囲の小さなものに限られそうだ。でも、隣の芝生を見て嘆いたりせず、穏やかな心持ちで多忙な師走を過ごしたいと念じている。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索