金井啓子の伴走で伴奏

コロナ第6波に順応する柔軟性

2022年1月10日

ネット動画に学ぶことも

 ついに「第6波」が来てしまった。状況が落ち着いているうちにと、しばらく会えなかった人との再会を果たしたことが主因なのだとすると、なんとも無慈悲で悲しいことである。私自身も年末年始に一部の友人と久しぶりに会った。感染には十分注意したつもりではあるが、私の行動が感染拡大につながらなかったようにと、祈るような気持ちでいる。

 それまでオンライン飲み会を何度かしていた友人と、久々に「リアル」な対面を果たしてみると、やはり大きく違う。二次元ではなく三次元で友人がそばにいる親近感、会話の微妙な間合い、笑いのタイミング、視線で伝わる感情…挙げ始めるときりがない。

 ただ、その一方で、コロナ禍の生活に私たちが確実に順応していると感じる場面も多々あった。それは、感染を避けようとするための行動の変化もあれば、インターネットの活用によるものもある。中でも私にとって印象的だったのは、ネットの動画を通じて物事を学ぼうとする姿勢だった。

 動画サイトの活発な利用はコロナ禍以前から始まっていたし、仮にコロナ禍が存在しなかったとしても、相当に発展していたことは間違いない。だが、コロナ流行で家にこもることを余儀なくされた私たちの多くが、それまでは直接誰かから学ぶのが当たり前だったことを、ネットで学ばざるを得なくなった。

 ある友人は、コロナ禍で自炊する機会が増えてチャーハンをおいしく作ることにハマったという。シンプルだが難しいコツを料理動画で学び、中華鍋の振り方がかなり上達したそうだ。また別の友人は、編み物をする機会が増えたが、編み方がわからない場合はネット動画で確かめたと話していた。

 ただし、それを聞いた時「え、動画で学ぶの?」という小さな拒否反応が私の中にあることに気づいた。長年文章を書く仕事をしていたせいか、何かを学びたい時に動画や写真を見るよりも、文字を読んでそれを自分の中に落とし込んだ方がうまく理解できる習性があるらしいという、新しい私を発見した瞬間だった。

 この第6波はどのような展開を遂げるか今は予想がつかない。どのような変化であれ、順応しなければならないし、きっとできるだろう。私自身はまず動画で学ぶことへの苦手意識に取り組んでみようかと考えている新年である。(近畿大学総合社会学部教授)



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