金井啓子の伴走で伴奏

身の危険顧みず守る表現の自由

2022年3月21日

ロシアのTVにおける反戦発言

 私が大阪日日新聞に寄稿して11年以上過ぎたが、同紙からも私が所属する大学からも「この事柄については書くな」「この話題はこう書け」といった圧力を受けたことはない。

 コラムでは教育やメディアを取り上げることが多く、ときに間接的にはどちらかへの批判を含む内容を書く場合もある。それでも「ああだこうだ」とケチをつけられずありがたい。日本国憲法第21条に「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と書かれているのだから、当たり前の権利であるとも言える。

 ところで、いま私が当たり前のものとして享受している表現の自由が脅かされる事態になった時、私はそれでも発言し続けようとするのだろうかと考え込むことが、つい最近あった。

 それは、ロシアの国営テレビ「チャンネル1」の従業員マリーナ・オフシャンニコワさんがスタジオでの生放送中に、ニュースを読み上げるキャスターの背後で、「戦争反対。戦争をやめろ。プロパガンダを信じるな。この人たちはあなたにうそをついている」と書いたプラカードを掲げたことがきっかけである。

 ロシアによるウクライナ侵攻に、世界各国で非難の声が湧き上がっている。そして、ロシア国内ですらプーチン大統領のあまりに強引な手法に対して、批判的な見方をとるロシア国民が少なくないと聞く。

 オフシャンニコワさんのメッセージは世界中の人々が瞬時に受け取った。その影響力は計り知れない。だが、あれだけ強権的な国の中で政府の方針に異を唱えることは怖くないのか。案の定彼女はその直後に拘束された。翌日に釈放されはしたものの、14時間以上もの尋問を受けたことを明らかにしている。今後も国内にとどまれば警察に監視され、いつ「圧力」がかかるかわからない。

 記者としての私も彼女のようにありたいと願っている。しかし、それは日本から遠く離れた所で発生した出来事だったからだろう。いざ自分の発言によって身の危険が迫る事態になった時に、それでも書きたいことを書き続けられるのか。甚だ心もとない。こんな形で自分の弱さが見えたことはいまいましい。だが、目をそらさずにその弱さに向き合い、きたるべき時に備えて胆力を磨いておきたい。そんな時が永遠に来ないことを願いつつではあるが。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索