金井啓子の現代進行形

SF州立大の透明性重視に驚き

2019年11月7日

教員会議で学生も意見表明

 サンフランシスコの半年間で学生が記者になりたいと感じるヒントを見つけたいと、本コラムで書いた。いろいろな方法で探しているが、サンフランシスコ州立大学のジャーナリズム学科が2週間ごとに開く教員会議に参加するのもそのひとつである。「ヒントを見つけるために何でも試したい」と話す私に、教員たちが快く迎えてくれたのだ。

 この教員会議に初めて参加した時のこと。教員の他に、非常にカジュアルな服装の若い女性が2人いた。誰だろうと思っていると、「スチューデントアドバイザリーボード」の学生だと紹介された。直訳の「学生諮問委員会」だとわかりづらいかもしれないが、要するに学生たちの意見を代表して表明したり、大学側の話を学生たちに伝える、仲介役のような存在だと私は理解している。

 とにかく私は驚いた。私が教員に転じて既に11年以上たつが、大学、学部はおろか、学科や専攻のレベルでも、教員が主体となってなんらかの決定を下すために話し合う場に学生が参加するのをほとんど見たことがなかったからである。

 その日の議題は多岐にわたった。教室の机の配置変更、編入学生のための説明会あたりはまだよかったが、学科予算の消化方法、外部機関によって学科が認可を受け続けるための準備、新しいカリキュラムなどに話が及ぶと、私の頭の中は「こんなことまで学生の前で話して大丈夫なのか」という疑問でいっぱいになった。

 会議後に確認すると、参加学生が他の学生たちに会議の内容を話すことは特に止められていないことがわかった。私の驚きをある教員に伝えると「他の学科はわからないけれど、うちはジャーナリズム学科だからね」と答え、もうひとりの教員も「ジャーナリズムに透明性は大切でしょ」と笑った。ただ、同じジャーナリズムを教える米国の大学がすべてそうかはわからないとも話していた。

 参加していた学生のメアリージェーン・ジョンソン(圓山真里)さんにも話を聞いた。米国人の父と日本人の母を持つ大学4年生の彼女が中学3年生まで育った日本の学校では、先生の役割と生徒の間にはしっかりとした一線が引かれていてあまりやりとりがなく、先生の意見と合わない場合は口にしづらかったと話す。今いる大学では、日常生活で触れ合う学生の意見の中から、時には教員たちが考えていない可能性が高いようなことも学生代表として話せているという。意思決定の過程に学生を関わらせ、学生に対して透明性を保つ方針は、授業で学んでいるジャーナリズムの原則とも一致しており、教員が教育内容と行動を一致させているのはいいことだと思うとも語った。

 今回の発見には大いに刺激を受けた。文化や習慣の違いもあり、すべてを取り入れるのは難しい。でも、学校の主役は学生だという基本にあらためて気づかせてもらう出来事だった。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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