金井啓子の現代進行形

質問をためらわない学生に学ぶ

2019年11月14日

ジャーナリズムの大会に参加

 基調講演が終わってまだ拍手が鳴りやまないうちに、席を立つ人たちがいた。会場を出るのかと思っていると違った。司会者の「質問がある人はマイクの前に並んでください」という声を待ちかねていた人たちだったのだ。

 これは、ワシントンDCで私が参加したナショナル・カレッジ・メディア・コンベンションでの出来事である。ジャーナリズムを学ぶ学生、教員、全米の大学で学生が運営する新聞・ラジオ・テレビのアドバイザーを務める職員などが集まる4日間の大会で、約1600人が参加した。約260件の講義やワークショップが提供され、同じ時間帯に複数のプログラムが並ぶ。ただし、ワシントン・ポスト紙、CNN、ナショナル・パブリック・ラジオ、2018年6月の銃撃事件で5人が射殺されたキャピタル・ガゼット紙(メリーランド州)による4件の基調講演の間は、プログラムはこれだけとなった。

 前述したように質問者が多く、講演を早めに切り上げて多くの時間を質疑応答に割くこともあった。会場の中心に置かれたマイクの前で順番を待つ質問者のほとんどは学生で、全員が質問できずに時間切れになることが多かった。

 日本での質疑応答というと、中高年だと質問よりも意見開陳の場となりがちの一方、学生からは質問がほとんど出ない。幼い頃から高校時代まで「先生の言うことを静かに聞いているのが『いい子』」と教え込まれてきた大学生に、いきなり「相手に疑問を投げかけなさい」というのも無理なのかもしれない。だが、わからない内容をそのままにすることによって失うものの大きさを考えると、質問をする力、知らないことを恥じずに知ろうとする力はやはり養わねばならないとあらためて思う。

 ひるがえって私はどうなのだろうかと考えた。今回の会議でも、知らなかったことにたくさん遭遇した。たとえば、小学校の銃撃事件で大好きな同級生の男の子を失った小学1年生の女の子を主人公に据えた記事をもとにして、ワシントン・ポスト紙がバーチャルリアリティーのアニメ短編映画を制作したこと。社会の問題点を報道するばかりのニュースに嫌気がさす人の割合が増える米国で、解決策(ソリューション)を提示する「ソリューション・ジャーナリズム」という流れが生まれていること。米国には数多くの学生メディアがあって非常に活発に活動していること。

 自分の無知を認めることは恥ずかしさを伴う。ジャーナリズムの教員を名乗る私が知らなかったことをここに書くのは恥ずかしい。だが、知らないままにすることで私や学生が失うものを考えた時、そんな感情にとらわれているわけにはいかないと思わされる。これからも「知りません。教えてください」という一歩を踏み出せと自分に言い聞かせている。それはジャーナリズムの基本ともつながるだろう。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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