金井啓子の現代進行形

海外に出たい学生をめぐる葛藤

2019年12月12日

安心して過ごす社会は遠いのか

 「先生、海外に行きたいのですが、危ないと親が反対するんです。本当に危ないと思いますか」。これは日本で学生たちが私によく尋ねる質問だ。

 そのたびに私はまず国の名前を聞く。そして、外務省のウェブサイトにある「外務省海外安全ホームページ」を開く。そこにある世界地図は、危険レベルに応じて5色に塗り分けられている。一番危険とされる「レベル4」の「退避勧告」の国は赤く塗られ、濃いオレンジ、薄いオレンジ、黄色まではなんらかの危険がある国とされている。特に危険がないとされる国は白となっている。ちなみに日本は白である。

 冒頭の言葉を尋ねた学生のひとりが行こうとしていた国は確かフランスで、2015年にパリでイスラム過激派による同時多発攻撃が起きた後だったと記憶している。同国は前述の世界地図では「白」の状態だ。

 大切な子どもを危険な目にあわせたくないという親の気持ちはよくわかる。地図に危険が示されていないからといって、私が安易に「大丈夫」と言って送り出して、危険に巻き込まれたらどうするのか。でも、日本にはない「何か」を得られる海外には行ってほしい。学生から相談されるたびに、そんな葛藤に悩まされてきた。

 ところで、私が滞在している米国も「白」である。到着以来2カ月余り、私の身が直接的な危険にさらされたことはない。だが、ご存じのように米国は銃社会である。ある程度の規制があるとはいえ、基本的に銃を持つ権利が認められている国である。

 私が住むカリフォルニア州は他州より規制が厳しい。それでも到着以来いくつかの銃撃事件が起きた。11月には在サンフランシスコ日本国総領事館から、住宅の裏庭とショッピングモールで発生した銃撃事件に関する注意喚起のメールが届いた。同州は広いため、サンフランシスコに比較的近い地域で発生して容疑者がその場で確保されなかった事件については、こうしたお知らせが来るようだ。

 「銃社会」という言葉は知っていたが、事件はどこか遠くで起きているのだと感じていた。だが、ある日サンフランシスコ市内の電車で数多くのかばんから自分の持ち物を取り出して並べるという奇妙な行動を取る男性に遭遇した。「この男性の持ち物の中に銃があって撃つこともありうるのか」という想像がなぜか突然私の心に浮かんで以来、急に「銃社会」は身近になった。結果的にその男性はそんなことをしなかったので、私の妄想を申し訳なく思う。だが、それが妄想で済まない時もありうる社会なのだ。

 地図上では「白」の国でも死はすぐ隣り合わせにある。これは日本も同じだろう。そんな社会は息苦しいが解決策は見当たらない。だが、訪れたいと思う場所を訪れて、存分にその場の空気を安心して楽しめる、そんな世界にいつかなるのだろうか。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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