金井啓子の現代進行形

学生と侮られない記事の重み

2019年12月19日

米大学に学ぶミスを恐れぬ精神

 サンフランシスコ州立大学の秋学期の授業に途中から参加して2カ月半。先週には学期末を迎えた。数えてみると、ジャーナリズム学科の授業のうち20科目も見学しており、教員や学生の目線で授業を観察し、盗みたいコツをひたすらメモしてきた。帰国後の授業に生かすべく、春学期には他大学の授業もあわせて見学する予定だ。

 さて、同大学の学期末と同じ日、近畿大学で私が所属する専攻では卒業論文・卒業制作の提出日を迎えた。私のゼミの4年生12人も無事に提出を終えた。だが、私の渡米までにほぼ書き上げるよう求められた彼らは、例年より3カ月前倒しのスケジュールで就職活動も兼ねた厳しい日々を過ごしたことを思うと、感謝の念が尽きない。

 彼らが提出したのは、複数の人に取材をして参考文献の情報も盛り込んだ卒業制作の「記事」である。テーマは「社会で起きている出来事のうち解き明かしたい疑問があるもの」となっており、今年の例をいくつか挙げるだけでも、プラスチックごみの海洋汚染、飲食店予約のドタキャン、日韓の美容整形、ゲーム依存と幅広い。

 ただし、公開するのは要旨のみで記事全文はゼミ内だけで閲覧という条件で取材を依頼しているので、すばらしい記事も多いのだが、内容の全てを多くの人に見てもらうことができない。これは、学生が取材をして記事を書くことによって生じる正確さへの不安から、取材そのものを断る人がいるのではないかと考えたのが大きな要因である。記事にある情報を公開することそのものよりも、学生が取材という貴重な経験を積むことに重きを置いたためでもある。非公開を前提で依頼しても「学生の取材には応じないことにしている」と最初から断る人もいるが、これまでに研究者や企業の経営者、元プロスポーツ選手など、かなり著名で影響力のある立場にある人の取材にも成功してきた。卒業したゼミ生の声からも、その経験が彼らに好影響を残した様子がうかがえている。

 だが、米国の大学を見ていると気持ちが揺らぎつつある。課外活動もしくは授業の一環で発刊している学生メディアの数は非常に多い。ある大学では、デモ参加学生の写真を学生記者が撮影してソーシャルメディアに掲載した後に、その参加学生の顔が知られることへの影響を気にして取り下げると、言論の自由をめぐってプロの記者たちが非難した。たかが学生と侮られることがない学生メディアは影響力も大きい。学生の中には地元のメディアに記事や写真を寄稿している人もいる。

 公開記事を書く授業を担当するある教員に「学生がミスをする不安はないのか」と私が尋ねると、「ミスをするならば早い段階でした方がいいと思う」との答えも聞いた。痛い思いをしながら経験を積んで、責任感を養う。私が日本に持ち帰るメモはますます増えていく最中だ。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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