金井啓子の現代進行形

カジノが地元に与える元気とは

2020年1月9日

賭け事で見た一瞬の夢

 年末に米東海岸に行った際、メリーランド州のカジノを訪れた。私の初カジノである。ガラス張りの大きな建物は主にホテルで、その中の施設のひとつがカジノとなっている。カジノの入り口に近づくと、年齢確認のために身分証明書の提示を求められた。

 ただ、それ以外のハードルはできるだけ低くしようとしていることが感じられた。入場は無料。映画ではおしゃれに着飾った人が多い印象があったので、事前に問い合わせるとジーンズでもかまわないと言われ、実際に普段着の人がほとんどだった。賭ける金額の最小単位も低く、スロットなどの機械の中には数セント単位から賭けられるものもあった。これぐらいなら自分も、と思わせる仕掛けなのだろう。しかも365日24時間営業。私が行ったのはクリスマスの翌日だったが、米国のほとんどの施設が閉まるクリスマス当日も一日中営業していたそうだ。

 窓が一切ない巨大なカジノの中にいると、時間の感覚が失われてしまう。私が入ったのは午前中だったが、すでに多くの人たちがポーカー、ルーレット、バカラの台を囲んでディーラーの手元をじっと見つめ、キラキラと輝くスロットマシンにお金を入れる人たちがいた。ATMを数カ所見かけたが、手持ちのお金がなくなれば、自分の貯金を引き出したり借りたりしながら、どんどんお金をつぎ込める仕組みなのだろう。

 私は普段は賭け事をやらない。でも、今回は2回ほどスロットを試してみた。賭けた合計6ドルはあっという間に機械に吸い込まれ、夢は一瞬にして消えた。

 途中でスロットマシンの前で小躍りする男性を見かけた。のぞき込んでみるとどうやら1ドルが300ドルになったらしい。もし私の6ドルがああなったら、私も小躍りしながらさらに続けていたのだろうか。少し怖くなった。

 日本のカジノでは、ギャンブル中毒を防ぐため日本人だけは数千円の入場料を取ることが検討されていると聞いた。だが、実際にわずかながらでもお金を賭けてみた人間から言わせれば、数千円なんて“ケチ”な金額が抑止力を発揮するとは思えない。むしろその数千円を取り返そうとがんばるだけだろう。

 薄暗いカジノを出ると、さっきまで閉まっていた飲食店やブティックが開店していた。建物を出ると、観覧車があるようなエリアにも行ける。カジノだけではなく大人から子どもまで楽しめる施設とはこういうものなのかと納得した。だが、カジノを呼び込むと町が活性化するという実感は、結局得られないままだった。確かに地元の雇用は増えるし観光客も来る。でも、そのことと町が元気になることとのつながりが具体的に思い描けなかった。

 大阪にカジノができた場合、施設の中だけが“活性化”するのであれば、大阪に呼び込むことのメリットは何なのだろうかという疑問が残ったまま、初カジノ経験を終えた。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索