金井啓子の現代進行形

電車の「密」はOKの不可解

2020年6月18日

自粛解除でも収まらぬ不安

 私が勤務する大学では、オンライン授業が始まって6週間が過ぎた。これから前期が終了する8月上旬までずっとオンライン授業を行うことになっている。

 私は、自宅でノートパソコンを使ってビデオ通話システムを通じて授業を行う形をとっている。だから、東大阪にあるキャンパスに足を運んだのは、この6週間で数回のみである。それは、大学を通じて注文した備品を受け取ったり、自宅で使っていた大学支給のノートパソコンに不具合が生じて大学に常駐しているエンジニアに修理してもらうためだった。つまり、物理的に私がキャンパスにいなければ果たせない用事がある時に限って、出かけたということである。

 現在、学生は限定的な形でキャンパスへの入構が許可されつつあるが、まだ非常に静かである。ただ、私の学部がある校舎に入ると、同僚の教員がそれぞれの研究室に来ているのに出くわす。もちろん全員ではないし、多くもない。私が大学に行った限られた回数の肌感覚でしかないが、所属教員の3〜4割程度といった感じだろうか。

 その中の数人と話をした。話の中で特に印象に残ったのが、自宅からの交通手段だった。普段は電車で通勤している同僚が「電車に乗るのはまだちょっと」というためらいを示し、自家用車で来ているのだと話した。他大学で教える研究仲間たちからも、「いつもは電車通勤だけれど、車に切り替えた」「自宅にいる家族に車で送り迎えをしてもらっている」という声を聞いた。

 私自身は運転免許も車も持ってはいるが、細い道に車や自転車が多い大阪をいつでも運転できるほど腕に自信があるわけではないので、大学に行く時は電車である。コロナ騒動が始まってたまに行く時も電車だが、できるだけすいている時間帯を選び、人が少なめの車両を探し、換気のために窓が開いているそばに立つ。

 だが、混んでいる時間帯にしか電車に乗れない人、駐車場が職場のそばにない人、車通勤を勤務先から禁じられている人、自分も家族も免許や車を持っていない人はどうすればいいのだろうか。

 飲食店に対しては行政側から営業自粛を求めた。だから、電車にも自粛を求めればいいのだ、などとは言わないし思ってもいない。社会を動かすための重要な足だからである。一方、コロナ感染の第2波が心配される今、飲食店に行くと感染しにくいように工夫がこらされている。コロナをきっかけに「ソーシャルディスタンス」という言葉が出回るようになったが、椅子やテーブルの距離をあけるようにしている。

 だが、こと電車に関しては、「電車を混まないようにする」ことを最初から諦めてしまっているように思える。行政側からも鉄道会社も、通勤客が通う企業も、もっともっと工夫できないだろうか。「夜の街」だけを感染源の悪者にするより、よほど効果的だと思えてならない。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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