金井啓子の現代進行形

緊急時でも平穏を保つ工夫を

2021年1月7日

問われる国民を守る政府の姿勢

 政府が首都圏を対象に緊急事態宣言を出すことになった。知事からの要請が後押しとなったが、それより前から専門家や一般市民から宣言を求める声はあった。まるで、「お願いですから出してください」と言われて「そんなに望むなら仕方ない」としぶしぶ政府が出すという構図は、こっけいとしか言いようがない。

 関西では今のところ緊急事態宣言を要請する状況にないと知事たちは言っているが、関西2府4県でも過去最大の感染者数となっており、いつ出されてもおかしくはない。

 ただ、報道されている緊急事態宣言の内容を見ていると、効果に疑問を感じる中途半端なものが多い。これでは結局のところ、自分のことは自分で守る「自助」しかないのだろうか。守る対象は、感染するかもしれない自分の身体だけではない。コロナ以前に当たり前のように享受していた「日常」を奪われ、むしばまれていく心も守らねばならない。

 昨年の緊急事態宣言の時に私は何をしていたのか、あらためて振り返ってみた。大学教員の私は、慣れないオンライン授業に悪戦苦闘していた。その中での息抜きが料理。普段よりも自宅にいる時間が長い分、今までは手を出さなかったやや凝った料理を作ってスマホで撮影してSNSで自慢して「いいね」をもらって楽しむ。今から思えば自己満足の塊のようなささいな「活動」が、私の心を大いに助けてくれた。行動が制限されるコロナ禍でも好きなことが続けられ、直接会うことがかなわない友人たちとのつながりをSNSの「いいね」やコメントで補っていた気がする。

 だが、「コロナ慣れ」すら感じられる今、また新たな制限を設けなければならなくなっている。次はどんな「アメ」を自分で用意すれば「ムチ」をがまんすることができるのだろうか。

 私の長年の楽しみのひとつに、友人たちと定期的にイタリア料理の店に集まり、参加者が毎回交代で担当するミニ講義で学びながら飲み食いする会合がある。昨年は何度も中止になり、開催しても家族の反対などで欠席する人が多い状況が続いた。今月半ばの会も中止が危ぶまれたが、初めてのオンライン開催を決めた。いつもの店で出されるはずのコース料理を各メンバーの自宅に宅配してもらい、飲み物は各自が用意して乾杯とともに夜7時に会が始まる予定だ。

 失いつつあるものをそのまま保とうとするのではなく、この環境下で自分が機嫌よく暮らせる方法をひとつずつ確立する、そんな一年にしたい。それが私の新年の誓いだ。

 私を含めて誰もが新型コロナウイルス感染症にかかって死なない。飲食店をはじめとするさまざまなビジネスが、経済的困窮に陥ったり経営者が自死をせずに済む。そういう社会を作るためにこそ税金は有効に使われてほしい。私は私の暮らしを守る。政府は国民の生命と財産を守る。それが国家運営の基本だろう。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索