金井啓子の現代進行形

全面的な対面授業は一瞬の夢か

2021年4月15日

度々の方針転換で複雑な思いも

 新学期が始まって3日間だけ、私が勤務している大学では全面的に対面授業を行った。だが、4月に入ってから若者の新型コロナウイルス感染者数が増加傾向にあること、大阪府でまん延防止等重点措置が適用されたこと、医療非常事態宣言が発出されたことを受けて、急きょ方針転換した。今週1週間は臨時休講とした後、オンライン授業の比率を上げていくことになった。

 学部ごとに対応はさまざまだが、私が所属する学部では、隔週でオンライン授業と対面授業を行うことになった。新学期になって多くの学生でにぎわうキャンパスは久しぶりに活気にあふれ、日常を取り戻したという安堵(あんど)感を私は抱いた。だが、その一方で、教室やエレベーターなどで人と人との距離が近い状態には不安も覚えた。学生の一部からは、「大阪のコロナ感染者が過去最多となって、大人数の大学にあまり行きたくない」という声も聞いた。

 だから、全面的な対面授業という方針を撤回する大学側のスピードや柔軟性には、驚いたけれどもありがたさも感じた。

 ただ、昨年度前期はすべてリモート授業、後期は一部のみ対面だったため、思いは複雑である。最初の3日間の対面授業が行われた校舎では、昨年新入生として私のオンライン授業を画面越しにとっていた新2年生が「本物の金井先生にようやく会えてうれしい」といった声をかけてくれるケースが、複数回あった。うれしいのは彼らだけでなく、私だって同じである。

 オンライン授業の比率を引き上げる決定を数日前に聞いた時、彼らと直接触れ合える時間がまた奪われてしまうのだと、さびしい気持ちになった。ただ、現時点では今のところ対面とオンラインが半々。昨年のようにリアルな対面が全くないよりは、「実在する人たちを相手に話している」という実感はまだつかみやすそうだ。

 だが、この原稿を書いている時点で、大阪府は大学に授業をリモートで実施するよう要請する方向で調整していると報道されている。半々のまま学期末まで突っ走れるのか、それともある時点で全面的にオンラインに切り替えねばならない日が来るのか。先のことを考えすぎて、見えない未来におびえても仕方ないと、近ごろは自分に言い聞かせるようにもなってきた。

 感染防止にはもちろん最大限に努めたい。だが、その一方で、学業における成果も最大限に高めたい。オンライン授業がダメだとは言わない。過去1年間に積み上げてきたものを少しでも生かしていくつもりだ。ただ、ちょうど1年前を思い返して、「全く同じことを繰り返しているのではないか」と思う時の無力感はやりきれない。そして、「これからの1年間もまた同じなのではないか」と思う時の絶望感も。感情にふたをするよう努める日々が続きそうである。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索